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16 薬物

 最近の薬は、何百錠と飲まないと死ねないようになってるから。――――さんにお渡ししてる薬も、安全性を考慮して作られてるものよ。だからっていっぱい飲んでいいとは一言も言ってませんけど。いくら安全とはいえ、一度にたくさん飲んだら腎臓に負担がかかるし。つまり、あなたに負担がかかるの。……あのね、分かってる? 私怒ってるのよ? 今のあなたには薬が必要だとは言ったけど、いっぱい飲んでいいとは一言も言ってないでしょう。


 二年ほど前だっただろうか。精神科で貰っている薬をオーバードース(薬物過量摂取)して救急車にお世話になった時、主治医に言われた言葉だ。主治医の言葉に嘘は一つもない。最近の薬は安全面にものすごく配慮されている。処方薬でも自殺は難しいし、市販薬で死ぬのはまず不可能だと考えていいんじゃないだろうか。

 ちなみにその当時の私はなんとなく、つまりは単なる好奇心で、薬を大量に飲んだ。大量に飲んだと言っても五十錠ほどで、まさかその程度で救急車騒ぎになるとは思ってもみなかった。自殺未遂と勘違いされて、お母さんには泣かれた。お父さんは私に話しかけてこなくなった。二週間ほど、家に居るのが気まずかったのを覚えている。

 ……いや、本当はあの時、単なる好奇心と共に、『もしかしたらこれで死ねるかも』という安易な期待があった。3ちゃんねるの話が真実ならば、その薬を飲んで死んだ人がいて、その量はたったの五十錠だった。「そんな少量で死ぬ人間もいるんだなあ」なんて、話題になっていた。

 同じ量を飲んだら死ねるかもしれない、なーんちゃって。そんな気楽さで飲んだ結果、床にばったり倒れているところをお母さんに発見されて救急車で運ばれ、何時間も点滴され(発見が遅かったため胃洗浄は間に合わなかった)、家に帰ってきたら親に泣かれた。いくつかある私の黒歴史の中でも、トップスリーに君臨する話である。


 それ以降、気を失うほどのオーバードースは控えるようになった。たまに、そう、魔がさしたときにやってしまうけど。その度に主治医にたしなめられて、ああやっぱり薬では死ねないなあなどと思っていた。実際、薬で死ぬ気もなかった。自殺サイトの『死ねる薬一覧』に、自分が処方されている薬が載っているのを見た時は笑った。死ねないよ、それ。

 処方薬でも死ねないのに、市販薬なんて論外だ。実際、酔い止めだの風邪薬だのを一気に何箱か飲んだこともあるけれど、抗ヒスタミンだか抗コリンだかの影響で、やたら喉が渇いて終わっただけだった。まったくもって役に立たない経験談だと思う。


 しかし。違法で入手する薬となると、話が変わる。



『それはやっぱりドラッグですか? それとも毒か何か?』


 私が訊くと、イザナミは『そうねえ』とだけ発言し、二分ほど沈黙した。


『今、手元にあるのを確認したけど。死にやすい市販薬から始まって、メジャートランキライザーと覚せい剤と幻覚剤があるわね』


 死にやすい市販薬はどうでもいいし、メジャートランキライザーは昔、精神科で少量処方されていた。現在は処方から外れているけれども。というか、私がオーバードースした黒歴史が、そのメジャートランキライザーである。私がオーバードースしたため、処方から外されたという単純明快な話だ。

 問題は後者ふたつ。覚せい剤と幻覚剤。これは簡単には手に入らない。少なくとも私みたいな、チキンな一般人には入手困難だろう。死にやすいのも、このふたつに違いない。イザナミが「ドラッグも手に入る」と言った時、どうして薬物による自殺を思いつかなかったのだろう。私は食いついた。


