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あなたの未練、刈らせて下さい。  作者: 飛魚ヨーグレット
9/10

自由な孤独人


「あなたの魂。その未練ごと、刈り取ってあげる」


幾度となく言い続けて来た言葉と共に、茜は鎌を振るう。

そのひと振りで生き霊の魂は赤い粒子となって茜の鎌に吸収され、その切れ味を増すように鈍く輝いた。


その手応えを感じながら、茜は半ば諦めたようにため息をつく。

それだけでヤナギも状況を察した。


「……ダメか、今回も」

「そうね。コレもアンタの魂じゃ容量不足だわ」


こんな低級の魂ですら、ヤナギが取り込むには強すぎるらしい。

死神は生き霊の魂を吸収することで、力を高めることができるという。

だが、吸収時に魂同士が所有権の奪い合うらしい。

死神であれば日々淡々とこなしている当たり前の事だが、魂が弱いヤナギにはそれが出来なかった。


「……すまん。迷惑かけてるよな」


低級の仕事をとにかく複数受けて、ヤナギよりも弱い魂を探し始めて1週間。

これと言って収穫は無く、地道に死神の仕事を処理させてしまっている事に、ヤナギは申し訳ない気持ちになる。


「あまり気にしないで欲しいわね。そんな簡単に見付かるとは思ってないし。あれだけ長く生きてるオババが持ってない魂なんだから、相当珍しい魂なんでしょ」


そう言いながら、依頼の次の場所を確認する。

茜自身はさほど気にしていない様子だが、手間をかけているのは事実だった。


「気長に探すしか無いでしょうね。ずっと手伝うっていう訳にはいかないけど、それでも暫くは付き合ってあげるわよ」


「それよりも」と茜は心底呆れたようにヤナギのしていることを指摘する。

ヤナギは狩り終えた生き霊が残した僅かな遺品を、軽く道から避けるようにそっと置き、拝むように手を合わせた。

端からみると、弔っているように見えるし、本人もそのつもりだったのだが。


「そっち方が気になるわ。わざわざ無駄な事してる暇あったら、早く次の依頼に行きたいんだけど」


「や、でもな? なんかやっておきたいって思うだろ普通」


「そうだとしても、優先順位があるでしょ。一刻も早く1人で仕事できるようになって欲しいっていうこっちの都合はどうでもいいわけ?」


「……そういうわけじゃないけどな」


別に5分もかからないから良いだろうと思うヤナギだが、自分の不甲斐なさを責められると何も言い返す気にもなれない。

実際手をかけてもらっているのも確かなのだから。


「生き霊を刈るっていう事の意味は前に話した通りよ。今のアンタの行為が自己満足ってことは分かるわね?」


「……それはわかってる」


生き霊とは死人がなおも命を残したまま残留した魂の事を指し、死神はその魂と命を切り離す為に、刈るのだ。

 命と魂には厳密には違いがあるらしく、生きるモノ全てが持つものが命であり、魂はその性質を決める要素のような物と聞かされた。

死神の鎌で生霊を刈るとその二つは分離し、魂は鎌へと吸収され、命はやがて新しい生命が産まれる為のリソースとして世界へ漂うのだとか。


つまり、生霊が刈られた後、世界には本人としての要素がどこにも残らない、らしい。


「だったら、アンタのそれはやる意味の無い事ってわかってるでしょ。どれだけ祈ろうと本人には少しだって届かないんだから、割りきって仕事に集中しなさい」


もう待つ気はないという意思表示か、背を向けて歩き出す茜。


「……どうせ、そんな事すぐにやらなくなるんだから」


小さく呟いた茜の声は、重苦しい実感を伴っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「仕事取ってこいって言ってもなぁ……何だよこれ。こんなものどうしろってんだか」


