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あなたの未練、刈らせて下さい。  作者: 飛魚ヨーグレット
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魂に宿る記憶


『キミは人の顔色ばかりみている、臆病者だ』


ある時、そんな事を言われた。

なるほど、的を射ている。少なくとも私の全ては、その一言で説明できた。


昔から人の悪意が怖かったし、それを向けられるのはとてもじゃないが耐えられない。



ーーーーーいや、耐えられなかったと言うべきか。



『思ったことを口に出してみたらどうだ。それも大切なことだ』


知ったような口を。

大概のことは、その人の目を見ればわかる。

特に裏切る予兆なんてものは、疑いようがない。


私は人を知れば知るほど、その全てが信じられなくなっていた。



そんな時、ある女性に出会った。



たまたま営業先の近くにあった、街角のパン屋だ。

そこで私は、目にかかる程に前髪を伸ばした女性定員に会計をお願いした。

人の悪意に敏感になっていた私はいつもの癖で、膝を折って髪に隠れた彼女の目をみた。


そして、驚いた。


『あっ……』


それはどちらが発した言葉かわからない。

そんなことはどうでも良くなるほどの衝撃だった。



彼女は、本当に綺麗な目をしていた。



裏切り、悪意。あるいはそれに類する感情が、彼女の瞳からは感じられなかった。

そこに唯一存在したのは、怯え。


瞬間、私の頭は1つの考えでいっぱいになった。


あの瞳に差す、怯えという黒い影を取り除きたい。

ただ、そんな気持ちだった。



『目をあわせるとね、その人がどんな人かわかるんだよ』



気がつけば、そんな事を口に出していた。

自分が生きる上で得た処世術。

それだけ出来れば、恐れる必要はないと知って欲しかったからだ。


これからも近くを通ったなら、様子を見に来ようと心に決める。

少し多めに買ったパンを覗きながら、ふと思った。






人に完全な善意で接したのは、初めてだったかもしれないと。






ーーーーーーーーーーーーーーー






「……そこまでじゃ」


瞬間、自分の中から何かが抜き取られるような感覚を感じた。


「……なん、なんだよ、今のは」


息を切らしながら、ヤナギは思考を巡らせる。

先ほどの自分・・は一体なんだったのか。どこに行ってしまったのか。


オババは一瞬、ヤナギの顔を覆うように掌を差し出していたが、その手は既にコートの中にある。


「アンタ、大丈夫? さっき尋常じゃない勢いで苦しんでたわよ」


「……あ、あぁ。一応落ち着いた」


茜の心配を受けて、ようやく自分の状況を理解した。

先ほどの自分は、リーマンさんと混ざっていたのだと。


オババが隠した手にはおそらく、あの赤い魂があるはずだ。


「にしても、これは困ったわね。まさかこんな低級の魂に取り込まれるなんて」


「……そうじゃのう。もう少しランクを落とさなければならんようじゃ。しかし、このランクより下の魂となるとのぉ」


「アタシにも無いわね。というか、この調子なら最低ランクでも厳しいでしょ……っと、ごめんなさい、いきなりこんな話わからないわよね」


茜がチラッとこちらを見ながら言う。

確かにどういう状況かはわかっていないが、少しだけ理解していることもある。


「い、いや……なんとなくだが、リーマンの魂と、俺の魂が混ざってたって事はわかった」


「そう。まぁ、大体はアンタの言うとおりだわ。けどちょっと違ったのよね……魂の、所有権を奪われそうになったの」


「……魂の所有権?」


「要は、魂も弱肉強食ということじゃの。強い魂が弱い魂を喰らい、力として取り込む。死神はそうして魂を錬磨するのじゃが……困ったのぉ。ウン百年とこの仕事をしているが、ヌシよりも弱い魂をワシは知らぬ」


