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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第2話『ゴーストメイトマジック』
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第8章 月島の変化

 月島がおののき荘の大家に占ってもらってから、数日が経過した。

 それ以来、幽霊に取り憑かれてはいない……というのは本人の談だ。


 身体を乗っ取られてる間は意識が朦朧としているらしいので、知らず知らずのうちに深夜徘徊している可能性もなくはない。ただ少なくとも、天崎が接している間に見た目や性格が変わったようなことはなかった。


 しかし幽霊騒動が小康を得たところで、また別の問題が発生した。

 クラスメイトの女子たちが、月島を避け始めている。

 と、天崎は最初そう思っていた。


 だがよくよく観察してみれば、逆だということに気づいた。

 月島がクラスメイトを避けている。


 初めの頃は弁当や放課後の遊びなど、周囲が月島を輪に入れようと声を掛けていた。しかし月島は、事あるごとにそれらの誘いをやんわりと断っているのだ。そして彼女を呼びかけるクラスメイトは徐々に減っていき、最終的にはお節介焼きである委員長も諦めてしまった。


 月島がクラスで孤立するのは、そう時間を必要としなかった。


 結局、誰も月島を昼食に誘わなくなり、彼女は昼休みになると弁当を持ってどこかへ行ってしまう。さすがに心配になった天崎は、安藤の誘いを断って月島の背中を追った。


「なんだ、こんな所で食べてたのか」

「あ……」


 屋上に設置されているベンチの一角。今まさに弁当を広げようとしている月島の背後から、天崎は声を掛けた。


 肩越しに振り返った月島は、唖然としたまま固まってしまう。


「隣、座るぞ」

「あっ……えっと……」


 返答を待つつもりもなく、天崎は彼女の隣へと腰を下ろした。


 特に話題を切り出すわけでもなく、黙々と自分の弁当を食べ始める。突然のことに混乱する月島は、天崎の行動を唖然としたまま見守っていた。


 逃げ出すわけにもいかず、かといって話しかける言葉も見つからない。落ち着きなさげに視線を右往左往させる月島は、おずおずといった感じで昼食を再開させた。


 そのまましばらく無言が続く。

 ややあって、お茶を飲むタイミングで天崎が口を開いた。


「月島。最近クラスメイトを避けてるようだけど、大丈夫か?」

「…………」


 あまりにも唐突かつ脈絡がなかったため、月島は軽く噎せてしまった。


 天崎も謝るのと同時に、自分の口にした言葉を噛み締めて恥ずかしくなる。今の言い方、まるで親父みたいだったな、と。


「避けてる……ように見えるよね、やっぱり」

「嫌いな奴がいるとか?」


 驚いた月島は、慌てて首を横に振った。


「ち、違うよ。ただ……私がこんな性格だから、知らない人と仲良くするのが苦手で……」

「知らない人って言ってもなぁ」


 確かに月島は転校生で、入ってきた時期が時期だ。すでに形成されたコミュニティに割って入るのは、人見知りの人間にとっては難易度が高いだろう。


 けど、そのままでいいはずがない。今はまだ声を掛けられなくなっただけだが、そのうち明確な仲間外れとして扱われるようになるとも限らない。助けると心に誓った手前、天崎としても何か力になってやりたかった。


 とはいえ、手助けする手段が無いのも事実。


 女子のコミュニティに顔が利くほど人脈が広いわけでもないし、何より月島自身が他者との関りを拒んでしまっている。やるとするならば、月島の内面を改革するしかない。


「けど、どうしたんだ? 転校初日はあんなに友好的だったのに」

「あの時は……幽霊が取り憑いてたから……」

「あぁ……」


 今のは失言だったと、天崎は後悔した。


 数日前のことだから、すっかり忘れていた。幽霊に取り憑かれた状態というのは、つまりはまったくの別人なのだ。しかも転校初日だった月島にとっては、ある意味黒歴史と言っても過言ではない。


 やっちまったなと内心で悔やんでいると、月島が箸を置いた。

 弁当の中身は、まだ半分くらい残っている。


「天崎さんも……やっぱり、転校生は明るい人がいい……よね?」


 問うてはいるが、視線は弁当に落としたままだった。

 哀しそうに俯く月島の横顔を見ながら、天崎は問いかけの意図を探る。


 今の自分と、初日の性格を対比して言っているのだろうか? そりゃ天崎だって、明るく振舞ってくれた方が話しやすい。ただそれを正直に言ったところで、なんの解決にもならないことは天崎も分かっている。むしろ状況は悪化するだろう。質問の肯定は、今の月島を否定しているようなものだから。


 言葉に窮する。


 正直には言えない。かといって嘘をついて……適当な言葉を並べただけで、月島の心は晴れるのか? そんな言葉に意味はあるのか?


