真剣勝負でしょ (挿絵あり)
女子の憧れの的、野球部エースの橘太郎。真奈美はウイニングボールを貰い握手をする(?)
真剣勝負でしょ
「いや、そうじゃなくてこのボールは今日勝利した記念のボールであって、それを君に渡すって言うことは……」
橘君が戸惑いながら、そこまで言ったところで、
絶好のチャンス到来――!
――私は突き出されたボールを横から奪った。
「則子がいらないのなら私が貰うわ! ありがとう橘く~ん! 私、樋伊谷真奈美。よろしくね!」
そう自己紹介をし、突き出されたままの手を握って握手をした。
きゃっ、橘君の手って大きくて強そう。
――胸がキュンキュンしてしまう!
橘君はもう……訳が分からなく、ただ呆然と私に握られた手を上下に振られていた。
「――はっ!、いや、君じゃない! 僕が付き合って欲しいのは則子さん。君なんだ」
手を振り払われてしまった。
――ちっ、どさくさにまぎれてコクりやがった~!
私だけではない。佳奈も、近くの女子達も全員がそう思った――。
「え? そうなの。だったらそう言えばいいじゃない。いいわよ」
則子は軽~い感じで返事をした。
……私と佳奈はやるせない顔をしている。
――二人の友達の前で……。則子はひど過ぎる――!
――でも、絶対にこのウイニングボールだけは渡さないんだから!
『奪還不可にするため異次元へ転送。完了』
後ろでつかんでいたボールの感触が、スッと消えた。あ! 何するのよイナリ……。
――上出来だわ!
「いいけど、一つ条件があるの」
則子と橘君にはもう、ウイニングボールなんてどうでもよくなっていた。
「私が投げるボールを、見事ホームランにしたら付き合ってあげるわ」
「なっ、なんだって?」
それってどういうこと?
則子ったら橘君と付き合う気はないの? それとも、わざと撃たれて劇的な高校恋愛物語をスタートさせる気なのかしら――。
その時は、私も佳奈もそう思っていたのだが、――違った。
則子がコートを脱ぐと、なんと上下揃いのジャージ姿。家でくつろいでいて、そのままコンビニにでも来たノリなのか――あんたは!
「何で? ジャージが一番動き易いじゃない」
美人は……何を着ていても可愛いのが……腹立たしい――。
則子はどこからか出したのか、ソフトボールを右手に掴んで肩を回し始めた。
「ほ、本気なのかい? ……いいだろう、必ず君の投げる球をホームランにして見せる」
橘君も……わりと単純なのかもしれない。思い抱いていたイケメンイメージとズレが生じてきている。
野球とは距離が違うので、則子はマウンドよりも少しバッターに近いところに立っている。見ると則子の靴はランニングシューズだ。
「三球勝負よ!」
「ああ、来い!」
バッターボックスでは橘君が真剣な目で構える。いつの間にスポ根になったのかしら……。
則子のアンダースローから、体育の時とは比べ物にならないほど早い球が放たれ、キャッチャーミットにドン! ――突き刺さった!
橘君は一球目を……見送った?
「ストライク!」
審判――まだ居たのか。暇人なことだ。
「どうしたの? ソフトボールもバットは振らないと当たらないわよ」
「あ、ああ、そうみたいだな」
橘君はバットを短く持ち直し構えた。
そして次のボールが放たれると、橘君は思いっきりスイングしたのだが、バットは空を切り、野球部のキャッチャーは球を取れずに後ろへと逸らした。
「ットライ~!(ストライク)」
「なんて曲がるカーブだ。あんなの打てっこない!」
橘君の心境を、他の野球部員が代弁している。橘君の顔も険しくなっている。
「これは真剣勝負なのよ」
「く、くそ!」
あらあら、好きな女子に「くそっ」て言ったら駄目よねえ~。
『駄目よねえ~。観戦中』
「でも安心して。最後はど真ん中のストレートしか投げないから」
則子も自信過剰だ。
いや、まって! やっぱり実はホームランを打って欲しいのかも……。私はそう心配したのだが、やはり則子の放つソフトボールは弾丸のようにミット目掛けて飛ぶ!
手加減なんて、あったもんじゃない!
しかし、さすがは野球部のエース。バットはボールの芯を捕らえた。
カッキン!
――そ、そんな~!
「「あああ~!」」
「キャー!」」
女子達の悲鳴まじりの声がグランドに響く――。
やっぱり則子も橘君のことを狙っていたんだわ。ああ、何てこと! かないっこないじゃない!
小さくなっていくソフトボールを見送った。そして……そのボールはまた大きくなり、則子のグローブにしっかり捕らえられた。
「アウッー!(アウト)」
審判がそう告げると、周りの野次馬や野球部員から大きな歓声が上がった。
橘君はバッターボックスに座り込んでしまった。試合で敗れた最後の打者の姿だ……。
「私の勝ちね。今日は楽しかったわ。もっと練習しないと甲子園行けないわよ。じゃあね!」
うなだれる橘君にそう言い、則子は私達の方へと戻ってきた。
「すごいじゃない則子」
「やったわね」
私達が則子の勝利を喜ぶのは、けっして則子を喜ばすためではない。――私達自身のためだ……。
「ありがと。練習試合が終わって相手に礼もしないようなスポーツ選手に、私もちょっと頭にきてね。これでちょっとは頭が冷えたらいいんだけど」
則子は心底、橘君に興味がないみたいだ。
女子は全員則子の勝利を望んでいたのだろう。みんながいい笑顔をしていた。
昼食は則子がファミレスで御馳走をしてくれた。
私と佳奈は500円のランチパスタだが、則子はカツ丼とザルそばをガツガツ食べている……。
そんなに食べても太らない体質が羨ましい――。
「じゃあ則子って、どんな男子が好きなの。もっと凄いスポーツマン?」
「うーん。やっぱり可愛いらしい年下の男子かなあ……。何でも言うこと聞きそうだし。からかうのも面白そうだし」
私と佳奈は思った。――絶対ドS。
その日のウイニングボール……私の勉強机に飾ってある。