お、おじいちゃん!
なんでまた急に……
夜中に電話が鳴る。
夜中の電話というのは心臓が痛くなるような緊張感を呼ぶ。ケータイなら飲み会でも、固定電話は……。たたきで飲んだ我が家は早くから寝ていた。
「もしもし、小日向ですが」
弟が帰っていたのか。
「母さん! 大変だ。おじいちゃんが倒れたって」
父も母も飛び起きてきた。二人の青い顔を見ながら弟がタクシーを呼んでいる。
「ごめん、僕も酒飲んでるから車運転できないよ」
「いいのよ、みんなそうなんだから」
「おばあちゃんは?」
「あ、悪いけど起こして」
私も祖母の部屋に走る。数珠を握りながら祖父の写真を持っている祖母。
「おばあちゃん、一緒に病院へ行こう」
「おじいちゃんが先に行ったら約束が違う」
「何の約束?」
「おじいちゃんは私を看取るって言ってたのに」
そんなこと、いつ話していたんだろう。
祖母にコートを羽織らせながら玄関へ行く。
タクシーが到着しみんなが乗り込む。
病院へ向かう途中、祖母はぶつぶつつぶやいている。
「もう、嘘つきなんだから。一緒になるときに約束したのよ。一人にはさせないよって言うから一緒になったのよ。私が先に行くんだから」
もう五十年以上も前に約束した話を祖母は忘れていないようだ。二人の若い日の熱い思いは今も消えてはいない。
病院の夜間入口から入ると、祖父はもう呼吸器につながれていた。白くなった顔に生気はない。
「父さん」
父が呼びかけるがもう何も語らない祖父の口元。祖母は手をさすり、頬をなでる。
母は泣いて父の背中にすがる。
弟も私も言葉が出ない。ただ、震えが止まらない。
「お待ちしていました」
落ち着いた調子で看護師が話し出した。
「小日向さんはご機嫌でお風呂も入り、部屋でゆっくりされていたのですが郵便物が届いたので渡したんです。これがそうです。そうしたら、喜んで開いているうちに倒れてしまって」
差し出されたのはグラビア雑誌の一等賞の景品。無修正の写真集だって。
「いつ出したのかしら。そんなもの」
後ろで声にならない声がする。真っ青になってる弟。
「ぼ、僕代わりに出してあげた」
「え、あなたが?」
「ごめん、こんなことになるなんて思わなかったから。折込のはがきにおじいちゃんの名前で出した」
震える弟を父は抱きしめた。
「いいよ、ということはじいちゃんは最高の気分だったんだな」
「ごめん、おじいちゃん」
「悪くないよ」
祖母はしょうがない人ねと祖父をさすリ続ける。
すると、ふーっと大きな息をしたかと思うと、祖父が静かになった。医師が入ってきて心臓マッサージなどをしたが祖父は戻らなかった。枕元の写真集が悲しい。祖母は写真集が形見なのかと肩を落としていた。
あっという間の葬儀となり、バイト先の発送センターに連絡したが答えは意外なものだった。
「もう、ご親族の死ですか」
「は?」
「いや、なんでもありません。わかりました」
休むつもりで連絡したのに、いつの間にかクビになった。どうやら仕事が嫌で親族が死んだ話をしていると思われたようだ。本当の話なのにあんまりだと腹立たしかったがそんなところはこちらからやめてやると、切られた電話に向かって叫んだ。
弟はそんな私を見てつぶやく。
「かっこ悪いなあ、姉貴も俺も」
確かにそうだわ。弟もよかれと思って出した懸賞にこんな結果がついてくるなんて。
葬儀も終わって、祖母が葬式代はこの保険から出してと持ってきた。
「あら、おじいちゃんはこんな保険に入っていたの」
びっくりしたように母が言う。
「ええ、私も入ってるから葬儀代は気にしないで」
「母さん、父さんの分も長生きしてよ。そんな葬儀代なんて話するなよ」
父はふくれているが、母はほっとしたように受け取っている。何しろ葬儀と仏壇でとんでもない出費だった。
悲しいのに思い出すとおかしい祖父の最期。
「ああ、やだねえ」
「そうだなあ、あんまり人には言えないな」
祖母と父はぼそぼそと言いながら苦笑する。
グラビアモデルのとんだった唇が辛い。