生き霊の未練
「……なるほど、ここに来てとりあえずは、その死神ってのがホントの事だと理解した」
茜と共に転移をしてきたヤナギは、目の前に広がる世界を見ながらそう言った。
先ほどとはうってかわって、青空が見える建物の上。
記憶が無いとはいえ、これが現世の光景であることはなんとなくわかった。
「なら結構。それより、早くフード被りなさい。人の認識には映らないのがアタシ達だけど、念の為にね」
茜がフードを被ったのを見て、ヤナギもその通りにする。
後で聞いたことだが、フードを含めこの黒いコートには認識を薄れさせる力があるらしい。
「さて、まず現状の説明だけど……アタシ達は現世に来てるわ。死神としての仕事を行うためにね」
「お、おう……」
さも当たり前のように自分が死神だと告げられたヤナギだが、疑おうにも否定材料がない。
「実際に仕事を見てもらった方が早いけど、軽い説明だけ。死神の仕事は、生き霊の魂を刈り取ることにあるの」
「魂を刈り取るって、なんか物騒だな。それも生き霊って……」
「そんなこと言うけど、アレは世界の異物なんだから適切に処理しないと駄目なのよ。実際にアンタを刈ったの、アタシだし」
茜はそう言いながら、コートの袖から黒いもやを出したと思うとその空間から、身長ほどもある大きな鎌を取り出した。
ついでとばかりに言われた言葉と、その異常な光景と両方でヤナギはギョッとする。
「さ、行くわよ。出現した場所はここからちょっと歩いた所よ」
彼の反応を無視して物騒なそれを担ぎながら歩く姿に、ヤナギは驚くのも疲れたかのように後をついて行った。
道中、茜が行った認識されないという言葉の意味を理解した。
こんな物騒で怪しい姿をしながら、誰一人こちらを見る者は居なかったからだ。
「着いたわ」
大きな鎌を担いでいた茜は、ある街の一角で歩みを止めた。
彼女に指差された場所を見て、ヤナギは一瞬言葉につまる。
そこは普通の街にあるような、ただの『パン屋』だった。
生き霊と言われて、墓場のような物を想像していたヤナギとしては、コメントに困るところである。
「……んー。なんというか、俺が想像してたのとだいぶイメージと違うな」
「まぁそうね。もっと怖いところに居そうな気はしてるでしょうけど、実際のところそんな場所に生き霊はいないの。もっぱら出現するのは『その人の未練の場所』ってね」
「ふーん……で、生き霊ってのは……」
「そうね。アンタが見てる、アレで間違いないわ」
ヤナギは視線の先の、人の形をしたものを見ながら頬をかく。
くたびれた黒いスーツを来た男性が、すぐ近くの電柱の近くに立っていた。
見るからに、社会に疲れたサラリーマンといった様子だった。
「……ホントにアレか?」
「だからそう言ってるじゃない。疑うなら話しかけてみたらいいわ。危害を与えられるようなレベルの生き霊でもないから」
茜の言葉を疑いながらも、ヤナギは声をかけることを決めた。
「あ、あのぉ……」
当たり障りの無いよう、恐る恐る話しかける。
もしこれでただのサラリーマンなら、自分はただの怪しい人だなと思いながらだったが。
『も、もしかして、見えるのか!? 俺のこと、見えるのか!?』
しかし、彼が起こした反応は非常に大きなもので、逆にヤナギが驚いてしまった。
やけに必死な様子で、まるで見付けた1つの希望を離すつもりはないように、ヤナギの腕を取って離さない。
「ちょ、ちょっと待てって! なんだ、何だよ!?」
『アンタに頼みがある、お願いだ……』
そう言って彼は、懐から何か取り出す。
『これで……あそこのパンを買ってきてくれないか!?』
そう言って強引に持たされた財布を片手に、ヤナギは目を点にした。
「は……? パン?」
その声は、なんとも気の抜けた声だった。