「Dungeon」観察日記 -”呪われました”の20作目-
ここはとある辺境の”お山”です。呪われている少女のシルフィさんは、この夏、Dungonを育てて観察しています。このDungeonはつい先日、彼女が拾って(?)きたもので、また捨てるのも無責任ですから、自分で”お山”にて、育てることにしたのでした。
そもそもDungeonという言葉は、お城や砦など、石造りの建物内部の、光が入らない施設が語源です。暗く、怪しい場所にはお化けがでそう→出るに違いない、そしてそのお化けはきっとお城のお宝を守っていそうだね、という大胆な連想で、Dungeonとは怪物がお宝を守っているもの、という認識ができあがったそうです。また、お宝を守るなら、罠もあるよね?という安易な発想も拾われまして、しっかり、かっきり物騒なものから、ちょっとしたいたずらレベルのものまで、多種多様な罠がしかけられたりするのも、Dungeonの風物詩となってございます。
さて、シルフィさんが実際に拾ってきたのは、Dungeonの中核をなす大きな水晶です。10歳ほどの少女であるシルフィさんの半分くらいの大きさで、表面は、時間の経過とともに、いろいろな色に、緩やかに、変化をしています。この巨大水晶が、Dungeonを作り出すのです。
シルフィさんは、まず大きなスコップで地面に大きな穴を掘りました。深さが巨大水晶の大きさの3倍ほどのものになったあたりで、穴の底に小さな水晶をたくさん敷き詰めていきます。この小さな水晶がDungeonを成長させるための、肥料になるのです。その小さな水晶の上に、軽く、土をかぶせます。そして続いて、巨大水晶をそっと穴の底に置いて、土をかぶせていきます。あまり固めないで、ふんわりとかぶせていくのがコツです。
そして、最後に、白いかわいらしいジョウロで、水のようなものをかけます。これは、”魔力”とか”奇跡”とか、言われる、不思議なエネルギーを含んだ”力”のシャワーなのです。Dungeonを成長させるには、小さな水晶型の”未だ決定していない、可能性の結晶”という栄養剤と、それをDungeonに取り込ませて、変化させる魔力水、そして、適度な刺激が必要になるのです。
「これでいいのですよね?」シルフィさんは、手元に資料を広げながら、内容を確認しています。その資料には、”初めてのDungeon育て方”と書いてありました。この本は、”お山”の奥、静謐な針葉樹の森の中に鎮座いたします、お社の神主さんにお借りしたものでございました。
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「そもそもDungeonというものは、発生した場所からは動かさないほうがよいのです、なぜなら、その場所で最適に成長するように、いくらか時間をかけて、調整した”迷宮水晶”(巨大な水晶のことです)が中心になっているからです。この場合の場所とは、魔力の流れとか、周囲の”怪物”の出現地点とか、他のDungeonの位置とか、その他もろもろの要素を含むわけです」お社の神主であるところの、お爺さん、ヤマトさんが、解説します。
「まあ、そもそもDungeonを拾って帰るとか、普通無理だからね。核となっている巨大水晶を壊して、Dungeonそのものを破壊するとかなら、まあ可能だけど。稼働中のそれを、引っこ抜くって、つくづく面白いことをしちゃうなぁ」神社の境内でまったりと、している、巨大な竜の人であるところのヤミさん(10万と38歳)が、会話に加わります。
「つまりですね、周囲の環境を著しく変化させてしまうので、本来は勧められたものではないのです。が、まあ、やってしまったものはどうしようもありません。聞けばそもそも歪なDungeonであったようですし一概に悪い結果になるとも限りませんですけどね」熱いお茶(無発酵の緑色なもの)を飲みながら、ヤマトさんは言います。
「そうなんですか?なんだか、できそうだったので、拾ってみたのです。あと、あそこに置いとくとなんだかもやもやしたような気分になってしまうので、やってみました」にぱりと笑いながら、シルフィさんです。
「あー、雨の中”段ボール”に捨てられている子猫を見たような気持ち?」竜の人が大きな人差し指を立てて言います。
