俺の護衛対象に、婚約者ができた
一応少し手直ししたりしていますが……この話、覚えている人っているのかなぁ。
そんなことを想いながら、再投稿。
王都にある、彼女の大好きな庭園で。
「ねえねえ聞いて! 私、ついに婚約者ができたの!」
そう言って嬉しそうに笑う彼女に、俺は今、笑顔を向けられているだろうか。
◇
彼女の名前はリーリア・フォン・レザリア。ここ小国レザリアの第3王女だ。金髪碧眼で、目はパッチリと大きく、鼻はすっと伸び、ふっくらとした唇は小さく可愛らしい。可愛いと美しいを足して2で割ったかのような、まさしく王女様…といった容姿をしている。
そして俺はアルミリア。白髪に黒い瞳の、イケメンでもなければ不細工でもないいたって普通の平民だ。本当はアルテシウムっていう家名がある大貴族だったらしいが、11年前他国と通じこの国を我が物としようとしていたことが発覚し、捕えられ死刑にされたそうだ。
そうだ、というのは、俺に7歳までの記憶が何一つ存在していないからだ。
というのも、俺はどうやらその家で酷い虐待にあっていたらしい。その家は莫大な魔力を持つ家系で、俺には魔力が微塵もなかった。それに妾の子ということもあり、俺は酷い虐待を受けていた…らしい。
どういった虐待を受けていたかは知らないが、当時6歳の俺を見つけた時は本当に骨と皮だけで、手足を鎖で拘束され、全身血だらけの状態で吊り上げられているのを地下室の独房で発見されたらしい。
確かに服を脱げば、俺の体のあちこちに目を逸らしたくなるような傷が沢山ある。
回復魔法で治そうとしたらしいが、何故か俺には、俺の直接作用する魔法が一切効かず、ポーションでの治療が施された。顔とか特に目立つような手足の部分の傷はある程度消えたのだが、さすがにポーションでは数年前に付けられた傷は治せないらしく、特に上半身の胴体が酷いことになっている。
当時の俺は心も体もボロボロで、死にかけていた。助け出されてから1年間、俺は意識のない状態で何度も死の淵を彷徨ったらしい。
俺が目を覚ます7歳までの記憶がないのは、恐らくショックのせいだろうと医者は言うが、俺は違うと思う。
というのも、目が覚めると同時に前世の記憶を思い出したからだ。
恐らく、アルミリアの心はもう死んでしまったのだろう。で、前世の俺の人格が浮上してきた…といったところだろうか?
まぁ何はともあれ、俺は7歳までの記憶がない。
ただ、偶にひどく苦しく、痛く、辛い悪夢を見ることがある。
起きたらどんな夢だったのかは思い出せないのだが、恐らく体が俺の7歳までの記憶を覚えているのだろう。それが、夢に出る。
その度に王家の一太刀が俺に寄り添い、俺を助けてくれた。
ひどく脅える俺を優しく抱きしめ、優しい言葉をかけてくれた。
たとえ前世の記憶があろうと、俺がこの人たちに忠誠を誓うのは、そう遠くないことだった。
それから俺は強くなった。この国は小国ゆえ、常に他国からの脅威にさらされている。だから俺はみんなを守れるよう強くなった。
目覚めてから10年。俺はひたすら鍛錬を続けた。幸いなことに俺には天武の才があり、9年が経ち俺が16歳になったとき、俺はかなりの強さを手に入れ、年齢もリーリア姫に近いことから、彼女の専属護衛に抜擢された。
リーリア姫とは7歳の頃から仲が良く、俺にとっては恩人であり、そして気になる女の子だった。
10歳の時「リアって呼んで!」って言われた時はすごく焦った。さすがに王族、しかも恩人相手に呼び捨てなどできるはずもなく、何とか「リア姫」で納得してもらった。
そうして過ごしているうちに、俺がリア姫を好きになってしまうのは、もう必然だろう。
リア姫はいつも笑顔で明るく、元気な子だった。
どれほどリア姫に元気をもらったか。辛いリハビリも、血を吐くような鍛錬も、彼女がいたからこそ乗り越えられたようなものだ。
だからリア姫の専属護衛に任命された時は、嬉しすぎて一人部屋で踊った。同室の騎士には変人を見る目で見られたけど、何とも思わなかった。
そして、リア姫の護衛に着き、早1年。俺が17歳。リア姫が16歳になった時、彼女に婚約者ができた。
◇
「それでねアル。私の婚約者はね、とても強くて。優しくて、頼りになって、努力家でね――」
という話を、俺はかれこれ1時間ほど、王宮のリア姫が大好きな庭園で聞かされている。
そんな話…俺にしないでくれ。
内心ではそう思いながらも、俺はリア姫の護衛。離れる訳にはいかない。
というか、なんでリア姫は俺にそんなことばかり話すんだろう。そしてなんでそんなに婚約者のことを知っているんだ? 俺は長い間リア姫の傍にいたが、そんな完璧超人みたいなやつは知らないぞ!?
