非常事態
撤去しようとブラックホールを観測していた最中に、非常事態が発生する!!
非常事態
「ブラックホール進行方向と加速度、膨張率を計算し、五時間後にシュワルツシルト半径内へ突入。出力の大半を異次元シールドと、重力を異次元へ連続転送するのに使用するため、異次元通信などは能力低下。その間、ドルフィー銀河やサラマン様との交信不可能。また、真奈美のスマホも圏外となる」
胸ポケットからスマホを確認する。地球から640億光年も離れているのに通信状態は全く問題ない。
「別にいいわよそんなこと。あんまり長時間だと困るけれど」
「作戦自体は20秒で完了予定。只し、方位修正や速度計測に精度を要する。急な異変があれば即撤退可能。安全第一」
そりゃそうよね。ずっと未来に来るはずのブラックホールにわざわざ飛び込む必要はないわ。
白いテーブルに出されたコーヒーを口にすると、イナリは早速観測を始めた。目の前のブラックホールは当然のように巨大化してくる。相対速度差を低くしているから目視できるらしいのだが、……目の前で巨大化していくブラックホールは不気味で仕方がなかった。
あまりの退屈さに私がソファーでうとうとしかけたその時、艦橋内の全部の警報が一斉に鳴り響いた。
――ジャーン!
警報と言うよりは、熱したフライパンに水をかけたような音――。それと同時に艦橋内に数多く設置されたスクリーンには真っ赤な異常表示が点滅する!
うるさくて耳を指で蓋した。
「いきなりやかましいのよ――! 何事? またバカサラマンでも来たの?」
イナリは何も返答をしない……。
次の瞬間、ガクンと艦橋内が揺れたかと思うと、目の前のブラックホールが緩やかに右方向へとスライドしていった。
――いやいや、そんなに早く移動するはずがないって――。
「イナリが向きを変えたの?」
とっさにテーブルにしがみついた。妙に振動が大きい。ヌガヌグ帝国との艦隊戦の時でも、次元戦艦は揺れ一つ無かった筈だわ。イナリは何も答えない。
「……ひょっとして、なにかヤバイ雰囲気?」
笑顔が引きつる。
ブラックホールは目の前から見えなくなったが、逆に星がたくさん煌めいている。その引力と存在感を背中に感じるようになった……。
「ねえイナリ……これも作戦のうちよね?」
声は鳴り響く警報音に掻き消される。
「――ちょっと、なんとか言いなさいよ!」
大声で怒鳴ると、鳴り響いていた警報は全て鳴り止み、艦橋内は静寂を取り戻した。
ホッと一息ついて問いかけた。
「なにがあったのよ。ちゃんと説明してくれないとビックリするじゃない」
赤い異常を表示しているモニターは、なにも変化していない。艦橋内のスピーカーが私の問い掛けに返答をしてくれた。
「緊急事態発生――。異次元80318完全消失――。異次元制御不可――。原因不明。異次元消失のため解析不可。異次元通信不可。異次元シールド消失。艦内異次元エネルギー消失。艦内重力制御エネルギー推進可能レベルまで低下。異次元転送不可。非常事態につき緊急反転、全出力離脱中!」
私は……片方の頬だけでにっこりと微笑んだ……。




