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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第2話『ゴーストメイトマジック』
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第1章 朝食(夕食)

 本日は雲一つない快晴! 絶好の洗濯日和!

 日光浴をして身も心も晴れやかな気分になりましょう!


 そんなお天気お姉さんの笑顔が見えてきそうな、気持ちの良い朝なのだが――、

 自室で朝食に勤しむ天崎のこめかみには、うっすらと青筋が浮かんでいた。


「この前のすき焼きもそうでしたけれど、天崎さんって料理お上手なんですね! このだし巻き卵なんて、甘さ加減抜群です!」


 手料理を褒められたのにもかかわらず、天崎の青筋がもう一本増えた。


 いつも通りの朝だ。六時半に起床し、朝食を作りつつ昼食の弁当もこしらえる。布団を片付け、小さなちゃぶ台を部屋の真ん中に用意し、そのタイミングで起きてくる座敷童の同居人と朝食を食べる。普段と変わりのない朝のルーティンだったのに――、


 ちゃぶ台を挟んだ天崎の前には、何故か金髪の吸血鬼が着席していた。

 しかも、ちゃっかりと自分の分のご飯と味噌汁を盛り付けて。


「……リベリア。なんでお前がここにいるんだ?」


 若干きつめの口調だったのだが、リベリアは天崎の言葉を意に介した様子もなく、ただ驚いたようにスリット状の瞳孔を大きく見開いただけだった。


「あれ、前に言いませんでしたっけ? 兄に勘当されて故郷に帰れなくなったから、このおののき荘に住むことになったって」

「そういう意味じゃなくてだな……」


 先日起こった事件の結末に関して、渦中にいた天崎が知らないはずはない。


 このリベリア=ホームハルトという吸血鬼は、天崎の『完全なる雑種』の血液を吸い、ほぼ人間の『完全なる雑種』である天崎と同じく、ほぼ吸血鬼の『完全なる雑種』になってしまったのだ。


 純粋な吸血鬼でなくなったリベリアは、せっかく遠い国から連れ戻しに来た兄に勘当を言い渡されてしまった。そして行く当てもない彼女を可哀そうに思ったのか、おののき荘の大家がリベリアに一室を貸してやっているのである。


 もちろん、大家の下した決定に横やりを入れるつもりはない。

 不満があるのは、さも当然のように居座っているリベリアの態度だった。


「どうしてお前は毎朝毎朝、俺の部屋に朝食をたかりに来るんだよ!」

「いやいや、何を言ってるんですか天崎さん。私にとっては夕食ですよ。なんたってこれから寝るんですから」

「いいや違うね。寝る前に食べる飯が夕食じゃなくて、夕方に食べるから夕食なんだよ。つまりこれは誰にとっても朝食だ」

「ディナーって単語があるじゃないですか。あれって実は夕食って意味じゃなくて、その日の一番豪華な食事のことを指してるみたいですよ。つまり私にとっては天崎さんが作ってくれた食事こそがディナーです」

