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17 イザナミ

 自殺幇助は良いことでしょうか? 悪いことでしょうか?


 常識的に、一般的に、そして人間として考えるなら、答えは当然NOだ。まず、自殺そのものがあまり認められていない。人間は何故か他人であろうとも、その人の自殺を止めようとする性質を持っている。……そう、たとえばそれがネットで出会っただけの、顔も名前も知らないような赤の他人であったとしても、だ。

 人間は、人間が死ぬのは悲しいことだと思っている。寿命でも事故でももちろんそうだし、自殺なんてもってのほかだ。死んじゃいけない。とにかく死んじゃいけない。根拠もなく死んじゃいけない。根拠もなく生きなければいけない。出来る限り、人を死なせてはならない。

 そのために人は、心療内科やら精神科やらこころの相談窓口やらいのちの電話やらを作った。死ぬことは、とにかくいけないこと。自殺は、人としての禁忌なのだ。理由は知らないけれど、とにかく死んではならない。自分で死ぬのは馬鹿な事。自分で死ぬのは悲しいこと。だめなこと。いけないこと。


 その禁忌、つまり自殺を幇助する行為は、殺人と同等だ。直接手は下していない訳だが、人殺しのような目で見られる。というか、人殺しとして扱われる。少なくともこの世間では。

 人間が、他人の自殺を止める性質を持っているのはまあ不思議なことであるが、自殺幇助をしようとしない理由はいたって簡単である。自己保身のためだ。人の自殺を手伝って殺人犯扱いされるなんて馬鹿らしい。実にくだらない。

 故に、幇助それをやる人間は限られてくる。例えばそれをビジネスにしてる人とか。人が死ぬのを見るのが好きだなどという、ちょっとまずい性癖を持った人だとか。

 あるいはそう、たとえばの話――



『他人の自殺を幇助することで、自分の寿命が延びる……?』


 都市伝説ですら、聞いたこともない話だ。いつかイザナミが言っていた、ムクロさんの話を思い出す。彼は、すべてを壊すために生まれたサイボーグなのよ。

 彼がサイボーグなら、イザナミのこれはなんだ? 寿命が延びる? 自殺の幇助で?


『厳密に言うなら、一人幇助するたび、私の寿命が一年延びる』


 つまり、私が送るドラッグであなたが死んだら、私の寿命がまた一年延びるわけ。

 イザナミの発言を、私は食い入るように見つめていた。誰かが死んで、誰かの寿命が延びる。原理が分からない。私の頭はイザナミの発言を拒否した。とりあえず、現実的に考えてみる。


『……それは例えば、死んだばかりの人間から、臓器を抜き取って移植するとか?』

『違う。幇助した人間が死ぬだけでいい。それだけで、私の寿命が延びるのよ』


 あいにくこれは、ビデオ通話じゃなくて文章のみで構成されているチャットルームだ。イザナミがどんな顔をしているのかは分からない。笑ってるのかもしれないし、真顔かもしれない。顔を見ればある程度、真偽を見分けられたかもしれないけれど、その術はなかった。


『信じるか信じないかはあなた次第だけど』


 何度目か分からない発言をして、イザナミは語り始めた。


『私は七年前に、余命一年と宣告された。たったの一年よ。桜を一回見たらはいおしまい、さようなら。……余命を宣告された人間がどんな気持ちになるかは、その人にしか分からないでしょうね。もちろん怖いわ。健康体の癖に自殺自殺言ってる人がうらやましくて、その反面すごく憎くて、自殺サイトを荒らしたりもした。――今思えば、自殺しようとしてる人は健康だと思ってる段階で、私も自分の事しか考えられてなかったんだけど。でも私から見る限り、そのサイトにいる人達は健康にしか見えなかった』


 まあ過去の話よ、今はそういう考えは持ってないんだけどね。イザナミは言う。かつて荒らしたというそのサイトが0507ルームだったのかどうかは、訊かないでおいた。


『そうして寿命も残り半年になって、体調もいよいよ悪くなりはじめた頃、母が嬉しそうな顔して私の部屋に来たの。ああ、その時の私は、母と二人で暮らしてたんだけど。それでね、あまりにも上機嫌な母にどうしたの? って訊いたら、変なこと言うのよ。呪憎怨札でいいものを買ってきた、これであんたも長生きできるわよって』