場所は死神の集会所。

木造の建物は飲食店も兼ねているのか、人の声がやむことはなく、どちらかというと繁盛している酒場のような場所だった。


この世界に来てから一週間ほど経ち環境に少し慣れ始めたヤナギは、依頼が貼り出してある掲示板の前で戸惑っていた。


実に特徴的、独特な貼り紙にヤナギは顔をひきつらせる。

読みづらすぎて、正直なところ目が滑っていた。


『引きこもりニート、親の脛かじり』

『路上ライブの独り言』

『ナイスセンスなダンサー、山の上で踊る』


なんというか、情景が浮かびそうというか全然浮かばないというか。なぜこんな題名が生き霊討伐の依頼につけられているのだろうか。


「ともかく、なんか持っていかないとな……これならどうだ」


こうなったら頼れるのは勘だ。

なるべく安全そうなモノをと、そういって手に取った黄色い紙にはこう書いてあった。


『自由な孤独人』


なんとなくイメージでは安全そうな気がしたのだが、手に取った時に少しだけ周りがざわついた。


「……少々よろしいですか」


その様子を見た受付の人が話しかけてきた。何度か茜の討伐報告に付き添ったのもあって、顔を見知り程度にはある女の人だ。

眼鏡をクイッと上げるのが似合うような、いかにも優秀な印象な彼女は、ヤナギに問いかける。


「失礼。ヤナギ様は新人の筈ですので、その依頼は控えたほうがよろしいかと」


「もしかしてコレ、取っちゃいけなかったのか?」


「……? もしかして、依頼の受け方をご存知ではない……?」


彼女の問いに頷いて答えると、周りから嘲笑の音が聞こえた。

馬鹿にされたのは間違いないが、教えてもらっていないから仕方ないじゃないかと思い直す。


受付の人は声を少し小さめにしてヤナギが取った依頼について教えてくれた。


「基本的に取ってはいけない依頼っていうのはありませんが……黄色は『街級』です。故に、新人には推奨していません」


「……ん? マチ……級?」


また新しい言葉だ。

とりあえず掲示板をもう一度見てみると、確かに白い紙と黄色の紙があった。ただ、黄色の枚数は極端に少ない。

この雰囲気だと、この依頼は自分には厳しいモノのようだ。


「とりあえずその依頼ですが、戻して他を受けることを勧めます。上級者ならともかく、来たばかりの人には荷が重いと思われます」


「……あ、あぁ。そうした方が良いみたいだな。俺も茜に受け方教えてもらってくる。流石に何も知らないのに無理だ」


ヤナギがそう言うと、受付の人は何か気付いたような様子で訪ねる。


「この依頼は茜様と受ける予定だったのですか?」


「あー、一応そのハズだ」


正確には『面倒だから適当に仕事を取ってきて』と言われただけで、この場から少し離れた場所から彼女はこちらを見ている。

いかにも『仕事1つも取ってこれない役立たず』という白けた視線をこちらに向けているのだ。


「……少しお待ちを。受付を閉めて来ます。1度説明をした方が良さそうなので」


ヤナギの様子を見かねたのか、彼女は小走りで受付に向かうと、不在の札を出した。

同時にかなり分厚いファイルを抱えて帰ってくる。


「少し長話になるかもしれませんが、よろしいですか?」


「いいのか? 仕事中なのに時間をとってもらって」


受付の人はヤナギの手から黄色の依頼書を取ると、その足を隅にいる茜へと向けた。


「はい。どちらかと言えば、依頼の受け方についての説明はついでですから。そろそろ片付けて貰わないと困る仕事なので」


どこか言い方に何か含みがあるような気がしたのは、彼女の対応が妙に無機質だったからだろうか。










「……またアンタは、面倒くさい仕事を持ってきたわね」


茜は黄色の依頼書を見てため息をつく。

受付の人が持ってきた街級といわれる依頼は、どうやら茜にとっても厄介な仕事であるようだった。


「そんな事言われても、説明無しに仕事取ってこいって言ったのは茜の方だろ」


「数ある依頼書の中からわざわざ少数の依頼書を持ってくるなんて、流石に想定してなかったわよ。しかも、かえでを連れてくるなんて」


「人を厄介者のように扱うのはどうかと思いますが……それより茜様。この依頼の処理にご協力を」


スッと依頼書を机に置く受付の人……かえでというらしい。彼女は茜を真っ直ぐ見つめる。