「どのみち朝食には違いないだろ」

「あー、お味噌汁おいしいですぅ!」


 ほくほく顔で味噌汁を口に運ぶリベリアを見て、天崎は頭を抱えてしまった。


 とはいえ、自分の作った料理をおいしいと言ってくれることに悪い気はしない。なればこそ、味噌汁を飲むにしてもスプーンではなく箸を使ってほしいものだ。


 前に一度だけ箸の持ち方を教えてみたのだが、早々に放棄されてしまった。隣で見ていた円が、何故かドヤ顔でリベリアを見下していたのを覚えている。


 一緒に食卓を囲んでいる座敷童を横目で盗み見る。


 日本の神様だけあって、箸の持ち方は完璧だ。まあ、スプーンやフォークを使わせたら目も当てられないほど酷いものなのだが。


「まあいいや。こっちだって食費がカツカツなんだから、少しは遠慮しろよ」

「はーい! あ、でも天崎さんとしても、私が人間を攫って食べるよりかはいいですよね?」

「朝っぱらから怖いこと言うなよ……。そりゃ人間が喰われるよりかはマシだけど……お前、まさか夜な夜な人間を襲ってたりとかしてないよな?」

「してません、してません。神に誓って、この街に来てからは人を殺してません」


 吸血鬼が神に誓うのか。と内心で突っ込みつつも、天崎は半信半疑だった。


 リベリアの活動時間は太陽が沈んでからであり、深夜となると天崎も眠ってしまっている。そのため彼女がどこで何をしていようと知る由もない。近所で殺人事件や行方不明者が出たという話は耳にしていないものの、本人の話から前科はありそうなので、すべて信頼できるとは限らなかった。


「ところで今日は天崎さんに訊きたいことがあって、お相伴に預かりに来たんですよ」

「別に招いてはいないんだけどな。で、訊きたいことってなんだ? 今すぐじゃないとダメな話か?」

「いえ、急ぎではないのですが、とても大切なことです」


 天崎はちらりと壁掛け時計を見やった。


 時間にはまだまだ余裕があるものの、登校前だ。あまり長い話になるようであれば、できれば帰宅後にしたい。しかしリベリアは大切なことだと言う。聞くだけ聞いておくべきだろう。


「それで?」

「はい。天崎さんって……日々の性欲処理はどうしてるんですか?」


 思わず口に含んでいた味噌汁を吹き出してしまった。

 円にかからないよう気を遣えたのは奇跡だった。


「だってそうでしょう? 天崎さんにはお付き合いしている女性もいないようですし、この部屋にはパソコンどころかテレビもありません。夜遊びできる年齢でもありませんし、オカズが何なのか気になるところじゃないですか。やはり現代っ子らしく、スマホですか?」

「やはり、じゃねえんだよ! いきなり何を言い出すんだ、お前は!?」

「スマホではない? ってことは……はっ! ま、まさか……」


 何かに思い至ったようなリベリアが、驚愕の表情で円を見た。

 まさか……ではない。


「よし、円。洗面所から手鏡を持ってこい」

「あいあいさ」

「え、手鏡をどうするつもりですか? 円さん、動きがすごく機敏ですね。それを天崎さんに渡して、窓際に移動して……あ、熱い熱い熱い! やめてください! 気化しちゃうんでやめてください! 『完全なる雑種』になったからといって、吸血鬼の弱点がすべて無くなったわけじゃないんですから!」


 慌てて押し入れへと飛び込んだリベリアは、襖の隙間から命乞いを始めた。


 本人曰く、『完全なる雑種』になったことにより吸血鬼としての特性が薄れたらしい。本来なら気化してしまう日中の屋外でも、日傘やサングラスを装備し、日焼け止めクリームを塗れば自由に出歩けるんだとか。


