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06 飛び降り

 私が自分自身でこれは嫌だと思っていた自殺方法は、入水と焼身だった。

 理由は単純。とても苦しそうだからである。

 二十六年間で火傷したことといえば、唐揚げの油が飛んできたとか、アイロンの先端に手が当たったとかその程度の事だったけど、それでもかなり痛かった。それが全身だなんて信じられない。しかも、火傷の程度はあれの比じゃない。ちなみに根性焼きはしたことがないので分からない。

 入水の方はというと、私は恐ろしいまでの金づちなので、ある意味では致死率百パーセントの方法だといえる。しかし、しかしだ。学校の授業で無理やり泳がされて、鼻に水が入っただけでもあれほどまでに苦しいのに、それを死ぬ時まで、死ぬまでやるなんて苦行すぎる。無理。いやだ。やりたくない。

 イザナミにも聞いてみたけれど、やはり両者とも苦しい方法らしい。ただ、焼身の方はおすすめだけどねえとも言われた。なぜですか? と訊ねると、返事はこうだった。


『例の有名なマニュアルにも書いてあるけど、とにかく目立つから。今まで地味に地味に、それはもう日陰のカタバミのように生きてきただろう人が、最後に一花咲かせるにはぴったり。あなたには特におすすめしたいかも』


 ……どことなく文章に悪意を感じるのは気のせいだろうか。特に、最後の一文なんかに。


 そんなこんなで、入水と焼身は私の自殺リストからは外された。イザナミは最後まで、焼身焼身言っていたが。



 四回目ともなると、さすがにチャットにも慣れ始めた。

 予告された時刻にいつもの本館チャットルームに行くと、イザナミはすでに入室していた。私も入室する。カランカラン、とドアベルのような音が鳴った。


『イザナミさん、こんにちは』


 ぽん、という音と共にまずは一言。相手からの返事は間違いなく『ねーむーいー』である。

 が、何故かこの日に限って返事がなかった。


『イザナミさん、います?』


 五分待っても返事がない。おかしい。離席中だろうか。この前みたいにトイレにでも行っているのかもしれない。

 ところが、十分待てどもイザナミからの返事は来なかった。入室者一覧には『イザナミ』とあるのに。おかしいな、どうしたんだろう。もしかしたらパソコンか、このルームがバグっているのかもしれない。

 と思ったら、ぽん、と音がした。イザナミからの発言だ。


『ごめん、あなたが入室してるの気づかなかった。本読んでた』


 ――イザナミでも読書するんだ。なんか意外。一体、なんの本だろう。人殺しの本かな。自殺に役立つ医学書かな。それともなんか、黒魔術でも読んでそう……。


『なんの本を読んでたんですか?』


 興味本位で訊いてみる。返信は早かった。ぽん。


『まじカル☆ドラゴン樹海ちゃん』


 ………………………………なにそれ?


 私の顔を画面越しに察知したのか、イザナミから説明文が次々にあがってきた。


『現代を舞台にしたファンタジー。ラノベなんだけれどね、子供が読んでも大人が読んでも面白い。名作すぎる。――天界にいた無名のドラゴンがね、地球に降ってくるのよ。降り立った場所は樹海。ドラゴンはそこから、自分に樹海って名前を付けるの。ああ、地球に降ってきてからはね、ドラゴンの姿は隠してるの。幼女の恰好してるのよ、普段はね。でもこの世界の常識を知らないから、幼女の恰好なのにタイトスーツなんか着ちゃう。それに赤いランドセルをあわせちゃう。ランドセルからはみでる縦笛がトレンドマーク。そのへんてこりんな格好で地球のあちこちを歩いて回るの。口癖は「まじカルマ」。あ、ドラゴンとしての性別はオスなんだよこの子』

『はあ……』


 長い。説明が長い。しかもぶっちゃけ、その作品の魅惑がわからない。


『もうすぐ続刊が出るって言うから、内容を思いだそうと思ってイチから読んでたら時間がかかってしまった』

『へえ。何巻くらい出てるんですか?』

『第一部で二十三巻まで』


 はあ!?


『今、第二部の途中で十八巻まで出てる。次が第十九巻。楽しみだなあ』


 そんなに面白いのか、その変な小説。本屋で見たことあったかなあ。ラノベコーナーってあんまり覗かないから覚えてないや……。今度見てみようか。そういえば最近小説読んでない。久しぶりに読もうかな……。

 樹海ちゃんはまたあとで読むとして、とイザナミが話を変えてきた。


『今日はなにを知りたいの?』

『首吊りがダメだったので、次は飛び降りを考えてます』

『ああなるほど、マニュアルの推奨順ね』


 さすがイザナミ。私の思考回路はお見通しらしい。


『まず最初に、忘れないうちに言っておくわ。頭から落ちなさい』


 そういえば、そんな文章を他のサイトでも目撃したような気がする。イザナミは続けた。


『とある人の話だけどね。マンションの十三階からの飛び降りたの。落下地点がコンクリートであることは確認したし、人通りが少ない時間帯も選んだ。なのにその人、足から落ちちゃってねえ。まあ、足から落ちても死ぬ人は死ぬんだけど、頭から落ちるより致死率が下がっちゃうんだわ。あいにくその人も生き残りまして』

