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14 感電・銃器

 その日の約束は午後二時。イザナミのサイトに入室すると、彼女はまだ入室しておらず、そのかわりに独り言のようなログがいくつか残っていた。主に、「まじカル☆ドラゴン樹海ちゃん」第十九巻の感想である。ネタバレしちゃまずいから! と、ところどころ伏字で書いてあった。いや私、その本読んでないので、ネタバレしてもらっても構わないんですが。

 イザナミのログを追うと、樹海ちゃんについての感想がかなり、それはもう熱弁されていて、けれどそのあとにいくつかURLが貼り付けられてあった。動画サイトようちゅべにリンクされている。なんのURLだろう。踏んじゃまずいかな。

 と思っていたら、イザナミが入室してきた。


『こんにちは、イザナミさん』

『おはよ。ねーむーいー』

『おとつい、明日は忙しいのよって言ってたのは、まじカル☆ドラゴン樹海ちゃんの新刊のためですよね?』

『そうよ。昨日は読書にいそしんでいたの私。悪いけどあなたより樹海ちゃん優先よ。当たり前でしょう』


 イザナミはそういうことを隠さない。ああ、私という存在価値は、この訳の分からないタイトルのラノベより薄いのか……。私は内心がっくりしながら、もう一つの質問をした。


『いくつか貼り付けられてる、このURLはなんですか?』

『ん? ああ。エロ動画のURL』


 飲んでいたバニラ風味の紅茶を思いっきり吹いた。何を貼ってるんですかこの人。


『そんなことしたらアクセス禁止処分くらいますよ!』

『大丈夫よ。だってこのサイトの管理人、私だもん。私が私を追い出すわけないでしょう。過去ログ閲覧も、管理人の私しかできない設定にしてるし。というか、こんなところにエロ動画なんてわざわざ貼り付けるわけないでしょう? 男子中学生じゃあるまいし。なに焦ってるの』


 ……騙された。非常に悔しい。私は紅茶にまみれた机を左手で拭きながら、右手でキーボードを叩いた。


『じゃ、なんなんですかこの動画』

『クリックして、自分で確認してみれば? 安心して。エロとかグロはないし、変なウイルス送られることもないから』


 私は逡巡して、それでも好奇心に負けて、イザナミが貼り付けてある複数のURLのうち、一番上にあがっているものをクリックした。別窓で動画サイトが開かれる。

 動画タイトル、「しゃべる猫サトウちゃん(ボキャブラリー)」

 ――…………ああ。私は思わず微笑んだ。


『これ知ってます』

『なんだ知ってるの。かわいいよねー。黒猫飼いたくなるわあ。でも長毛種じゃなくて短毛種がいいかな。魔法使いのアニメ映画に出てくるようなの。長毛だと掃除が面倒そうだし』

『うち、猫いますよ』

『ほんと!? どんなの!?』

『アメショーです。シルバータビー』

『アメショーかあ。アメショーもいいわねえ。でも、マンチカンもいいのよねえ。スコティッシュも捨てがたい。しかし雑種もいいわけよ。雑種も非常にいい』


 そんな会話をしながら、二番目に貼り付けられているURLをクリックする。猫が大慌てでジャンプして失敗し、水に落ちる動画だった。これも知ってる。再生回数も多くて有名なやつだ。三番目。ミルクを大量にこぼしながらも飲み続ける仔猫の動画。これも知ってる。四番目。カメムシのにおいに耐えきれず口をあける猫の動画。……あ、これ知らない。変な顔をする猫。しかしそれがかわいい。私は画面の前でにやけながら、イザナミに返信した。


『カメムシの動画は知りませんでした。あとのは知ってます』

『え、ほとんど全部知ってたの?』

『猫好きは、猫の動画を漁りまくっているものです』

『ふーん。でも、カメムシのやつは知らなかったんでしょ? ようちゅべって、猫動画いっぱいあるじゃない。もっと知らない可愛い猫動画、いっぱいあるかもよ。なんか掘り当てたら教えて』


 イザナミ、猫が好きなのかあ。あとでおすすめの動画でも教えようかな。そういえば最近、猫の動画見てないや。あとで検索してみようかな……。

 ちょうどこのタイミングで私の膝の上に猫が乗ってきて、私は猫を撫でながらイザナミと会話した。


『さて、今日はどんな死に方がいいの? ……なーんて訊こうかと思ってたけど、自殺プランナーとしておすすめじゃない方法があとふたつくらいあるから、とりあえずそっちを話しておこうかな』

『その方法って?』

『まず、感電』


 感電かあ。あんまり思い浮かばなかったな。感電自殺したって話もあんまり聞かないし。


『まあ、マイナーよね。苦しくない死に方としては上位に入るけれど、問題は致死率の低さにある。低すぎるのよ。自殺の手段としては致命的』

『感電って苦しくないんですか。漫画とかだと苦しそうに見えるんですが』

『ぶっちゃけ痛いけど、それは一瞬。数秒すれば気絶する。生きて苦痛が何十年も続くって考えたら、数秒の痛みなんてどうでもいいでしょ?』


 まあそうだよなあ……。私は膝の上のあたたかい生き物を撫でながら、溜息をついた。何十年も続く生き地獄を選ぶか、一瞬の痛みと引き換えに無の世界に行くか。どう考えても後者の方が楽なのに、自殺志願者は、私は、なかなかそれを選べない。