「少しずつ強くなってから、大きな魂を取り込むってのはよくあることだけど……アンタの今の状況、少しって一歩すら踏み出せないのよね」


予想外の事態だったようで、二人は難しい顔で思考にふける。

その間にヤナギは、先ほどの記憶を思い出していた。


「……あれは、リーマンさんだったよな。でも、あの記憶なら、もしかして」


呟きながら思う。

あんな記憶があるとするなら、未練がただの『パンを食べたい』などというものであるはずがない。


……本当は、あの女の人と会いたかったんじゃないだろうか。


茜は欲望に限りは無いと言った。

だが、その想いを達成できたらどうなっていたのだろうか。

本当に望む願いが叶ったなら、そこが限度じゃないだろうか。


「どうしたの、難しい顔して」


「ん? あぁいや、リーマンさんの本当の願い、叶えてやれなかったなって思って」


「……どういう意味? アンタあれだけ尽くしたじゃない、充分でしょ?」


「んー、なんだろな。リーマンさんの満足する顔? そんなものを見たかったのかもな」


言ってみてそうかもしれないという気がした。

俺はあの記憶をみて、それが幸せに繋がるような続きが見たかったのかもしれない。

もしかしたらあったかもしれない、望みが叶う可能性・・・を期待したのだ。




そう自覚した時に、右の掌に変な違和感を感じた。




「……ん? なんだコレ?」


気がついた時には、それを確かに握っていた。

いや逆だ。握られていた。



ーーーーーそれは、可能性を視るもの。



腕一本よりも短く、威圧感の欠片もなく。

指一本ほどの太さで、素材すら見るからに頼りなく。



ーーーーーそれは、可能性を摘むもの。



先には、刃渡り十数センチの骨のような刃。

まだペーパーナイフの方が切れるのではないかと思わせるほど、鋭さを感じさせない。



ーーーーーそして、可能性を育むもの。



コレは自分だ。そう自覚した時に、形と輪郭は鮮明なものとなった。

付近の木から折りとったような、小枝ほどの軽さとフォルムは、不思議なほど手に馴染んだ。




「それって……もしかしてアンタの、鎌?」


茜が疑うような目を向けてくる。

そういえば自分は鎌を出そうとしていたと、今になって思い出した。


「そうかもな。いつの間にか握ってた」


「……ちょっと貸して」


ひったくるようにして確認を始めた。

不思議そうに鎌を見つめる茜とは別に、腰の曲がったオババはヤナギ自身をみていた。


「どうかしたのか?」


「……いやなに、少々興味深いと思っての」


「オババの言うとおりね。アタシも驚いたけど、コレやっぱり鎌だわ。『顕現』と『飛行』が入ってる。ただ……」


頬をかきながら言いにくそうにして、茜は言った。


「鎌がヤナギの制御を離れて『顕現』が常時・・発動しちゃってる」


「……常時っつーことはつまり」


「人にも普通に見えるわね」


「……それって、大丈夫なのか。 あんまり見られるとマズいんじゃなかったか?」


「死神の存在さえ表にでなきゃ大した問題はないんだけど……動きにくいことは確かだわ。その様子だと記憶だって戻ってないでしょ?」


ヤナギは頷く。鎌を取り出すことができても、記憶の方はこれっぽっちも戻ってはいない。


「……ふむ」


オババは考え込むように、しばらく黙る。

その視線は、茜に渡されたヤナギの鎌に注がれていた。


「にしても、これホントに鎌? 軽すぎるし、こんなもので首を落とすくらいなら、その辺の包丁の方が現実的じゃない?」


「そんなこと言われてもな……出たもんはソレだ」


確かに、そもそも鎌と呼んでいいか微妙な形をしている。

先が曲がっているかと言われればそうでもないし、柄の長いナイフと言われれば納得してしまう。


「……形はなんであれ、刈るってなるとこれでやるってことになるのか」


「魂の弱さの問題が解決したらの話よ、それ。さっきオババが流し込んだ魂を引き抜いたから、結果的に状況は変わってないの。仮に刈りが成功したところで、魂を乗っ取られておしまいね」


「じゃあ結局、鎌出たところで全然意味ねぇじゃん……」


「まぁそういうこと。ただ、1つだけ妙なのよね。アンタが『飛行』と『顕現』の2つを持ってるってことが」


茜は不思議そうに頭を傾げた。

妙というのなら、そもそもこの状況自体が妙なのだが。


「それって、おかしな事なのか? 茜だって『顕現』とか、あと治療する能力とか持ってたよな」


「『治癒メディ』よ。まぁ、死神ならそれができて当然なんだけど。通常、魂に宿る力って1つだけなのよね。それを吸収するから、死神は複数の能力を行使できるわけなんだけど、アンタまだ1回も刈りしてないじゃない?」


「ま、まぁ確かに……あぁそうか、オババに引き抜かれたもんな」


そこが問題、と茜はヤナギを指して言う。


「アタシが流し込んだのは『顕現』だけだから、アンタ自身の能力は『飛行』で間違いないんだけど……引き抜かれたはずが複数の能力持ち。それでいて、変に中途半端な能力の発言。正直ワケわかんないのよね」


