07コナ中尉
「こんちゃー…あれ?」
港街ボーウェンは『商業地区』にある『ハリーさんの工房』の扉に手をかけ、白い法衣を纏った乙女神官モルトが首を傾げる。
秋深まる陽気の良い午前中。いつもなら開店中の時間であると言うのに、正面扉の鍵は閉まったまだった。
「ハリやーん、開けてぇなー」
この工房の主であるハリエットは、魔法の様な効果のアイテムを、得意な『錬金術』で作り出す『錬金術師』だ。もしかするとアイテム製作・調合に夢中で店を開け忘れているのか、と思って数度扉を叩いてみた。
それでも店内からは誰も現れず、それどころか物音気配一つしないのである。
「モル姐さん、張り紙があるにゃ」
すぐ後ろでそんな様子を見ていたねこ耳童女マーベルが言えば、新しい電化製品を買っても、説明書を読まず真っ先に電源を投入する性質であるモルトは初めて気付いた様に凝視した。
正面扉中央の張り紙にはこう書かれていた。
『帝都へ行きますのでしばらく休業しマス。帰還日未定』
「あちゃー」
当てが外れて低く声をもらすモルトであった。
ベイカー城の人通りが少ない薄暗い廊下を、小さく黒い影が駆け抜ける。
その後ろからは帝国騎士の略式軽装を纏った、小麦色の若騎士が追いかけていた。
参謀本部執務室の偵察中に見つかり、目下逃走中のヤマトとティラミス、そして参謀本部付き騎士中隊隊長のコナ中尉だ。
コナ中尉は駆けながらも鉄仮面の様な冷たい表情を崩さず、左手はいつでも抜ける様にと、腰に吊るした『両刃の長剣』に添えられている。
猫と人、比べれば圧倒的に歩幅が広いのは人の方だが、それでも簡単に捕まらないのが獣の素早さである。さほど広くないこの廊下でも、石壁の隙間すら機動の糧としてしまう猫などを、そうそう捕まえられるものではない。
だがしかし圧倒的有利の筈の黒猫ヤマトにハンデがあるので、そうも言ってられないのが現状だ。
「うー、目が回るでありますよー」
かの成猫に騎乗するティラミス嬢である。
彼女はあくまでゴーレムなのだが、製作者のこだわりからか様々な部分が人間に準拠している。つまり、揺さぶられれば身体機能に異常が出るのだ。
「にゃぁ」
厄介な事になった、とヤマトは半眼閉じ、背から挙がる悲鳴を聞き流しながらも次々に進路変更や反転をランダムに入れていく。その度に、抜き放たれた若騎士からの剣筋が、ヤマトの去った直後の空を切り裂くのだ。
傍から見ればひらりひらりとかわしている様に見えるだろうか。
だが、どれも紙一重である。
ヤマトは冷や汗で毛が張り付く嫌な感じを覚えつつ、じわりじわりと追い詰めてくるコナ中尉から、必死になって身をかわし続け、背に騎乗するティラミスは、時を追うごとにその表情を青白く変えて行った。
被害者・犠牲者の洗い出しという役目を負って『金糸雀亭』を出て来たアルトとカリストは、まず『魔術師ギルド』へと来ていた。
カリストが『合成獣』作成の歴史を簡単におさらいしたい、と言い出したからだ。
まぁ、この2人はどちらも『学者』なので、調べ物には適したチームということになる。
そう言うわけで現在、『魔術師ギルド』の図書室で各々気になる書物を手にとっては『合成獣』に関する箇所に目を通している訳だ。
ただここで、アルトは非常に居心地の悪い思いをしていた。
なぜなら、何が目的かはわからない数人の女性『魔術師』が、書棚の影から遠巻きに彼らを眺めていたからだ。
何か気になる記述を見つけるとお互い報告し合うわけだが、図書室なので気を使い、顔を寄せては小声で話す。そうする度に、覗き見女性陣から黄色い声が上がった。
思春期真っ最中の高校生男子がこの雰囲気の中で、居心地良い訳が無い。
と、そこへまたカリストがより一層と顔を寄せ、背後の女性陣が小さくキャイキャイと声を上げる。
「顔近いですカリストさん。えと、何ですか?」
少しばかり押し返しながら問えば、当の『魔術師』は真剣な面持ちで眼鏡のズレを直した。
「ちょっとばかりマズイ事になったよ。急いでベイカー城へ戻ろう」
これまで『合成獣』に関する話題ばかりだったので、この転換にはアルトもギョッとした。
