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あなたの未練、刈らせて下さい。  作者: 飛魚ヨーグレット
8/10

無法の街


『あらゆる自由が許される街』


そんな世界があると噂されたのはいつの頃だっただろうか。


その噂が本当であると周知されたのも、自分がそこに行きたいと願ったのも、現にこうしてその街で暮らしているのも。

そのどれも定かではないな、と。こうして路地裏の影に潜みながら思っていた。


「お願いです! 私達をこの街に住まわせて下さい!」


くたびれたスーツ姿の男が頭を下げて、ボスに懇願する。

薄暗く、夜明かりが怪げに照らす路地のなかで、深々と頭を下げる男には、中々に度胸があるようにも見える。


側にいるのは女と子供。家族共々この場に逃げ込んで来たのだろう。だが男と違い、二人ともこの場に恐れを抱いているのか、互いに寄り添っていた。


「……この街に、ねェ。で、理由は?」


歯で断つような鋭い声でボスがそう言うと、周りの空気に緊張が張り詰めた。


品定めだ。この街にふさわしいのか、そうではないのかという。


「……私はもう、働く事に疲れたんです。もっと、自由に生きていたい。何も悩むことなく、自分のやりたいことをしていたいんです。以前は小売業をしていまして……」


話を始めた男は、まるで独白のようにつらつらと身の上話を続けた。

他人の苦労話なんて別に聞きたくないが、ボスが止めない以上は放っておくしかない。


苦労話に次ぐ苦労話。

やがて話に区切りが着くと、ボスは怪しげな笑みを称えながらこう言った。


「……ンで? そこの二人はどうなんだ?」


鋭い視線を向けられた女は、怯えて声も出ない。

その間に入るように、くたびれたスーツが割り込む。


「……家族です。一緒じゃ駄目ですか」

「ンな事言ってねぇよ。オレはソイツに聞いてンだよ。ちょっと黙ってろ」


男を退かせたボスが、女に問いかける。

この場にまた、張り詰めた空気が漂う。


「別にとって喰ったりしねェよ。ただ、正直に答えればいい。聞きたいのは、この場に来た理由だ」

「……夫が、この街で暮らしたいと言ったので。これといって理由は……」


へぇ、と。何処かで小さく呟く声が聞こえた。

それと同時に、こちらも気を引き締める。

あの女性には手を出せない。出してはいけないのだ。


「そっちの嬢ちゃんはどうだ」


鋭い声で尋ねられた子供は一瞬涙目になるが、ボスの側付きから優しい声をかけられ、飴を貰うと小さな声で一言話した。

どうやら、母親と離れたくないからだという。


「……よし、理由はわかった。とはいえ、コレで街に住むのを拒否したりはしねェよ。この街は何よりも『自由』を尊重される場所だ。入るのも出るのも全部テメェの自由だからな、オレもとやかく言うつもりは無い」


