オーマイガー
こんなこともあんなこともあるのよ。
十一月というのにこの暑さはなんなの!
お肌だって乾燥して、先ほどから蓬の花粉に敏感な鼻が水っ洟を垂れ流す。
化粧してまだ七分と経ってないはず。
私はね、ここのところ腹を立ててばかり。だから、化粧ぐらいでイライラしたくないの。それなのに何よ、コンパクトだって四千五百円もしたのにもうムラムラの鳥取砂丘のような頬。
今日は特別に祖母のデイサービスに私が付き添うことになった。まだ二十三歳のうら若き乙女がどうして老人の憩いの場に行くのよ。
それは今朝のことだった。
「佐織、今日は悪いけどあなたがおばあちゃんのところへ行ってあげてくれる?」
「なんでよ、お母さんが行くはずだったでしょ」
「だって、急におじいちゃんに頼まれてこれ届けなくちゃ」
母が手にしているのは、祖父の下着と入れ歯洗浄剤となぜかエロ本。
究極の選択ね、老健施設か老人病院。祖父はいい歳しているのになぜかエロ本が大好きになってしまった。昔は校長先生もしていた人なのに。自転車で転んで腰の骨と大腿骨を折ってもう半年も入院。日に日にボケてしまって看護師さんや医師に悪態をつくようになった。
そんな祖父に弟が渡したのがこともあろうにエロ本。本当に目が点になったようで嬉しそうにページをめくる。口では言えないようなグラビアには思わずよだれも出ている。
初めはみっともないと祖母も母も取り上げようとしたが、それを見るとおとなしくいつもの好々爺に変身するから仕方ないと二人もあきらめた。父はその姿を見て本当にがっくりと肩を落としていた。
「あーあ、なんて親父だ」
だが、弟の良は一言。
「今までで一番好きだ。人間らしいじいちゃんになった」
確かに口やかましいモラルの塊みたいな祖父より、若いギャルの裸体に瞳を輝かせているほうがなんだか可愛い。祖母はそんな伴侶をもうすぐ天国に行くからと、自分だけはまだまだ長生きしそうな話ぶりだ。
デイサービスとやらはどんなことをするのだろう。
祖父が入院してからというもの、暇を持て余すようになった祖母に近所の人が教えてくれたデイサービスの良さ。迎えに来てくれるし、昼食も出るし、お風呂も入れるらしい。母も一度でいいから行ってみたらいいじゃないのと勧める。
「佐織、本当にそんなにいいところなんだろうかね」
不安そうに私に耳打ちした祖母。そんな祖母を連れて私が行くのか。いやだなあ。
「施設のバスが来るんだから、わざわざ私が行く必要はないんじゃないのー?」
母の後姿に愚痴を言う私。
「初めての人はどんなところか見てほしいって、ケアマネージャーが言うんだもん」
「ふーん、じゃ、悪いシーンはないっていう自信があるんだね。まあいいわ。どうせ暇だし」
「お願いね」
そう言いながら母はバイト料と言って三千円くれた。安い。だが、無給の私にはありがたい。
この私、デパ地下で派手に惣菜を落としたり、ポイントカードの提示を言い忘れたり、包むのがやたらと遅かったりと注意をされ続けて数か月。ついに試用期間の後クビになったばかり。私は自分が少し変わっているとは思っていたけど、こんなに不器用だとは知らなかった。学校だって一応出たんだけど、いつも速さと丁寧さを要求されるのが仕事なのね。それは無理なの。バイトで家庭教師をしても一緒に考え過ぎて問題が進まないと保護者に言われ、レストランでは力がなさ過ぎてハンバーグの皿は一枚ずつじゃないと運べない。そんな私に家族の視線はいつか冷たく鋭くなっていく。
「姉貴、いい加減に働けよ。俺まで学校に無駄に行かしているみたいに親父が言うんだから」
「わかってるわよ。今にバリバリ働くんだから」
「いいよ、バリバリじゃなくて普通でいいの、普通で」
嫌な感じ。
「佐織、悪いね。一緒に来てくれるんだって?」
祖母は珍しく化粧をして部屋から出てきた。
「あら、おばあちゃん、きれいね」
「だって今日は人前に出るから」
人前って、デイサービスよ。
「サービスされるんだもの」
そんなに期待してるの?
いいところだといいね。
「小日向さん、春爛漫デイサービスです」
お迎えのマイクロバスが来た。
「初めまして。よろしくお願いします」
祖母を送ると、私は公共機関で春爛漫デイサービスへ行くことにした。デイサービスに乗れるのは利用者だけだからだ。
さて、続くのでしょうか。がんばります。