俺が知らないだけで、リア姫にはそんなに親しい人がいるんだな。
ああ、その立場にいるのが、俺だったら良かったのに。
でも、そんなこと言えないし、あり得ない。だってリア姫の婚約者を語る顔が恋する乙女そのもので、どれほどその相手が好きなのかい痛いほど伝わってくる。
そんな顔、俺は一度として見たことがない。
止めろ。止めてくれ。
それ以上、そんな顔をして婚約者の話をしないでくれ。
「………おめでとう、ございます」
ああ、俺は今、しっかり笑えているだろうか。
◇
それから数日間、俺はリア姫の婚約者自慢を延々と聞かされた。
辛かった。本当に。
そして何故か次第に不機嫌になっていくリア姫には我儘な命令を受けるし……。
護衛から外れるか、いっそのこと死んでやろうかなんて考えたが、リア姫を誘拐するために他国から腕利きが送られてきたため、それもままならず………。
挙句、こんなことを言われた。
「アル! 私の結婚式には絶対に参加してね! 騎士服ではなくて、ちゃんと正装してくるのよ!」
確かに、リア姫の結婚式のドレス姿は見たい。他国に美姫として知れ渡るだけあってリア姫はかなりの美人だし、それはそれは美しいだろう。
でも何故だろう。1ミリも見たいとは思えなかった。
美しく着飾ったリア姫が、俺の知らない男に笑いかけ、愛の誓いを交わし、そして――。
うっわ。ちょっと想像しただけで死にたくなった。
これはきつい。かなりきつい。
もうこれ、俺死んでもいいんじゃない? 何の罰ゲームって話だよ。
くそう。俺だって強いし、優しい……かは分からないけど頼りにはなると思うし、努力家だし――ほんと、何で俺を選んでくれなかったんだろう。
この国は恋愛結婚を進める国だから、政略結婚でないだけましか……。
ああ、でもそれだと本当にリア姫はその男のことが好きなんだなぁ。
……知ってたけど。知ってたけど!
そして幾日が過ぎ、結婚式の日。
俺は正装に身を包んでいた。
本当は騎士服で出て、もしものために俺の愛用の武器である短槍を持っていこうとしたんだが、同僚の騎士に止められた。
「いやいやいや! なんで騎士服着てるの!? そしてなんで短槍なんて持ってんの!?」
「え? いや普通だろ?」
「いやいやいや! お前リーリア姫から正装で来いって言われてるだろ!?」
「いた、そうなんだが……。高が護衛騎士である俺が正装して行くなんて………」
「いや、正装しろ! で、短槍も持っていくな! リーリア姫はお前に日頃の感謝の印としてしっかり見ていて欲しいんだろ!?」
「いや、知らないけど……。というか、素手で行くのはさすがに無理。せめて隠せる短剣だけでも…」
「ああもう! 分かったから、早く着替えて早く行けー!(じゃないと意味ないだろうが!)」
ということがあって、しぶしぶ着替え、武器も短槍から服に隠せる短剣に持ち替えたのだが……。
どうしよう、行きたくない。
リア姫には悪いけど、見たくない。
そして俺の足は無意識に、王宮にあるリア姫の大好きなあの庭園に来ていた。
ここはリア姫と俺の思い出の場所。
俺がまだ立ち上がることができず、悪夢のせいで精神がまいっていたころ、車いすに乗せられて連れてこられたところだ。
ここで初めて、リア姫と出会った。
あの日は確か、後ろから――――
「アル!」
俺の大好きな人の声がした。
でもおかしい。だって彼女は今――。
恐る恐る振り返ると、そこには俺の護衛対象にして、俺の大好きな人であるこの国の第三王女、リーリア姫が、美しい純白のドレスを着てその場に立っていた。
走ってきたのだろう。露出した肩が上下に動くのが、やけに艶かしい。
「リ、リア姫!? ど、どうしてこんなところに。今結婚式の筈じゃあ……」
「どうして来ないのよ!」
「え? あ……、それは………ってリア姫!?」
リア姫はかなり怒っていた。具体的には顔を真っ赤にして。
「どうして……どうして来ないのよ! あなたが来ないと、始められないじゃない!」
そう言って、リア姫はズンズンと俺に近づいて来たかと思えば、俺の手を強く握りしめ、引っ張って歩き出した。
これは不味くないか!? このまま式場に行くと、あらぬ誤解を受けるのでは!?
「ちょ、ちょっと待ってくださいリア姫! このまま式場に行くのはまず……」
言いかけて、ふと違和感を感じた。
今リア姫は何と言った?
「え? リア姫、今なんて………」
「だから、アルがいないと式が始められないの!」
………?
「………え? 何で俺がいないと式が始められないんですか?」
俺がそう言うと何故かリア姫はその場に立ち止まると、今度はワナワナと震えはじめた。
「リアひ――」
「バカアル! どうして気が付かないのよー! どれだけ鈍いのよアルは! 遠まわしにあるとの婚約が決まったって言っても全く気が付かないし、こうなったら式場でドッキリだ! って思っても来ないし! 挙句の果てに『なんで俺がいないと式が始められないんですか?』ですって~!? そりゃ無理でしょう!? だって男性の方がこんなところで油を売っているんだもの!」
……………え?
「こ、婚約者? 誰が? 誰の?」
「アルが! 私の! 婚約者なの!」
開いた口が塞がらない…とは、このことを言うのだろう。
ヤバイ。俺今絶対顔真っ赤だ。超嬉しい!
リア姫と目が合った。
「あ……え、あ………うっ」
どうやら俺の顔を見て、さっきまでの興奮が一気に冷め、代わりに羞恥が来たようで、リア姫の顔も真っ赤に染まる。
そして俺はその顔を見て――きっとさらに顔が赤くなっていることだろう。顔が熱い!
アルミリアを探していた騎士が、庭園で真っ赤になって佇む二人を発見するまで、2人はお互いの顔をチラッと伺っては目が合い、顔を真っ赤にしてそむけるということを繰り返していた。
◇
結婚式。
誓いの言葉を交わし、口づけをした後、リア姫は笑顔でこういった。
「これで”リア姫”じゃなくて”リア”って呼ばないといけなくなったわね」
その幸せで胸がいっぱいと語る眩しい笑みに、俺は顔を赤くしながらも微笑んでこう言った。
「愛してるよ、リア」
今メインで書いている「悪役だからってバッドエンドにはさせない」という作品がスランプ気味でなかなか書けず、丁度良かったので気分転換に……と思って投稿。
よかったらこちらもどぞ。