目覚め――
休みの朝、真奈美は眠っているところを則子のモーニングコールで起こされる。
そして目が覚める。
目覚め――
今週は特に何もなかった。平和で平凡とでも言うのかしら?
あったと言えば交通事故に遭ったが、怪我をしたのは車の方だった。車に轢かれてトラックに跳ね飛ばされたのだが、車がグシャグシャになったから謝って走って逃げちゃった。
ドライブレコーダーが搭載されていたら大変なことだ!
「消去済み。待機中」
あと、家庭科で指を切りかけて包丁を鉄の塊に変えてしまった。こっそり燃えないゴミに出しておいた。当然だがどちらも私がしたのではない。
私の過剰護衛をするイナリが勝手にやったのだ!
「真奈美の危険信号が過剰。バレないよう対応中だが限界有り。待機中」
――だって。とにかく、何事もなく週末を迎えた。
――でも、週末にはちょっとした事件があった。
土曜日の朝。
まだ布団の中で夢を見ていたのに、則子からのモーニングコールで起こされる羽目になった。
「おはよう真奈美! 今日あなた暇でしょ。佳奈と一緒に野球部の練習試合を見に行かない?」
頭の中はまだぼ~としている。
はあ? 誰? 野球がどうしたって言うの……?
休みの日だったら普通まだ寝てる時間よ。……何も考えられないわ。こんな時、目を覚ます方法はないものだろうか。
「強制ウェイクアップ実行! ――完了!」
「あ、やめて、頭が、――うわあ!」
頭が! ――冴えまくったじゃないの!
テストの時でもこんなに頭が冴えたりしないわ。今ならどんな難問でも一瞬で解けそうな気がする!
「気がするだけ。解けた回答が正解の確率は低いと判断」
やかましいわ!
――このイナリとのやり取りですら、わずか0.1秒。
「いいわよ則子。佳奈と連絡とって学校前の公園に集まりましょ。十時五分に駅に着くから一三分に集合ね」
「え、ええ。じゃあその頃にまってるわ」
「うん、じゃあまた後で!」
通話を切ってさっそく出かける準備をする。
橘君が出る練習試合なら、寒い思いをしても見る価値はある! 佳奈も告白するとか言ってたから、その相談もしてあげたいし。
――ただ一つ注意しないといけないこと……田中則子の行動ね。
もし彼女まで橘君を狙っているとしたら、イナリじゃないけど、カナリ危険だ。
ライバルとして蹴落とす方法を考えなければならないわ……。
そう考えながらも私は、服を着替えて顔を洗って、可愛くおめかしして玄関に立っていた。
色々考えごとをしながら、こんなに早く準備が整った経験はいままでにない。
――頭が冴えているというより、脳が覚醒している感覚だ!
「――は! イナリ! もういいわ。いつものように戻して頂戴」
「了解。強制ウェイクアップ終了。待機中」
やっぱりイナリが小細工をしていたんだ。
その証拠に……、
――またいつものように、家から駅までは全力疾走をしなくては、電車に間に合わなかったのだ!
電車を降りたところで佳奈と合った。佳奈も急に則子から着信があったらしい。
「急に則子どうしたんだろうね」
「ほんとよ。野球部の練習試合になんて興味無いはずなのに」
正真正銘のソフトボールバカのはずなのに……。
「でも……最悪の事態だけは起こらないで欲しいわね」
「うん」
二人で頷き合った。
私服で学校に向かうのは違和感があった。
私の通う高校に、通学時のコートは、「派手ではなく地味な物」という校則がある。
もちろん今、私と佳奈が着ているようなダウンコートも駄目なのだ。
寒い冬にはダウンが入っていないと体が芯まで冷えてしまう。しかし……今日は思ったほど寒くなかった。ダウンコートがいらないほど暖かだ。
「おはよ、急に御免ね」
学校前の公園で則子が待っていた。
「急にどうしたのよ。則子が野球部の練習試合見たいだなんて」
そう質問し、探りをいれようとするのだが、
――則子の答えは率直だった。
「橘君から急に、今日の練習試合を見に来て欲しいって誘われたの」
私と佳奈の時間が止まった――。




