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初めての映画

 むっちゃんが私を誘ってくれた。

 眠れない。

 一時、二時、三時と一時間おきに目が覚める。


 約束は午後一時。初めての映画デート。今までデートらしいデートは経験がない。いつも友達の友達で付き添いであったり、コンパで集合というのはあっても、二人というのはない。

 この日のために新しいシャツを買い、紺色のセーターを着る。胸には光るペンダント。

「あれ、どこへ行くの」

「ちょっと友だちと出かけてくる」

「誰と?」

「武藤さん」

「そんな人いたっけ」

 母親は鋭い。弟が起きてきた。嫌な予感。

「あれれ、姉貴、どこ行くの」

「どこでもいいでしょ」

「なんだよ、その恰好。中学生の制服みたいだな」

「え?」 

 白いシャツに紺のセーター。黒のコーデュロイパンツ。

「そう?」

「なんか野暮ったいな」

「そうかしら。着替えてくる」

 母がそんなことない、清楚でいいわよと階下から言うけど、二階で服を脱ぐ。迷いだしたらきりがない。何を着ていこう。生成りのカーディガンに着替える。

「あれ、あんまり変わらないね」

「え? そう?」

「もう、からかうのよしなさい!」

 母が弟を叱る。からかってたの?

「早く行きなさい。時間でしょう」

「でも、おかしい? この格好」

 弟がうんうんと頷く。母が弟の頭をぺしっと叩く。父まで起きてきた。

「おや、どこへ行くんだい」

「早く行きなさい!」

 母が面倒だからと言わんばかりに行けという。父は母の怒りが分からず、弟はおかしそうに笑う。失礼な親子だ。

 外に出ると、母が出てきた。

「佐織、ケータイ忘れてる」

「あ、いけない」

「もう心配だわ」

 母は一緒に行かなくていいかしらとつぶやく。余計なお世話です。

 待ち合わせの映画館ロビー。むっちゃんが見える。

 手を振ろうとしたら、隣にきれいな女性がいる。歳は私ぐらいか、少し下か。ときどき笑いながら優しそうに話しかけるむっちゃん。

 私が待ち合わせしているんだから優先順位は上よ。

 でも、彼女の洗練された美しさが私を卑屈にさせる。

 やっぱり、着替えてくればよかった。彼女は紺のニットのワンピース、ロングブーツに白いあこやのペンダントがよく似合う。バッグはムートンかな。ショートカットのよく似合う大きな瞳が魅力的。

「もう少し考えて衣装を決めるべきだった。これでは最初か負けてる」

 足元までダメだわ。どうしてスニーカーなんて履いてきたの。あわてていたから。まるで中学生よね。言われなくても自分でもそう思うわ。

 ヘアスタイルもどうってことないボブカット。あーあ、帰ろうかな。

 すると、むっちゃんが気が付いた。

「おーい、ここ」

 手を振るけど、隣の女性はじっと私を見つめている。

「こ、こんにちは」

 思わずどもる。

「佐織さん、こちらは先ほどばったり会った前田さん。春爛漫で一緒に働いているんだ。これから買い物に行くんだって」

 紹介された彼女はにっこり笑いながら挨拶した。

「前田麗です」

「こんにちは、小日向佐織です」

「小日向さんのお孫さんね」

「はい、いつも祖母がお世話になっています」

「いいえ、いつも明るくて上品なおばあちゃまですね」

「ありがとうございます」

「じゃ、私はこれで失礼します」

 彼女はじゃ、明日ねとむっちゃんに言いながら彼女は会釈して去って行った。

「きれいな人ですね」

「そうかな。僕よりずっと前から働いているんですよ、先輩です。年齢は下だけど」

「いくつなんですか」

「確か二十三だと」

「あ、同い年」

 やはり、着替えてくるんだったと思い切り後悔する。

 むっちゃんはいそいそと映画のチケット売り場に急ぐ。財布を出すのを手間取っていると、むっちゃんは二枚買って渡してくれた。

「今日は僕のおごりです」

「いえ、私も働きだしましたから」

「ええ、それでも、誘ったのは僕ですから、あとでコーヒーでもおごってください」

 その言い方がさりげなくて改めていい人だなと思った。でも、彼女と同じ職場なのよね。前田さんって言ったっけ。

 二人で並んで座るとなんだかとても緊張していたのに、いつの間にか映画に入り込んでいた。むっちゃんは画面にくぎ付けだ。肩を寄せ合っていちゃいちゃしている前に座っているカップルのことなど気にもしないようだった。

 それは老人と介護士の話がいくつかオムニバス形式で描かれていた。

「面白かったですね」

 感動している私にむっちゃんは少し長い映画でしたから疲れていませんかと気にかけてくれた。映画を見る前よりまた一段と仲良くなれたような気がする。

 食事はむっちゃんの好きなラーメン店へ連れて行ってもらった。

「ここのつけ麺、おいしいんですよ」

 確かに朝からろくに食事ものどを通らなかった私はすごい勢いで食べた。むっちゃんは笑いながらそれを見ていた。

「すごい食べっぷりですね。気持ちいいなあ」

「あ、早すぎてすみません」

「いえいえ、女性がこんなにおいしそうにパクパク食べるなんてすごいです」

 恥ずかしくて穴があったら入りたいぐらい。

「我が家はみんな早くて。父も弟も私も。祖母や母は一緒に食べるのを嫌がるんですよ。早すぎて味わえないって」

 むっちゃんの笑顔は優しく、もうすっかり前田麗さんのことは忘れていた。楽しい一日はあっという間に終わり、初回のデートは午後八時には終了。彼に送ってもらって家に着く。

「ただいま」

 その挨拶を終えるや否や奥から弟が走って来た。

「姉貴、早いなあ。もうデート終了? ガキだなあ」

「ほっといて」

「あら、楽しかったのね」

 母が顔を見ながら言う。なんでわかるの?

「楽しかったときはお土産があるもの」

 そう、私は天津甘栗を買っていた。弟は喜んでそれを手にして居間へ。

 食い気の私は甘栗を残しておいてと叫びながら二階へ着替えに行く。


 うふふ、また来週の休日もデートなの。今度はワンピースにする。

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