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五、ブリッジキックマン  その二

「おまえは何をやってるんだ!」

 沢木が憎々しく罵る声で私は飛び起きた。

前回と同じく凝りもせず猫じゃなく蛇の皮を被っている。

 また机を枕がわりにして気を失っていたらしい。場所には見覚えがあった。普段はドアに鍵がかかって入れないはずの学校の屋上。柵は錆だらけで、針金が千切れて穴が開いていたり、風に揺らされていたり、いまにも落ちそうなくらい躯体が傾いている箇所もある。

 屋上には高架水槽などの突起物もなくて見晴らしはいい。見下ろす街は二つの川に挟まれた細長い地形。田園風景に同じハウスメーカーが造ったものなのか、似通った屋根の家の集合体が目立つ。どこにでもある景色で、小学生の低学年だと三色の絵の具で、写生会を終了させてしまうかもしれない。

つまりここは適当にブリッジキックマンが創造した世界。

「おまえ、聞いてるのか?」

「はいはい」

 この世界の構造がわかるほど落ち込んでいるのに空気の読めない奴。と私は素っ気ない態度を取る。

「三番目の人格を消すチャンスをみすみす逃しやがって」と言ったあと、沢木は聞こえるくらいの舌打ちを鳴らす。

「しょうがないでしょう。チャンスなんてなかったんだから」

「嘘をつくな」

「見てたの?」

「映像としては見れないが、感じることはできる」

「バレバレなのね」私は腕組みをして睨み、話しを変える。「さっき自転車で私に突っ込んできたでしょう」

「すでにネタバレなのだが、俺がこっちの精神世界にいるとき、現実の世界にいるのは他の人格の誰かだ。つまり一番目以外の人格が現実の世界に顔を出していたことになる。その間、私はこちらの世界をある程度支配できる」

「へぇ~そんなに便利なら、こっちの世界に棲み続ければいいじゃない」

 嫌味たっぷりに感情をこめて言ってやった。自転車でぶつかってきたことを謝る気はないらしい。

「現実の世界では不可能な魔法のようなこともこちらでは可能だ。私が創った世界だからな。しかし、自由に操作できる世界っていうのも退屈だ。空虚な想いでいることが多い。俺は本当に人間なのかと悩む。人間はある程度不自由がないと生きてるという実感がわかないのだよ」

 蛇の皮を被っておきながら人間だと言い張るのは滑稽なのだけれど、おまえは人間じゃないと諭されているようにも聞こえた。

「まず、花子でテストしたいから会わせてちょうだい」

「それは無理な相談だ」

 沢木がきっぱり断る。多重人格は二人まで我慢できるとか言ってたから。完璧な支配ではなくある程度までなんだろうと推測した。

「どうして?」

「俺はおまえら人格のせいで病気なんだぞ。人格を操れるならとっくにやってる。世界観は自由に扱えるんだがね」

「だったら、ここ以外のところを地震や街が水没で沈むくらいの雨を降らせて、他の人格を消すなんてことはできないの?」

「そこまで絶大な力はない。それだけの能力を使うと、現実世界の俺はほとんどの体力を失うだろうな。でも、人格達に逆らう権利はこの世界にはない」

「あなたの精神世界なのに、不自由な面があるのね」

 惜しげもなく正直に弱点を話すくせに、最終的に自慢したがる見栄っ張りな嫌な人間なのは間違いない。

「無駄話がすぎた。さっさと他の人格を始末してこい」

 沢木は静かな命令口調だけれど、苛立ちを隠しきれていない。

「命令されると逆らいたくなる性質なのよ」

 クルッと背中を向けて腕を組む。ここで襲ってこなければブリッジキックマンが私を消すことができないことが確定。私が優位に立てる。「あなたはた他の人格に私を消すことをお願いできるかもしれないけど、自分で人格を消せないんでしょう?」自信たっぷりに振り向く。

「前にも言ったが、俺には時間がないんだ。協力するのか?しないのか?」

 ブリッジキックマンは答えを言わず、脅迫してきた。

「その前に、あなたと私の立場は対等だということを確認しておきたいわ」

「てめぇ~」

 憎しみがこもった声が響いてくる。

「だって、そうでしょう。あなたが現実の世界で死ねば、私も消えるんでしょう?」

「…」

 急に無口になった。目は右上に挙動不審に動いた。どうやら図星だったみたいだ。もうひと押し。

「あなたは私より先に花子と直里に話しを持ちかけたに違いないわ。現実の世界に戻れるとか、人格をのっとっていいとか協力を求めたんでしょう。二人とも私を消そうとしたのは、そのためよね?」

 決めつける言い方で質問する。確信、間違いない。

「人格のくせに人間みたいな思考力使いやがって……」ブリッジキックマンは先の割れた細くて長い舌を出し入れした。素早くて落ち着きがない動き。かなりお怒りだ。「現実の世界で俺が命の危機を感じたら俺の地位を譲ってやる。たかが人格のくせに現実の世界で死ねるのだから幸せだろう?急げよ。そんなに遠くない未来に俺の命は尽きる」

 同じ立場だということを認めさせることができた。けれど、時間の猶予がそれほどないことを強調させて脅しもかけてきた。

「他の人格を全て消すことができたら、エリカと私を残してほしい」

 ほくそ笑んで白い歯が浮くか浮かないかの余裕ある表情をしながら要求した。

「二つの人格を残せというのか?」

「そうよ」

 エリカの名前が出したのは、救ってあげようと思ったからなのだろうか?自分でもよくわからない。

「わかった手を打とう」

 ブリッジキックマンが意外と早く承諾した。返事が早すぎて怪しすぎる。

「なんか信用できない」

 鼻を鳴らして疑う。

「おまえなぁ~。おれは自分以外に余計な二つの人格を抱えてやろうと言ってやってるんだぞ。ただし、寿命が縮まる。それはおまえがここで生きる時間が減るということだ」

 前半は半ギレ。後半は親身になった忠告に聞こえなくもなかった。

「さっさと薬を飲んで、私の家に帰してちょうだい」

 不貞腐れ気味に言って折れた。

「現実世界のおれは睡眠薬を飲むと、しばらくの間意識がもうろうとしている。だから、おまえをピンポイントで移動させることができるわけじゃない。いままでは無意識のうちにイメージして広範囲におまえのいる場所を特定したり、移動させていただけだ」

「あなたは時代遅れのカーナビに誘導されているんだ」

 的確な表現だったかは抜きにしてブリッジキックマンに一矢報いる嫌味を言ったつもりなのだけれど「しかたない、少し早いが薬を飲んでやる。それとおまえが優位になることを二つ教えてやろう……」とブリッジキックマンは焦るように次の行動へ移そうとする。照明さんのミスにより、舞台が暗転して早口で台詞を言う役者みたいだった。

 それからしばらくして、私は意識を失った。


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