『問題は、さっきも言ったけど致死率の低さ。未遂のケースが多すぎる。感電だと後遺症が残らないって話もあるけど、あれ嘘だから』

『そうなんですか?』

『簡単な言い方すると、電気の通り道になった部分が重篤な火傷を負う。範囲は狭いけれど、かなり深いし痕が残るわ。……こんなのばっかり言ってると、自殺を止めてる人みたいね。利点も挙げておきましょうか。感電の場合、まず死体が綺麗。飛び降りや飛び込みなんかに比べれば百倍綺麗よ。準備も比較的簡単。銅線をむき出しにしたコードと、変圧器。最低でもこれだけあればいい。タイマー機能付きのものがあれば、なおよろしい。これについては作り方が分からないようなら、私がその装置をお送りするけれども』


 ――ああ、物品をお送りする際はアマゾソの段ボール箱に入れて細工して送るから安心してね。イザナミはそう付け足した。そりゃ、見知らぬ人から段ボール箱が送られて来たら、実家暮らしの私としては問題である。親に目をつけられてしまうからだ。

 けれど、もとから感電は視野に入れていなかったし、イザナミの話を聞いてもやっぱりピンとこなかった。私が感電を選ぶ確率はまずないだろうと思う。


『……感電死したくなったら、その装置を送ってもらうよう頼みます。で、おすすめしないもうひとつの方法ってなんですか』

『銃器による自殺。これは致死率云々というよりも、現実的に手に入らないよねって話』


 ああ……と半分納得して、あれ? と半分思った。


『イザナミさん、ドラッグでも手に入るって言ってたじゃないですか。拳銃は無理なんですか?』

『残念ながら私のルートには、拳銃はないんだわ。自殺プランナーとしてお恥ずかしい限り。ということで、日本で銃器で死のうとするなら、超現実的に考えて猟銃という手段になる。ただしこれも申し訳ないんだけど私は持ってないから、お客様に用意してもらうことになるわ。で。先に言っておくけど、猟銃は所持できるようになるまでが非常に面倒よ。各種手続きと資料が山のようにある』

『具体的にはどんな感じなんですか?』

『初心者講習手続きからはじまって、講習、試験、診断書、教習射撃、その他もろもろ。……今挙げた中で、あなたにとって一番きついのは診断書かな』


 一番きついのが、試験じゃなくて診断書?

 どういうことかと思っていると、イザナミから質問された。


『あなたさー。もしかしなくとも、精神科に通ってない?』


 通ってますけど……。私が素直に答えると、イザナミは『ああやっぱり?』と答えてきた。まあ普通に考えて、自殺サイトに来る人間は精神科なり心療内科なりの通院歴がある方が多いだろう。


『猟銃所持のための診断書ってね、精神病がないかのチェックが入るの。精神疾患が認められたら猟銃は所持できないってこと。これの意味、わかるわよね?』


 国語の苦手な私でも流石に分かる。つまり私は、猟銃を所持できないと。

 大体ねえ、とイザナミは付けくわえた。


『初心者教習から猟銃所持許可まで、何か月もかかるのよ? そこまでするなら、ちゃちゃっと電車に飛び込んだ方がてっとり早いと思わない?』


 身も蓋もない言い方だけど、その通りだと思う。よっぽど銃器に興味がない限り、まず選ばない。現に私は既に、やる気をなくしていた。そこまでして猟銃で死にたいとも思わない。

 そんなこんなで、私の自殺リストから感電と銃器もなくなった。私が興味のある手段は、あとふたつくらい。これのどちらかで決めてしまいたい。

 イザナミが『悪いけど今日は本当に眠いから、これでお開きにしてくれる?』と言いだして、この日のチャットはこれで終わった。午後四時過ぎ。時間はまだまだある。

 私は久しぶりに、動画サイトようちゅべにアクセスして、猫動画を漁りまくった。知らない間に、知らない動画が増えていた。しゃべる猫サトウちゃんの動画も十本ほど追加されている。とりあえずサトウちゃんの動画を全部見て、それからはわざと、再生回数の低い動画ばかりを見て回った。猫動画は見尽くしたつもりだったけれど、まだまだ奥が深い。


 半年前、閉鎖病棟に入院した時はテレビを見る気力もなかったなあ、ということを思いだす。あの頃の私はやっぱり頭がおかしくて、『この病棟内で一番まともなのはこの私だ』なんて思っていたけれど、今思えば左腕に包帯をぐるぐる巻いて、ベッドに腰掛け、床の一点を見つめたまま動かない女なんてホラー以外の何物でもない。

 元気が出てきたら死にたくなってしまったのは確かだけど、元気が出てきたのは悪いことばかりではない。猫動画を見て笑ったのは久しぶりだ。他にも面白い動画、ないかな。できるだけ、再生回数が低いのがいい。


 いいのを見つけたら、イザナミにもこっそり教えてあげよう。きっと喜ぶ。

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