始動
樋伊谷真奈美は謎の声の主を天使様と勘違いし、話しかける。
始動
何がどうなったかさっぱり分からなかった。
「酒盗になって……消えた?」
「違う。表裏反転処理をし、活動停止確認後に異次元へ転送。危険除外確認。待機中」
「誰? 誰が私に話しかけてるの?」
私がそう言うと、廃墟のビルの横に立っている白い小さなプレハブ小屋から誰かが出てきた。
白い作業服と真っ黒な安全靴。
黄色い作業用安全ヘルメット。見るからに……ここの作業員だ。
「あなたは誰なの」
「んん~? お前こそ誰だ。ここは立ち入り禁止だ。さっさと出て行け。それとも何か用か?」
さっき聞こえた声と全く違う~!
この人は……ただここで作業してる人だ。見るとプレハブ小屋からは次々と同じ姿の人が出てくる。
……ラジオ体操の前奏まで流れ始めた。
「す、すみません。失礼しました」
さっさと走って道路へと出た。
どうせもう一限目には間に合わない。ブラブラ駅へ向かって歩いていた。
さっきの声は何だったんだろう……? 低くて割といい声だった。
……もしかして、私にだけ聞こえる天使のささやきなのかしら。うふっ。
頭の中から先ほどの酒盗の醜い塊は奇麗さっぱり消えていた。
「ねえ、私だけの天使様。私の声が聞こえていたら返事をして――」
半ば冗談であった。しかし、本当に返事をしてくれたのだ。
「私はお前達が空想で造り上げた、天使などではない」
――ハッキリとそう否定され、思わず振り返った。
「――誰! どこから私に話しかけているの!」
今までのように悠長にしていられない――ヘッドホンで聞くように鮮明に声が聞こえたのだ。
制服の肩のところに高性能スピーカーが付いているかのように!
「私は次元戦艦ナンバー80318号。異次元空間80318から君に直接話しかけている。待機中」
――わけが分からない! 怖い! 怖すぎる……!
「――い、今、何て言ったの? 次元? 次元って何? ジゲンって誰?」
……あのワルサーP38を持っている……モミアゲのおじさん?
「それは人違いだ。ワルサーを持っているのはルパンだ。待機中」
ご丁寧に私の考えていることにさえ突っ込みを入れてくれる……。
「あなた誰? 次元……戦艦? ってなんなの?」
「同じ質問に答えるほど私は暇ではない。次元戦艦は君達の世界で言う宇宙戦艦より高度な戦艦を意味する。待機中」
最後に待機中って言うのは……口癖かしら。すると今までもずっと待機中だったってことなのね。それで私の目にはずっと「待機中」が表示されていた……。
「ちょっと待って、あなたは一体何処にいるのよ。私の瞼にでも張り付いているの? ちょっとは分かるように説明しなさいよ!」
「異次元80318に居ると先ほども言った。分かるように説明すると。君が行動可能な空間とは全く別の空間に居る。そこから少しだけ出て君の体の表面をコーティングしている。これ以上は無知な君には理解不能。待機中」
私はまだ全く解らなかった。……でも一つだけ分かったことは、
――この声の主は、少なくとも話していてムカつく奴だってことだ――!
「無知って何よ。失礼しちゃうわ。何の目的で私に付きまとうのよ」
「私は上からの命令に従っているだけだ。君の護衛が目的で君をコーティングしている。待機中」
「誰の命令よ」
「君が知る必要なし。待機中」
何よ。護衛? その割には偉っそうじゃない!
「その待機中って言うのやめなさいよ。うっとおしいわ」
「護衛に関係ない命令に従う必要なし。待機中。待機中。待機中」
――カッチーンとくる~! もう話しかけないで!
早足で学校へと向かった。
一瞬、耳鼻科に向かおうかとも思ったが、この前の眼科と同じ結末だろうと容易に判断できる……。