『覚せい剤と幻覚剤。それ、致死率はどれくらいなんですか?』

『相当量用意してるから、かなり高い。あなたがドラッグをやってなければの話だけど。やってたら耐性がついてるから、致死量が変わる』

『ドラッグ、やってないです』

『それなら確実に死ねる』


 断言だった。よほど強い薬らしい。なんていうドラッグですか? と訊いてみたけれど、聞いたこともない名前が返ってきた。最近――二年程前から流行りだしたクスリで、ナウなヤングにバカウケしてるのよとイザナミ。……ナウなヤングにバカウケ。ナウなヤングにバカウケ。イザナミさんって何歳なんですかとは訊かないでおいた。


『今ならなーんと! 注射器もセットでお付けいたしまーす! なんてね』

『やっぱり注射した方が確実ですか』

『飲んでもいいけど、吐き出す可能性がある。吐き出しちゃったらもちろん致死率は下がるわよね。スニッフしてもらってもいいけど』

『スニッフ?』

『メンタル系の子がスニッフ知らないのも珍しいわね。簡単に言うと、薬を粉々にして、鼻から吸うこと。鼻粘膜から薬を吸収することで、即効性や効果を上げる』


 危険な香りがする光景だなあ……。注射器ももちろん危険な光景だけれども。


『ただしこれ、想像してもらったら分かると思うけど鼻が痛いわよ』

『でしょうね……』

『あなた、覚せい剤か幻覚剤に興味あるの? あいにく、うちにあるやつは全部スニッフには不向きよ。粘膜がやられるから。静脈注射向け』

『死ぬまでの苦痛は?』

『ないと言っていい。断言してあげるわ。だってそういうクスリなんだもの。静脈注射したとして、動悸・瞳孔拡大・発汗するまで平均十秒。そこからパニック状態になって、意識を失うまでに十秒。この時点でもう苦痛も何もない。そこから心停止するまで約二分。つまり三分あれば死ねる。別名インスタントドラッグ。どう? いいでしょ』

『パニックになるというのは?』

『お花畑な夢を見るって話』


 ――私は死ぬつもりもないから使ったことはないけど、これを使って死んだお客様はみんな笑顔よ。

 イザナミの言葉に私は引き込まれた。自殺した人間の大半は、苦悶の表情を浮かべているという噂がある。それが笑顔で死ねるなんて、最高の贅沢だ。

 代金は? と聞くと、やはりというか要らないと言われた。ドラッグなんて高いはずなのに、どこからそのお金が出ているのだろう。

 飲んで死ぬ場合は苦いからかなりきついそうだ。飲むとしたら出来る限り細かく砕いて、砂糖を大量に入れたヨーグルトかプリンに入れるのがベストらしい。けれどやはり、イザナミのおすすめは静脈注射。静脈注射のやり方を訊いてみたら、想像以上に簡単そうだった。これなら死ねるかもしれない。


『死体の見た目はもちろん綺麗。それがウリのひとつだからね。強いていうなら、注射の痕が残っちゃうってくらいかな』

『死体が緑色になったりとか……』

『しないしない。硫化ヘモグロビンも発生しないから。吐血もしない。見た目は本当に綺麗よ。寝てるみたいになる』


 ……どう考えても、今まで考えてきた自殺手段のなかで、これが格段にいい。というか、これ以上の方法なんてないんじゃなかろうか。本当に、最初からこれをおすすめしてくれればよかったのに。そう言うと、イザナミは『あのねえ』と文句を言い始めた。


『お客様の要望を聞きたかったってのもあるし、前にも言ったけど、ドラッグ使われるとこっちが赤字なのよ。本当に、お客様からお金は取るつもりないし。それに、こっちも危ない橋を渡ることになるの。いくら仕入れルートを決めてるからって、そのルートが安全だとも言いきれないし、お客様にドラッグ渡すのも相当危険な行為なのよ。お客様が勝手に飛び降りちゃうのと、私がドラッグを渡すのじゃ、訳が違うでしょう。ということで、出来る限り最後までドラッグの話は言わないことにしてる』

