受取サイン
イナリと過ごした日々を真奈美は日記帳に書き記していたが……。
受取サイン
……何処まで書いただろう……
日記帳が、走り書きで全て埋め尽くされてしまった。新しいノートか紙が欲しいと思いながら私は……結局またウトウトしていた。
時計の針は一時を少し過ぎていた――。
「こんばんは。遠距離宅配便です」
こんな夜遅くに、いったいなに?
「申し訳ございません。高速遠距離宅配便です。樋伊谷真奈美さんですよね」
……そうですけど。
――普通宅配便は昼間に持ってくるものでしょ。眠っている時間に持ってくるなんて……。
「申し訳ございません。高速宅配便ですので、容赦なく持って来させて頂きました。印鑑かサインだけで結構ですので、受け取りよろしくお願いします」
高速だから容赦なしってのが――少し笑える。
――いや、笑っている場合ではない。
目覚めようと必死になったが周りは暗いままで明るくならない――!
「どうして目が覚めないのよ! 肝心な時なのに! 簡単に受取りできないわ。ちゃんと説明して! そして……ええっと――そうだ! 現物をちゃんと見せて!」
必死に叫んでいだ――!
「ええ? 現物確認されますか。いいですよ。ちょっと待ってて下さい」
ハエのような飛行物体が、私を置いて遠くへと消えて行った。
この真っ暗な空間にも遠近があるようだ。
そして目の前の空間に音もなく忽然と姿を現したのは、私の……私だけの次元戦艦オイナリサンだった――!
「イナリ! ――無事だったの?」
「久しぶり真奈美。ちょうど別れてから地球時間でマイナス一カ月と三十分」
目の前のイナリの船首の部分に抱きついた。
白くて暖かい甲板に、安堵の涙が溢れ零れた――。
「もうバカ――! 異次元レンジになったかと思って心配したじゃないのよ!」
「今回それは奇跡的に免れた――。真奈美の決断とドルフィー銀河のガイザク提督のお陰。再開中」
ガイザク提督って誰――? 記憶をたどった……。
――ああ、あのヨダレをダラダラ垂らしてた宇宙人か。
昨日会った人なのに、はるか昔に感じる――。
「地球時間では昨日ではなく、約一月後なのだが、大宇宙時間では昨日となる。私の返品に伴いサラマン様はドルフィー銀河統一権を返さなくてはならなくなった。しかし、真奈美ではなく、本来それを受けとるヌガヌグ帝国が、もう大宇宙には存在しない。代わりとしてガイザク提督に統一権を返そうとしたのだが、ドルフィー銀河の統一権は、既に樋伊谷真奈美の物だと進言してくれたらしい。さらに、サラマン様による宇宙統一にも全面協力したいとの声明も出したとのこと。説明中」
「ええ? ドルフィー銀河の統一権が……なにって?」
さっぱり意味が分からない~! もっと分かるように簡単に言って――!
「……サラマン様が次元戦艦の返品を受け、渋々、ドルフィー銀河の統一権を返そうとしました。しかし、正当な統一権を持ってしまった真奈美に、さらに統一権の返品なんて出来ませんよね。そこで困ったサラマン様は、返品できない代わりに、安定した銀河統一と、宇宙の歪み防止策として、超次元戦艦一隻を真奈美の護衛に贈呈される運びとなされました。パチパチ」
……さっぱり分からないけど、いつものどうでもいい話ね……。
「なるほど……大体分かったわ。ところで、超次元戦艦って何のことよ」
気が付きつつ、わざとイナリに質問する。
「この度、ドルフィー銀河が全くの反感を抱かずにサラマン様に協力すると声明した功績により、私は二階級特進し、――超次元戦艦80318になったのだ! パチパチパチオ~! 拍手喝采中」
良く見ると少し形が変わっている。なんかひと回り大きくなってる……。あと、真っ白だったボディーにはステッカーのような塗装が施されて、まるで、ド派手なレーシングカーのようだ。
……HOYOTAやTONDAなどの文字は……う~ん、それなりにカッコ良くも見えるが……、○○電力と○○ガスって、ライバル会社同士で節操もないような気がする……。
他にも見たこともないステッカーが、無駄にたくさん貼られている~!
「これらは地球上で私の姿が目撃された時、宇宙からの侵略として恐怖を与えないための対策。それと、お小遣いとして、広告料がもらえるかもしれない。期待中」
期待中ってなんだ――あいかわらずセコイ……。って言うか、――絶対に目撃されないで欲しい~!
デカデカと貼られた、私の名前シールは――とりあえず剥がせ~!
「……でも、何はともあれ、おめでとうイナリ! 無事で何よりだわ!」
「ありがとう真奈美! そうそう、そして二階級特進した権利として、私は艦名まで頂いた。その名は――」
聞かなくても分かるわ。
「超次元戦艦オイナリサン! これはサラマン様が自ら私のために考案した名。光栄――」
――ちょっとムカつく~!
「何が「光栄――」よ、私がオイナリサンって初めて言った時は凄く嫌がったくせに~!」
さらに何か言おうと思った時、先ほどのハエのような飛行物体が喋り出した。
「……お取り込み中、申し訳ない……。確認がオッケーでしたら、受取のサインを早く貰いたいんですけど……」
すっかりこいつの存在を忘れていたわ。
「ごめんなさい」
サインしようとしたが、やっぱり真っ暗で良くわらない。
「どこでも何でも結構ですよ」
私は二度目のサインをした。
詐欺であり、陰謀であり、また問題ごとを山ほど抱えているのだろうけれど……。
――もう私にとって、イナリはただのボディーガードではない――!
「はい、結構です。確かにお渡しいたしましたので確認をしておいて下さい。毎度ありがとうごさいました~」
目の前が急に明るくなり、私はまた自分の部屋で目を覚ました。――いま思うと、その真っ暗な空間も何者かの異次元だったのだろう。
目を覚ました私は、日記帳をそっと閉じた。書き込む必要がなくなったからだ――。
視界には、「待機中」の三文字がしっかりと映っていた――。
『待機中』
これにて次元戦艦オイナリサンはしばらく「待機中」となります。ご愛読ありがとうございました。
近々また出撃する日が訪れます!




