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12 餓死・凍死

 今日の話し合いの結論から言うと、私という人間に、餓死と凍死はあってないらしい。


 まずは餓死。これには相当な覚悟と意志がいる。なんとなく、ふらーっとやる方法ではない。それこそ、「電車が来て魔がさして飛び込みました」とは真逆の方法なのだ。何日も、下手すれば何か月も断食する覚悟を決めなくてはならない。飲まず食わず、何もせず。最も消極的な自殺方法だと、イザナミは言った。

 絶食は当然するものとして、水分を摂るか摂らないかで、死ぬまでの日数が変わる。もちろん、水分を摂れば長生きしてしまうわけだ。けれど水分を摂らない方法を選べば、それにふさわしい苦痛が待ち受けている。夏場、喉が渇いただけでも死にそうなのに、あれをずっと我慢しなくてはならないとは。そう考えるとかなり難しそうである。

 ちなみに、水なしだと三日から一週間、水ありの場合は一か月から三か月くらいが餓死する目安らしい。ただし、ギネスに載った人だと半年近く食料なしで過ごしたとか。それで死ねなかったら苦痛すぎる。一か月でも嫌なのに。


『大体ねえ』


 イザナミは言った。


『ここで比較しちゃうのもどうかと思うけど、拒食症の患者さんとか見てみなさいよ。身長百六十センチで、体重三十キロ切ってても死んでないのよ? もちろんそんな状態で、健康的にピンピンしてるわけじゃないけれど。……誤解のないよう言っておくけど、拒食症は致死率の高い精神疾患よ。致死率は確か十パーセントだったかな。だから餓死自殺もできるっちゃできるわけだけど、それでも人間は意外と、低体重になってもすぐには死なないのよ。ねえ、それでもあなた、自分は簡単に餓死できると思う?』


 ――とてもじゃないけど、簡単だとは思えない。

 イザナミいわく、私が実家暮らしなのもここでは問題となるらしい。それもそうだろう。何日も絶食してるのをみたら、流石に家族にはつっこまれるはずだ。

 どうしても餓死したいなら、小旅行にでも行って、ホテルに缶詰めになるのがよろしいと思うわよ。ただし、あなたがよく気にしてた損害賠償が発生しちゃうけど。……イザナミのアドバイスの仕方を見る限り、それはあきらかに投げやりだった。つまりは、おすすめのプランではないのだろう。


『飢餓状態になるとケトン臭も発生するから、女性はあんまり好まないだろうし』

『なんですか、そのケトン臭って』

『医学的にきちんと説明するのは面倒だから、よっぽど気になるなら自分で検索してくれる? まあ簡単に言うと、身体ってエネルギー不足になった時、脂肪をエネルギーとして使い始めるのね。その時にできてしまうのがケトン体ってやつで、これが臭いのもとになる。はっきり言うけど臭い』


 それが気になるなら香水をふりかけるなりすればいいわけだけど、それはそれで臭いわよ。イザナミはきっぱりと断言した。……いるいる、香水つけすぎてて、電車ですごく匂う人。あの状態で死体になるのもなんか嫌だ。

 イザナミがいままでプランした人の中で、餓死を選択した人はいないらしい。それもそうだろうと思う。よくよく考えてみると、餓死自殺ってあんまり聞いたことがないし。あまりポピュラーな方法ではないのだろう。

 それに、とイザナミは付け足した。


『お客様が餓死を選んだら、自殺プランナーである私としては仕事のやりがいがないのよ』

『なんでですか?』

『だって、用意するもの何もないじゃない。やり方を伝授する必要もないし』


 それもそうだ。

 そのあと何故か――といっても餓死つながりではあるんだけれども、ダイエットの話でしばらく盛り上がった。女は何故か、ダイエットの話でやたら盛り上がる。イザナミは現在ダイエット中らしく、実を言うと私もダイエットしていた。

 半年前、自傷しまくって入院した先は当たり前のように閉鎖病棟だった。開放病棟と違い、閉鎖病棟は好きに外出できない。売店にも行けない。ということで、好きなだけおやつを食べるというのができなかったのだ。決められた時間に決められた食事しか食べられなかったから、入院中はいくらゴロゴロしても太らなかった。けれども、退院して好きなものを好きなだけ食べられる環境になってから、一気に五キロ太った。麦チョコを食べすぎたのだと思う。だっておいしんだもの、麦チョコ。

 イザナミは、コンビニの唐揚げを食べすぎたらしい。ファニチキとか、からあげちゃんとか。『だっておいしんだもの、コンビニの唐揚げ』と、私と同じような発言をした。


 イザナミも私も、プチ断食経験を持っていた。最近流行りの、ファスティングなるものである。そして二人とも、空腹やら誘惑やらに耐えられず、二日目でそれを断念していた。おまけに、断食後にさらに太った経験も一緒だった。そういう話をして、出た結論がこちら。


