まつぼっくりっていいじゃないの
母さんの絵手紙。
母から教えられた通りの喫茶店か、あった、まつぼっくり。
ツタがからまる入り口には「絵手紙ギャラリー開催中」とある。自転車が二台置かれてある。白雪姫の小人たちが花壇に並んでお出迎え。出窓に置かれたパンジーが揺れている。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは白髪の男性。工作用のグリーンのエプロンをしていて目が優しい。細身の体にジーンズとチェックのシャツ。
「コーヒーをください」
窓際の席に座りぐるっと見渡すと、奥の壁一面に絵手紙のはがきがずらっと並んでいる。
「あの、絵手紙見せてください」
「どうぞどうぞ」
大きなひまわりのダイナミックな絵や干し柿のしなびた雰囲気のもの、ぼわーっと絵の具が滲んでいる秋の一文字。いろいろあって楽しい。母のはすぐに見つけた。祖母の大好物の四国高知の水晶文旦。大きく黄色いみかん。半分割って果肉が見える。この文旦は我が家の大好物であるが、特に祖母は生まれが高知だからこの文旦が大好きで、弟に頼んでネットで注文するぐらいだ。もちろん、私たちは祖母のおこぼれを頂戴するのだが、祖母の一口の間にみんなが一個平らげるものだから、祖母は二箱も注文させられている。
「もっと味わって食べなさい」
母の言葉もむなしくみんながっついて食べる。我が家の早食いは誰に似たのか、祖父である。学校で培われたのは給食の時間にさっさと食べて丸を入れるからだという。おかげで祖父はどんな料理も五分と掛からない。古希の祝いに懐石料理を食べに行ったが、みんながパッと食べ終わるので仲居さんたちがどんどん運ぶ羽目になっていた。祖母と母はこんな早食いじゃいやだとぶつぶつ言っていたが、祖父と父と私と弟は足りないなということで、駅の隣の立ち食いそばを食べに行った。
呆れる祖母と母は蕎麦屋に入らずさっさと帰ってしまった。
つい、この間のように思うのに、あれから十年。威張って先頭を歩いていた祖父は、スマホを使いながら歩いていた学生とぶつかって骨折。自転車に乗っていたのは祖父だけど、全く前を見ない学生にぶつかってこられてあっという間に今の姿になった。祖父は大きい方が悪いんだからと言っていたが、果たしてそうだろうか。
「お待たせしました」
コーヒーを差し出すマスターはにこやかにコーヒーシュガーのふたを開ける。
「いかがですか、絵手紙」
「とても素敵ですね」
「どなたかの作品を?」
「ええ、母です」
「どの作品ですか」
「あの黄色いミカン。水晶文旦です」
「ああ、小日向さんですね」
「ええ」
「あの方のお嬢さんですか」
「はい」
「先ほどお見えになってましたよ。いつも絵手紙のサークルの方が発表してくださるので店内が華やぎます」
「そうですか、そう言っていただくと励みになると思います」
マスターは母の作品を取り外して持ってきた。
「手に取ると余計に味わい深いですよ。絵手紙というものは手紙ですから」
水晶文旦の隣には気づかなかったが文字が入っていた。
『母さんのお気に入り、みんなのお気に入り、いただきます』
ふーん、こういう文章が入るのか、なかなかいいよ。
マスターはテーブルの上の一輪挿しにパンジーを入れていく。
「きれいですね」
「ええ、可愛い花ですね。プランターからあふれるほど咲いてくると、店内に飾るんです」
紫や黄色、ワインカラーと花弁の大きな花がテーブルに咲く。
「ここはマスターお一人でされてるんですか」
「ええ、家内が倒れてしまって求人広告を出したって、こんな店には来てくれません」
「そうなんですか」
ここはいいよねえ。でも発送のバイトをさせてもらうんだからもう行かなくちゃ。
「ご馳走様でした」
「はい、またどうぞお越しください」
「ありがとう」
店を出ると発送センターに向かった。