ツバなんて飛ばすな
ため息をつきながら下校する真奈美に、異次元から宇宙制御戦艦オイナリサンが語り掛けてきて……。ツバが飛ぶ!?
ツバなんて飛ばすな
その日、佳奈とは一言も喋れなかった……。
なんて声をかけていいのか分からないのだ。則子は責任をもって、しっかり決めなさいと言う。
一人で下校する私の足取りは重かった……。
「はあ~。ねえ、イナリはどっちがいいと思う?」
「どちらもそぐわないと判断。待機中」
はあ~、今日、何回目のため息だろう。
「四回。カウント中。一つのため息で一つ幸せが逃げていくと記憶中。逆に深呼吸をするので体にもいいとのデーターあり。真奈美の場合は前者と判断。幸せは歩いてこない。あ、五回めをカウント」
「……わざわざ数えなくていいわよ!」
機械の思考回路では恋愛なんて、とうてい理解出来ないでしょうね。
「理解可能! 容易! 有機生物の思考は極めてシンプル」
「シンプルですって~? じゃあ聞くけど、私にとって理想の人って誰よ。優しい人? 強い人? お金持ち? 有名人? 幼馴染の男友達……? そんな都合のいい幼馴染なんていないけどね、フン!」
素敵なイケメンと付き合えるのは嬉しい筈なのだが、その分……問題も多い。現に佳奈とは喧嘩になるし、則子も私に厳しい。一体どうしたらいいのよ。
せっかくの胸のときめきが……下校時間は撃沈モードだ。
「真奈美には人間以外の生物を推奨。肌の色、髪の色、言葉もちょっと違うが、大宇宙において人間に似た二足歩行有機生物は多数。サンプル表示中」
視界に青白い顔をしたごつい男の顔が現れた。顎が割れていて頭はパンチパーマ。悪者のような人相と少年のような輝く瞳……。
「却下! ちょっとでも期待したのが間違いだったわ」
イナリはイケメンを全く理解できていない――。
尖った顎、サラサラヘアー、切れ長な瞳と高い鼻よ! 他にも一杯あるけど!
「表面上は私の異次元修正でいくらでも変形可能。橘太郎でもディアブロ・ゾンタでも自由」
目の前の顔がぐにゅぐにゅ変化する。まるで正月の福笑いのようだが、見ていても決して面白くない。
「面白くもないわ……。今日のイナリは何をやっても冴えてないわね」
登校してからずっとおかしな事ばかりやってる気がする……。
いつもであれば勝手に喋ったりもしないし、どんな質問にも確率や調査したデータに基づき、まともな回答を出す。思考回路がショートしているようなのだ。
もしかして……?
「……もしかして、妬いてる?」
「――ぜんぜん全否定! 妬くか! 妬くものか~! ――ツバ出るわ! 私は宇宙制御戦艦オイナリサン。たかが小娘ごときの感情に干渉しているような暇は皆無~! ああ忙しい。今日は予定もあって真奈美の護衛どころではないというのに。多忙中!」
あきれるくらいシンプルな思考回路だわ……。
「ふ~んだ! 私と一緒で予定なんか無いくせに」
意地悪くそう言う。
イナリが私の護衛を始めてから、数分として私は一人になった事は無い。過剰防衛もいいところだわ。
「過剰防衛などではない。私はサラマン様の命令により仕方なく任務に就いているのみ。本来であれば宇宙制御戦艦の職務は宇宙の十分の一を統一制御する使命あり。ほ、本日も大宇宙会議を欠席してまで真奈美を護衛している。任務遂行中」
本当なんだかどうなんだか~。
「いいじゃない。行ってきなさいよ、その大宇宙会議に。私なら大丈夫だから」
「真奈美の近くにいなくては異次元シールド展開不可能。万が一の敵襲に対応不可となる」
イナリの声が心なしか小さい。
「いらないいらないそんなシールド。それにこの銀河系内には血気盛んな宇宙人は居ないんでしょ。ちょっとくらい会議で居なくったって、私なら平気だわ」
イナリなんかいなくても、余裕のよっちゃん。楽勝のらっちゃん。タリラりっちゃん、ターリーラりっちゃんだわ。
「……。索敵中。危険無しを確認。しかし、私の任務はサラマン様の命令。待機中」
「結局、大した会議じゃないんでしょ」
――まったく、素直じゃないんだから。
「宇宙の歪みに対応する大事な会議。宇宙の寿命が何億年延ばせるかは我ら次元戦艦に賭かっている。真奈美がそうまで言うのなら私も会議へ出席してくる。真奈美を実家へ転送中」
目の前は家の玄関へと移り変わっていた。異次元転送は楽チンでいいのだが……。
「――ちょ、ちょっと、誰かに見られていたらどうするのよ!」
「目撃者全員の記憶中枢より目撃情報消去完了。それより真奈美は約二時間、私の護衛無し。決して家から出たり危険な物を口に入れたりしないよう忠告。また、階段等の段差には……」
「私は赤ちゃんか!」
「今ならまだ会議への欠席可能。待機中」
まだ言うか。しつこくて呆れてしまうわ。
「いってらっしゃ~い。お気を付けて~」
そう言うと、視界に映し出されていたイナリの『待機中』の文字が消え去った――。イナリが完全にどこか遠くへ行ってしまったのだ――。
「あ、ちょっと!」
声だけが誰にも聞かれることなく、宙を舞う。
なんか……頭の中のモヤモヤした感じが、スッキリ無くなったようで、気分が良かった。
イナリが私の護衛につく前は、ずっとこんな感じだったのだろう……。
「たっだいま~」
玄関の戸を開けて、清々しく帰宅した。