「依頼は『自由な孤独人』で街級。ここ最近中級以上の依頼を取っていない茜様には、集会所から直接依頼させて頂きます」


「街級……あんまり効率良くないからやりたくないんだけど」


「しかし、彼……ヤナギ様はまだ入って間もないはず。ならば先を見据えて、1度は経験をさせて置くべきでは?」


茜はヤナギの方をみて、またもやため息をつく。

だから苦手なんだけど……と呟き、小さく頷いた。


「助かります。元々、茜様に振ろうとしていた案件ですから、近いうちに命令が下る予定ではあったのですが。手続きが省けました」


「それより、早く説明を寄越しなさい。それとヤナギ、アンタは人事と思わずに真剣に聞きなさいよ。街級以上は説明を受けるのは義務なんだから」


「説明っていっても……依頼の受け方の話じゃないのか?」


「そんなもの、紙を持っていって受付行けば終わりよ。そんな説明よりも大事な話なんだから、ちゃんと聞きなさい」


茜が投げやりな説明が終わると、楓は抱えた分厚いファイルをテーブルの上に広げる。


「それでは『孤独な自由人』の説明をさせて頂きます。対象となるのはこのです」


テーブルの上に、広めの地図が展開された。

一体、何を説明しようとしているのか。

首を傾げるヤナギに、楓は説明を足す。


「『街級』というのは通常の依頼とは違い、生き霊の影響範囲が広く、強く反映された依頼に付けられる、いわば依頼の階級です」


「……とりあえず、生き霊の影響って何だ?」


説明の最初からわかっていないヤナギ様子を見て「知らないのも仕方ありませんか……」と楓は呟く。

どうやら茜の説明不足を察してくれたようだ。


「そうですね……生き霊が成長・・するというのは、ご存知でしょうか。具体例を挙げると、欲望が一定以上に高まると突然異常な力を発揮するといった事などがありますが」


「欲望が高まる……異常な力……あ」


そう言えば、似たような状況があったような気がする。

最初の依頼だ。パン屋に憑いていたサラリーマンの霊は、確かに欲望の高まりから異常な力で攻撃してきた。


「どうやら心当たりがあるようで。つまり、それの延長線上に存在するのが『街級』です。彼らはその力を利用し、自分が望む世界を造り上げようとしています」


「世界を……作る?」


いまいち想像ができていない様子のヤナギに、茜は大雑把な説明を加える。


「少し前に、生き霊は世界の異物って話したでしょ? 難しい事を省くと、要は成長しちゃった生き霊っていうのは世界のルールを変えちゃうのよ。現実世界に干渉する力を得るってわけ」


「今回はその中でも中規模相当の内容となりますが。少なくともこの地図が示す街、この範囲に限り通常の世界とは違う摂理で動いています」


楓は依頼内容を指して説明を続ける。


「そして、この街には『あらゆる自由が許される』というルールが適用されているようです」


故に『孤独の自由人』と。

少しずつ理解できてきたヤナギの横で、茜が退いた様子で資料を読み上げる。


「うわぁ、何これ。殺人、窃盗、強姦、多重婚……無法地帯もいいとこね。こんなのでよく機能してるわね」


茜の言うこともわかる。読んだところが全て、街の中では容認されているという異常に、気味が悪いと感じずにはいられない。


「……これも、生き霊のせいなのか」


「その通りです。この影響で命を奪われてしまう人も少なくはないので、あまり放置できるものではないのです」


資料に載せられている情報にヤナギは顔をしかめる。ヤナギの知る限り、ここに載っている情報は人の世の常識を外していた。


確かに、これは何とかしないといけないようだ。


「ただ……骨が折れる仕事なのは間違いないのよね」


「そんなに強いのか、街級ってのは」


茜がため息をついたことに、ヤナギは疑問を持つ。

ここ数日一緒に依頼を処理していて思ったのだが、よほどの事が無い限り彼女が生き霊に負けるような事は無い。

茜が生き霊相手に苦戦したところを見たことがないのだ。


「単純に強さで言うなら負けはしないわ……多分。中規模ってことは別にそこまで強い訳じゃないし。問題は1つ、討伐対象が倒しにくいって事よ。街級っていうのは基本的に、そういうのが集まるのよ」


