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アイス


西暦201X+4年8月6日 1430

 「茨城空港に飛来した異世界の飛行船!その目的は!?」

 「対馬沖での衝突から二週間!被害者への追悼式、遺族は語った!」

 殻沼家のリビングにあるテーブルの上に無造作に置かれた週刊誌の表紙には、そんな見出しが躍っていた。


 「あー、あー。悠くん、悠くん。暑くて暑くて死にそうですよぉー」

 初夏は遠くに過ぎ去り、夏真っ盛りの気だるい午後。殻沼悠は何故か、自称「ピッチピチのJK」と共同生活を送っていた。

 そしてそのJK、白樺あずきは冷蔵庫の中を漁り、殻沼の夏の癒しである、氷菓たちを奪い去る悪魔であった。

 「悠くーん?もうアイスがないですよー!悠くんのアイスくださいよー。アイスがないとわたし、暑くて死んじゃいますよ」

 「ダメだ。今朝から何個目のアイスだと思ってる?白樺。昨日の夜開けたばかりの198円の箱アイスの中身が全部ない。アイスは一日一つまでって言ったろ?腹壊すぞ」

 「お腹が壊れるのなんて怖くねぇ!わたしは今、熱狂的にアイスを食べたいんですー」

 「はぁ…そういって自分のために白樺は、俺のアイスに手をつけるのな…昼に俺のアイスがないことに気がついたときの悲しい俺の顔をもう見忘れたか?」

 「悠くんのアイスはもっともと私に食べられる為に工場で生産されたんですよー、あーぃーす!たーべたーいー」

 「ダメだ。アイスは一日一つ」

 殻沼の意思表示に対して白樺は頬を膨らませ、抗議した。

 そもそもなぜ白樺という少女がアイスを欲しがるのか、という話をしよう。話は二週間ほど前にさかのぼる。

 白樺が彼の家にやってきたのと同じ二週間ほど前、日本にとても大きな出来事があったからだ。その出来事とは、オーロラに日本が飲み込まれた結果、今までの世界から切り離され、俗に言う異世界への転移を果たしてしまったことだ。

 運の良いことにその異世界は、地球とほぼ同じ環境の星で、人間が生活するのには問題のない場所だった。

 しかし今までの世界から完全に切り離された日本は転移から二週間がたった今でも混乱の中にあり、現在も危機的な状態にあった。

 

 石油、天然ガスや鉱物などの戦略資源は、輸入が途絶え、その結果、国内に貯蓄された資源で凌いた。

 一般市民の生活に対しても多大な影響が出ていた。ライフラインのうち電力は輪番停電が実施され、節電が呼びかけられていた。

 その結果、殻沼家では冷房器具の全面的な使用停止が行われていた。そのために白樺は涼しさをアイスに求めていたのだ。

 嗜好品であるアイスは工場が停止しているため、流通品のみが出回っている状態であり、貴重品であった。


 輸送に使われるトラックの燃料も配給制となっていて、経済の血液である物流にも大きいな影響を与えていた。道路はがら空きなのに、燃料の配給が過剰に締め付けられてた結果、食料が産地から食料品店に届かず。市民生活にも食糧の不足という形で影を落としていた。


 「うっ、そういう脅しをしてきますか悠くんは、まったくケチで嫌な人ですねぇ」

 「このペースでアイスを食べ続けたら、すぐに枯渇する。それが分からない訳じゃないよな?白樺」


 このままだと長く見積もっても、あと半年しか、いわゆる最低限文化的な生活は送れないという。その状況を打開するために日本は資源の新たなる入手先を手当たり次第に探していた。

 その一つが一週間ほど前に成田空港に飛来してきた異世界の飛行船である。

 飛行船は日本の防空識別圏内を飛行中に航空自衛隊の百里基地の戦闘機によるスクランブルにあい、茨城空港まで誘導され、その後、空港内に停留していた。

 飛行船が空港に到着したときはマスコミや野次馬などで空港やその周辺がごった返したが、安全のため空港周辺からの退去の”お願い”が発表された結果、空港周辺も落ち着きを取り戻していた。

 飛行船の乗員や飛来した目的については情報が錯綜している最中で、主にネットやゴシップ誌では飛行船の乗員は”魔族”を名乗り、十年近く前に話題になった3DCGのSFハリウッド映画の登場人物のように肌が青いという情報が出回っていた。


「「ピンポーン」」

 そのようなやり取りを殻沼と白樺がリビングでしていたが、突如、インターホンが響いた。来客のようだ。

 「悠くん、お客さんですよ、行ってきてください」

 「わかったよ、ったく。このくそ暑い中、誰が、何のようだよ…」

 そうぼやきつつ殻沼はインターホンの受話器の前に行った。

 インターホンの液晶モニターの中には警官らしき男の姿が映ってきた。

 警官が来るのに思い当たる節があったのか殻沼は一呼吸ついてからインターホンの通話ボタンを押した。

 「はい、殻沼ですが、どちらさまでしょう?」

 「殻沼悠さんですか、私は県警中央署の者ですが、あなたの家に少女が出入りしているの見かけた近隣住民の方がおりまして、その件についてお話があるのですが」

 ”ブチッ”

 殻沼は終話ボタンを押し、振り返りながらソファでくつろぐ白樺に言った。

 「警察のお迎えが来たぞ、俺が対応してる間に裏口から外に出ろ、分かったな」

 白樺はさっとソファから起き上がるも、ぐだぐだとゆっくりとした歩調で裏口に移動し始めた。

 殻沼は急いで玄関に向かいつつ、思い起こしていた。

 もともとこういった事態を殻沼は想定していた。謎の家出?少女を夏休みといえ一週間以上もかくまっていれば、よほど上手いこと秘匿しない限り、近所にはバレる。というのが今のお時勢であることを殻沼は理解していた。だがしかし、警察がしょっぱなから来るだろうか、そんなことを殻沼は考えたが、もう来てしまったものは仕方がない。今回のような出来事が起きた場合の対処はもうすでに白樺と話し合ってあった。

 今回のような事態になった場合、殻沼が玄関で対応して時間を稼いでいる間に白樺が裏口から出ていなかったことにするということになっていた。

 殻沼が玄関を開けると先ほど警官がいた。その警官は悲しそうな顔をして

 「これも仕事なんだ。すまないね」と一言を放ち玄関正面から身を引き、門に目を向けた。それにつられて殻沼が門を見ると、そこには黒いスーツ姿の女性が堂々とした姿勢で、立ちふさがっていた。

 「こんにちは!悠くん!年端もいかない少女を家に連れ込んで何をしてるのかな?お姉さん心配しーちゃうよ!」

 「美佳姉さん?!」

 突如、殻沼の前に現れた懐かしい人に自然と驚きの声が漏れていた。彼女は嵯峨野美佳。

 殻沼悠が幼いころに世話を焼いてくれた近所のお姉さん的存在であり、今は外務省に勤めるエリート官僚。


 「うぎゃああああ!」

 裏口から響く声、白樺が確保されたようだ。

 そんなことはどうでもいい、殻沼はなぜこの場に嵯峨野がいるのか?東京にいるはずでは?と思考をめぐらせていた。

 そんな殻沼に嵯峨野は向き合うとはっきりとこう言った。

 「悠君、君の弟くん…紘君の行方が判明した」

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