「……ごめんね、変なこと訊いちゃって」


 どうやら思った以上に黙していたようだ。儚く微笑んだ月島が、申し訳なさそうに言った。


 ふと、彼女の顔を正面から目の当たりにして、天崎は訝しげに眉を顰める。

 ……月島って、こんな顔だったか?


「お前……体調が悪いのか?」


 反射的に訊ねることで、何が変なのか理解に至った。


 月島の顔は妙にやつれていた。生気がなく、青白い。目の下には薄っすらと隈。気を抜けば視点すらも定まっておらず、虚空を彷徨っていた。


 まるで徹夜明けのよう。それも一徹二徹程度ではない。何日もまともに眠っていないと思わせるほど、月島の表情は疲弊しきっていた。


「そう……かな? 確かにちょっと、身体が重いけど……」

「いや、ちょっとどころじゃないぞ」


 それこそ今まさに幽霊に取り憑かれてるんじゃないかと疑ってしまうほど。話が通じているので、それはないと思うのだが……。


「本当に夜中、取り憑かれてないんだよな?」

「うん、大丈夫だよ。大丈夫だと……思う」


 にわかには信じられなかった。


 かといって、解決する手段もない。やっぱりもう一度大家さんに相談して、腕のいい霊能者を紹介してもらうか……。


「天崎さんは……近しい人が亡くなったことって、ある?」

「また急な質問だな」


 あまりに唐突すぎて、今まで考えてたことがぶっ飛んでしまった。

 近しい人、か。


「父方のおばあちゃんが三年くらい前に亡くなったな。おじいちゃんは物心つく前に亡くなったらしいから、覚えてないや」

「お友達とかは?」

「さすがにこの歳で死んだりはしないだろ。幸運にも、事故に遭った奴すら知り合いにはいないよ。骨折した奴は何人かいたけどな。……なんでそんなこと訊くんだ?」

「ええっと……」


 当然の疑問だ。いくら何でも、話の脈絡がなさすぎる。

 なのに月島は、そう問い返されたのが予想外だと言わんばかりに口ごもった。


「ただ単に、近しい人が亡くなった時……どう思ったのかなって」

「どう思ったって……」


 そりゃ悲しかった。大切な人に二度と会えないなんて、信じたくはなかった。


 けど時間が経つにつれて、徐々に受け入れることができた。亡くなった対象が祖母という、ある意味順当な死でもあったからだろう。例えばそれが兄弟や親友だった場合、また違った感情を抱いていたかもしれない。


「月島は……誰か亡くしたのか?」


 問うと、彼女はゆっくりと頷いた。


 踏み入っていいものかどうか、判断に困る。天崎の近親者の死を訊いてきたということは、おそらく月島の悩みは、それに起因することなのだろう。だが赤の他人である天崎が、そう易々と事情を訊いてもいいのだろうか?


 それに話を聞いたところで、気の利いたコメントができるとは思えない。

 だから、というわけではないが、天崎の返答は曖昧なものになってしまった。


「その、なんだ。……あまり変なこと考えるなよ」

「……考えてないよ」


 風に攫われそうなほど小さな声だったが、はっきりとした口調だった。

 そして半分以上残っている弁当に蓋を閉めると、月島はゆっくりと立ち上がった。


「天崎さん。……短い間だったけど、いろいろ心配してくれて、ありがとう」

「は?」


 一度だけ視線を合わせ、月島は無理やり笑顔っぽいものを作った。


 呆気にとられる天崎。何に対してのお礼だったのか問い返す余裕も与えず、月島は踵を返した。咄嗟の行動に、天崎は去っていく彼女の背中を眼で追うことしかできなかった。


「マジで大丈夫なんかな、アイツ」


 顔色といい残した弁当といい、本格的に体調が悪そうだった。


 自力で立って歩けているため深刻というほどではないにしろ、一度は保健室に行くことを勧めた方が良さそうだ。どうせ隣の席だし、昼の授業が始まる前にでも言っておこう。と、天崎は楽観視していたのだが……、


 数十分後、それが叶わないことを天崎は知る。

 月島は昼の授業に姿を現さなかった。






 結局、月島が午後の授業に出ることはなかった。


 五時限目の教師が月島の所在をクラスメイトに訊ねたところ、誰も居場所が分からないらしい。もしかしたら体調が悪くなって保健室で休んでいるんじゃないかと、根拠のない憶測が飛び出たくらいだ。つまり屋上から去って行った後、月島は教室に顔を出してすらいないんじゃないか?


