02シュテルネンハオフェン
お待たせしました。連載再開です。
物語は少しだけ遡る。
いつの話しかと言うと、アルト隊の面々が特別捜査官として、ドクター・アビスの足跡を追っている辺りの事だ。
「アルトたちは大変そうだな」
朝、打ち合わせを終えて慌しく街へ散っていくアルト隊を見送り、対して優雅に食後の茶などを嗜む黒髪の乙女が呟いた。
すらりとした長身に、隙間の少ない鈍色の『板金鎧』を着込んだ戦乙女だ。
テーブルの傍らには大判の『凧型の盾』と『両刃の長剣』を控え、見る者に隙を感じさせない凛とした彼女の名は、アスカと言う。
ここ港街ボーウェンに軒を構える冒険者の店『金糸雀亭』に名を連ねる冒険者の1人である。
「そうね。出来れば私たちは、国とか政府高官の依頼は受けないようにしたいわね。面倒だし」
応えてそう言うのは、金髪を左右でシュリンプテイルにした背の低い少女だ。
鋭角的な装飾の多いシックで仕立ての良い『長衣』を着込んだ、若く優秀な『魔術師』で、名をマリオンと言う。
アスカとは共に隊を組んで仕事に当たる冒険者であり、またこの街では名士でもあるマクラン家のご令嬢だ。
いわば国家政府側の出身でありながらそれを厭う物言いは、すっかり冒険者の流儀に染まった結果なのか、はたまた兄に対する感情の賜物か。
そしてもう1人、彼女らと同じテーブルを囲む銀髪の少女が無言で頷く。
銀糸の刺繍をあしらった灰色の『長衣』を纏う彼女の名はナトリ。これまた若く優秀な『精霊使い』である。
この少女3人と、ここに姿が無いあと2体の人工知能搭載型ゴーレムを加え、『シュテルネンハオフェン』と言う隊名で活躍中だ。
そう、作中では『アスカ隊』と呼んでいたが、ちゃんと隊名があったのだ。
実は『金糸雀亭』で登録冒険者になる時、各メンバーのプロフィール以外にも隊名の記述を求められる。
別になくても構わないし、実際アルト隊は皆で頭を悩ませた結果、「とりあえず保留」と言うことになっている。
まぁ仮にではあるが、おばちゃん店主には『逃亡者』とか心の中で名付けられていたりもするのだが。
ちなみに『シュテルネンハオフェン』はドイツ語で、訳すと星屑という意味だ。英語で言うなら『スターダスト』と言ったところか。
なぜドイツ語なのかと突っ込むなら、それはリーダーであるアスカが日本生まれのオタク少女だったから、と言うと少しは納得していただけるだろうか。
つまり端的に言えば「何だかカッコイイから」である。
そう、アスカはアルトたちと同じく、日本からやって来たメリクルリングRPGのプレイヤーだった。
違うとすれば、アスカはソロプレイヤーで、1人でこの世界にやって来た事だ。
TRPGは普通、複数人で遊ぶゲームであるが、メリクルリングRPGルールブックの2ヵ月後に発売された、ソロシナリオ集『レギ帝国の冒険』の存在が、ソロプレイと言う行為を可能にさせたのだ。
彼女が世界を渡る破目になった具体的なエピソードについては、また機会があれば語るとして、ここではアスカ隊において「アスカのみがPCである」と言うことを思い出していただければ重畳だ。
さて、ではその冒険者であるアスカたちが、なぜアルトたちと違いこれほどノンビリしているかと言えば、今請けている仕事が特に無いからである。
実は先日、アスカ隊の面々はそこそこの実入りの良いトレジャーハントを一件こなし終えたところで、しばしの休暇を決め込んでいたのであった。
「そうだな。私たちはアクセク働かず、面倒な仕事は避けてノンビリ生きよう。せっかく冒険者と言う自由業に就いたんだからな」
先のマリオンの言葉に、大いに賛同の意を示してアスカは頷く。一同もまた、それに倣って大きく頷いた。
日本と言うアクセクした社会から飛び出して来たアスカ。何かと煩わしい貴族社会からドロップアウトしたマリオン。陰謀の世界から解放されたナトリ。
三人三様ではあるが、しばらくはのほほんと暮らしたい、という意見は、統一された皆の意思でもあった。
だがしかし、そうは問屋が卸さないとでも言うのか、はたまた先の言がフラグとなったのか、その直後に慌しく開かれた『金糸雀亭』の扉から、彼女らのスローライフ的な休暇は終わりを告げられた。
すなわち、名指しの依頼が飛び込んできたわけだ。
所、変わってベイカー城。
港街ボーウェンと周辺の町村に広大な領地を持ち、さらにはレギ帝国西部方面軍総司令の地位にあるベイカー侯爵の居城である。
街の小高い『山手地区』にそびえる尖塔も含む堅牢な古城だが、良く手入れが行き届いており、未だ難攻不落と呼ばれる事もしばしばある。
もっとも、他国からの侵攻を受ける心配がほとんど無い西部地方にあるので、そんな評価はそれほど重要ではないだろう。
