早く授業が始まって欲しい
則子は……佳奈の味方なの? 私の味方は……イナリだけ?
早く授業が始まって欲しい
「佳奈が橘君のことを好きなのは知ってるんでしょ。だったら、せめて佳奈の居ないところで話しなさいよ――」
則子の声……デカ過ぎ。佳奈にまで丸聞こえになってる……って言ってやりたい。
「そうしてたんですけど……、カナが盗み聞きしてたみたいで……すみません」
則子の迫力に思わず敬語で応える。小さな声で。
「下駄箱でそんな話するからよ。真奈美はいいかもしれないけど、せめてどこか人気のないところで話せなかったの? 全校の女子生徒を敵にまわしてるわよ」
気のせいか……みんなのこちらを見る目が妙に冷たい。
廊下の外から他のクラスの女子の、刺すような視線を感じる……。
「……? ところで則子、なんで私が橘君にコクられた話を知ってるの?」
「え? そ、そりゃあ……」
急に小さな声になり、目だけでキョロキョロ辺りを見回し……、
「佳奈が大きな声でそう言いながら教室に入って来たからよ」
……ガク。
『五十鈴佳奈が他のクラスの同志にも言いふらしていた。再現中』
イナリが私の視界の中に再現動画を表示した……。
はあ~、噂がすぐに拡散するわけだ。
『多くの味方を仲間にし、敵を追いやり、撃沈するのは宇宙での戦いでも同様。人間は個人の能力差は小。ただし! 真奈美は異次元シールドされており、私に護衛されているため、万が一決闘となれば勝利は確実。準備中』
「……。」
「で、真奈美はどうするつもりなの?」
「どうするもこうするも……」
まだなにも考えていない。……私ですら気持ちの整理が出来ていないのだ。
「則子はどうしたらいいと思う? 則子だったらどうする?」
急に私が問いかけると、則子も一歩身を引いた。
「ええ! 私だったら? ……そりゃあ、そうねえ、困るわ……」
ほらみなさいよ。
女子高生なら、それが普通でしょ?
――超有名店のシュークリームかエクレアを、どちらか一つだけあげると言われているようなものよ!
「日曜日だってソフト部の練習があるし、今は春の大会前だからそんな暇ないもの……」
「……それは、困るわね……んん?」
則子はなんか……別の意味で困るそうだ。イケメン男子二人より、ソフトボールの方が好きなのか……?
もったいないくらい整った綺麗な顎に指先を付け考え、気付いたように一つ頷く。
「うん。私なら断る。部活の邪魔。時間の無駄。ソフトボールの敵。……でも真奈美はクラブもしていないし、どうせ暇でしょ」
確かにどうせ暇なのだが、
――それをストレートに言われてムカつかない人は皆無よ~と言ってやりたい~!
「はあ~。ため息しか出ないわ。……どっちでもいいと言うより、どっちもいいのよねえ。昨日まで追いかける身だったのに、それが追われる身になるとは。嬉しいんだけど……マジで悩むわ……」
橘君は一年にして野球部エース。
球団から食事の誘いや小遣いまで渡されている噂まである……。その代わりに佳奈以外にもライバルは多数。たとえ付き合ったとしても私なんか、すぐに捨てられるかもしれない……。いずれは女子アナと結婚してしまうのかもしれないわ……。
一方ディアブロ君は親がイタリアの高級車メーカー社長。いずれは親の仕事を継ぎ社長の座が確定。超お金持ち。次元が違うほど……。
『次元は同じと指摘! ディアブロも大宇宙に存在。異次元を制御できるのは我ら次元戦艦のみ。指摘中!』
はいはい、イナリはすごいね……。
でもディアブロ君は女グセは悪そうだわ。浮気をしても、養育費を年間300万円支払って堂々としていそう……。
ただ……親友のカナは橘君にずっと片思いをしている……。ずっと前から……。
「カナとのこともあるし、やっぱり、ディアブロ君にしとこうかなあ……」
「佳奈の為に譲るって事ね?」
則子が明るい表情でそう聞き直してくれた。
「うん。私もカナとは、ずっと友達でいたいから」
――机を両手で割れんばかりに――バン! と叩いて、
則子は激怒した!
――まるでメロスかドメルのように――!。
「――真奈美のバカ! そんなことで佳奈が喜ぶはずないでしょ!」
また教室中の視線が一斉にこちらを向く~。
先生までこっちを見ている~。もう教室に来ているではないか! 学級委員の則子が号令をかけないから授業が始まらないのだ……。
「な、な、なんでよ則子?」
「本当に友達なら、そんなことをしても佳奈が喜ぶはずがないでしょ! それに二人の男子だって怒るわ!」
……どうしろというのだ……。
助けてイナリ、模範回答を教えて……。
『田中則子の推測は正確。模範回答は、『先生来ているから授業始めなさいよ』または、『シャラップ黙れ。則子も大嫌い』代弁可能。発生練習中。あ~あ~』
イナリの回答も今日は的外れなものばかりだわ……。
どうしようか困っていると、先生が助け船を出してくれた……。
「田中さん。始業のベルはとっくに鳴りましたよ。早く号令をかけて下さい」
則子はとっさに振り向き、腕時計で時間を確認する。
「あ、すみません先生。起立!」
則子の一声で教室はようやく普段通りとなり、授業が始まった。
それにしても、ああ~どうしたらいいんだろう。私。




