おばあちゃん、どこに置いたの?
「佐織」
祖母が下から呼んでいる。
「はーい。なあに」
「私の袋を知らない?」
「え? あの大金の袋?」
「そう、ないの」
「うっそ!」
あわてて祖母の部屋に入り引き出しを確認。ない。五百万。
「どこか別に隠したんじゃないの?」
「誰が?」
もう、トンチンカンな返事。私じゃないことは確かよ。
「泥棒に入られたのかねえ」
青い顔で立っている祖母。私の心臓は早鐘のようだ。
「おばあちゃん、母さんと父さんはいないの?」
「二人で墓のことで出かけるって」
「もう。墓より生きてる人間よ」
「すまないねえ。どこへ消えたんかね」
押入れの布団の間に手を入れていく。固いものがある。取り出すと、百万円の束が一つ。
「あった!」
「そうかい、あったかね」
「でも、一つしかない。おばあちゃん、どうして隠すのよ」
「危ないだろ。あなたが心配していたから隠したんだね、きっと」
「隠すのは銀行でいいの。私から隠してどうするのよ。他のは?」
「多分どこかに」
「えーっ、もうどうしてばらばらにするの」
「だって、危ないだろ。そう思って隠したんだねえ」
まるで他人事のような口ぶり。ちょっと、ウォーリーを探せじゃないんだから、そんな暇ないのよ私には。
「良、ちょっと来て」
下から呼ぶ。良は昨日から怒って口をきかない。
「ねえ、大事な用なの。おばあちゃんのこと」
「うっせーな。暴力女」
「ちょっと叩いたぐらいでいつまですねてるのよ」
「ああああああーっ、何その反省のかけらもない言い方!」
でも、そう怒りながらも私の手の札束に目が釘付け。
「どうしたん、それ。盗んできたのか、まつぼっくりから」
思わず二発目が出た。
バシッ!
「いったーい!」
「バカね、私がそんなことするはずないでしょ」
「もう、お前とは一生口をきかん」
「まだ、四百万あるのよ」
「誰の金だよ」
急に声を潜めてくる。
「おじいちゃんの」
祖母が後ろから言う。
「え? おじいちゃんの隠し財産か」
「別に隠していたわけではないよ。生活にはいらないから」
「なんという無欲なばあちゃん。俺が大切に預かっててやるから全部だしてごらん」
顔が越後屋になってる弟。本当に困ったやつ。
「だから、おばあちゃんが隠しているうちに忘れちゃったのよ。今やっとこれだけ見つけたの。早く探して」
「そうか、お任せを」
弟はおばあちゃんの部屋の額縁の裏やら、三面鏡の引き出しやらを探り出した。
「どこかヒントはないの」
「あんたねえ、クイズじゃないんだから。さっさと探して」
祖母は疲れた顔で座り込んだ。
「どうしたの? 具合悪いの?」
「いやあね、どうしてこうも忘れっぽくなったんだろう。情けないね」
「そんなことないわよ、誰だって忘れるわ」
「お茶でも入れてくるよ」
祖母はそう言って出て行った。
「姉貴、こんな大金隠してるっていつ知ったの?」
「ついこの間。おじいちゃんの投資していたお金だって」
「すげえな。俺もやろうかな」
「バカね、どこにそんな金あるのよ」
「ここ」
「バカ! これはあんたのじゃないの!」
「人のことをバカっていうやつは自分がバカなんだぞ」
もう、お前は小学生みたいなこと言って、弟が無事に大学を卒業するなんて永久に無理な気がしてきた。
すると、古いボストンバッグから出てきた百万。
「出てきたら一割もらえるんだよな」
「ここはおばあちゃんの家です! 落としてないでしょ!」
「こんな札束初めて触ったよ。これがバイト代だったらいいなあ」
そっと二枚ほど抜き取ろうとするのを見逃さなかった。
「こら! 抜くんじゃない!」
「つまんないなあ」
そう言いながらも、宝探しのように必死で探す。祖母がお茶とお菓子を持ってきた。
「さあ、これでも食べなさい。美味しいよ。あら。もう一つ出てきたのね。上手ね良」
「褒めないの! おばあちゃん」
「ねえねえ、おばあちゃん。僕に二枚ぐらいくれる?」
「いいよ。一つ持っていきなさい」
「いいのーっ?」
「バカ! ダメに決まってるでしょ。おばあちゃん、この子に渡したらダメ」
大丈夫かな。祖母の忘れっぷりがおかしい。認知症じゃないかしら。スナック菓子を頬張りながら探すこと四十分。祖母の枕の中から百万が出た。
「あと、二百万」
「二人とも汗かいてるよ、早く着替えておいで。風邪ひくから」
「いいの、おばあちゃん。私たちのことは」
狭い部屋なのに探し物をしているときは宮殿並みに広さを感じるわ。弟は嬉々として探している。私に叩かれたことはもう忘れてるのね。よかった。
「ちょっとその踏み台じゃない? 何か見えるよ」
弟が踏み台を裏返すと、そこにはテープで張り付けた百万。
「ああ、あった。すごいね。おばあちゃんこれだけ隠すって大変だったね」
「隠しても忘れたんじゃ役に立たんわね」
さびしそうに笑う祖母。これからはこんなことが増えるんだろうか。歳をとるって大変なことだ。きっちりしている人だったのに。
一時間が過ぎ、二時間が過ぎたころ、私たちは疲れ果てた。
「あと、百万はどこかなあ」
「これだけ探してるんだから、もう見つかるはずよね」
「おばあちゃん、何かに使った?」
「そんな大金、買い物には使わないんじゃない」
祖母は首をかしげながら何も覚えてないと呟く。
「デイに持って行ったんじゃない?」
「そんなことしないでしょ」
だが、本当に言い切れる? いつもデイに持っていくバッグを開けてみる。あった。
「おばあちゃん、外に持って行ってはダメよ」
弟と私は腰をおろして出てきた札束を見た。
「よかったねえ、あったねえ」
祖母はそういうけど、これから毎日こんなことしていたら仕事も大学も行けないわ。
大金なので、弟と祖母と三人で銀行へ行って預金する。
帰りに祖母がラーメンをおごってくれた。
「ご褒美よ」
ぽち袋には五千円が入っている。これぐらいは貰ってもいいだろう。
「ああ、もう一生見ることはないな。五百万」
弟はそうつぶやきながらぽち袋を額に押し当てこう言った。
「おばあちゃん、探し物は僕だけに言って。いつでも探してあげるから」
また、顔が越後屋になってるわよ。