『危険なのは分かりますが、なんでお金を貰おうとしないんですか? 請求すればいいのに』

『まず、自殺を考えてる人は貯蓄がない場合が多い。あなたの貯金がいくらなのかは知らないけれど。それよりなにより、私は他人の自殺を幇助することで、お金以上に大切なものを貰うから。だから、それプラスお金まで貰っちゃったら、私がただの悪党になっちゃうわ』


 お金以上に大切なもの? そういえば最初にも言っていたっけ。

 ――お金は貰わない。他の物を貰うから。


『さてと』


 もしもそうならアマゾソの箱を準備しなくちゃね、と発言してから、イザナミは続けた。


『話の流れからして、あなたの死因は急性薬物中毒で決まりかしら?』


 お金は払わなくていい。二十秒で失神する。お花畑な夢を見る。笑って死ねる。死に方は簡単。死体は綺麗。……ここまで言われて、他の方法がいいですという人間は何人くらいいるのだろうか。

 そうだ、あとは死に場所。家で死んだら家族に迷惑がかかるし、ホテルなんかで死んだら賠償金とか言われないだろうか。イザナミに相談すると、『まだそれ言ってるのね、相続放棄すれば問題ないのに』などと言われつつもアドバイスされた。


『国有林って知ってる?』

『いえ』

『漢字のまま、国が保有してる森林の事なんだけど。そこで死んだら賠償金は発生しない。あなたみたいな志願者にうってうけ。あなたの家から一番近い国有林を調べたいなら、このサイトを参照にして』


 イザナミの発言の下に、URLが貼られた。動画サイトのものではない。クリックしてみると、日本地図が出てきた。自分の住んでる地域にカーソルを合わせると、そこから一番近い国有林の場所が色付きマップで表示される。なるほど。……方向音痴だけど、これならどうにかなるかな。

 国有林のマップを見ていると、パソコンがぽん、と音を出した。イザナミの発言だ。


『クスリだけど。お花畑な夢を見る、違法のやつでいいのね?』


 ――きっとこれが最終確認だ。返信したら、もう戻れない。けれど私はキーボードを叩く。なぜか、指先に力が入らなかった。


『そのドラッグでいいです、お願いします』

『わかった。じゃあこれを、アマゾソの箱に入れて郵送する。ヘリウムと違って、小包になるから。家族には、本を買ったって言い訳しておけばいいわ』

『わかりました』

『じゃ、住所教えてくれる? あ。このサイト、他人が閲覧できないようになってるから安心して。ログも後で全部消去するし。私も、見られちゃまずい発言を色々してるから』


 ドラッグが手に入るとか、そりゃまずい発言ですよね。

 私は素直に、イザナミに住所を教えた。彼女がそれを悪用するとは思えなかった。「年賀状書きたいから住所教えて」「うんいいよ」くらいの感覚。なんでか、彼女とは友達のような、だけど違うような、変な関係になっていた。


『――了解。ドラッグは今日中に送るから、そっちには二、三日で届くと思う』


 届いてすぐにそれを使ったとして、私の寿命はあと三日程度。そう考えるとぞくぞくした。

 終わる。ついに終わる。私のこの、非常にくだらない人生が。

 最後に部屋を片付けないと。通帳やカードや印鑑を纏めておかないと。下着類は自分で処分しとかないと。あれこれ考えていると、イザナミが『ああそうだ』と言った。


『私がお客様からお金を貰わない理由、聞きたい? 死ぬ人になら、教えるわ』


 けれどもその二秒後に、『いや、やっぱりいいか』とイザナミは付け加えた。そう言われると気になる。そもそも、ドラッグが無料なんてのもおかしいし。


『聞きたいです。さっきイザナミさん言ってましたよね、お金以上に大切な物を貰ってるって。それ、なんなんですか?』

『……そうねえ、やっぱりあなたには教えましょうか。今から私が話すことを、信じるか信じないかはあなたに任せるわ』


 ――私はね。

 イザナミは言う。それはきっと、耳元で囁くようにこっそりと。信じるか信じないかは、私次第の話。


『私はね。他人の自殺を幇助することで、自分の寿命が延びる体質なの』

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