とにかく、その堅城にあるベイカー侯爵の執務室に、先の少女冒険者3名が立ち並んでいた。
もちろん部屋の主たるベイカー侯爵もいる。
侯爵は3人に背を向けて、窓の外から一望できる港街ボーウェンを、気のない視線で眺めていた。
「君たちを呼んだのは他でもない」
一つ咳払いをして、ベイカー侯爵が自慢のコールマン髭を撫でつつそう切り出す。反射的にマリオンは「他で結構です」と呟いた。もちろん、聞えない程度の小声で言う分別はある。
ちなみにこの「他でもない」という言い回しは「ご存知の大事な件であり、別件ではない」という意味だ。
当然「ご存知」と言われても、アスカには侯爵閣下に呼び出される覚えなど一つも無かったので、深く首を傾げた。
「先ほど私の元に、タキシン王国のとある高官から手紙が届いた」
だが庶民の反応などお構い無しに、ベイカー侯爵は続きを話す。と、同時に、少しだけ部屋を歩き、執務机の引き出しから1枚の羊皮紙を取り出した。
高官からの手紙、という割には、蝋で封印した形跡も見当たらず、またチラリと見えた文字も酷く乱れていた。
とても他国の高官から、こちらの国の高官へ向けて出された手紙には見えなかった。
より疑問が深まりアスカは眉を寄せる。
ただ「タキシン王国」の名が、「これは厄介ごとだ」と彼女に判断させ、ついつい舌打ちをした。
タキシン王国はレギ帝国の北東方面にある歴史深い小国で、現在、絶賛内戦中だ。
最近のトピックスと言えば、内戦の片側勢力である王子派がレギ帝国と同盟を結び、近々帝国軍が派兵される事が決定している。
実際、ベイカー侯爵配下の西部方面軍からも、大きく人員を割いて派兵される予定で、目下、準備に大わらわである。
その、タキシン王国の高官からの手紙である。
つまり「他でもない」という言葉が語る「ご存知の大事件」とは、この内乱と同盟と派兵に関連する、という事を物語っているのだろう。
アスカはここまで理解を進め、深く溜め息を付いた。
つい今朝、「面倒な仕事は避けてノンビリ生きよう」と宣言したばかりなのに。
その溜め息を「前置きに飽きたのだろう」と誤解したベイカー侯爵は、肩をすくめつつ結論を先に述べることにした。
「つまりだな、君たちにはこの高官の救出を依頼したいのだ」
「だが断る」
将棋や囲碁においてノータイムで打つことを「手拍子」というが、まさにアスカの口から飛び出した返答は手拍子であった。
あまりの即答振りに、ベイカー侯爵の鋭い眼がしばし点になった。
日本にいたときのアスカはどういう少女だったかと言うと、「眼鏡と文庫本が似合う物静かな少女」だ。
どちらかといえば引っ込み思案で、クラスで発言する事はほとんど無く、休み時間はラノベを読み、放課後は真っ直ぐ帰宅し録画のアニメや漫画を嗜む、という生活を送っていた。
今、この世界にいるアスカからは想像がつかないかもしれないが、ここにいるアスカは言わば彼女の「なりたい自分像」というヤツであった。
そんなアスカの脳内には、好きな漫画で出て来たカッコイイ台詞がいくつかストックされていたが、元の世界ではついぞ使う機会に恵まれなかった。
その機会が今、思わぬところで巡ってきたので、つい、口をついた、という訳だ。
言って、さすがに侯爵閣下というお偉い様を前にして「マズった」と、内心、冷や汗物であったが、「なりたい自分像」を演じる彼女はそれを億尾にも出さず、かといって続ける言葉も出てこなかったので、口をへの字に結んでただ黙った。
そんな頼もしく見えるリーダーに、マリオンは満足げに頷いて言葉を告ぐ。
「そうね。侯爵閣下、申し訳ないのだけど、その依頼はお断りさせてもらうわ」
貴族の子弟にしては奔放な物言いだが、ベイカー侯爵は特に気にするでもなく、ただその返答に困惑して眉をひそめた。
「なぜだね? まだ私は詳しい話もしてないというのに」
「そんな外交問題に発展しそうな仕事、帝国騎士に命じなさいよ。一介の冒険者には荷が重いわ」
「ふむ」
問いに的確な答えを返すマリオン嬢に、ベイカー侯爵も思わず納得の合槌を打つ。
確かにマリオンの言は正論だ。
外国の高官を救出する、この様な案件は現代社会で例えても国家軍隊の特殊部隊辺りが請け負うべき仕事だ。
それを腕が立つとは言え、市井のヤクザ者に依頼しようというのだから、ベイカー侯爵の正気を疑ってもおかしくは無い。
だが、彼にもそうするだけの理由がある。
読者諸兄はすでにご存知かと思うが、この時、アルト隊が捜索を依頼されている案件のせいで、ただでさえ派兵準備で手が足りない西部方面軍は、深刻な人手不足に陥っているのだ。
そもそもアルトたちを特別捜査官に仕立て上げている経緯が、すでにイレギュラーであった。
そこへさらに人を割かねばならない、「高官救出」などと言う案件が飛び込んできたわけで、ベイカー侯爵の胃が心配になる有様である。