 呪憎怨札? 私は眉をひそめた。その不気味な四文字を、私は何故だか聞いたことがある。なんだろうかと思い、ようやく思い出した。芸能人の遺書だ。利き手とは逆の手で書いたような、震えた文字で書かれた文章。


 これからもよろしくありがとうよろしく 呪憎怨札 まってるずっと わたしの


『……藁人形とか売ってるサイトでしたっけ、それ』

『そう。……ここからは更に嘘っぽい話になるけれど、そのサイトには裏門という別の入り口がある。ほとんどの人間は、その裏門へのアクセス方法を知らないけれど。母はその裏門にアクセスして、あのサイトの裏を覗いた』

『裏?』

『人間の生死に関わる呪文を教えるというページがあったそうよ。人間の寿命を縮める方法はもちろん、寿命を延ばす方法も書いてあったらしい。――私もためしに裏門にアクセスしようとしたけれど、その時にはもう閉じられていた。あなたが見ただろう呪憎怨札、あれもただのミラーサイトよ。本物じゃない』


 ――うっそだあ。そう笑い飛ばして終わりたかった。人間の寿命を延ばす方法。そんなのあるはずがない。少なくとも、私は知らない。

 けれど、イザナミの話は『嘘よ』で終わらなかった。


『母がその裏サイトで購入してきたのは、私の寿命を延ばすものだった。何十万とられたのかは知らない。何百万だったのかも。いやな詐欺に引っかかったなあって思ったわ。余命半年しかない娘のためにいくら払ったんだろうって。ところがその母がね、上機嫌に続けたの』


 お母さんが死ぬとしたら、どんな方法がいいと思う?


『……びっくりするわよね。余命半年の娘になんてこと訊くの、馬鹿な冗談やめてって思わず言ったわ。でも母は真剣なのよ。「頼むから答えて頂戴、お母さんの死に方を考えて。あなたが考えるのよ。あなたが考えなきゃ意味がないの」。……さすがの私もこの時は参ったわ。とりあえず適当に何か言っといた方が良いのかな、お母さん疲れてるのかなあなんて思って、無難なものを答えた』


 じゃあ、首吊り。


『そしたら今度は、ロープかなにか持ってない? なんて言いだすの。何考えてるんだろうって思うわよね。でも母は譲らないのよ。紐状のものを渡しなさいってそればっかり。仕方がないから、制服のネクタイを渡したわ。母は上機嫌で、部屋から出て行った。……母の生きてる姿を見たのはそれが最後』

『まさか』

『そのまさかよ。一時間後、母が死んでるのを発見したわ。非定型の首吊り自殺。使用したのは、私があげたネクタイ。で、死体のそばにあった遺書に書かれてたのがこれ』



 あなたは人を殺すお手伝い(自殺ほう助っていいます)をすると、寿命が延びます。本当です。一人の自殺を手伝うことで、一年寿命が延びます。最長、八十歳まで生きられるそうです。これは本当です。お母さんは、あなたに自殺の方法を教えてもらって、あなたに用意してもらったネクタイで、天国に行きます。これで、あなたの寿命が一年延びました。よかった。長生きしてください。



『――信じられないわよね。今思えば多分母も、鬱病かなにかだったんだと思う。普通に考えて、いくら寿命が延びるって聞かされたとしても、自分の娘に自殺幇助させようとする? 私は今でも、母はおかしいと思ってる』


 私は絶句した。作り話だとしたらイザナミの妄想癖は凄まじいし、本当だとしたら常識を超えている。

 私が発言しなくなっても、イザナミは話を辞めなかった。


『それから半年後。私は死ななかった。むしろピンピンしてたわ。医者も驚いていたし、自分でもびっくりした。ところがそこから半年経ったあたりから、また具合が悪くなったの。ああ今度こそ死ぬんだなって思った。死ぬのを待つのが怖くて、自ら死のうと決意したわ。でも一人で死ぬのは怖くて、志願者を募集したの。集まったのは、私を含めて合計三人。山奥までレンタカーを走らせて、練炭を使った。その時、手段を考えたのも車を借りたのも練炭を用意したのも、全部私。そして私はどうしたか。……途中で逃げ出したのよ、怖くなって』