 とはいっても、太陽が忌々しい天敵であることに変わりはない。


「天崎さん。一生のお願いです。鏡を伏せていただけませんか?」

「人間の何倍も寿命のあるお前が、ここで一生のお願いを使うのか」

「そうでもしないと、私の命がここで終わりかねませんからね」


 吸血鬼にとって、鏡に反射した太陽光など兵器以外の何物でもないのだ。


「変なことを訊くお前が悪い」

「うぅ、冗談でしたのにぃ」

「こちらと暇じゃないんでな」


 鏡を置いた天崎が、朝食を再開する。

 それを確認したリベリアは、おっかなびっくり押し入れから出てきた。


「訊きたいことというのは、私の中に流れている『完全なる雑種』の血のことです」

「そっちは冗談じゃなかったのかよ」

「失礼な。私は真剣にお話ししたいんです」


 不本意だと言わんばかりに、リベリアはぷくっと頬を膨らませた。


 天崎の数倍もの年月を生きているはずなのに、そのあどけない仕草と表情からは、どうしても同年代か少し年下くらいの印象しか受けない。


 加えて吸血鬼であるリベリアは、誰もが認める美貌の持ち主である。一般的な男子なら、多少の無礼はその面に免じて許してしまうことだろう。


 しかし天崎はというと――、


「う、うぜぇ……」


 せっかく治まっていた青筋が、再び姿を現わしたのだった。


 天崎は『完全なる雑種』であるが故、人間以外の種族に劣情を抱かない……というのは関係なく、リベリアの振る舞いは普通にストレスの許容量を超えていた。


 とはいえ、頭に血が上っていては話が進まない。

 怒り半分、呆れ半分のため息を吐き出した天崎は、先を促した。


「で、『完全なる雑種』の血だって? 俺だって詳しいわけじゃないぞ」

「天崎さんが答えられる範囲で十分ですよ。私としても、自分の体の中に流れている血液の正体は、できるだけ把握しておきたいので」


 自分の血液の正体、か。

 天崎も興味が無いわけではない。ただ『完全なる雑種』になって真っ先に訊ねてくるのは、やはり吸血鬼とだけあって、血に関しては敏感なのだろうか?


「『完全なる雑種』って、具体的にはどんな種族の血統が混ざってるんですかね?」

「具体的って言われてもなぁ。家系図でも見なきゃ分からないだろ」


 そもそも実家に家系図ってあったっけ? 天崎は見たことがない。


「ですので天崎さんが知ってる範囲でいいんですってば。お父上から聞いたことがあるとか、天崎さん自身に自覚があるとか。今から簡単に例を挙げていくので、天崎さんは正直に答えてくださいね」

「お、おう……」


 質問に答えてあげる立場だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転していた。


「じゃあまずは……神!」

「範囲広すぎだろ。それを言ったら、円だって一応は神だ」


 という天崎の発言に、円が何故か怒り出した。一応という余計な言葉が気に障ったのか。

 暴れ始めそうな円を宥めながら、質問は続く。


「そうですか。ではゼウスはどうでしょう?」

「また恐ろしいほどにピンポイントで攻めてきたな。……ゼウスかどうかは知らないけど、ギリシャ神話の神なら入ってるって耳にしたことはあるぞ」

「な、なるほど。神話の中の神々まで繋がってるとは、さすが『完全なる雑種』ですね……」


 ゼウス云々は冗談だったとでも言いたそうに、リベリアは顔を強張らせた。


 天崎としては、普通の人間にとっては伝説上の生き物である吸血鬼が何言ってんだ、という感じではあるが。


「では続いて、悪魔!」

「また幅広いな。お前だって見る人から見たら悪魔じゃないか」

「だってあんまり細かく訊ねても、天崎さん分からないじゃないですか。ざっくりとでいいんですよ」


 まあその通りかと納得し、天崎は「ある」と答えた。


「どんどん行きますよ。妖怪!」

「ある」

「鬼!」

「ある」

「妖精!」

「ある」

「人魚!」

「ある」

「さ、さすが『完全なる雑種』と呼ばれるだけありますね。有名どころは確実に押さえているとは……」

「もっと細かく分別したら、あるものとないものが出てくるんだろうけどな」


 あくまでも『完全なる雑種』とは、一定数以上の種族と交わった家系のことを指す。現存する万物の遺伝子を有しているわけではないのだ。


「さらに行きます。ドラゴン!」

「ない」

「ないんですか。意外ですね」

「ドラゴンって要は爬虫類から派生した動物のことだろ? 少し勘違いしてるみたいだけど、『完全なる雑種』だからって、人間以外の哺乳類とか他の脊椎動物の遺伝子があるわけじゃないんだ」

「でも天崎さん、兄さんと戦ってた時に、狼男に変身したり鳥類の翼を生やしてたりしてましたよね?」

「それは獣人の血統だな。獣人には狼みたいに毛深い奴や翼の生えた奴もいるから、そいつらの遺伝子を引き出して変身してたんだよ。だから魚類の能力が必要だったら人魚がいるし、ドラゴンの力を借りたかったら、ドラゴンの遺伝子が混ざってる竜人って種族を引き出せばいいってわけ」

