営業妨害
その日、ハンバーガーショップは思わぬ営業妨害の被害を受けていた!
営業妨害
「真奈美ちゃん。あんまり商品食べないでくれるかなあ……」
「あ、ごめんなさい!」
遠くにいる店長に怒られて、私は急いで指に着いた塩を舐めた。テヘペロってやつだ。
『真奈美の唾液には現在九万もの雑菌確認。塩分には多少殺菌効果ありだったため……指は逆に汚れたと判断。待機中』
――うるさい!
私の唾液は綺麗よ!
「マナあ~、ちゃんと石鹸で手を洗ってね!」
レジのところからカナにまでそう言われると……仕方がない。
「へへ、洗うに決まってるじゃない」
客用の手洗い場で手を洗った。
「ところで、全然客が来ないわねえ。いつもなら下校する他の高校の生徒で一杯になる時間なのに」
「そう言われればそうね。私達は楽チンだけど」
カナも首をかしげて難しい顔をする。
「――なにか悪い噂でも流れていたとしたら。これは一大事だ――。潰れてしまう――!」
店長はガラス越しに外を見ながら一人オロオロしている。その隙にまたポテトを食べようとした。
『現在この店に接近中である全生物の満腹中枢を制御中。周囲十メートルに近づくと、満腹感を直接脳にインプット。どんぶり鉢8杯分の満腹感を与えることにより客をシャットアウト。それでもまだ店に入ろうとする愚か者には、胃袋へ直接十キロの鉛玉を異次元から直接転送予定。準備中』
「バカ! それじゃ営業妨害じゃない。――? っていうか、胃袋に十キロの鉛玉なんて入れられたら死んじゃうわ!」
鉛玉喰らって、死んじゃうわ――!
店長とカナはこちらを向いて呆然としている。
『私との会話時に大きな声を出すと、秘密にしている私の存在がバレる恐れあり。警戒中』
とっさに口を塞いで二人に背を向けた。
「イナリが馬鹿なことするせいでしょ~! もっと他の方法にしなさい!」
『了解。では粒子アナッサシールドインビジブルモード展開。これであらゆる生物、光学カメラ等による確認は絶対不可。人間のデータベースでいう透明人間。待機中』
「ああ~なるほど! 私が透明になれば誰にも見つかる心配ないものね……。ってアホか! バイト代もらえないじゃない! 早く戻しなさい」
みるみるうちに透けていく両手を見ながらそう言った。
――カナはジ~っとこっちを見ているままだ。完璧に見られてしまったわ!
『五十鈴佳奈の視力は眼鏡を装備していないため数値上では真奈美の約百分の一。こっちを向いているが真奈美を見ていないためバレていない。待機中』
あ、そうだった。カナは筋金入りの超ド近眼なのだ。
前に眼鏡を外したら、調理実習でキュウリとゴーヤを間違えていたほどなのだ――。
キュウリの種……そんなにゴリゴリしないでしょ! って先生に叱られていた……。
「助かったけど他の方法考えなさい。ほら、そうこう言っている間にうちの制服の生徒が来ちゃうじゃない」
『仕方がない。では視覚修正処理実施。完了。真奈美の姿は客だけに見えないように調整。店長と佳奈には目視可能。これで万事オッケー。待機中』
「……そうよ、それでいいのよ~。もう、最初からそうしなさいよ。これでやっと仕事に専念できるわ」
またポテトを一つ口に入れると、カナが言う注文の品を次々に包装していった。
店員二人が誰もいないところを向いてオーダーを出す奇妙なハンバーガーショップ……そう噂され、数週間売上が減少することを、この段階で知るものはいなかった……。
「今日はご苦労様。これは今日のお駄賃」
封筒に入った駄賃と称するバイト代を受けとると、早速開いて中身を見た。
「あら、えらく少ないわ」
『……最近の小学生が小銭のお年玉を受け取ってもそんな失礼なことは言わないと推測。小学生レベルと落胆中』
「いやはや、真奈美ちゃんは食べてばっかりだったからねえ。その分で少し少ないんだよ」
カナはレジ打ちを休むことなくアンドロイドのようにこなしていた。見ると顔には疲れがどっと見える。
「おじさん、またいつでも手伝うから声をかけて下さい」
カナはそう言って叔父に礼をした。私は、正直言って、そんなに楽しくはなかった。
「私は……もういいかな。どうしてもって時は仕方ないから手伝ってあげるけど」
「うーん、真奈美ちゃんはもういいかな。どうしてもって時はまた手伝わせてあげるかもいれないけど」
店長の皮肉は私には皮肉に聞こえなかった。




