第7章 縁側の思い出
天崎の幼少期を語るのならば、祖母の存在は決して外せない。
彼の血統である『完全なる雑種』の意味を教えたのも、彼女だったから。
「ねぇ、おばあちゃん。『完全なる雑種』ってなに?」
それは純粋な質問だった。
自分の血統を悲観していたり、特別なものであるという認識は未だない。ただ単純な興味。単語を知った子供が、親に向かって意味を問うのと同じこと。天崎の場合、いろいろと教えてくれる対象が祖母だったというだけだ。
「東四郎のご先祖さまは、人間じゃない人たちがいーっぱいいたってことだよ」
まるで答えを用意していたかのように、祖母は滑らかな口調で言った。
天崎は瞳を輝かせ、子供らしい無邪気さで再び問う。
「に、人間じゃない人たちって!?」
「そうだねぇ。神様とか妖怪とか……悪魔とかかねぇ」
「え……悪魔?」
一変して、天崎の顔に陰りが落ちた。
「じゃあ僕は、悪者たちの子孫ってことなの?」
「んん?」
「だって悪魔って悪者なんでしょ?」
悪魔=悪者。もしくは悪役。アニメや漫画で知識を得ている、子供にありがちな発想だ。自分のご先祖様の中に、そういった悪い人たちが含まれていることを知って、幼い天崎は嫌な気持ちになったのだろう。
孫が懸念していることを悟った祖母が、豪快に笑った。
「はっはっは。東四郎は面白いことを言うね」
「面白くないよ」
本気の訴えだった。
悪者はいつも悪いことを企んで、最後には正義のヒーローに倒されてしまうのだ。面白いはずはない。
「東四郎は悪い事をしたことがあるかい?」
ほんの少しだけ考える素振りを見せたが、天崎はすぐに首を横に振った。
悪い事への自覚がまだ曖昧な年齢というのもあるが、幼い天崎が考えたのは、世界征服を企む悪の組織的な規模の物だった。
故に否定する。
「ないよ」
「じゃあそれでいいんじゃないかい?」
「?」
訳が分からず、天崎は首を傾げた。
「東四郎が悪い事をしていないのなら、警察に捕まったりヒーローに倒されることもないさ。ご先祖様が悪い事をしていたからって、東四郎は関係ないよ。誰も責めやしない」
「うーん……」
納得いかないような返事をして、天崎は考え込んでしまった。
なんだか腑に落ちない。話をはぐらされた感覚だ。自分のご先祖様に悪い人たちがいたかどうか訊いてるのに、自分には関係ないとはどういう意味なんだろう?
「人間だって、みんなが良い人じゃないだろ? 神様ですら、良い神様と悪い神様がいる。なら悪魔だって、全員が悪者ってわけじゃないよ」
「じゃあ僕のご先祖様の悪魔は、みんな良い者だったの?」
「さぁ、それはどうかねぇ?」
「???」
人をおちょくるように笑う祖母に対し、天崎の頭には疑問が増えるだけだった。
といっても、こういうやり取りは毎度のことである。天崎が疑問や相談事を持ち込んでは、祖母は難しい言葉を並べて話をはぐらかす。わざと言っているのか、もしくはボケてしまっているのか。この頃の天崎には判断しようがなかった。
結果、思い出される祖母の印象は『不思議なことを言う人だったなぁ』くらいである。
ただ一つだけ、祖母の癖を見抜いたことがあった。
一番大事なことは、必ず一番最後に言うということ。
「でもね東四郎。ご先祖様が良い人か悪い人かなんて、やっぱり関係ないんだよ」
「どういうこと?」
「ご先祖様はみんな、東四郎のことを見守っとる。みんなが命を紡いだ結果が東四郎なんだ。だから良い人も悪い人も、みんなが東四郎を大事に想ってるのさ。それが『完全なる雑種』の意味だよ」
「みんな死んじゃってるのに?」
「死んじゃってるからこそだよ」
そう言って、祖母は清々しいほど青い空を見上げた。
その顔はどことなく儚なげで、満足げでもあった。
「おばあちゃんは人間だけど、いずれご先祖様と一緒に東四郎を見守ってあげるからね」
「えー、おばあちゃん死んじゃうのヤダぁ」
駄々っ子のように喚き声を上げた天崎が、祖母の懐へダイブした。
その突発的な行動に慣れている祖母は、優しく天崎の頭を受け止める。
「大丈夫だよ。おばあちゃんはまだまだ死なんさ」
数年後、天崎が中学生の時に祖母は心不全で亡くなってしまう。
当時は大いに泣いた。当たり前のように側にいた祖母が、突然いなくなってしまったのだから当然だ。だが同時に、数多くのご先祖様と同じように、自分を見守ってくれる存在になったんだということを悟った。
そして天崎が自分の血を意識し始めたのも、その頃からだった。