『……それで?』

『あなた、あれでしょ。飛び降りたら落下するまで意識がもうろうとしてて、なんとなく気持ちよくて、落ちても痛くないとか思ってるんでしょ。まあそういう人もいる。ただしそういう人ばかりじゃない。十三階から落ちたその人は、そうじゃない人だった。落ちる瞬間の恐怖と、ものすごい風圧、近づいてくるコンクリート。それよりなにより、落ちた瞬間。どうなったと思う?』

『……どうなったんですか?』

『一言で言っちゃうと全身骨折したんだけれども、着地した瞬間、骨が折れた順番が分かったらしいわよ。足首、すね、骨盤、肋骨、腕がばきばきばき……ってね』


 猫が足元で唐突に「にゃお」と鳴き、私は「ひぃっ」と声を出した。悪気のなかった猫は首を傾げる。私は猫の頭を適当に撫でて、画面に向かい合った。

 ――自分の身体がバキバキに折れて、しかもそれが分かるだなんてホラーすぎる。怖い。そんなの絶対体験したくない。本当だろうか。


『でも、落下する瞬間何も感じなかったって人も実際いるみたいだしねえ。飛んだ直後に、恐怖で失神する人もいるし。あなたがどっちに当てはまるかは、さすがの私にもわからない。どうしても、何も感じない飛び降りにこだわるなら、それなりのものを用意してあげるけど』

『それなりのもの?』

『危険ドラッグとか』


 そんな簡単に用意できるのそれ!?

 私が突っ込むと、イザナミは文字で『ふふふ』と笑った。


『自殺プランナーだからね、そういうの手に入れるのは慣れてるんだわ。自殺する人って最後に結構その手の薬物使うこと多いし。死の怖さを払拭したいんでしょうね』

『はあ』

『あなたが、最後にラリっちゃって、訳も分からずアイキャンフライしたいならクスリでも用意するわ。どうする? 飛び降りにする? ラリっちゃう?』


 ……どうしよう。ドラッグを使ってまで、私は空を飛びたいのだろうか。ちゃんと表現するのなら、飛ぶじゃなくて落ちるだけれども。飛び降りというもの自体には、そこまでこだわりはないんだけれど……。


『まー、私としてはドラッグってあんまり使ってほしくないんだけどねえ』


 間延びしていて、文面的には至極どうでもよさそうなイザナミの発言。私は首を傾げた。


『どうしてですか』

『高いのよドラッグって。私が赤字になる』


 ……イザナミが赤字?


『イザナミさんがお金払うんですか? ドラッグも?』

『そうよ。最初に言ったでしょ、私はフリーソフトだって。ドラッグ代も全部こっち持ち。あなたからお金は貰わないわよ』


 変だ。普通ならドラッグ代とか、そういうので稼ぐはずなのに。この、自殺プランナーって人の収入源はどこから出てるんだ? なんかそういう会社に雇われてるの? 組織的な存在なの?

 私は気になって、単刀直入に聞いた。


『お金でないのなら、あなたの目的はなんなんですか』

『人の自殺を幇助するのが目的』

『それによって、あなたが得られるものは?』

『そうねえ。あなたが死に方を決めたら教えましょう』


 はぐらかされた。けれどきっと、これ以上聞いても教えてくれないだろう。イザナミはそう言う人だ。言わないって言ったら絶対に教えてくれない。――私が、自殺の方法を決めるまでは。

 私はパソコンから離れ、窓の外を見た。一戸建て家屋の三階。高さとしてはやっぱり足りないだろう。でも案外死ねる気がする。見る限り、結構高いし。イザナミが言うように頭から落ちれば。覚悟を決めて、ぴょーんと一瞬で。…………いや待て。

 私は慌ててキーボードを叩いた。


『イザナミさん。たとえば自分の住んでる家で飛び降り自殺したとして、損害賠償とかってどうなります?』

『んー。やっぱりあなたは、自分が死んだ後のことの心配をするのねえ』


 などと言いつつも、イザナミはちゃんと答えてくれた。


『損害賠償は不動産屋がどこまで考えるかにもよるけど、発生する。事故物件になってしまえば、土地の価値が暴落するから。損害賠償は、死んだ本人に請求される。つまり遺族が相続放棄すれば、払わなくてよろしい。ただし遺族が、不動産屋に申し訳ないからという気持ちから、相続放棄することを放棄して、払い続けることもある。そうなったら地獄ね』


 ……払いそう。うちの親とか払い続けそう。私の損害賠償。そうなったら嫌だ。やっぱり嫌だ。自分が死んだ後のこととはいえ、迷惑は出来る限りかけたくない。

 自殺の名所にでも行こうか。有名な崖とかあるよね。そう提案してみると、イザナミからの返事はこうだった。


『女一人だと結構警戒されるわよ。ああいうとこ、割と監視されてるから。そこで決行するなら事前に覚悟決めて、その場に着いたら一瞬で飛ばないと駄目。うだうだ迷ってたら、命の重みについて語るおっちゃんにつかまるわよ』


 私ものすごく捕まる気がする。そういう人に捕まっちゃう気がする。


 結局そのあと一時間ほど飛び降りについて話したけれど、結論は保留になった。イザナミには『あなたには向いてない気もするわね』と言われた。死体の見栄えやら損害賠償やらという言葉を口にする時点で、飛び降りはもちろん飛び込みも論外らしい。言われてみればそうかもしれない。

 残された自殺のリストは限られてきた。九月七日。お菓子のコーナーには栗やらさつまいも味の物が並び、涼しくなりはじめた頃の話だった。

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