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05 首吊り

 突然ですが私こと――――は、林の中で薬を使って死ぬことになりました。



 ……話が突然すぎるので巻き戻す。時は九月六日。私が遺書を書いた翌日の事である。

 その日のイザナミの指定時刻は朝の九時だった。本当に、彼女の活動時刻はバラバラだ。初めて『0507』ルームで会った時は夜中だったし、その次に会った時は昼過ぎだったし、今日は朝。この人はいつ寝てるんだろう。

 またもや私の方が先に入室した。イザナミがきたのは私が入室してから十分後。一言目は『ねーむーいー』。なんだか前にも見たことがあるような文章だった。


『で。結局、遺書は書いたわけ?』

『はい、一応』

『そう。んじゃ、問題はひとつクリアしたわけだ。おめでと』


 おめでたいのだろうか。とりあえず、ありがとうございますと返しておく。


『それで? 今日は何の話がしたい?』

『えーっと、死ぬ方法について。おすすめはなんだろうかと』

『ふむ』


 ぽんぽんとリズミカルに飛んできていたイザナミの発言が止まった。何か考えているか、この前のように離席したかのどちらか。チャットというのは本当に、一分が凄まじく長い。約三分後、ぽん、と音が鳴った。


『ちなみにあなたは何がいいと思ってるの?』


 思い返す、自殺サイトの数々。まあそのほとんどが同じ本をぱくっていただけなのだが、おすすめの自殺方法はどれも一致していた。準備も楽、死ぬのも楽って噂。致死率も高いって書いていた。それは、


『首吊りです』

『ふーん』


 ――なにその『ふーん』って。適当な。なんて適当な。この『ふーん』はきっとすごくどうでもいいって意味の『ふーん』だ。「彼氏と喧嘩しちゃったの」「ふーん」くらいの『ふーん』だ。きっとそう。これきっとそう。

 いらっとしている私をよそに、というか文面だけじゃ私がいらついてるかなんてわからないんだけども、イザナミは続けた。


『首吊りを選ぶなら、非定型じゃなくて定型にしなさいね。これ絶対』

『非定型? 定型?』

『……そういうサイトさんざん読んだなら、覚えてるかと思ったんだけど。簡単に言うと、定型は高い所に縄ぶら下げて、椅子の上に立って、縄を首にかけて、椅子をキック! ドラマとかでよく見るやつね。死体がぶらんぶらんしてるあれ』

『はあ』


 なんとなく想像がついて、ぞわりとする。午前中からなんて話だ。


『一方の非定型は、脚がついた状態で首吊ること』

『脚が付いてるのに、首を吊れるんですか?』

『吊れる。それも結構簡単に。縄をひっかける場所は、ドアノブやベッドの柵なんかが多いわね。統計では、定型よりも非定型で死んでる人が多いらしいけど、私は定型を絶対的におすすめする』


 いいと思う、じゃなくて、絶対的におすすめする。断言だ。


『なぜですか? 非定型で死んでる人の方が多いんでしょう?』

『非定型は確実性に欠ける。というのもあるしなにより、いざとなると尻込みしてしまうパターンが多い。定型だと一瞬で椅子を蹴り飛ばして終わりだけどさ、非定型だと自分で自分の首を絞めるみたいな形になったりするのよ。じりじりと。それに耐えられる自信ある?』


 ……自分で自分の首をじりじり絞める。そう考えるとなんか怖い。一瞬で椅子を蹴り飛ばして、気づいたらあの世でした、の方がはるかに楽だ。私は首を振った。

 定型にするんだとしたら、縄をつるす場所がいるんじゃなかろうか。私は天井を見上げた。シーリングライト以外何もない。縄をくくり付ける場所なんて全くない。それをイザナミに言うと、『五寸釘でも使って、壁に縄をひっかける場所を作りなさい』と言われた。五寸釘ってなにその藁人形スタイル。

 部屋を見渡して、私はそうだと思いついた。カーテンレールがある。今日はあいにくの雨で、洗濯物が沢山吊るされているそれ。これなら私の重みにも耐えられるんじゃなかろうか。我ながらグッドアイディア。

 ところが、イザナミからの返事は芳しくなかった。


『カーテンレールはまずおすすめしない。実を言うと私、四年ほど前に首吊りをプランしたお客様で、カーテンレールを使用した子がいたんだけれども』

『はい』

『壊れちゃったんですって、カーテンレール。がっしゃーんと。親から大目玉、精神科医からも大目玉。で、閉鎖病棟に半年入院。そうなったら困るでしょ? 私も自殺プランナーとして、これ以上経歴に傷つけたくないし』


 そう言われて見ると、うちのカーテンレールも若干たわんでいる。やめておいたほうがよさそうだ。

 そうだ、首吊りについて気になることがもうひとつあった。これもちゃんと聞いておかないと。


『イザナミさん。首吊り死体って、見た目どんな感じになります? やっぱり酷い?』


 これについては、サイトによっていくつかの意見があった。顔色がすごいとか案外普通とか、ぶらぶらしてるだけとか、そうでもないとか。

 イザナミからの返信は早かった。返信というよりも、質問だったけれど。


『逆に聞くけど、首吊り死体についてあなたはどこまで知ってるの?』

『……えーっと、糞尿が垂れ流しになるということは』

『そうね。まあ、事前にトイレすませておいたらある程度マシだけど。気になるならオムツ必須』


 私は愕然とした。オムツ……。死にゆく姿がオムツの二十六歳独身女性。なんということだ。最後くらい可愛い下着をつけたい。新品の綺麗でかわいいの。それがオムツって。ものすごい絶望感。