「なんだか、拾ってください、っていっているような感じがしたのですよ」”段ボール”ってなんだろうな?と思いながらシルフィさんが応えます。
「1levelの人しか入れないという異常な設定のせいで、だれも入ってこられなかったようですからね、確かに寂しかったのかもしれません」とヤマトお爺さんはしんみりといいます。
「で、裏手の”お山”に蒔いてみて、そろそろ3日目だったっけ?そろそろ芽(入口)が出たころじゃないかい?」ヤミさんがシルフィさんに尋ねます。
「そうなのです、あっと、ヤマト先生、このご本ありがとうございます、とても参考になっています」ひょいと、本を掲げるお嬢さんです。
「それはなによりです、もう少し育った時ように、剪定用(?)の資料もお渡ししておきますね、枯らさないように、ちゃんと育てられるといいですね」
「はいなのです!」元気に応える、娘さんでございました。
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迷宮水晶を蒔いてから3日目の朝、地面にぽっかりと迷宮の入口ができていました。地下へ続く階段に屋根がついているだけの簡単なものでしたが、なかなか成長を期待させる、生命力あふれる気配をしています。
シルフィさんは、よろこんで、入ってみました(今回は、進入するための制限はないようです)。
中は、1つの小さな部屋になっていました。奥へ扉があり、その手前に扉を守っているのでしょうか、”怪物”が1体存在していました。
「うん、最初から、”小さな蝙蝠はねのとんがりしっぽ君”ですか。なかなか優秀ですね」そこそこの強さをもつ怪物の出現に喜ぶシルフィさんです。背中の蝙蝠羽根で、ぱたぱたと宙を飛んで、手に持った短めの槍を振り回して、戦いを挑んでくる怪物を軽くいなして、気絶させます。消滅させてしまうと、初期の迷宮にしては大きな損害をあたえすぎるためです。
シルフィさんは、怪物を倒して、開けられるようになった扉を開きます。そこには、宙に浮かぶ巨大な水晶がありました。ちゃきっと、シルフィさんは、水晶に”銃”をつきつけます。魔法の光弾を放つことのできる、シルフィさんの主武器です。そして、
「『ばぁぁん!』なのです」口で銃声を表現します。心なしか、水晶が青ざめているような気がいたします。
そして次に、シルフィさんは、水晶を優しくなでなでします。
「うん、3日目にしては頑張っているのです。ご褒美をあげますね?」と、用意していた、小さな水晶を巨大な水晶に与えます。「もっとがんばったら、もっとご褒美をあげるのです。でも、おいたをしたり、怠けたりしたら」とここで、”銃”をよく見えるように掲げて、引き金を引きます。轟音とともに、迷宮水晶のそばを光弾が通り過ぎ、壁を大きくうがちます。
「おしおきなのですよ?」にっこりと笑うシルフィさんです。ちょっと怖い笑いですね。迷宮水晶はその色を青くしたり、白くしたりしています。
その後、魔力の水も与えて、シルフィさんはDungeonから出ていきます。そして、リュックから出した本を、開きます。
「うん、うまくいきそうですね」その本のタイトルは、『初めてのDungeon-しつけ編-』と書かれていましたのでした。
シルフィさんは、毎日、Dungeonへと通っています。早朝に、飼料となる水晶を”お山”で”怪物”相手に、手早く狩ることで用意しつつ、その足で、Dungeonへ進入して、成長を観察します。入るたびに何かしら工夫がみられるので、にこにこと嬉しそうにしながら、手加減をしつつ出現する”怪物”を狩っていったり、罠を踏破していったりします。そして、朝ごはん前には、最奥へとやってきて、躾(ご褒美と、ちょっと過激なスキンシップ)をして、帰っていくのです。
また、整合性のとれていない区画を見つけると、その常識はずれの身体能力と、精神力からの”力”で直接修正をしたりもしていきます。迷宮水晶にとって、それは、少し痛いようですが、そこはそれ、愛情をもってしての鞭ですから、問題ないですよね?と、にっこり笑いながら、巨大水晶の前で、言質をとっていく、シルフィさんでございました。
……だから、”銃”を片手に、その笑い、怖いと思いますよ?
