土曜日午後のデート (挿絵あり)
憧れの橘君が目の前に現れ、真奈美は緊張してしまう。
土曜日午後のデート
土曜日のお昼前。休日にも関わらず、電車に乗って学校へと向かった――。
今日のために準備した服。初デートのためにセットした髪型。――私はもうこれ以上奇麗になれない自信がある!
そんな妙な自信とは裏腹に、1%の重圧に頭を痛くしながら学校前の公園へと向かったのだ。
公園は学校の門を出てすぐのところにあり、平日の下校時間以外には、ほとんど学校の生徒は居ない。一般の人もほとんど使わない、少し寂しげな公園だ。
中央の良く目立つベンチに腰を下した。
――ああ、ほんとうに来るのかしら。来たとしても何て言ったらいいのだろう。
『来ることは確定。目標物捕捉。現在接近中。君が何か言う必要はないと判断。橘太郎が昨日の回答を先に述べるのが会話上、順当』
橘君の回答を述べるのが順当? なんのことよ。
イナリのコメントを読みながら考えていると、突然後から声を掛けられた。
「ごめん。今日は昼からも練習なんだ」
振り返ると――橘君が野球の練習着で立っている――。
――イナリは接近と告げたが、こんなに接近しているとは思ってもいなかったわ!
宇宙戦艦の距離感が疑わしい――!
『地球上では二足歩行生物の距離感に補正対応中。また、私は宇宙戦艦ではなく次元戦艦。待機中』
イナリのコメントなんて読めるはずもなく、橘君に話しかけようとしたのだが……、
――やだ、胸がドキドキして、何を話していいか分からない~!
心臓が飛び出しちゃいそう――!
「今の僕には野球のことしか頭にない。誰とも付き合う気はないんだ。じゃあ――」
「ああ! 橘く~ん――!」
直ぐに振り向いて走り去ってしまった……。
イナリの作戦通り……何も言えなかった。
橘君が公園を出て行った頃にやっと、いま、何が起こったのかが把握できた……。
「あ~! せっかくの会話のチャンスが~! 一っ言も喋れなかったじゃない!」
ベンチに座ったまま、顔を両手で覆った。
――駄目元だったとしても、やはり辛かった……。
どこかでは橘君と付き合えると思っていたのに……所詮……1%だった。
もう泣いてしまいたい! 恥ずかしい! まだ胸がキュンキュンしている。
「言わずに後悔するより、……言って後悔する方がいい。待機中」
「――言って後悔するのが確実なら、言わない方がいいわよ」
――なによそれ。慰めているつもりなの?
なんか……次元戦艦に慰められるのって……イラッとするんですけど!
「慰めは任務外。ただ、これで橘太郎の脳に真奈美の情報をインプット完了。それが良いか悪いかは今後次第。待機中」
それを聞いてハッと顔を上げた――。
そうだわ――確かに昨日まで橘君は、私のことなんて知りもしなかった。
それでも今日はもう顔見知りまでは発展したんだと思う。
最初からそれが目的だったのなら、決して今日のことが無駄ではなかったのかもしれない――。
「そうね。まだ始まったばかりよね――」
自分とイナリにそう言い聞かせた。
「今後次第。それより重要なことだが、真奈美は空腹と判断」
「そうね、ホッとしたら何だか急にお腹空いちゃった。もし空腹で私が餓死したら護衛任務失敗だもんね」
「護衛任務は完璧。胃袋内へ異次元より直接食糧転送も可能。ただ、今日は慰めも兼ねて宇宙での昼食を提案」
「え、宇宙? 今から?」
……興味ないと言えば嘘になるかもしれないけれど、少し不安だった。宇宙はそんなに安全で安心できるところなのだろうか。
昼食だって喉を通らないかもしれない。それに宇宙食って美味しいの? ベタベタしていたり、ゼリーだったり。
「問題と認めず。異次元へ転送。その後大気圏より出たところで宇宙空間へ復帰。完了」
周りの公園が、いつしか見た真っ白い壁の部屋に変わり……。
その部屋にあるテーブルの前に、私は一人で立っていた……。
「ちょっと、ここは何処なのよ。また艦橋ってところ?」
「艦橋。次元戦艦は現在大気圏外へ移動完了」
そう言われても……白い壁だけで、外の様子が何も見えないんだけど――。
「艦橋内をスクリーン化。外を投影」
イナリがそう言ったのと同時に、白い部屋の壁がゆっくりと真っ黒な部屋に変わっていく……。
闇の中には無数の煌く星が散りばめられている。天井も床も全てが宇宙を映し出し――息を飲んだ。
そこは紛れもない宇宙空間だった――。