ランチは宇宙で (挿絵あり)
戦いに敗れた樋伊谷真奈美は、土曜日の午後を次元戦艦オイナリサンと優雅に宇宙で過ごす。
ランチは宇宙で
「す、すごいわ!」
振り向くとそこには青く巨大な地球が映し出されていた。
本やテレビで見た通りの姿だが、実際に自分の目で見ると格別である。
私達の住んでいる星は、――今まで見た物の中で一番美しい――。
しばらく見とれて、何も喋れずにいた……。
宇宙に浮かぶかのように見える白い椅子に腰かけて、同じく白いテーブルに出てくる料理を一人で食べていた。
もし目の前に橘君がいたら、さぞロマンチックなんだろうけど……。
「でも、この料理おいしい! もしかして、どこかから異次元へ転送したの?」
一流シェフの味なんだわ……たぶん。
白い皿に出てくる料理を次々とホークで口へ運びながら聞いた。
「材料は異次元へ転送して得た。異次元で真奈美テイストに調理実施。手作り」
テーブルにまた異次元から料理の皿が転送され姿を現す。
「異次元転送って、盗み放題よねえ。どれだけの物を異次元に転送できるの?」
「異次元の大きさまで本来なら可能だが、制約がある。自分の物でない物の転送は違反行為。自分の物であっても、銀河系などは罰される。大宇宙に歪みが生じてしまうため。天体程度なら可能と推定。私の最大転送範囲も天体程度」
天体程度――? イナリの異次元に地球を丸ごと転送できる……の?
「自分の物なら星1つ転送してもいいの? ――無茶苦茶ね!」
肉をクチャクチャ食べながらそう話す。
イナリのスペックには驚くが、別に興味はない。お肉の方がよっぽど興味ある……。
「その肉は本来私の物ではない。バレないように、この間、焼肉食べ放題に行ったときに底の方からこっそり数枚転送した。店長にも、我が主にもバレていない」
「せこい!」
思わず笑っちゃうわ! イナリの賢さには、頭に「ズル」が付くのではないだろうか。
食事が終るとコーヒーが出された。苦い茶色のこの飲み物が特に好きなわけでもないが、カップを持って、香を楽しんでいると、ちょっと大人になった気分になれる。
「ところでイナリはどこまで飛ぶことができるの。人類がまだ見たこともないところまで行けるの?」
「当然。この大宇宙で丁度地球の反対側に位置するところまで移動中。到着」
周りの宇宙が一瞬、瞬きをした――。
さっきまで月を横目で見ながらコーヒーを飲んでいたのだが、周りには星しか見えない。
「ここはどこ?」
見たところ、あまり先ほどと変わらない。地球と月と太陽とが見えなくなったくらいだ。
「地球から一番遠い場所。地球から――1476億光年離れたところに位置する」
「あっそう。宇宙の果てになるのね。それで、ここの光が地球に届くのに1476億年かかるってことね」
1476億光年なんて言われても……、宇宙の距離なんて全然ピンとこないのよね~。
「宇宙には果てはない。1476億年どころか、永遠にここの姿が地球から観測できることはない。宇宙は膨張し続けている」
「あ、そうなの。でも膨張している先っちょがあるはずでしょ」
「ない。二足歩行生物に理解できるか不安だが、宇宙は三次元ではない。むしろ二次元」
「あ、また二足歩行生物って言った。ムカつく~!」
「光速で膨張する半径に対する、球の表面積が宇宙の膨張になる。光速以上を確認できなければその理論は絶対に解析不可能」
――正直、全くわからなかった。球の表面が宇宙で? 宇宙が二次元……?
「だったら宇宙の中心側と、その反対側に進んだらどうなるのよ」
「三次元では解説不可。実際にこの地球の丁度反対側の地点からは、全ての方向に真っすぐ1476億光年進めば地球に到達する。つまり、地球の北側から2952億光年進むと、地球の南側に到達する。宇宙的最大の遠回り。もちろんどの方向でも同じことが言える」
目の前に広がる宇宙空間に、イナリが説明用の立体映像を表示してくれているんだが、――やっぱり全くわからない。
「……真奈美には把握不要と判断。待機中」
他にもいろんな話を聞いた。
イナリが言うには、異次元空間は私にでも容易に作れる空間なのだが、それを制御する術と、そこへ移動する術がないんだって。
「簡単に言うと。真奈美が目を閉じたところが異次元空間。そこへの移動は不可。空間の制御も不可。質量もなし」
私は目を閉じる。真っ暗だ。ただそれだけなんだけど……?
「もし、その真っ暗な異次元へ、この大宇宙内の砂を1粒でも転送出来れば、君達人間の想像したビッグバンが発生し、空間は質量、大きさともに爆発的に上昇する」
「――え? じゃあ、宇宙がもう一つできてしまうってことなの?」
「瞼の中に宇宙ができるが、目を開ければ全て消滅。もう一度目を閉じても、そこにはまた真っ暗な別の異次元が発生しているのみとなる」
「なんだ。結局何もできないのね」
「その異次元を作り出し、制御に成功したのが我が主。そしてその異次元への移動や、異次元空間の制御が可能な究極の宇宙戦艦が我ら次元戦艦。存在が完璧!」
「――結局、そこを自慢したいだけなのね」
バカバカしくて少し笑いながらイナリにそう言った。
少し冷えたコーヒーを口に運んだ時、――急に警報音が響き渡り、周辺の星空の空間が赤色の点滅を始めた――。
「ちょとなにごと! もしかして敵襲? 宇宙海賊?」
周りに投影されていた宇宙空間が、前方の一部分だけとなり、周りには機械的な計器やディスプレイ、操縦桿が瞬時に姿を現す――。
――これこそが次元戦艦の、本来の艦橋の姿なのかしら……。
冷めたコーヒーを飲み干す。
非常事態が発生したんだわ――!




