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犬も食わないのだ!

 本当に久しぶりに夫婦喧嘩というものを聞いた。

 両親はここ数年喧嘩したところなど見たこともなかった。その二人が朝から言い争っている。

「大きな声でどうしたの」

 親とはいえ、喧嘩しているところを見たり聞いたりするのは嫌だ。面倒くさそうに話しかけると、母がもう知りませんと言いながら今を出て行った。残された父は不機嫌な顔をしながら新聞を持った。

「トイレに持っていかないで。私まだ読んでない」

「ふん」

 父は腹を立てて新聞を私に無造作に放った。

「何よ、朝から二人とも私に当たらないでよ。いったい何があったの」

「おじいちゃんの墓だ」

「ああ、どうなったの」

「お母さんが近いところにしようって言うから墓のマンションにしたんだ」

「いいじゃないの。お母さんは気に入らないの」

「ああ、あんなところは私は入りたくないって」

「それなら入らなかったらいいじゃないの」

 その言葉に父はえらく反応してきた。

「なんでだよ。お母さんも入ればいいじゃないか。今まで一緒なんだから急に墓を共にしないってことはないだろ」

 どうでもいいことだわ。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけどあほらしい。死んでから一緒にいる必要がどこにあるのよ。お父さんったら甘いわよ。お母さんもそこで踏ん張らなくてもいいのに、お父さんの手前ははいそうねって言ってたらいいのに。面倒な二人ね。

「そんなことより、今日はお休みなの?」

「ああ、今日は年休を取ってるんだ。おばあちゃんの参観日だというから」

「え? デイサービスに参観日ってあるの」

 そんなことむっちゃんから聞いてないわ。

「そうそう、春爛漫の人と付き合ってるんだって?」

「別にお友達よ、お、と、も、だ、ち」

「なんだ、それ。いい歳なのに、お友達はないだろう」

「関係ないわ、そんなこと。放っておいて」

「家に連れて来いよ」

「そんなんじゃないってば」

 父を相手にしていたらこちらが遅刻するわ。仕事仕事。愛車の自転車を立ち漕ぎで行く。さすがに汗をかいてフーフーいいながらまつぼっくりに着いた。

「おはよう佐織ちゃん、悪いけどランチを盛り付けてくれる」

「はい、おいしそうなきんぴらですね」

「うん、ごぼうが安かったからね。コロッケはキャベツとブロッコリーを付けて」

「はい」

 白いプレートにコロッケやらキャベツ、そして小さな器にきんぴらを盛り付ける。野沢菜の漬物にちりめんじゃこをふりかけていく。

「彩がいいですね」

「そうかい。あとは味噌汁はなすと油揚げ。ごはんは十穀米だ」

「わあ、最高」

 売り上げがいい方がいいに決まってるけど、私、これ食べたい。そのためにはランチが売れ残ってくれないと困る。

 でも、お客さんは次々とランチを注文する。十一時半からランチはオーケーだが、みんなこれを注文する。この調子では昼前に半分以下に減る。すごいなあ。

「佐織ちゃん、食後のコーヒーお願い」

 常連さんたちは名前を憶えて私をこう呼ぶ。

「はい」

「美味しかったわ」

 お客さんに喜ばれるのは最高にうれしい。マスターは笑顔で礼を言っている。私の食べたかったランチは売り切れて、一時頃に来店した方はもう誰も食べられなかった。

「え、もう売り切れ?」

「つまんないなあ。じゃ、また」

 残念そうに肩を落としながら客が帰る。この店は他の定食を作ってないからみんな店を後にするしかない。膨大な食器洗いをしているとマスターがまかないを作っている。

「今日はおかずがないから、チキンライスでいいかな」

「はい、すみません」

 マスターのチキンライスはこれまた絶品で何の文句もありません。

「さあ、いまのうちにどうぞ」

 カウンターでいただく。マスターはその間に私の洗った食器を片づけ、明日のランチメニューを考えているようだ。

「明日はキノコのパスタでもしようか。チキンコンソメスープとシーザーサラダ」

「いいですね。おいしそうです」

「佐織ちゃんは好き嫌いがなくていいねえ」

「ええ、安上がりにできてますから」

 そこへあの前田麗がやってきた。

「こんにちは」

「あ、いらっしゃいませ」

 チキンライスを食べ終わっていた私は、カウンターから流し台に皿を片づけた。水を注ぎおしぼりを出す。

「今日はお休みなんですか?」

「ええ」

「参観日だと聞きましたけど」

「そうよ、でも、私は休み」

 その言い方は少し棘があるように感じた。麗さんは今日もしゃれていた。モスグリーンのセーターから紺のチェックのシャツが見える。スリムな黒のズボンに赤い革のスニーカーだ。

「アメリカンコーヒーをお願い」

「はい、かしこまりました」

 麗さんはバッグから何やら書類を出していた。ここで仕事でもするのだろうか。それにしても元気がないな。私がむっちゃんを奪ったと思っているのだろうか。

 勝手にサスペンスドラマのように空想してみる。私は命を狙われるかもしれない。

「佐織ちゃん、はい」

 マスターがぼうっとしている私にコーヒーを差し出した。あわてて皿をだし、カップを載せる。シュガーとミルクピッチャーをトレーに置いて麗さんのもとへ行く。

 見えた。

 彼女の書類は婚姻届。


 ええええええええーっ!

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