撮影と墜落
西暦201X+4年7月25日 0810
「夏の日本各地で謎のオーロラ発生から一ヶ月!消えないオーロラ!天変地異の前触れか!?」
テレビのワイドショーは面白可笑しく、日本で発生したオーロラのことを伝えている。オーロラは一ヶ月前から発生しはじめ、日々見ることが出来る場所が増えている。もう国内では、見えない場所のほうが少ないとまで言われていた。
「くだらな…」
昼食を取りながら、ぼんやりとテレビを見ていた少年は、リモコンを押してテレビの電源を消し、腰を上げた。
少年の名は殻沼悠という。彼は身寄りのないことを除けば普通の高校二年生だ。普通が行き過ぎて何の変哲もない、没個性的と言い表してもいい少年だ。
昼食を終えた彼は、身支度をしていた。どうやら外出するようだ。
彼の外出の目的は一つ。この日常になりつつある非日常であるオーロラを撮影することだ。オーロラを撮影するために、亡き父の書斎にある棚から形見の古いカメラを下ろし、自分のかばんに詰めてから、彼は家を出た。
彼は街を見渡せる眺めの良い丘の上の公園に向かい、自転車をこぎ出した。
夏真っ盛りのこの季節に、自転車で丘の上の公園を目指すのは苦難の道だ。気温は三十五度近い。彼は夏の日中に外出したことを、丘の頂上への道のり半ばで後悔していた。
自然と汗が吹き出て、流れていく、何のためにオーロラを撮影しようとしているか、頭から飛んでいきそうになる。あくまでなるだけだ。彼には撮影しなければならない理由があった。彼はその理由を思い直していた。
彼には弟がいた。弟は文武両道で、極めて優秀。天文学が趣味で、人付き合いも上手く、自慢の弟だった。優秀な弟と凡人である兄。彼は弟に対して劣等感を抱いた。いや、抱いていたのほうが正しいだろう。
彼の弟は数年ほど前に突如、学校の帰り道で姿を消し、そのまま行方知らずとなっていた。
姿を消したというのは例え話ではない。警察による行方捜索の結果、帰り道で突如消えたとしか言えない結論がでたのだ。
弟が最後に確認されたのは、帰り道沿いにあるコンビニの監視カメラで、歩道を家のある東方面に向かって、歩いていく姿が確認されていた。しかし、コンビニの右隣にあった銀行の監視カメラには、同じ歩道を撮影した同一時間の映像の中に弟の姿はなかった。二つの監視カメラには車両などが道を通り過ぎる様子も映っておらず、誘拐の線もない。本当に忽然と姿を消してしまったのだ。
そんな消えてしまった彼の弟が夢として語っていたこと、それがオーロラを見ることだった。
彼はいつか帰ってくるかもしれない弟のために、この異常気象を写真に収めようと思ったのだ。
そんなこんなで、もう丘の上の公園に到着するようだ。
彼が公園の入り口にたどり着いたとき、入り口からは公園内に人がいる様子を見ることができなかった。
こんな猛暑の昼間に、わざわざこんな公園にまで来る者はいないと、彼は勝手に納得して、公園の高台に向かって歩みはじめた。
高台に着くと彼はあたりを見渡した。オーロラが空にある以外、普段と変わらない街の景色。
彼はその異様な風景を一通り見渡した後、かばんからカメラを取り出し、撮影し始めた。
一枚、また一枚と街とオーロラを撮影していく、街と空のオーロラがひとつの写真に収まる。
彼はふと思った。こんなにオーロラが低かったかと疑問に、しかしそのような考えを持つ必要はなしと判断し、彼は撮影を続けた。
そして撮影中に異変が起きた。
「わあああああああああ!」
突然響き渡る若い女性の悲鳴。彼はカメラのシャッターに指を添えたまま声の主を探そうと四方を見て回した。
どこにも人はいない。次第に大きくなっていく悲鳴。彼はひとつの答えを出し、空を見上げた。
そこには空とオーロラと何かが見えた。そしてその何かは彼に向かって落ちてきたのだ。
彼は落ちてきた何かとぶつかり、痛みとともに意識を手放した。