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クリスマスツリーって好き

 朝の洗面所がにぎやかだ。

「姉貴は朝から張り切ってるね」

 良は久しぶりに朝の授業に出るらしい。どうやら、その授業の単位が危ないに決まってる。

「あんたね、留年なんて絶対ダメよ」

「僕は向学心旺盛だからな」

 のんきな話ばかりしていると、母が腹を立てたように言った。

「何言ってるの、四年で出てもらわないと、お父さんもお母さんももう授業料出せないわよ」

「はいはい、前向きに頑張ります」

 そんな二人の会話を背中に家を出た。

 まつぼっくりまで自転車を走らせる。めっきり寒くなって鼻が真っ赤になった。店の前でクリスマスリースをドアにぶら下げているマスターを見た。

「おはようございます」

「おはよう」

「クリスマスの雰囲気ですね」

「ああ、いいだろう。店の中もツリーを出したよ」

「わあ、嬉しい。我が家はツリーなんて飾ったことなかったから」

「飾り付けお願いしていいかな」

「はい」

 オーナメントや綿があって、本当にクリスマスツリーだ。小さいときに友だちの家にはツリーがあって羨ましいと言ったら、祖父は松の木に飾ればいいって。本気で飾ってたら友達に笑われたっけ。

 あれ以来、ツリーのことは言わなかった。弟は小さい時からツリーよりプレゼントが大事な子だったから。ツリーなんか別に欲しくないって。クリスマスブーツがクリスマス翌日には半額になるからって、おじいちゃんがいくつも買ってきたが、私はイブやクリスマスの日に欲しかった。父はいつも忙しかったから母がベッドにおもちゃや本を置いてくれていた。祖母はいつも手編みのものだった。

 今では作らなくなったが、あのころは既製品のセーターやマフラーがほしいと思っていた。手編みが贅沢だと知ったのは最近の話だ。

 そんなことを思い出しながら飾っていると、マスターがモーニングのサラダの盛り付けを始めた。

「おはようございます」

 近所の常連さんが入ってきて、ツリーを見るとみんな嬉しそうだ。

「いいねえ、クリスマスは」

「今ではサンタさんも膝が悪くて、金を出すだけさ。トナカイもおらん」

 高齢者たちは温かいコーヒーを飲みながら昔の忘年会の話などしている。

 ドアを開けてむっちゃんが入って来た。

「おはようございます」

「今日はお休みですか?」

「はい、だから美味しいコーヒーをいただこうと思って来ました」

 マスターはよろしくと声を掛けて、おいしいコーヒーのモーニングを作ってくれた。

「モーニングサービスの時間ですからどうぞ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 マスターに会釈しながらコーヒーを飲むむっちゃん。飾り付けをしている私のそばで、むっちゃんが手伝い始めた。

「あ、ゆっくりしてください」

「でも、こういうの僕得意です」

 確かに、私よりずっとセンス良く飾っていく。

「マスター、接着剤ありますか?」

「え?」

「ここ、枝が折れかかってます」

「悪いね。直してくれる」

「はい」

 むっちゃんっていい人だな。

「この近くに住んでらっしゃるの?」

「いいえ、電車乗り換えで来ました」

 なんと、聞けば電車で一時間近くかかる駅だ。そんな遠くからどうして。

「何かこちらにご用が?」

「いいえ、ここのコーヒーを飲みたくて」

「そうですか」

 ぼんやり返事をする私にマスターはむせていた。

 ツリーが出来上がると、マスターが朝だけどイルミネーションつけてみようって。きれいなLEDの青い光が店内を照らす。

「今日はおばあさんに何か買っていこうかな」

 高齢者の会話もやさしくなる。

「小日向さんは今日はどうしてますか」

「祖母は朝からテレビのサスペンスを見て犯人捜しです」

 それを聞いてむっちゃんはげらげら笑っていた。

「今度の月曜日、ここは休みですか?」

「ええ」

「あの、映画でも行きませんか」

「へ? わ、私?」

「嫌いですか、映画」

「いいえ、好きです」

 マスターをはじめ、店内の人の耳がこっちを向いている気がする。

「では、ケータイの番号教えていただけますか」

「あ、はい」

 紙に書いて渡すと、むっちゃんはポケットに入れた。

 彼が帰ったら、マスターが咳払いしながらこう言った。

「今度の月曜日はみんなで映画館に行こうか」

 店内は笑いの渦が起きた。

 私は耳まで真っ赤になってツリーの後ろへ隠れた。

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