「はえ~」


 理解しているのかそうでないのか、いまいち判別しがたい反応。


 ともあれ天崎は、『完全なる雑種』とはいえ動物や昆虫などの遺伝子は混じっていない。それらの遺伝子が主体となっている種族の血統は入っている。と、簡単にまとめておいた。


「気を取り直して、どんどん行きましょう。獣人はあるとおっしゃいましたね。では巨人!」

「巨人が本当に存在していたんなら混じってても不思議じゃない、って感じかなぁ」

「天使!」

「ある」

「宇宙人!」

「巨人に同じ」

「幽霊!」

「……幽霊?」


 そこで初めて、天崎が首を傾げた。


 先ほどの巨人や宇宙人と同様、『実在すれば~』という仮定が入れば、いくらでも答えようはあっただろう。しかし幽霊に関しては、それ以前の問題だった。


「幽霊って、本当に存在するのか?」

「なんか、今さら感がすごい疑問ですね」

「リベリアは幽霊を見たことあるのか? 少なくとも俺はない。あぁいや、今まで挙げた種族の大半はないんだけどさ。幽霊なんて、そこら辺を漂ってても不思議じゃないだろ? でも俺は見たことがないし、気配を感じたこともない」

「むぅ……」


 疑問を投げかけると、リベリアは押し黙ってしまった。

 即答できないということは、彼女もまた見たことがないのだろう。


「円はいると思うか?」


 話を振ってみるも、円は首を横に振って「わかんない」と答えるだけだった。


 人間と神と吸血鬼。三つの異なる種族が、幽霊の実存は不明であると口をそろえて言う。ということは幽霊は実在しないか、もしくは三人とも幽霊を視るための能力、つまり霊感がないだけなのか……。


「もしかしたら大家のばっちゃんは視える人かもしれないな」


 占い師に霊感が備わっているかどうかは知らないが。

 覚えていたら、そのうち訊いてみよう。そう頭の隅に留めたところで、天崎はふと疑問を抱いた。


「そういや俺の方からも訊いてみたいことがあったんだけど」

「え。天崎さん、吸血鬼の一人遊びに興味があったんですか!?」

「ねえよ、どこまで話を戻すんだ……。お前、『完全なる雑種』になったってんなら、俺みたいに他の種族の血統を引き出すことってできるのか?」

「うーん……」


 人差し指で自分の頬を突いたリベリアは、あまり芳しくない反応で天井を見上げた。


「今のところはできないですね。できそうな気配すらないです」

「俺も時間がかかったしな。親のレクチャーも必要だったし」

「なんていうか、今は吸血鬼の弱点が薄まった程度にしか実感できません」

「そんなもんか」


 自分が『完全なる雑種』になってしまったことでもっと取り乱すかと思いきや、リベリアは意外とすんなり受け入れているようだった。葛藤で苦しんでいる様子もないし、天崎としては一安心である。


 まあ元々そのつもりでやって来たわけだから、最初から覚悟はあったのだろう。

 そう天崎が一人で納得していると、唐突に二の腕の辺りを軽く抓まれた。


 見ると、円が感情のない瞳でまっすぐと天崎を見つめている。


「時間、いいの?」

「うげっ!」


 割とヤバかった。


 朝食をかっ込んだ天崎は、猛スピードで制服に着替えて登校の準備を始めた。こういう時、男に生まれてきて良かったと天崎は実感する。顔は学校で洗えばいいし、髪なんて整える必要もない。


「リベリア。悪いけど食器洗っといてくれ。部屋の鍵は円がいるから掛けなくていい」

「えー。私、今から寝るんですけど」

「あぁ?」

「喜んで洗わさせて頂きます、天崎様」


 慎ましく土下座をするリベリアと、「いってらっしゃい」と手を振る円に見送られ、天崎はおののき荘を飛び出した。

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