 うちひしがれていると、パソコンからぽん、と音が鳴った。


『あなた、女性だったわね。じゃ、射精について言う必要はないか。あとは時間経過によるけど、目玉が飛びだす。舌が出る。これに関してはアイマスクと、さるぐつわでどうにかなるんだけれども。……私が言いたいこと分かる?』

『え? いえ』

『アイマスクして、さるぐつわして、オムツしてる。――変なプレイみたいになるわよ』


 …………ガチだ。変態だ。そんなの嫌だ。

 私は画面の前で震えあがった。そんな世にも恐ろしい状態で発見されたくない。アイマスクにさるぐつわでオムツってなに。親が見たら泣く。ていうか私が泣くわ。

 首吊りは、なしにした方がいいかもしれない。うん、そんな気がしてきた。とてもそんな気がする。イザナミが『まあでも、楽に死ねるのと確実性をとるならおすすめよね。だから死刑でもこの方法が採用されている。ただし死刑の場合、高さのある所から落下させるから、頸椎骨折になることもあるわけだけど』とかなんとか補足してくれてるけどもう関係ない。変態な姿をさらすのが決定されてる時点で未来がない。この方法には未来がない。

 アイマスクもさるぐつわもオムツも外せばいいわけだけど、そしたら今度は目玉が飛び出して舌も飛び出て、糞尿溢れる死体になるわけだ。それも嫌だ。


 イザナミは、首吊りの美学についてなにやら一人で語りだしている。

 みんな見た目が悪いって言うけどねー、案外そんなことないのよ? 吊って間もないやつは特に。ぶらぶらしてるだけよ。見た目はちょっと不気味かもしれないけど、そんな汚いってわけじゃないし。血も出てないから、そういうのが苦手な人にもおすすめよね。ほんと、ぶらぶらしてるだけだから。見た目が悪い、見た目が悪いって、それは何日も発見されなかった死体の事でしょ? 脅し文句よあんなの。ていうか、何日も発見されなかったらどの死体だって損傷しちゃうし。首吊りの場合は頭と胴体が分離して――


『あのー、イザナミさん』

『うん? なに』

『私やっぱり、首吊りはやめておこうかと思います』

『え、なんで』


 なんでじゃない。


『えっと、変態みたいになりたくないので』


 私が発言すると、間が空いた。かと思えば、


『あなたって、幽霊とか信じてるタイプなの?』


 訳の分からない質問をされた。私は首を傾げ、幽霊について考える。

 幽霊? 幽霊って。いたらそりゃあ確かに怖いけれど……。


『いないと思います』

『なんで?』

『だって、見たことないし』

『ふーん』


 またこの『ふーん』。これ絶対適当だよね。


『幽霊がいないと思うならさあ、死後の世界もないと思わない?』


 またもや飛んでくる、イザナミからの質問。私は今度こそ腕を組んだ。そういえば昨日書いた遺書に、天国とか地獄とか書いた気がするけれど、幽霊がいなければそんな世界もないはずだ。言われてみれば。


『そうですね』

『ってことはよ。あなたはどんな姿で死んだとしても、それを自分の目で見ることはないのよ。だってあなたは死んでるわけだから。幽霊っていないわけだから。なのになんで、自分の死体の見栄えを気にするの。恥かいたっていいじゃん。もう死んでるんだから。幽霊なんていないんだから。幽霊になってるわけじゃないんだから』


「…………」


 私は画面の前で深刻な顔をした。確かに幽霊というものが存在しないのであれば、私はもう死後、恥をかくことはない。しかし、しかし、それでも、アイマスクにさるぐつわでオムツは嫌だ。断じて嫌だ。

 たとえば私が親なら、そんな娘の死体を発見したくない。うん、そうだ。これだ。


『でも、遺された家族が恥ずかしい目に遭いますし』

『家族ぅー?』


 一分、間が空いた。それからぽん、と音がなって、発言が出た。


『それ考えてたら自殺できないわよ』


 ……はい、イザナミさん。


『あのね、自殺なんて一世一代、人生最大のわがままなのよ。自分の事しか考えてない行為のナンバーワンよ。誰かのこと考えてたらいつまで経っても実行できやしない。家族だの友達だの、そーゆー考えは捨てなさい。本当に死にたいのなら、ね』


 まあでもあなたがそんなに嫌がるのなら、首吊りはやめておきましょうか。

 イザナミはそう言ってくれたけれど、私の中で何かが引っかかっていた。なんだろう。この、得体のしれない感じ。喉の奥に何かつっかえたような違和感。なんだかすごくもやもやする。なんでだろう。……分からない。


『ご要望があれば、アイマスクとさるぐつわとオムツ、用意したのに』

『結構です』


 こうして、私の自殺方法のリストから、首吊りははずされたのであった。

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