 授業中、チラリと隣の空いた席を一瞥した。

 カバンなどの荷物は……残っている。


 そのまま五時限目が終わり、六時限目に突入。まったく姿を見せないまま、帰りのホームルームになってしまった。どうやら担任も月島の居所を知らないようで、保健室でも見てくるかと言い残して、本日の授業課程はすべて修了した。


 もやもやとした気持ちを抱えながら、天崎は帰りの支度を始める。


 昼休みは、確かに体調が良さそうには見えなかった。まさかどこかで倒れてるんじゃ……とも思ったが、それはあり得ない。あれから三時間も経っているのだ。不意に意識を失って倒れたとしても、誰かが発見しているだろう。体調不良を訴えて、自分で保健室に行ったのなら問題ないのだが……。


「もしかして、また幽霊に……?」


 可能性はなくもない。

 保健室で眠っている最中、あるいはどこかで倒れてそのまま身体を乗っ取られたとか。


 今から保健室に寄って、月島が訪れたかどうかだけ訊いてこようと、天崎は思った。


「まさかとは思うけど、本当に変なこと考えてないだろうな?」


 嫌な予感がする。本人は大丈夫と断言していたが、まったく信用できなかった。

 思いつめた顔。生気のない表情。別れ際の言葉。


 さっきはそれほど深刻に考えていなかったが、もしかしたら月島にとっては一刻を争うほど限界を迎えていたのかもしれない。


「限界、か」


 数日前の大家の言葉が思い出される。

 月島は近いうちに倒れる、と。


 しまったな。こんなことなら、大家からもっと詳細に話を聞いておけばよかった。そうでなくとも毎日様子を窺っていたのに、あの疲れ切った表情に気づいたのが今日だというのが情けない。遅すぎだ。


 しかし後悔するのはもっと遅い。

 とりあえず月島の行方を調べるのと、帰ったら大家に話を聞こうと、天崎は立ち上がった。


「ねぇ、天崎」

「ん?」


 横を見ると、委員長が仁王立ちしていた。しかもちょっと怖い顔を引っ提げて。


「あんた月島さんに何か言った?」

「なんで俺が?」

「昼休み、一緒にご飯食べてたんでしょ?」

「…………」


 バレていたのか。

 悪い事をしたわけではないのだが、天崎は心の中で悪態をついた。


「別に何も言ってねえよ。ただ話したいことがあっただけだ」

「デリカシーのない人間だから、何気ない発言で月島さんを傷つけたのかもしれないわね」


 なんでこの女はこんなに高飛車なんだ?

 呆れるのと同時に思い出した。安藤の談では、委員長は自分のことが嫌いなんだっけ?


 特に心当たりがあるわけではない。けど、毎回こうやって高圧的な態度を取られるんなら、ちょっとばかし考えなきゃいけないなぁ。


 ……いや、今は自分のことなんてどうでもいい。


「委員長さ、一つお願いがあるんだけど」

「な、なによ」


 気後れしたように一歩下がる委員長。下手に出る天崎の態度が、反射的に身を引いてしまうほど意外な出来事だったようだ。


「月島のこと、できるだけ気にかけてやってくれないか?」

「……どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ。アイツ、周りから何か誘いがあっても遠慮してるだろ? このままじゃ孤立しちまう。本人の意識を改善させなきゃダメだろうけど、今まで通り、声を掛け続けてやってほしい」

「…………」


 何とも言えない表情のまま、委員長は黙り込んでしまった。


 その顔は決して天崎の頼みごとを拒絶しているわけではない。どちらかというと不貞腐れている感じだ。言うなれば、努力しているのに逆上がりができない子供のようなもの。自分は頑張っているのに、周りからはどうしてできないのだと、なじられている感覚なのだろう。