「そういうものなのか……んー、そうか」


ヤナギには正直全くわからない話だったため、あまり実感というものはない。

ただ、自分の能力が『飛行』であることに少し興味が出た。


「というか、飛べるのか俺は」


「ええ。ただ、どの程度かは全然わからないけどね。アンタの魂の弱さから考えると、そんな期待しちゃ駄目よ」


少し小さめに『飛行』と唱えてみると、確かに体に浮遊感が生まれた。

思い通りに飛んでみたい気もするが、急に効果が切れても困る。


「えっと、どうやって止めるんだこれ」


「……『停止アウト』よ」


若干怒り気味に答えられて、勝手なことをしたなと思いながら、言われた通りに唱える。

すると再び重力感が帰って来た。


「……なんでこんな能力が俺に?」


「基本的には、能力と魂にある程度関係があるって言われてるわ。死因とか未練とか想い出とか、そんなもので決まることが多いわね」


「要は、俺自身が飛ぶことに憧れてたとか?」


「もしくは、飛び降り自殺したとかね。まぁ当てになるほど信憑性のある話じゃないから、気にしない方がいいわ」


そんなことを言われても気になるものは、気になる。

なにせこちらには生きていた記憶が無いのだ。


そう思っていたところで、オババが茜とヤナギの間にぬっと入ってきた。


「ワシはとりあえず、一度戻るとするかの。大鎌の娘っ子よ、この後は集会所へ報告だったか」


「ええ。討伐報酬貰って帰るだけよ」


「では、そのように。なるべく早く小枝・・の坊を休ませるよう。明日以降の予定は、決まり次第連絡しよう」


「……まったく、早くって言いながら引き留めたの誰よ」


どうやら、小枝の坊とはヤナギのことらしい。

茜のため息の混じった嫌味を不気味な笑いで誤魔化しながら、オババは去っていった。


「さて、さっさと報告して帰るわよ。今日は無駄に疲れたわ」


ヤナギの鎌を押し付けるようにして返す茜。

精神的にそうなったのか、表情には確かに疲労が見えていた。


「集会所だっけか。すぐ行くか」


そういってヤナギは自然と歩き始めた。

道という道は、草が生えているかそうでないかくらいで、通る人がいるから自然にできたような道だった。


ヤナギが前、茜が後ろを行く形でしばらく歩く。

右に左に分岐する道を歩きながら、少しして二人とも違和感に気付いた。


「なぁ、こっちであってるのか?」


「……ええ。あんまり自然に行くものだから、道案内するの忘れてたわ」


「……心配になってきた。先に頼む」


道の先を譲りながら、ヤナギはそういえばと思い返した。



未だに手に持ち続けている、鎌。

それをしまう方法がわからなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



腰の曲がった老婆は、二人の若者と離れてから一人佇んでいた。

深く思考に耽っている様子で、老婆は呟く。


「……魂の親和性が、強すぎるのぉ」


未だに震えが止まらない右手を、まじまじと確認する。

我ながら無茶をしたものだ。


ほとんど同調した状態の魂を引き剥がすなど、滅多なことではやらない。

海に流し込んだ真水を、再び集めるようなものだ。

普通ならそこになんの生産性も見出だせない。


「予想外。予想外じゃな」


原因はただの1つ。

青年の魂が、流し込んだ魂と混ざるのが早過ぎたのだ。

通常、魂が馴染むまでに数十分は要するのだが、青年はものの数秒でほぼ完全に同化していた。


それが異常であるということは、説明するまでもない。


考えれば考えるほど、面白い。

オババは青年の才能を想像して、その口角をつり上げた。


「あれだけ親和性、いずれアヤツは大物になるのぉ。それに……」


青年が取り出した、鎌と呼んで良いかすらも怪しい、鎌。

遠い昔に目にしたそれを、再び目にするとは思っていなかった。


・・、とは……これは、ひと波乱起きようぞ」


オババ一人が抱えられる問題ではない。

……はずなのだが、老婆はあえて黙っていることを決めた。


この才ある芽を摘むのは、あまりに惜しいものだったのだ。


「……さて、まずは小枝の坊にどうやって魂を喰わせるかじゃの。ホッホッ」


そうして策を巡らせる怪しい笑い声は、誰もいない森の中へと消えていった。







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