 結果、イザナミ一人だけが生き延びて、残りの二人は死んだ。


『この場合、刑法だとどうなるのかしら。詳しくは知らない。でも、「死ぬための道具と場所を与える」という行為は自殺幇助にあたる。私はレンタカーを借りて、練炭を用意した。それで二人が自殺した。……これが幇助とみなされたようで、私の寿命はまた延びた。体調はあっという間によくなって、また医者に目を丸くされたわ。この時点で私は、母の言っていた訳の分からないオカルトを信じるようになった。――私はね、人をひとり殺すたびに、寿命が一年延びるのよ』


 彼女は、自分のやっていることを自殺幇助とは言わなかった。『人をひとり殺すたび』という表現をした。

 イザナミは、自分のやっていることの意味を、理解している。


『……死にたくないのよ、私は。だから人の死を助長する。人に死んでもらって、自分の命を引き延ばす。お金は要らないの。欲しいのはお金じゃない。人の、私の、命なのよ』


 ここで、イザナミの発言が止まった。私は何も言えない。沈黙が五分ほど続いた。席をはずしてるわけでも、小説を読んでいるわけでもないだろう。少なくとも私は、パソコンの前にいて、イザナミの次の発言を待っていた。そして、何を言うべきかを考えていた。

 結局、先に発言したのは、私の方だった。


『イザナミさんの話が本当なら』


 ここまで書いて、ああしまったな、と思う。これじゃあ、信じてないって言ってるのと同じだ。正直、悩んでいた。イザナミの話は、サイボーグと同じくらい突拍子がなくて、摩訶不思議で、現実離れしていた。こんなオカルトじみた話、過半数の人間が信じないだろう。けれど私は判断できずにいた。

 イザナミは、嘘をつくのならもっと上手につくんじゃないだろうか。こんな、小学生でも「嘘だあ」って言いそうな話じゃなくて。もっとリアリティ溢れる話を作れるんじゃないか。なのに、なんでこんな話をしたのか。――それは、これがやっぱり本当の話だからじゃないのか。

 信じるか信じないかは、私次第だ。今は分からない。

 でも、イザナミの話が嘘でも本当でも。今の私にはこれしか言えなかった。


『私は、あなたを止めることができません。生きようとしている人間を、止める権利がありません』


 人を殺すのはいけないこと。そんなの子供でも知っている。なら、自分が生きるために人を殺すのもやっぱり駄目なのだろうか。殺す相手が自殺志願者でも駄目なのだろうか。

 ――本当は駄目なんだ。分かってる。でも私は、イザナミにも死んで欲しくなかった。

 少し間をあけて、イザナミが発言した。


『あなたもしかして、この話信じたの? 馬鹿ね』


 馬鹿ね、と言われた。でも、『嘘よ』とは言われなかった。


『……さて、そろそろお開きにしましょうか。約束のクスリはさっきも言ったけど郵送するから。あなたと話せて楽しかったわ』

『私も楽しかったです。ありがとうございました』

『――楽しかった、か。もしかしたらそれが今後も続くかもしれないのにね』

『え?』

『あなたの好みの音楽が見つかるかもしれない。好きな作家の新作が発売される日が近いかもしれない。もっと面白いゲームが発売されるかもしれない。かわいい猫動画を発掘するかもしれない。素敵な人と話す機会があるかもしれない。生きがいややりたいことが見つかるかもしれない。……それでもやっぱり、あなたは近々、自ら死ぬの?』


 空白の時間が続いた。『自ら死ぬの?』――イザナミの発言はそこで途切れて、何故かそれが少し寂しかった。私はその続きが欲しかったのだろうか。沈黙に耐えきれず、私は質問に質問で返した。


『イザナミさん、私の自殺を止めてるんですか』

『まさか。言ったでしょう、私は自殺プランナーよ。あなたが死んでも悲しくない。ただ質問しただだけ』


 予想通りの返答に私は苦笑する。そう、彼女はそういう人だ。私のことなんて知らない。文字通り、赤の他人だ。自殺を止める理由も道理もない。


『じゃあね。――私のプレゼントで、あなたが楽しく逝けるよう、祈ってるわ』


 それだけ言うと、イザナミは退室してしまった。私も退室ボタンを押す。

 お花畑を見れるドラッグ。それを使って楽しい気分を味わいながら、私は死ぬのだ。


 私こと――――は、林の中で薬を使って自殺する。

 そうすれば、もしかしたら、誰かの寿命が延びるかもしれないのだ。

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