この隙に~
イナリがいない隙に……真奈美にはやりたいことがあったようです……。
この隙に~
帰宅して十分後。胸にチクチク痛みのようなものを感じていた。まるで心臓が燃えるような痛みだ。
「も~なんなのよ、この痛みわ……」
せっかくイナリがいないうちに、こっそりイケメン雑誌の切り抜きをしようとハサミを握ったのに~!
この胸の熱さのような感覚は、恋と言うより、なんか深刻な病のようだわ。胸キュン……なのかもしれないわ。一人自分の部屋で悩んでいると、急に下の階から声がした。
「――お姉ちゃん、大変よ、早く降りてきて!」
妹の声だ。
私と違って妹の瑠奈は少々の事で大騒ぎする人種ではない。その妹が、大騒ぎしていると言うことは、本当に大変なのだろう。
急いで部屋から飛び出して階段を降りようとし、――足を滑らせ、数段尻餅をついてしまった――。
「イタタタ! イナリのバカ!」
イナリが見ていれば、さんざん笑われ馬鹿にされただろう。幸か不幸か今は居ない。お尻を擦りながらリビングへと向かった。
「お姉ちゃん、テレビ見て!」
妹は私の方を見る余裕すら無く、テレビに釘付けだ。
「なによ、なんかの特番? イケメンでも出てるの?」
二十九型の決して大きくない我が家の液晶テレビの画面右上には『生放送』の文字と、『宇宙からの侵略か?』などという子供だましな文字が表示されている。そして画面には青空と雲と黒い塊が何個も浮かんでいる。
「瑠奈もまだまだ子供ね。こんな特番で大騒ぎするなんて。慌てて降りてきて損したわ。イテテ」
冷蔵庫から牛乳の箱を出すと、腰に手を当てておもむろに飲んだ。先ほどの胸の痛みはもうすっかり治まっている。
あれは一体何だったのだろう……。イナリが帰ってきたら聞いてみるとするか。
「でもこれ生中継よ! それに映ってるのは東京から見上げた空なんだから! 窓からも見えるし!」
「はあ? 窓?」
台所の小さな横長の窓を見ると、ガラスに吸い付くように母が外を見ているではないか。手にはお玉を握り締め、頭にアルミ鍋を被っている……。
「……ちょっと鍋を被ると身長が伸びなくなるからやめなさいって昔言ってたのは、お母さんでしょ」
「お、お母さんはもう身長が伸びなくてもいいのよ。もう十分よ」
はあ~。どうやら上の空である。
母の隣に並び、小さな窓から外を見ると、――今、テレビで見たのと全く同じ物が空に浮かんでいる。
雲以外の空に浮かぶものに、私は見覚えがある――。
「あ、あれ、宇宙戦艦だわ!」
前にこれと似たやつを見たことがある。……えーと? 確か、ゴ・ジュルヌ共和平和星団とかいうサラマンと対立しているところの宇宙戦艦なんだわ。
センスの悪い色使いや、いびつな形、間違いないわ。イナリや次元戦艦の方がまだ格好いいのは、戦艦オタクでない私でも分かる。
「宇宙戦艦って……お姉ちゃん正気? ……それよりこれからどうなるの……」
こういうときだけは、妹は妹のようになる!
普段は小生意気に大人ぶっているくせに……。ちょっとイラっとする~。
「さあね、何か用事でもあるだけじゃないの。こちらから下手に挑発しなきゃ何もしてこないわよ」
どうせ大宇宙では私達人間は、ただの二足歩行有機生物なのだ。侵略して支配する価値すらないのだ。前にイナリがそう言っていたのを思い出す。
ドドドーン――!
大きな音がし、ガガガガーっとガラスが振動した!
――窓の外が数回、雷鳴のように光がほとばしる――。
「キャー!」
女三人悲鳴を上げて抱き合い寄り添う。――一体何事よ!
『――たった今、航空自衛隊による攻撃が行われたもようです――』
テレビが私達の問い掛けに答えてくれるように解説した。
「あ、あ、アホかー! 宇宙戦艦挑発してどうする!」
どう考えたって地球より進んだ文明に、なんで喧嘩を売るのよ!
「やったわね、やっつけたかしら」
母親は不安そうに空に流れる灰色の煙を見いっている。
「……効くわけないわよ。いくらゴ・ジュルヌ星団の宇宙戦艦が劣っているからといって、自衛隊のミサイルなんか効くわけが無いわ。――逆効果よ」
そんなことより……。私は時計を見た。まだあれから三十分しか経っていないわ。
「んんんもお~。こんなときに限ってイナリは何してるのよ!」
妹が私の方を向き、何か話そうとした瞬間、家中の窓から強烈な光が射し込み、目がくらむほど眩しくて――何も見えなくなった。
――ドオオオオオーン! ガガガガガ――!
大地震のような揺れがあり、外は真っ赤な空へと変わる。もうテレビを見ている余裕すらない! 私達三人は抱き合ってしゃがみこんだ。鍋を被る時間すらない!
「キャー、助けてイナリ!」
思わずそう口ずさんでいた。
『帰還完了。真奈美の異次元シールド展開済み。現状把握中。――完了。待機中』
目をつぶった私のまぶたに、その文字が浮かび上がった――。
「あ、イナリ! イナリなの?」
『以前、母親や妹の前で私の名を呼ぶのは私の存在がバレてしまう可能性大と指摘したのは真奈美。もう忘れている真奈美に落胆中。やれやれ中』
読んでるような余裕ない!




