え? お茶だけ……?
お茶だけのつもりでついて行った真奈美をイナリは沈黙して見守っていた。
え? お茶だけ……?
その車にふさわしい超高級ホテルの前で止まった――。
今はちょっと軽はずみな勢いで車に乗ったことを後悔している。そういえばイナリが罠だとか繁殖行為とか言っていたわ……。
ディア君がイケメンなのは確かだけど、だからといって簡単に着いてきたのはまずかったかしら。
『……』
イナリはあれから何も表示していない。
普段であれば『待機中』と表示しているのだが、今はなにも私の視界に表示していない。
――もう、超次元戦艦のくせに……ヘソなんて曲げるな!
「こっちだよ」
ディア君がにこやかにそう言った。
「え、ええ」
二人は制服のまま、その高級ホテルへ入っていった。
「いらっしゃいませ」
ロビーでベレー帽を被った女性にディア君は英語で何やら問い掛ける。すると女性も英語で喋りだした。
成績の悪い私には当然解らない。いつもだったらイナリが日本語訳をで表示してくれるはずなのに……。
「なにを喋ったの……?」
そう聞くのがやっとだった。胸がキュンキュンからドキドキに変わったままだ――。
「え? 二人っきりで話が出来るところをって聞いただけさ。こっちだって」
先に歩いていく。
高そうな皮靴がカツカツと甲高い音を立て、まだ人の少ないホテルの一階に響き渡る。
ああ――。この先にどんな部屋があるというの?
逃げ出したいけど……帰り道も解らない。
いつの間にか私の足取りは……亀よりも重くなっていた。
そしてディアブロが扉を開けると、そこには……ホテル内の喫茶店が広がっていた……だけだった。
「……なによコレ? ただの喫茶店じゃない!」
「ただじゃないよ。有料だよ。っていうか、君は何か勘違いしていないかい?」
『プープププ』
誰かさんの……吹き出す声が聞こえるのではなく、表示されている~!
顔が赤くなり、腹立つのだが……今の私は、重圧から解き放たれた気がした。
「そりゃ勘違いするわよ! あんたはあちこちでいろんな女子に手を出してるんでしょ! 私だって色々考えるわよそりゃ!」
思わずそう言ってしまった――。
怒ることもなくディア君は、手の平を見せて困った顔を見せた。
「僕は自分のタイプの娘しか狙ったりしないよ。君にペンダントを贈ったのは違う理由さ」
あー! 超ムカつくんスけど! 私は眼中オブアウトなわけ?
『アウトオブ眼中。訂正と爆笑中。あ! サラマン様に御報告も検討中~』
――バカイナリ! 笑ってないでこいつをギャフンと言わせてやって~!
異次元かんしゃく玉を使っても許す~!
『私の任務は真奈美の護衛。無駄な殺生はいけないよ。待機中~』
――カッチ~ン! もう私の顔は、照れと怒りと恥ずかしさで耳の穴まで真っ赤になっていた。
「……とにかく座ろうか」
ディア君に着いて行き、店員に案内された席に座った。
高級ホテルの喫茶店に制服姿の男女。どこから見ても怪しい。
『見かけ上はカップル。記念撮影中。カシャカシャ!』
「――せんでいい!」
声に出してイナリを制した。ディア君がまた不思議そうな顔でこちらを見ている~。
「やっぱり君は変わっているねえ。何人も日本の女性と話してきたけど、君みたいにぶっ飛んだ子は初めて見るよ……」
ぶっ?
ああ――、やっぱりこいつはムカツクヤツだわ。当初の腹立たしさが復活してきた……。
「勝手に誘っておいて、タイプじゃないなんて言って、挙げ句の果てにはぶっ飛んだ子ですって!」
テーブルに両手をついて立ち上がった。ガチャリとコーヒーカップと皿が音を立てる。
『血圧調整実施。興奮状態緩和実施。完了』
私は……静かに座って聞いた。
「私に聞きたいことってなにかしら?」
静かにコーヒーを口に運んだ。さすがは高級ホテルの喫茶店は香のいいコーヒー豆を使っているわ!
ディア君はさっきから口が開いたまま、不思議そうな顔のままだわ。
「二重人格って……僕は初めて見たよ……」
同じようにコーヒーを口にする。
もう私は怒っても喜んでもいなかった……。
イナリの興奮状態緩和措置がよく効いたのだ……。はあ~。