素顔の青春
こんな日は眠れない。
夜中の三時。
少しアルコールでも飲まないとやってられない。
ガウンを羽織って、フリースのソックスを履いてベッドから出る。無理して食べないって言ったからだ。お腹もすいて死にそう。
鍋にはおいしそうなおでんが残ってる。温めて何を飲もうかな。ごそごそやってると起きてるのは誰。
「なんなの、こんな時間に」
「お母さん、食べる?」
「いらない、しっかり夕食食べたから。あなたはお腹がすいたでしょ」
「うん、お腹がすいて眠れない」
「一体どうしたの? 良が怒ってたわよ。親にも叩かれたことないのに何で姉貴が叩くんだって」
「ふん、いいのよ。あっちが悪い」
鍋から卵、厚揚げ、ちくわにこんにゃく、えのきに昆布を入れる。
「美味しそう」
「美味しいわよ。利尻昆布が最高」
父の焼酎を少しお湯割りで。ダバダ火振りだ。これ美味しい焼酎。
「それは私にも入れて」
「飲む?」
「うん、ちょっとだけ。お湯を多めに」
湯のみに注いで乾杯。
「わーっ、あったまる」
「美味しいわ」
「お母さん、お墓どうするの? お父さんがお母さんが入ってくれないといやだって」
「男はさびしがり屋ね。死んでまで一緒にいなくてもいいのに」
「へえ、お母さんがそう言うとは思わなかったわ」
「だって、新婚のころアパートに住んでいて、あなたや良が走ったり泣いたりするたびに隣や下の人に怒られてしんどかったわ。子供連れでもいいって大家さんは言ったのに。隣も下も子供のいない夫婦でうるさいって。アパートは無理だわとそう思ったのよ。死んでからうるさいって言われても出ていくところがないじゃない」
「変よ、お母さん、その話。うるさい人はいないでしょ。私たちはまだ若いんだから」
「でも、いずれ入るでしょ」
「良はともかく、私は嫁に行ったら入らないでしょ」
「あら、行くつもり?」
酒が進むわ、その言い方。軽く飲み干しちゃったじゃないの。
「あの青年とけんかするぐらいでは結婚は無理」
「そんな、むっちゃんはそんな人じゃないもん」
「ふーん」
もっと押してよ、お母さん。私話したいのにふーんってそれだけ?
滅多に飲まない焼酎を飲んで母はとろとろっと眠りだした。
「お母さん、ここで寝ちゃダメよ」
「うん、じゃおやすみ」
娘の傷ついてる様子がわからないの? なぜ、そこでおやすみって部屋に行っちゃうの? もう、信じられないな。
ふと、ケータイを二階に置いてることに気が付いた。メールが来てるかも。二階へダッシュ。光ってるケータイ。やっぱり。
一呼吸おいて徐に開く。
『今日はどうかしたの? 具合でも悪かったのかい。心配しています。武藤』
見なかったことにする。
だって、返事書きようがない。前田麗とのことはどうなのって率直に聞いてみたい。でも怖い。
あーあ、もう一杯飲もう。
寝床に着いたのは五時。この時間から寝るってダメよね。当然遅刻だわよ。起きる気がしない。何が起きても。
「こら、佐織。いつまで寝ているの」
母の声がするけど、起きられない。だって先寝たばかり。
「早くしないと店のモーニングの支度が遅れちゃうぞ」
父も下から怒鳴ってる。
飛び起きる。そう、私は仕事しているんだった。あわてて顔を洗い服を着替えて自転車に飛び乗る。
「化粧ぐらいしなさい!」
母が後ろから叫んでいたけど、無理です。そんな時間はありません。すっぴんでも若いからいいのよ。
その気持ちはまつぼっくりの入り口で消えた。
むっちゃんだ。
「おはよう。マスターがまだ来てないって言うから外で待ってた」
目を合わさずロボットのように答える。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
「何か冷たさを感じるなあ」
「そんなことございません」
「僕がなにした?」
「なーんにも」
しまった。化粧もせず気取ってもダメね。まさかよだれのあとはないよね、店のミラーで盗み見る。
「おはよう、大丈夫かい? 熱があるんじゃないの?」
マスターの優しい声が身に染みる。
「おはようございます。遅れてすみません」
プレートにモーニングの盛り付けをする。常連さんたちもやって来た。
むっちゃんの戸惑いはとても感じるけど、朝の忙しさは特別だから相手をしていられない。すっぴんだし、お腹ぐらいひっこめてスタイルがよく見えるようにしないと。
「僕はコーヒーだけ。なんだか食欲ないな」
「そうですか。私もです」
本当は夜中に食べ過ぎ飲みすぎで気持ちが悪いの。
むっちゃんは電話するからと言って出て行った。
むっちゃん、私こそ何をしたって言うの?
どうしてフラれるの?
なーんにも意味が分かりません。