「ヤナギ様は、これまで茜様と共に低級の刈りを何度か行ってきたと思いますが、あの依頼の根本となる目的は『生き霊の街級以上への成長を防ぐ』為です。生き霊は発生したその時が1番弱いので、効率を考えて早めに刈る事が重視されています。ですが……」


取り出したのは依頼書類の束。

それは同じ依頼が何度も受けられたということを表していた。


「数えること十数回。この生き霊は死神の手から逃れています。幸いこちらに死者はいませんが、これだけ見れば処理し難い相手だと分かるでしょう」


報告内容を確認すると、全てに渡ってこう記されていた。


討伐困難、と。


「あぁ……なるほど。何となくいろいろ分かった。この生き霊を殺せない理由があるってことか」


「そういうこと。いろいろあるのよ、存在が希薄過ぎて見つけられなかったり、逃げ回る力に長けていたり。そういう処理できなかった生き霊が成長すると街級になるわけ。こういう時に対処するのがアタシみたいな上級の死神の役目なのよ」


淡々と告げているが、やはり茜は死神の中でも優秀なのだろう。その態度には余裕が感じられる。


「楓、1つだけ聞かせて。アタシに仕事を振ろうとしてたって話だけど……もしかしてそろそろ化けるの?」


ふと、茜の視線が鋭く受付人を捉える。

それが本題であるかのように、楓は姿勢を正した。


「察しの通りです。おそらくもう少しで、階級・・が1つ上がります」


「やっぱり。じゃあ油断できないわね……いいわ、他の情報を頂戴。できるだけ情報が欲しいわ」


ヤナギは今の言葉に一部気になる所があった。

まるで、まだ成長するような口振りだった。


「ちょっと待った。階級が上がるって、これより上があるのか?」


「……ええ。生き霊の強さの源は欲望って、前に話したでしょ。つまり、生き霊が欲を求めればそれだけ強くなるってこと」


「そして、人の欲望というのは際限がありません。ですから、放置すると永遠に強くなり、やがては死神の手にも負えなくなります。そうなればどうなるか、想像はできるかと」


ここに来て、今までの仕事の意味が理解できた。

上級といわれる茜が淡々と小さな仕事をこなしている理由も、死神が何を目的に刈りを行っているのかも。


全ては、生き霊の影響から現実世界を守る為なのだ。


「……死神の手に負えなくなった存在。絶対に産み出してはいけないその存在のことを、私達は畏怖の象徴として『世界級』と呼んでいます。産まれた時はこの世界の終わりだとも言えるでしょう」


「そんな事にならないように前々から処理を徹底してるわけ。だから早くアンタも1人で仕事できるようになりなさいよ」


今となっては、茜が事あるごとに自立を促してくる意味もわかる。1人の労働力すら大切なのが死神の仕事ということなのだろう。


納得するヤナギを側に、情報提供は進む。

『殺しても蘇る』だとか『その街に引き寄せられるようにして人が移住している』だとか。

日々、街の規模は拡がり続けているようだ。


聞いている内に、ふと疑問に思った事が口をついて出た。


「……なんで、こんな事してるんだろな」


ヤナギの呟くような疑問に、二人は一様に首を傾げた。

何を言っているのか、という顔の二人にヤナギは訂正するように首を振る。


「その、なんだ。特に庇うつもりはないんだけどな……こうまでしてこの生き霊は何がしたいのかって」


「……生き霊の目的が、わからないと」


「そんなのどうせ、楽しいからに決まってるわ……アイツら全員、世界と人に迷惑かけて遊んでるのよ」


それに、と茜は真剣にヤナギを見据える。


「どんな理由であろうと、こんな事になってるのは事実よ。事実死人だって出ているんだから、見過ごしたり出来ないわ」


「……それは、そうだな」


茜の言うことは間違ってはいない。


だがヤナギの抱いた疑問は、討伐対象の情報を聞いても消えることはなく、胸のなかで嫌な感触を残し続けた。








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