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「すいません、もう許してください」白い長い髪の、はかなげな女性が、神社の境内(砂利の上)で、両ひざと手をついて、頭を下げています。いわゆる土下座でございますね。
「え?」驚いた顔もかわいい、美少女”ガンマン”のシルフィさんです。「っと誰なんです?このお人?」ばつの悪そうな顔をしている、境内に鎮座している巨大な黒い竜の人であるヤミさんへ、視線をむけて、シルフィさんが不思議そうに、たずねます。
「ええとね、つまり、彼女はDungeonの人なんだ」言いにくそうに言うヤミさんです。
「えっと?」よくわからないので続きを促すシルフィさんです。
「ある暑い日の夜のことだったんだ。僕の洞窟の隅から、しくしくと悲しそうな泣き声が聞こえてきてね……。ちょっと気になって見に行ったんだよ」けっして幽霊かとおもって怖くて寝られなかったわけじゃないんだからね!と無駄にかわいく強がって、言い訳をはさみながらヤミさんが語ります。
「で、その泣き声の主というのが、シルフィさんが拾ってきた迷宮水晶さんの思念だったわけなんだそうですよ」お話の、場所を提供していただいている、神主であるところのヤマトさんが、ちょっと笑いながら言います。
「まあ、それでね、いろいろと”話”を聞いてみるに、これは一度シルフィさんと、会話をしてみるべきだろうなって思いましてね。コミュニケーションを取りやすいように、”義体”を作って、憑りつかせてみました」あっさりと、あくまでも軽く言う、”お山”随一の”鍛冶屋”さんであり”発明家”である、ヤミさんでございました。
「寝ぼけてうっかり、Dungeonさんの個性を固定化した件については、あとでみっちり説教をすることにして」神主のヤマトお爺さんが、すこし怖い笑みを浮かべつつ、言います。ヤミさんは冷や汗が止まらなくなってしまったようです。「一度、話をきいてあげてくれないでしょうか?シルフィさん」
「ええと、なんだか少しわからないとろもありますけど、だいたいわかりました!じゃあ、まずお顔をあげてくださいな」にぱりと笑みを浮かべます。その笑い顔を見て、なぜか、恐怖の表情のDungeonさんです。
「話てもいいです?あとでいぢめたりしません?」最初から涙目なのです。
「?あなたは、私が拾ってきたDungeonさんですよね?なんで人の形をしているのかはよくわかりませんが。私、あなたを、いぢめたことなんてありませんよ?」きょとんとした表情でいうシルフィさんです。
「あ、そうゆう認識なんですね」肩をがっくりとおとすDungeonさんです。そして、お話、を続けます。
「私、つらいんです。毎日毎日、苦労して作り上げた迷宮をあっさりと、文字通り朝飯前に踏破されて、あまつさえ、的確に改修すら行われてしまうという毎日が。私の、迷宮としてのプライドはずたずたなのです。そして、いつも、最後には、”銃”をつきつけられて、『ばぁあん』てやられて、にっこりと、殺意あふれる笑みをうかべられるのです。毎朝、毎朝、まいあさ、マイアサ、maiasaaaaa。そして、お腹いっぱいになるまで”餌”をあたえられて、言われるのです、さあ、もっとがんばれ、限界はまだ先だ、もっと、もっと、もっとモットモットモットmotttooooo……」うつろな目になる、はかなげというよりは、幽鬼のようにやつれてた表情のDungeonさんです。
ちょっとみなさん引いておられますね。
「いろいろ、追い詰められて、正直気が狂いそうです、といいいますが、すでに狂気にとらわれているような感じなのです。ふと、気を抜くと、頭に”あの”笑みがうかぶのです……」うふふふふとうつむいて、笑う白い髪の彼女です。
かなりみなさん引いておられます。
「あー、すいませんね。そういう気分を中心にして、うっかり、個性を、固定化してしまったから、かなり、メンタルがやばいことになっちゃってねー」乾いた笑いを浮かべる、やっちゃたなーという口調のヤミさんです。「なんとか、ケアしてくれないかなー」と続けてシルフィさんに言います。
「なるほどなのです、わかりました」にっぱりと笑って片手をあげるシルフィさんです。
「ごめんなさい、つらかったですね」そして、シルフィさんは近づいて、彼女の頭を優しく抱きしめました。
「わかってくださいますか?」きらきらとした目をむけるDungeonさんです。
ヤミさんと、ヤマトさんは、その様子を優しい目で見守っています。
「はい!悲しんだり、落ち込んだりする余裕があるなんて、かわいそうです」場の空気が凍りつきます。
「はい?」目が点になるDungeonさんです。
「『安心しろ、これからは、泣いたり笑ったりする余裕すらないようにしてやるぜ、〇〇〇〇!』なのです!」〇のところには、ちょっと汚い表現が入ってます。汚い言葉をつかっちゃだめなのですよ、シルフィさん。
「え?」そして、Dungeonさん、表情がなくなってしまいます。
「私にまかせてくださいね!まずは、3日ほどぶっ続けで攻略とその対策を行って、迷宮の調整をしてみましょう!落ち込むどころか、思考する時間も奪ってあげます!さあ、本能の赴くままに、いえ生存本能を越えた段階まで、とことんやってみましょう!きっと楽になりますよ」にっこりと笑うシルフィさんです。
『おいおい』と、つっこむヤミさんと、ヤマトさんです。
そして、意識(?)を手放してしまうDungeonさんでありました。
「あれ?師匠から、教えられたとおりに、励ましてみたんですけど?なんで眠っちゃうんですかね?」不思議そうに首をひねる、美少女さんでありました。
拾われてきたDungeonさんの人格の誕生と、その崩壊具合が気になる程度の、やはり平和な”お山”の日常でございました。
……Dungeonさんは、その後、周囲の比較的常識をもった方々のフォローもあって、それなりに幸せになったようですよ。