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たたきよたたき

高知の名物、水晶文旦に塩たたき。

 発送センターは巨大な体育館のようだ。

 膨大な棚にたくさんの品物。物流センターのすごさがわかるわね。ここならおどおどすることもなさそうだわ。

「とにかく時間は正確に」

「はい」

「これからはお歳暮シーズンだからとても忙しくなるんです。そして決まった日付に必ず届かないとお客様にとても失礼になるからくれぐれもよろしくお願いします」

「はい」

「では、これを首にかけてください」

 なるほど、荷物を持ってさようならしないようになってるのね。ケータイだって使えないし、制服は着たくないユニフォームだな。

 台車に載せてひたすら歩く。アルファベットの棚に番号ごとに区別してあってそこへ並べていく。考えることはないが、このあふれかえる品物だけ見ると、日本ってすごく景気がいいんじゃないのかと思う。その恩恵が我が家には来ないのはどうしてだろう。若い娘がなぜこの体育館の中でひたすら運ぶ作業をしているのか。

 とはいえ、働かせていただくはありがたい。給料だってそう悪くない。もちろん正社員ではなくてバイト。こんなことしていていいのかなあ。父も母もしっかりと老後が暮らせるような仕事をって言ってたけど、次々と失業してからは何も言わなくなった。この私が部屋に閉じこもってしまうほど神経質になったから。誰からも必要とされてないって自尊感情がどれほど傷つくか。

 そのうちに考えずに棚に置くことができるようになった。これは慣れが肝心な仕事だ。

 当日から働いて八時間。休憩もあったが会話することはほとんどない。うーん、まあ仕方ない。稼がないと。

 明日からのスケジュール表をいただいて帰る。

「疲れたなあ」

 星も出てるじゃん、もし、ここで隕石が落ちてきたらどうなるんだろう。ぼうっと立ちすくんでいたら後ろから近づく男の足音。思わず逃げる。

「おい、佐織」

「はい?」

「なんだ、お父さん。怖いじゃないの。声を先にかけてよ」

「バイトの帰りか」

「うん、発送センター」

「できそうか」

「うん」

 この先を曲がると、おいしいおでんの店がある。空腹の私、思わず父に寄り添う。

「お腹すいてない?」

「うん、そうだな。でも母さんが何か作ってるぞ。電話するか」

 父はケータイを取り出し母に電話。

「佐織とちょっとつまみ食いして帰る。え? 今日はたたき?」

「帰る帰る! すぐ帰る!」

 思わず大声を叫んだ私。父はいい加減な奴だなと呟く。おでんもいいけど、たたきは最高。父はもうお歳暮が届いたのかと話してくる。お歳暮か、私の運んだ品物は明日は送られるんだ。そう考えるとなぜかいつもと違う。お歳暮が身近に感じられる。私自身は送ったことがない。

「ただいま」

 母さんがいつものおじさんから高知のたたきが届いたと知らされる。祖母の弟だ。ありがたいわ。ここの塩たたきが最高なの。

 大皿に盛られたたたきに最高潮の我が家。弟に残しておかないと永遠に恨まれる。取り皿を出し一人前を載せる。ミョウガとニンニクとネギを載せる。もうよだれが出そうだわ。

「おばあちゃん、今日のデイサービスはどうだったの?」

「それがね、今日はカラオケをやったの。最高よ。私、高校三年生を歌ったの」

「へえ、すごい」

 祖母の歌なんて聞いたことがない。父も目を丸くして口が開いてる。

「おばあちゃんがマイクもって歌うなんて、デイの力はすごいなあ」

 祖母の吹っ切れたような笑顔の写真がデイのノートに貼られていた。見たことない、祖母のマイク姿。みんなの拍手に満面の笑みを浮かべている。

「おばあちゃん、衣装を買わないとだめね」

 母の言葉に笑いながら祖母は答える。

「黒より赤いのがいいわね」


 え? 本気で買うの?

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