 そんな顔をする理由は、天崎も痛いほど理解できる。

 最後まで月島に声を掛けていたのは、委員長だったから。

 月島に対して、一つも悪口を言っていないから。

 お前に言われなくても分かってる。委員長の表情が、如実に物語っていた。


「こんなこと頼めるのは委員長しかいないからさ。頼むよ」

「――――ッ!?」


 本心だった。

 他に気さくに話せる女子なんていないし、何より一番頼りがいがある。

 これ以上の適任はいなかった。


「そ、そんなこと、あんたに言われなくても分かってるわよ!」


 頬を染め、視線を外し、吐き捨てるように言った。


 なんで照れているのか天崎には分らなかったが、そこら辺のことに関して委員長は信頼できる。大丈夫だろう。


 と、

 ポケットの中のスマホが振動した。取り出して画面を見てみる。

 表示された名前は『月島』だった。


「ちょっと天崎、校内での通話は禁止よ」

「悪い、緊急事態だ」

「?」


 委員長の忠告も聞かぬまま、スマホを手にした天崎は廊下へと飛び出した。

 一応すぐ側に誰もいないことを確認してから、通話ボタンを押す。


『やあ、天崎君。久しぶり』

「月島。お前、いったいどこへ……」


 咎める言葉を止めた天崎が、ハッと息を呑んだ。


 今、天崎『君』と言ったか? しかも数時間ばかり会っていないだけなのに『久しぶり』とも。それに、こんな堂々とした言い草は……とてもじゃないが月島からは想像できない。


「お前……誰だ?」

『君と最初に会った月島洋子、とでも言っておこうかな』

「――ッ!?」


 最初に会ったというのは、転校初日のことを指しているのだろう。

 つまり月島は今……身体を乗っ取られている。


「……何が目的なんだ?」

『幽霊にそれを問うのは、あまりにも無意味だと思わないかい?』


 確かにその通りだが、目的がないというのも不自然に感じた。


 いくら月島が幽霊に取り憑かれやすい体質とはいえ、同じ魂が乗っ取るのは、それなりに理由があるはず。例えば生きている身体が欲しいから、とか。


『本当に目的なんてないんだよ。しいて言うなら遊びたかったから、かな』

「遊びたかった、だと?」

『そう、君とね』


 コイツは何を言っているんだ?

 遊びたかった? 月島の身体を使って?

 ふざけんじゃねえぞと怒鳴ってやりたい衝動を抑え、天崎は問う。


「俺が遊んでやれば、お前は月島の身体から出ていくのか?」

『どうだろね。満足したら成仏できるかもしれない』

「…………」


 あっけらかんと言い放つ相手に、天崎は眉を寄せた。

 しかし相手は天崎の返しを待ってはくれない。


『今から遊ぼうよ。場所は……』


 提示された待ち合わせ場所は、聞いたことのない橋の側の河川敷だった。大体の位置を訊いてみると、けっこう遠い。自転車を所持していない天崎だと、到着する頃には陽が傾きかけているだろう。


 だが、無碍に拒むこともできない。


『この身体はいわば人質だからね。君は必ず来る』


 そう断言され、天崎は歯を食いしばった。


「月島には何もするなよ」

『するわけないさ。大事な身体だもん』


 そう言って、相手は乾いた声で笑った。


『それじゃ、待ってるよ』


 通話はそこで途切れてしまった。

 通話時間だけが表示されるディスプレイを眺めたまま、天崎は一息つく。

 ふと、背後から誰かがこちらを見ている気配に気づいた。


「僕に手伝えることはあるかい?」


 帰り支度を完了して、すでに帰路につこうかという格好の安藤が訊ねてきた。


 手伝えることというのは、あくまでも人間の友人としてできる範囲で言っているのだろう。忘れたわけではない。幽霊とはいえ、相手が人間ならば、安藤は人間以上の手助けはしてくれない。


 天崎は電話の内容を思い出す。一人で来いとは言っていなかったが、口ぶりからして同伴を許してそうにもなかった。仮にも人質を取られているので、選択は間違えられない。


 だから天崎は首を横に振った。


「そうか。ま、何かあったら連絡くれよ。僕は帰る」


 そう言い残した安藤は、さっさと廊下を歩いて行ってしまった。

 去り行く友人の背中を眺めながら、天崎はため息を吐く。

 ああいうのをツンデレって言うんだろうか?


「っと、こうしちゃいられないな」


 ぞんざいにスマホをしまった天崎は、すぐに荷物を片し、指定された河川敷へと向かった。

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