なので侯爵閣下も引くに引けない事情なのだ。
「そこを曲げて頼めないか。マリオン君の兄上は帝国騎士でもある。その係累ならば、貴族の義務があるのではないかね?」
「お言葉だけど、騎士は貴族に準ずるとは言え、世襲は認められない本人のみに与えられた地位でしょ? 確かに私はその家族だけど、別に私が貴族なわけじゃないもの」
これもやはり正論だった。
もちろん帝国貴族であるベイカー侯爵もそれは重々承知してるが、他にこの件を任せられる手数が足りない以上、アルト隊に並ぶ手練冒険者である彼女らに、是が非でも引き受けてもらわなくてはならないのだ。
なので、なんとか説得の取っ掛かりが欲しかった。
しかしすでにアスカに断られ、マリオンにもまた否定された。そうすると残るのは未だ一言も発言していない、平坦な表情の少女、ナトリに希望を繋ぐのみだ。
「ではそちらの銀髪の君はどうかね。もちろん報酬は弾むよ」
とはいえ、このメンバー中で見知った顔はマリオンだけだったので、ナトリが何に食指を動かすか判らず、結局は報酬で釣るのみであった。
「お金は、大事」
「おお、では!」
そんなベイカー侯爵の望みを繋ぐ様に、ナトリが呟く。思わず侯爵閣下も前のめりに彼女の言葉に耳を傾けた。
「でも生活に困らないだけあれば充分ともいえる。私の財布は今、充足している」
さすがに期待が上がった直後のことだけあり、ベイカー侯爵の落胆は大きかった。
「そうか」
掠れ声で呟き、ベイカー侯爵は再び窓に歩み寄る。愛する街を眺め、沈んだ心を癒す為だ。
遠い視線で数拍の深呼吸をする。
空は青く良く晴れていた。
港街ボーウェンの最も高い所に建てられた城だけあり、その窓から晴れた日に臨めば港と、その先の小島までが良く見渡せた。
静かに時が流れる。
アスカなどは心中で、「もう帰っていいかな?」と思っていたが、さすがにこの空気でそれを言い出すのはタイミングが難しかった。
そんな中、ベイカー侯爵は誰に聞かせるでもない風に、ポツリと呟いた。
「強権、発動しちゃおうかな」
ここで言う強権とは、言い換えれば徴発である。つまりは権力を背景に、物資や労働力を強制的に取り上げ使うことだ。
現代日本においてこんな事が行われれば、それは大問題になるだろう。だが、ここは異世界であり、この世界を支える社会は封建国家群である。
その権力を持つ侯爵閣下がその権限を持って「徴発」を宣言すれば、それだけの社会的強制力が働くのだ。
もちろん、手練冒険者たるアスカ隊の面々が物理的実力を持って、例えば逃走などの手段で逃れる事はできる。
だが、巨大な権力機構を敵に回しての逃亡生活については、アルト隊の面々が訥々と語るのを何度か聞いていた。
さすがにその経験談をなぞらえるのは勘弁したい。
すなわち、ベイカー侯爵の呟きを聞いた一行に出来る事は、強権が正式に発動される前に頭を垂れるだけでだった。
「その依頼、我らが見事、果たしてご覧に入れましょう」
こうして、通称アスカ隊、「シュテルネンハオフェン」は、アルト隊に続いてレギ帝国西部地方政府の臨時雇用を受け入れた。
さて、その後にベイカー侯爵より語られた詳細はこうだ。
ベイカー侯爵の元に届けられたのは、タキシン王国王子派に属する文官、マドセン男爵からの救助要請だった。
手紙には余程急いでいたのか、乱雑な文字で要点のみが書かれている。
要点とはすなわち、自分の身分と、今いる場所、そして追っ手が迫っているという三点だ。
マドセン男爵については、ベイカー侯爵の顔見知りだそうだ。以前、帝都のパーティーで会った事があるという。
まだ壮年の『学者』だが、王子の教育係にもなっていた男である。
そして今いる場所だが、タキシン王国ではなく、港街ボーウェンからも程近い宿場町だった。
残念ながら、なぜそこにいるのかは手紙に書かれていなかった。
そして追っ手。
これも詳しく書かれていなかったが、王子派の彼が追われている以上、敵対勢力である王弟派の刺客だろうというのがベイカー侯爵の言だった。
とにかく、友好国となったタキシン王国の関係者からの救助要請を無視すれば、これはいずれ面倒な国際問題になりかねず、それゆえアスカ隊への救助依頼となった訳だ。
もちろん、無事成功すれば、これはタキシン王国に対する大きな貸しになる。
そして数日後、件の宿場町マルモアにて、マドセン男爵の潜伏先を突き止め急行したアスカ隊が見た物は、今まさに刺客の剣を受け倒れるマドセン男爵であった。
「どうして、どうしてこうなった」
潜伏先であった地下酒場「フェガト」にて、刺客と対峙したアスカは頭を抱えたくなる気持ちをグッと堪えて『両刃の長剣』を抜いた。
しばらくは隔週連載で行きますので、よろしくお願いします。