「そ、それじゃあ、ここで暮らしても良いんですね!?」


男の問い。その回答まで一瞬の時であるというのに、随分と長く感じた。

失礼します、と。側付きは少女の目を覆った。

これから起こることを予見した結果だろう。アレは子供には衝撃的過ぎる。


やがて、その口火はボスの一言により切られた。



「あぁ、今日からテメェらはここの住人だ」



瞬間、張り詰めた空気は決壊した。

同時に、路地裏の陰から躍り出た男性軍。

そしてその全てが頭から真っ赤な血を吹き飛ばし、死体が数人分散らばった。


「……は?」「……え?」


新人の夫婦は、突然の理解できない事態に呆けた声を上げるのみ。

唯一目を隠されていた少女のみが、この場にて残酷な情景を目の当たりせずに済んだ。


「いけませんねぇ。新人の歓迎とはいえ、美しい女性を狙うなんて。そんな紳士にあるまじき行為、許す訳がありません」


影から現れたのはスーツ姿の男。

その周りには屈強なガードマンが数人立っている。

彼はたった今、無法者達がぶちまけた脳漿の上を、赤いカーペットを歩くかのように現れた。


何処からか聞こえる「また服飾家か」「身を引いて正解だったな」という声で、自分の勘が正しかったことを再確認した。

あの場で女性を狙った全ての人間が、この場に潜む者に殺されたのだ。

勢いで飛び出した日には、アレと同じ目になっていただろう。


「失礼しました。私、この街で服飾家を営んでいます。名はこの場で言うことができませんが……どうか私と供に暮らして頂けませんか」


まだ状況をよく飲み込めていない夫婦……ではなく、その妻の方に語りかける。

毎度の光景とはいえ、あの行動はこの街の住人を象徴するものだ。何度見ても、見事な求婚だ。

自由の街らしく、常識に対する配慮も、迷いも全く無い。


「お、おい! 人の嫁に対してそんな……あ"!?」


「あいにく男の方には興味がありませんので。少し大人しくしてて下さい」


くたびれたスーツはガードマンに組伏せられ、言葉1つ返す事が出来ない。

そんな状況には目もくれず、服飾家は片膝をついて女性の手をとる。

女性は困惑した様子で、夫と彼の間で視線を揺らしていた。

そんな状態でも子供の手を放さなかった事を、服飾家は目の端で評価した。


「……ご返答を」

「そんな急に……私達、家族なんですよ」

「……なるほど。この街の事をあまりご存知ではないとみえる。それでは、少しご説明しましょうか」


服飾家は大袈裟に手を広げて、語りだす。

この街の魅力がいかなるものか、と。


「『自由』なのですよ。婚姻という縛りさえ、この街では意味を成さない。法、権力、常識。その下らない全てを、ボスは撤廃されたのです」


だからこそと、服飾家は女性に周りを見ることを促した。

そしてようやく気付いた状況に、息を飲んだ。


物陰から覗く数十という視線が、舐めるような視線を向けていた。

それは、この場で女性が狙われているという自覚を得ると共に、恐怖を抱くに充分な理由だった。


「察しが良くて何より。法が無いという事実は、人の欲望をより強くする。おそらく、この場に潜む者は皆『自由』を理由に貴方へ襲いかかるでしょう」


そう言って手を差しのべる服飾家。

あの手を掴むのが、この場で女性が助かる唯一の手段と言える。


「……もし、あなたに従った場合、家族はどうなるのですか」

「貴方が望むなら、私の力で保護することも考えましょう。特に幼い娘さんをこの場に置いていくのは、私としても望むところではありませんので。ただ……」


前置きという意味で、服飾家は伏した男に視線を向けた。

組伏せられ身動き1つとれない彼を見ながら、条件提示ともいえる一言を付け加える。


「この街の事をよく調べず、貴方を危険に晒したこの男は、個人的に私の嫌うタイプの者です。よく考えてください」


そう言って手を伸ばす服飾家の目は、少しも笑っていなかった。彼が女性に突き付けた要求は2つだ。


夫を見棄てて娘と共に助かるか。

闇に潜む者達に、家族もろとも蹂躙されるのか。


妻は組伏せられた夫の姿をもう一度見た後、確固たる意思を持って男の手をとった。


「娘共々、よろしくお願いいたします」


伏した男は、信じられないという目で、たった今妻では無くなった女性を見上げた。


「もちろん。もし外の世界を臨むなら、この街から出る橋渡しの役割であろうと果たして見せましょう。もっとも、そんな気持ちはすぐに無くなるハズだ」


男は今、女性の目を見て確信する。

『妻』という役割を自ら手放した彼女は、表面上は辛く見えても希望に満ちていた。

彼女の中には少なからず、その関係に不満があったという事だ。


1度自由の素晴らしさを知ってしまった者は、多重に縛られた忌々しい現実には戻れない。

彼女もまた、この街の住人となったのだ。


「では、行きましょうか。別れの言葉は必要ですか?」

「……いえ。必要ありません」

「意思の強い方だ。やはり、素晴らしい」


その言葉に満足した服飾家は、その場のガードマンを何人か女性とその娘につけ、安全な路地へと誘導した。

曲がり角を曲がるまで、彼女達は1度も振り向くことは無かった。


やがてその場には伏した男と服飾家、そしてボスが残った。


「……ハハッ、これで何人目だ?」


不敵に笑うボスに対して、服飾家は姿勢を正して答える。

あの笑みは、この場のやり取りを楽しんでいる者にしかできないだろう。


「それはどちらを指して言っているのでしょうか」

「クックッ……そりャ、どっちだろうなァ」


モノにした女か、殺した男達か。

どうせ二人とも覚えていないのだから、その会話は続くことはなく、果たしてその視線は伏した男に向けられた。


「さァて、コイツの気持ちも聞いてみるか。オイ、手をどけてやれ」


ボスの一言で開放された男は、ようやくまともに呼吸をして、むせかえる。

やがて落ち着いた後、男は酷く憎悪にまみれた視線を二人に向けた。


「人の家族ですよ!? なんで手を出したりするんですか!?」

「おォおォ、まだ全然元気じゃねェか。で、どうだ? テメェの望んだ自由ってヤツはよ」

「何が自由ですか。好き勝手やっているだけでしょう!?」


ボスは一瞬の間の後、やがてケラケラと笑い始めた。

この場の誰もが思った筈だ。


甘い、と。


「こりゃ、天然モノだぜェ? 勘違いも甚だしいってヤツだ。なぁ!?」

「残念ですが、男の方には興味がありませんので。帰って良いですか」

「あァ、帰れ帰れ。どうせこの後起きる事なんてたかが知れてる」


二人はそうして男に完全に興味が失せたようだ。

もっとも最初から興味なんて無かったかもしれないが。


俺もそろそろ、出る準備をした方が良さそうだ。


「ちょっと待って下さいよ!? 住むところはどうするんですか!? これから行くべき場所は……」

「ンなもん自分で考えろよ。『自由』なんだろ?」


スーツ男の顔がいよいよ青くなる。

彼はおそらく、この街には向いていない人種なのだろう。


法や常識の縛りがなければ、生きていけない人間なのだ。


「まァ、わからねェ事があるなら聞けば良い。ソイツらが教えてくれるだろ。新人に優しいなんて奇人が居れば、の話だが」

「何を……言っ、て……」


陰から現れた住人に、スーツ男が言葉を無くした。

男の目にようやく、現実を認識した恐怖が浮かんだ。


「いいか。この街は『自由』だ。略奪、強姦、殺人。何であろうと許される街だ。楽なんて言葉は、それこそ真逆の世界の事だろ?」


これから、あのスーツ男はどんな目に合うだろうか。

それこそこの街の住人からすればどうでも良い話だが、少なくともこの場に留まることは決して無いだろう。


……そろそろ頃合いだろうと、俺も物陰から出る。

やがて始まった略奪の競争。



俺もずっと、あのスーツが欲しかったのだ。




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