ほんわかしちゃうじゃないの
安くはないけどロールケーキって美味しいわ。
大好きな美味しいロールケーキ。
昔はロールケーキは嫌いだったけど、今の流行はロールよ。
「どうだった?」
「今起きたのか?、そのすっからかんの頭の弟よ」
「いやあ、昨日はバイトの先輩がおごってくれるって言うから」
「いいわね、どこに行ったの?」
「飲み放題のいつもの店」
「ふーん、学生が飲み放題ってか」
「姉ちゃんなんて二十歳前から飲んでたじゃないか」
「そんなあったかどうかも知らない出来事は、早く忘れるものよ、ほれ」
「お、ロールケーキ、やったね」
「コーヒー入れてよ」
「よし、これでいいね」
「あーあ、そのインスタントはつまらんな」
「でも、これしかない」
「せめて、カップをあっためて」
手際よくカップを温めるのかと思ったら、すぐに注ぐバカな弟。
「ちょっと」
「いいじゃん、ケーキが食べたいんだからコーヒーは添え物」
「ちっ」
「あれれ、なんかいいことあった?」
こういう時に鋭いのが弟。
「いつもはもっと怒るのに。ははーん、春爛漫にいい男がいたな。歳は七十か」
「そんなわけないでしょ!」
「いたんだー、佐織さんはわかりやすい!」
無視しながらケーキを食べる。美味いなあ。
いろんな出来事を話していると、母が帰って来た。手にはロールケーキ。
「あら、やだ。佐織も買ってきたの?」
「わかりやすい親子だな。母さんもいいことあったの?」
「うん、おじいちゃんがありがとうって」
「へえ、それはすごい。エロ本をありがとうってこと?」
「かもしれないけど」
病院で下着の下に隠してエロ本を渡すと、おじいちゃんは最初は戸惑っていたような顔をしたそうな。
でも、表紙がグラビアアイドルのミユミユとわかると親指を立ててありがとうだって。
「ええええええーーーっ! 何それ!」
弟は手を叩いて喜び、思わず私とハイタッチ。
「お礼の言葉も入院してから初めてだし、なんだかジーンとしちゃって。看護師さんは困りますって顔してたけど」
「どうして? 何読もうと好き勝手でしょ」
「違うのよ、隣の吉永のおじいちゃんにも見せてるらしいの。奥さんがおじいちゃんがいやらしい目をするって言ってるの」
思わず膝を抱えて笑っちゃった。吉永のおじいちゃんは九十三でその奥さんって八十九。みんな若い!
母も話しながら私たちが大笑いするものだからつられて笑い出した。こんなに笑ったの久しぶり。
そうしているうちに祖母が帰って来た。
「随分にぎやかね。ただいま」
「おばあちゃん、楽しそうだったね」
「うん、とっても。むっちゃんがね、優しいの」
ははーん、祖母と私は好みが似ているらしい。にやにやして二人を見る弟。その敏感さを勉強に生かしなさい。
いつの間にか大笑いしながら祖父母の話をする家族。
夕食も弟はバイトに出かけたけど、父も祖母も私もどれほど高齢者の話題で盛り上がったか。いつもは夕食を終えるとすぐに部屋に引っ込む祖母もこの日は夜遅くまで話していた。
夜中に目が覚めてキッチンに行くと、父がウイスキーを飲んでいる。
「あ、起こしてしまったか?」
「ううん、なんだかあんまり盛り上がって話したから私も興奮状態で眠れないみたい」
「そうか」
「お父さん、よかったね」
「ああ。この一年、急にボケてきたじいちゃんだったから。何だか冷たく接したなあと思ってね。反省したよ。おばあちゃんも同世代の人に話を聞いてもらえる場ができてよかったよ」
「そうね、ホームって気の毒なお年寄りがさびしく過ごしているイメージだったけど、全然違ったわ」
「そうだよなあ、佐織が行ってくれてよかったよ。客観的だからな」
「まあね。おじいちゃんもよかったじゃない」
「ちょっとがっかりの部分もあるけどな」
「おじいちゃんのエッチな遺伝子が受け継がれてるのよ、気を付けよう」
「そう言うなよ」
すると、弟が赤い顔して入って来た。
「あら、お帰り。また飲んでるの?」
「違うよ、走って帰って来たの。親父、ウイスキー?」
「ああ、飲むか?」
「これ、飲む?」
弟のポケットから温かい甘酒が出てきた。
「いるいる」
貧しい弟が甘酒を買うなんて、不思議。三人で甘酒で乾杯。
しかもこんなに穏やかに父と話しているのも。少しずつ大人になってきたのね。