『やっぱりあなた、餓死は向いてないわー』


 ですよねー。ということで、餓死は私の自殺候補からはずれた。


 次に凍死。これのメリットはやはり、死体が綺麗なことだろうと思う。私はマンモスのはく製を想像していた。きっとあんな感じで、私の身体も今の状態のまま綺麗に保存されるのだと。雪山とかで。

 ところがそれはとんだ勘違いだった。まず、マンモスは永久凍土に閉じ込められたものであった。それを知らなかったこと自体恥ずかしいのだけれど、死体に関してのイザナミの意見はこうだった。


『綺麗に残る場合もある。ただし場所による。たとえば野犬が多い場所で死んでしまった場合、食い散らかされてバラバラになった死体が発見されることもあるわ。ちょっと前に話題になってた、雪山が舞台の映画知らない? スキーを楽しんでた若者たちが遭難する話。あの映画の最後あたりで、野犬に噛み殺された死体の映像が出てくるの。まあそれは映画の話で、ばらばらの死体ももちろんお人形だけど、あれが一番うまく再現できてた映画だと思うわ。気になるなら一度、その映画を観てみればいい』


 イザナミの発言に、私は眉をひそめた。……『上手く再現できてた』?


『イザナミさん、野犬に食いちぎられた死体を実際に見たことあるんですか?』

『ある』


 私はぎょっとした。それは動画か何かで? と質問すると、答えはNOだった。


『二年くらい前、お客様が凍死を選んだの。自分の死体を残したくないから、野犬にやられる場所が良いって指定された。私はそういう場所を調べて、お客様に提供したわ。……ちゃんと死体がバラバラになってるか確認するのが、その時の仕事のひとつだった。ということで見てきたわよ、生でね。野犬が退散した朝方だったから、野犬そのものは見てないけど』


 自殺プランナーってそこまでしなきゃいけないのか……。私は唖然とした。つまり私が頼めば、私が死んだかどうかを確認するため、イザナミが直接見に来てくれるのだろう。そんな出張プランまであるなんて。


『まあ、あのお客様の場合は雪山で野犬に食われることを望んでいたからそういう計画をしたけれど、別にわざわざ登山しなくても死ねるわよ。真冬の東京でも大丈夫だけど、確実性を狙うなら北海道あたり。北海道のホームレスは、冬、夜はずっと徘徊し続ける。眠りもせずに。何故だと思う?』


 自殺の話をしていたはずなのにいきなりホームレスの話をされて、私は戸惑った。あいにく私は北海道に住んでいなければホームレスの経験もないので、理由は分からない。


『北海道で、冬に、外で寝たら死んじゃうからよ。だからホームレスは、夜は歩いたりコンビニに行ったりして寒さをしのいで、朝方、暖房のきいた駅の通路なんかで眠る。つまり逆に言えば、凍死したいなら北海道でできるってこと』

『はあ』


 そんな話、初めて聞いた。


『東京でやるなら一年で一番寒い日に、お酒をめいっぱい飲んで、公園のベンチかどこかで横になることね。水をかぶったら致死率が上がる。ただし、意識が朦朧もうろうとしてくるまでの間はかなり寒いけど。都市でやる利点としては、壊死しないこと。雪山だと、足や手が壊死する確率が高いからね』

『でもやっぱり、他の方法に比べて死体は綺麗な方なんですよね? 野犬にやられたりしなければ』

『そうね、綺麗な方だと思う。ただ、死ぬ直前に錯乱して、全裸になってるケースもあるけど』


 全裸で死ぬ確率があるなら、やっぱりちょっと痩せといた方がいいかもねえ、見栄え的な意味で。冗談のようにイザナミは言った。というか、多分冗談だと思う。


『まあ、凍死を選ぶかどうかはあなた次第だけれども。それでも冷静に考えてみて。雪山にわざわざ登ったり、北海道に行って全裸になったり、寒い日に修行のごとく水をかぶったり、結構面倒だしアホくさい方法だとは思わない?』

『そうですね……』

『ということで自殺プランナーとしては、あんまり推奨しないわねえ。スマートじゃないわ。もっと簡単な方法っていくらでもあるでしょう。というか、それを教えるために私がいるわけだし』


 ――……でもイザナミさんは、と言いかけてやめた。

 


 ところでさっきのダイエットの話なんだけど、と話を戻され、そこからまたしばらくダイエットの話をした。最近MEC食っていうのが流行ってるんですよ、とか、八時間ダイエットって言うのがあるんですよ、とか。ダイエットについては、イザナミよりも私の方が詳しかった。ケトン臭は知らなかったけれども。

 参考になったわありがとう、とりあえず全部試すわ、とイザナミ。どうも本気でダイエットしているらしい。

 その日はそのままお開きになりそうだったので、私は慌てて聞いた。


『明日も二十三時集合でいいですか?』

『あー、そうねえ……』


 一分ほどしてから、答えが返ってきた。


『明日はちょっと忙しいの。明後日の午後二時でいい?』

『わかりました』


 ここのところ毎日イザナミと会話していたけれど、明日は話さないのかあ。などと思いながら、私はチャットルームから退室した。

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