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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第12話『ドラキュティックタイム・終』

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第6章 天崎たちの勝利条件

 橋の下から移動を始めようとしていた天崎たちだったが、さくらへの連絡を忘れていたことに気づいた。


 朝帰りどころか、帰宅する目処さえ立たなくなってしまったのだ。心配させないためにも、事情は説明しておいた方がいいだろう。


「……という理由で、しばらく帰ることができません」

『それは……』


 電話口のさくらが言葉を飲み込んだ。

 少し間が空いた後、彼女は微かに怒気を滲ませた声で問いただしてきた。


『東四郎さんにも危険が及ぶということですか?』

「もちろんです。命を狙われているリベリアと行動を共にするわけですから、場合によっては吸血鬼ハンターの標的になる可能性もあります」

『残酷なことを言うようですが、私としては東四郎さんとリベリアさんのどちらかしか助けられない状況であれば、迷うことなく東四郎さんを選びます。ですから、危なくなったら東四郎さんだけでも逃げてください』


 残酷も何も、その選択は当然だった。


 昔から弟のように世話をしてきた天崎と、つい一ヶ月前に出会ったばかりの弟の友達。どちらを優先するかなど、考えるまでもない。


「大丈夫ですよ。むしろ俺もヴラド三世に狙われてる身ですから、リベリアと行動していた方が安全すらあります。まあ学校に行けないのは謝らないといけませんが……」

『そんなこと……命に比べれば勉学など軽いものです。最悪、もう一度二年生をやり直せばいいだけですからね。命がなければ、その選択さえもできません』

「それもどうかと」


 犬飼やその他の友人が自分の先輩になるなど、想像しただけで身の毛がよだつ思いだ。


『それはそうと、私にできることはありますか?』

「うーん、そうですね……では、おののき荘の周りに怪しい人物がうろついていないか警戒しておいてください。たぶんリベリアの素性はすべて調べられてるので、『調査員』が張り込むと思うんです。あ、間違ってもさくらさんから手を出さないでくださいね」

『分かってますよ』

「それで張り込みがなくなるタイミングがあれば、教えてほしいんです。大家のばっちゃんに占ってほしいので」

『なるほど』


 大家の占い……もとい未来予知は、本人が目の前にいないとできないのだ。また、どこか別の場所で待ち合わせをしたとしても、尾行される恐れもある。おののき荘以外では会わない方が無難だろう。


「それと、円をよろしくお願いします」

『心配ご無用です。それよりも、東四郎さんは自分の身だけ案じてください。ただ……』


 再びさくらが言い淀んだ。


 しかし先ほどの強張った口調とは、また少し様子が違っていた。弱々しい息遣いから察するに、どうやら言葉を選んでいるようだ。


『こんなこと訊いていいのか分かりませんが……いつごろ帰って来られそうですか?』

「すみません。今の状況では何とも言えないです」

『そう、ですよね』


 大げさに吐き出されたため息は、自分がどれだけ心配しているのかを伝えたがっているようにも感じられた。


「こちらからも定期的に連絡します」

『はい。東四郎さん、お気をつけて』

「ありがとうございます」


 通話が終わる。スマホから漏れる無音が、とても痛かった。

 さくらだけじゃない。みんなに心配をかけないためにも、早くこの状況の打開策を見つけなければ。


 スマホを強く握りしめた天崎は、隣に座るリベリアへ問い掛けた。


「このまま闇雲に逃げていても埒が明かないよな。俺たちの勝利条件は何だ? いつになったらおののき荘に帰れると思う?」

「何人いるかは分かりませんが、吸血鬼ハンターをすべて倒せばいいのでは?」

「それだけじゃダメだろ。『調査員』から排除命令が出てるんだ。それがなくならない限り、今までと同じ暮らしはできないと思うぞ」

「まあ、潮時なのかもしれませんね。そもそも吸血鬼が人間と一緒に生活していること自体、自然の摂理に反しているわけですから」


 確かに、今までもギリギリだった。


 リベリアが人間社会での生活を許されていた理由は、下手に手を出したら近隣住民に被害が出るかもしれないという、半ば脅しの面もあったからだろう。その上で起こった、ターニャの一件。今回の排除命令も、そういう細かい反感が積もりに積もって下されたのかもしれない。


 だが天崎には何も関係がなかった。

 口をへの字に曲げ、リベリアの頭を少し強めに小突く。


「二度と言うんじゃねえぞ」

「……すみません」


 叩かれた頭を撫でながら、彼女は素直に謝った。


「あ、天崎さんが叩いてくれたおかげで閃きました」

「お前はテレビか」

「天崎さんの年齢で、その例えが出てくるとは……じゃなくて。安藤さんも言っていましたよね。私を排除する命令の出所が分からない、と」

「言ってたな。本当に正規の命令なのか『調査員』も疑ってるって」

「なので、その命令が何かの間違いだったと証明できれば、吸血鬼ハンターも矛を収めてくれると思うのです」

「いくら何でも、それは楽観的すぎないか?」


 そう反射的に否定したものの、よく吟味してみると意外と悪くない考えだと思った。


 リベリアの存在を快く思っていない誰かが、『調査員』の名を騙って偽情報を流したと考えた方が自然だ。そうでなければ、誰が命令を下したのか判らないなんて事態には陥らないだろう。そんな組織はすでに破綻している。


