不良品にされた次元戦艦オイナリサン
大勢の人を巻添えにしたイナリを、真奈美は許すことができなかった。
次元戦艦を不良品だから返品すると……イナリの主へと伝えさせる。
不良品にされた次元戦艦オイナリサン
生徒が滅多に来ない別館の女子トイレへ入って鍵を閉めた――。
「ちょっと、イナリ! 聞いてたんでしょ。何とか言いなさいよ!」
「真奈美。声が大きいとバレる可能性が高まる。待機中」
「そんなことはどうでもいいの。どう言うことよ! 犠牲者が出たって言ってるじゃない!」
――あれほど人の命は大切だっていったのに!
「真奈美の敵と判断。真奈美は納豆菌を……今日は殺していないが、昨日は何十万も……」
「そんな話はどうでもいいの!」
怒りを抑えられずにいた――。
「血圧上昇を確認。興奮錯乱状態抑制実施」
「――え、何なの?」
走って来たこともあり息を切らしていたが、すぐに呼吸が整い、今まで怒っていたのが嘘のように……気が鎮まっていくのを感じた。
「通常状態まで復帰完了。待機中」
「ありがとう。イナリ」
――いや? 礼を言っている場合ではない?
私は怒っている! いや……怒っていたのだ。
そしてその怒りを強制的に鎮められたことにより――さらに怒りが湧いてくる!
「興奮錯乱状態抑制再開。完了」
……また落ち着いた。
ゆっくり息を吐き出し……怒っている時に言いたかったことを落ち着いて言った。
「返品」
「私の返品と考察。受領後の返品は不可能。待機中」
私は……この大量殺戮兵器と一緒になんて居てはいけないんだ。それが今日、ハッキリ分かった。
そしてこの詐欺が……誰の手によるものかも分かったわ。
「私の任務は詐欺ではない。主の命令によるもの。待機中」
「その主が、地球侵略か崩壊のために送り出したのがあなただったわけよ! 私はいいように利用された!」
「その可能性はゼロ。主は樋伊谷真奈美の護衛を命令された。私はその任務を遂行しているに過ぎない。護衛中」
「じゃあなぜ人を殺すのよ! 私は人の命は尊いものだって説明したでしょうが! ――バカ! これじゃ私が大量殺戮兵器じゃない! どうするのよ。死んだ人は帰って来ないのよ!」
目からは涙が……流れおちる。
こんなハズじゃなかった――!
前みたいに、冗談って言って欲しかった!
キツネに抓まれた――夢であって欲しいのに!
「……殺したのは私。真奈美ではない。しかし、死ぬ時期が早まっただけであり大差なし。人は身の危険を感じなければ同じ過ちを繰り返す。多少の犠牲はむしろ必要不可欠」
「そういう問題じゃない――!」
「興奮錯乱状態抑制再開。完了」
また……気が落ち着いて安らいでいく。涙も完全に止まってしまった。
一度泣いて……なんだか清々しい気分だわ。
「――! もうやめてよ! もう異次元からこちらに入ってこないで!」
「護衛のためそれは不可。護衛拒否も認めない。待機中」
イナリは力づくでは何もしない。でも私はイナリのせいで、人としての考え方や行動。心までも奪われてしまうと恐怖した――。
初めて……次元戦艦オイナリサンの性能の恐ろしさを目の当たりにした――。
大きく息を吐きだすと、落ち着いて声を出し……話した。
「あなたは不良品よ、イナリ。不良品ってことに自分では気が付いていないところがそう。だから返品すると、あなたの主に伝えなさい。これでは契約違反ですと……」
イナリはしばらく何も言わなかった……。
数分後目の前に文字が無言で映った。
『主が面会の機会を与えて下さった。地球時刻で今週土曜日の深夜0時。面会場所はサラマン第一惑星。それまでは今の任務を継続。私は不良品ではないが、主自らが判断をされる。待機中』
「わかった……」
頷くと、イナリにも友達にも何も言わずに学校を去った……。
かといって……どこか行く場所がある訳でもない……。とりあえずは学校の裏山が見えない所に早く行きたかった。
――イナリは何も言わなくなった。
駅に向かって歩いていると、テレビ中継車とすれ違った。……すれ違ったかと思うと、急に車が止まって大きなカメラを担いだ男の人と、リポーターらしい若くて奇麗な、化粧の濃い女性が降りて来て、……あろうことか、私を走って追いかけてくる――。
――なんで私を追いかけるのよ!
走って逃げたい衝動に駆られたが、ハッとして立ち止まる。
――過剰に意識してはいけない!
まだイナリは護衛を継続すると言った。視界から「待機中」の三文字は消えていないのだ。
「ちょっとすみません。話聞いていいかしら」
「え、ええ」
カメラマンが重そうなカメラを肩に担ぎ、リポーターが話始める。
「――現場近くの高校生も続々と下校を始めているようです! 話を伺ってみます。あなたも昨日の一件で安全のために学校から早退されるんですよねえ」
「ええ……そうです」
ニュースを見ていないので適当にしか答えられない。仕方なく映されるのだが、……あまり顔は映さないで欲しかった。
「昨日の閃光のような物は見ましたか?」
「え? あ、はい。家の窓が光って怖かったです」
「あれは一体何だったんでしょうか?」
「あれは……異次元空間から地球を侵略する宇宙人の仕業だと思います」
私がそう答えた途端、カメラマンはカメラを肩から下げ、リポーターはマイクを下げた。
「ありがとう」
軽い感じで礼を言い、さっさと車に戻って行った。
――偉く物分かりがいいリポーターだわ。今ので全て察したのかしら?
『カット決定。無駄な時間と判断したもよう。待機中』
いつもの癖で、ついイナリの文章を読んでしまい、直ぐに文章から目をそらした。
――そりゃそうよ。誰も信じるわけがないわ!
本当に地球が侵略されそうになっているかもしれないのに……。
私は立ち止まった――。
……万が一、私以外の人のところにも次元戦艦なんてとんでもない兵器が送りこまれていたとしたら、
――本当に地球の存続すら危ういのではないのだろうか。
『その可能性はゼロ。同様に地球上への異次元やそれに類する物の発生と転送も皆無確認済み。待機中』
別にイナリに聞きたかった訳じゃないわ――。全くお節介極まりない――!
第一に、イナリが嘘をついている可能性だってある――!
『次元戦艦嘘つかない。冗談はまれに言うが。待機中』
家に帰ると妹が留守番をしていた。
「なによ、お姉ちゃん学校サボったの?」
「瑠奈こそ学校行かずに何してるのよ。留守番?」
「違うわよ。学校行っても勉強にならないから家で勉強してるのよ」
受験のために……学校サボる?
「お母さんも了承済みよ。それよりお姉ちゃんこそ何で帰って来たのよ」
「なんか、頭痛くなっちゃったのよ」
嘘であるが、そう言って自分の部屋に入った。
しばらく誰とも話したくなかったのだが、スマホに則子から着信があり、全く同じ嘘を着いた……、
『ふーん、真奈美がエスケープって珍しいわね。まあ顔色も悪かったから今日は大人しくゆっくりしたら。先生には早退で家に居ると伝えとくから』
「ありがとう則子」
スマホを切ると、そのままベッドに横になり、顔を枕に埋めた。




