戦艦と混浴? (挿絵あり)
樋伊谷真奈美はお風呂に入りながら、目の前から突然消えた痴漢のことを思い出す。
戦艦と混浴?
一限目を遅刻してしまった。
得体の知れない声の主は、学校では何も話しかけてこなかった。もちろん私から話しかけもしなかった。
普段より物静かな私を佳奈が心配してくれたが、朝の事については何も喋らなかった。
――目をつぶっても文字が見える。
――誰かの声が聞こえる。
――目の前で人が消えた。
そんなことばかり言っていたら、そのうち友達がみんな居なくなってしまうこと疑いなしだ。
次にその次元……何とか? って奴と話したのは、その日の夜。ちょうどお風呂に入っていた時だった。
かかり湯もせずに湯船に入ったのは考え事をしていたからではない。……いつものことだ。しかし、肩まで湯につかって天井を見ていると、思い出したくもない朝の出来事を思い出してしまう。
――あの真っ赤な酒盗みたいになって消えたおっさんはどうなったのかしら。
……やっぱり死んだ? 私が殺した?
……手が小刻みに……震えてくる。
今のところあの事件について知っているのは、私だけ……。だとしても、直ぐにバレてしまうだろう。
あんなスケベなおっさんにも家族は居るのだろうし、毎日通勤してれば急に居なくなったと気が付く人もいるだろう。
――それに私を追いかけて走ったのを大勢の人に目撃されている。防犯カメラとかにも写っているだろう。
どうしよう――。
「危害を受ける恐れが発生すれば目撃者を全員、異次元80318に引き落とす。または機能停止させる。現在どちらでも可能。待機中」
あの声が……また聞こえてきた。
……心なしか、風呂の中では声が響いて聞こえてくる。
「――って、何よ! どこに居るのよ! もしかして私の裸見てるの?」
「異次元80318に居ると二度も言った。君の記憶力は単細胞生物程度と判断。異次元から常時監視中。待機中」
慌てて胸を両手で隠した。
「スケベ! 出てきなさい、この変態野郎!」
「了解した」
そう聞こえた途端、――目の前の空間から白い壁のような物が音も立てずに現れ始めたのだ!
「――ちょっと待って、止めて!」
「待機中」
その声の主はまだ四角い板のような状態で目の前の空間に浮かんだままとなった。
吊り下がっている分けではない。宙に浮かぶ得体の知れない白い小さな板のようなものだ……。もしかすると、途方もなく大きなものの先端部分だけなのかもしれない。
「も、戻って。その異次元80318に戻って」
「了解した。君が異次元ナンバーを覚えたことに驚いている。待機中」
その板状の物は、ゆっくりと空間に消えて行った。
大きく深呼吸をする。手品か何かを見せられたような気分だ。
まだのぼせるほど湯船に浸かっているわけではないのに――。
「あなたが異次元に居るっていうのは、なんとなくだけど分かったわ。でも、一体何者なの?」
「次元戦艦だと何度言わせる!」
――少し怒っている~。
一体なにごと? 戦艦が怒る? 戦艦には艦長がいて、その艦長が怒ってるってことなの?
「怒ってなどいない。未発展の二足歩行型生物の脳という制御装置にあきれ果てているだけだ。当然だが艦長などいない。私自身が次元戦艦であり、制御装置の命令信号で行動する」
「その制御装置だとか命令信号だとか、もっと簡単に言えない?」
「君に分かるように言えば、脳ある戦艦。AIと呼ばれるものに近い。以上だ。待機中」
「AI? ああ~、人工知能か」
最初からそう言ってくれれば良かったのだ。
湯船の中につかったままで指がふやけてきていた。
「そ、そんなことよりも! 今朝の痴漢……あのおっさんには何をしたの。殺したの?」
「君の危険信号を検知して一度目はヒートシールド。わかりやすく言うと火傷させた。次の危険信号にて表裏反転処理を施し異次元に転送。分かるように言うと、内臓と皮膚をひっくり返して二度と帰ってこられないところへ放り投げた。待機中」
「じゃあ、……殺してしまったの。痴漢しただけなのに……」
息を飲む……。なんて酷いことをするのよ――。
「現在は活動停止状態維持で時間停止。この次元への復帰と再活動は可能。痴漢しただけと言うが、君の反応は危険信号を発するほど過剰であった。待機中」
「何それ、私が怖がりすぎたから殺したの?」
「そうなるが殺したのは私。ただし再活動可能のため、君達が認識している「殺した」という表現とは異なる。待機中」
「じゃあ今すぐ戻して。生き返らせてよ」
「了解。表裏反転処理実施、異次元から転送する前の場所へ再転送。完了。当然だが地球上での位置補正は行っている。待機中」
何も変わっていない。音もしない。
「え、何? もう終わったの。位置補正って何」
「朝より地球の位置、太陽系の位置、銀河系の位置、宇宙の大きさは変位している。朝の位置に戻せばそこは大気圏外。宇宙の中となる。様々な位置補正をかける必要がある。おっさんの行動再開を確認。復旧済み。待機中」
「あ、……そう」
あまり良くわらないが、戻ったというのなら……良かった。
「……でも問題は、あの痴漢のおっさんが今日のことを覚えているのが問題よ」
顎と口を湯船に浸けて、ブクブクと泡を出した。
毎日、あのおじさんから隠れてこそこそ電車に乗らなくてはいけないのだろうか……。被害者は私だというのに……。
「問題ない。明日同じように痴漢をしてくる可能性はゼロ。待機中」
「何でよ」
「君たち二足歩行型単純生物は単純ゆえに同じ痛さを得ようとしない。待機中」
「そうだといいけれど……ん? 単純生物は余計でしょ!」
……でも確かにそうかもしれない。
手を火傷させられて、いきなり朝が夜になったりして、そんな事が次の日も続いたりしたら困るはずだわ。
少し気が晴れた。こんな意味の分からない、けったいな奴でも話すだけマシだった。
「けったいは余計。待機中」