 となれば『調査員』が排除命令は誤報だったと判断するのを待てばいい。吸血鬼とはなるべく戦わない方がいいのだから。


 ただ運任せの要素が大きすぎるのも事実。あるかないかも分からない蜘蛛の糸に縋るのとは別に、自分たちでも解決の糸口を見つけておいた方がいいだろう。


「とにもかくにも、私たちが気をつけるべきなのは吸血鬼ハンターだけです。他の『専門家』が手を出してくることはあり得ないでしょうし」

「小噺も言ってたけど、それって根拠はあるのか?」

「熊を倒すための猟銃しか持っていないのに、ゴジラを倒せと言われるようなものですよ。命令に従う人なんていません」

「自分をゴジラに例えるのか……」


 とはいえ言い得て妙である。

 たとえ手元に猟銃があっても、本気のリベリアに真正面から挑みたくはなかった。


「そろそろ移動したいけど……脚は大丈夫そうか?」

「まだ完全には治っていませんが、軽く走る程度なら問題ありません。そもそも翼は無傷なので飛べばいいだけですしね」

「いや、飛ぶにしても高度を上げるのはやめておこう。吸血鬼ハーフなら、夜空でも鮮明に見えるんだろ?」

「そうですね。っていうか、行く当てはあるのですか?」

「ある。ちょっと遠いけど、ここよりは安全に身を隠せる場所がな」


 電灯が一切ない真っ暗な橋の下とはいえ、左右からの見通しは良い。身を隠すのであれば、四方を遮蔽物で囲まれている場所が好ましいだろう。


 周囲を警戒しながら、二人は橋の下から移動を開始した。


 夜闇に紛れるようにして、ひたすら歩く。途中、薬局に寄って食糧や包帯などを買い、さらに民家の少ない方角へ。二人が目指したのは焼けた獣人の里の近く、獣王の遺灰の効力がなくなるまで天崎が身を隠していた空き家だった。


「まさか、またここに来るとは思わなかったな」


 二週間前と何も変わっていない廃墟を見て、天崎は思わず苦笑いを浮かべた。


 ただ、ここならそう簡単には見つからないだろう。獣人の里の長しか知らないはずだし、周りは雑木林に囲まれている。ここへ来る間も、特に尾行されている気配はなかった。


 腐りかけの畳の上に、土足でお邪魔する。

 その瞬間、天崎の身体が唐突に傾いた。受け身を取る様子もない天崎を見て、リベリアが反射的に抱きとめる。


「あ、天崎さん。どうしたんですか!?」

「悪い。急に気が抜けた……」


 それも無理のないことだった。


 天崎は元々、ヴラド三世の件で将来に悲観的になっていた。そこへ今度はリベリアが危険に晒され、命からがら逃走。齢十七歳の少年が背負い込むには、あまりにも壮絶すぎる困難だっただろう。


「分かりました。夜は吸血鬼の時間。しっかりと警戒していますので、天崎さんはゆっくりとお休みになってください」

「ああ、朝になったら交代するから」


 そう言いながらも、天崎は埃の積もった畳の上に寝転ぼうとする。

 するとリベリアが強引に引き止めた。


「何をしてるんですか? 天崎さんの寝床はここですよ、ここ」

「は?」


 見れば、リベリアは正座した自分の太ももをぺしぺしと叩いていた。

 それが意味するところは、まあ分かる。


「いや、いくら何でも、それは気恥ずかしすぎるんだが……」

「何を遠慮してるんですか。別に誰かが見ているわけでもありませんし、私がいいって言ってるんですから、こういう時くらい甘えてくださいよ」

「うわっ」


 いきなり袖を引っ張られたため、天崎はリベリアの太ももへダイブすることになった。頭部を柔らかい感触に包まれながらも、強引すぎるだろと不満を露わにした視線を向ける。しかし慈しみに満ちたリベリアの顔を見てしまっては、怒る気も失せるというものだ。


「おやすみなさい、天崎さん」

「ああ、おやすみ。……って、寝ている間に変なことするなよ?」

「えー、ダメですかぁ?」

「しようとしてたのかよ……。ま、俺が起きない程度にしとけよな」

「やったー」


 無邪気に喜ぶ顔を見届けてから、天崎は再び瞼を閉じる。

 リベリアという安心感に包まれているためか、意識はすぐに落ちていった。

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