今、ベイカー城にいる可能性があるのはティラミスたちであり、「マズイ事になった」と言うからには彼女たちの身に何かが起ったのだろう。
そうアルトが頭を回転させている隙にカリストはスタスタと歩き出し、気付けば図書室の出入り扉まで進んでいた。アルトは慌てて後を追う。
そんな突然の行動のせいで今まで遠巻きだった女性『魔術師』たちとすれ違うと、彼女達の小さな会話の断片が耳に飛び込んでくる。だが、今は構っている場合ではないので総スルーである。
例え「ヘタレ攻め」とか「わんこ萌え」とか聞き捨てなら無い単語が混ざっていても、である。今は仲間のピンチが重要なのだ。
そうして湧き上がる怒りとも恥ずかしさともわからない感情を押し殺しつつ後に続いて『魔術師ギルド』を出ると、アルトが訊ねるより早くカリストは魔法の言葉を呟いた。
「『パリオート』」
その言が世界のどこかで認められると、途端に黒の魔道士はフワリと宙に浮いた。『緒元魔法』5レベルの飛翔術である。
「さぁ行くよ」
またそれだけ言うと、カリストは宙にある身体をスルリとスライドさせ、アルトを後ろから抱え込んだ。
やはり遠巻きに見ていた女性陣から嬉しそうな声が上がるが、アルトにとってはそれどころでは無い。なにせ感情が湧き上がるよりも早く、彼を抱えたカリストが一瞬で空高くまで飛び上がったからだ。
気分は絶叫マシンである。
短時間に急上昇した事で発生した重圧が晴れるより早く、今度は横移動が始まる。
向かう方角には街の最も高い所に建つベイカー城。人一人抱えているせいもあり、速度は時速30キロメートル程度だが、風防も足を乗せるステップも無い状況での飛翔はやけに早く感じ、アルトの心臓をキュウと縮ませた。
飛翔高度はすでに街のさまざまな建物の上だが、カリストはさらに上を目指す。斜め上に飛ぶ事で、高度と距離をどんどん稼ぐのだ。
そんな飛び方でも、障害が無い空を行くのだから地を走るより圧倒的に早い。2人はたちまち『山手地区』上空までやって来た。
「ちょっと怖いけど我慢してね」
アルトの背後から優しげな声がそう囁く。だがやはり訊ねる暇は与えられない。
言うや否や、2人はベイカー城へ向けて斜めに等加速しつつ降下し始めた。その様に飛翔しているわけではない。カリストが『パリオート』による飛翔を解除したのだ。
「『シムラクルム』」
続けてカリストが新たな魔法を口にし、世界がそれを受け入れる。するとアルトの眼下に空の蒼と同じ色が広がった。
つまり、幻影魔法にて空と同じ色の膜を展開する事で、地上から彼らを発見しづらくステルスしたのだ。
幻覚自体は注意深い者がじっと見れば見破る事も出来るだろう。だが2人は時速30キロメートルから自由落下の等加速を得て、空色の幻覚と共に高速で移動している。
これではよっぽど動体視力に優れた者で無い限り、判りようもない。
こうしてベイカー城の真上付近までたどり着くと、カリストは幻覚を解除した。
このタイミングがまた絶妙で、おそらく目標である城の屋上以外からは死角になるあたりでの仕儀である。
そして高速で城屋上の床に激突するより先に、カリストはさらに魔法を解き放つ。
「『フリーフォール』」
あわや激突。落下による大ダメージを受ける事を覚悟したアルトだったが、その魔法が空気に融けた瞬間、加速で流れる景色が急停止した。いやもちろん停止したのは飛翔落下していたアルトたちだ。
そしてまるで羽根が舞い降りるかの様にゆったりと、2人はベイカー城の屋上へと降り立ったのである。
普通はこれほどの急停止をすれば、加速した重圧を一気に受けて、それだけで押し潰されそうになるものだが、それさえも一切無視した、物理法則など鼻で笑うかの様な優雅な着地であった。
『フリーフォール』とは、3レベルの緒元魔法である。
日本語に訳すと「自由落下」となるだろうが、魔法である『フリーフォール』は少しばかり意味が異なる。
この魔法を使うと「落下の速度や受ける重圧を自由にコントロール」する事ができるのだ。
つまり「自由な落下」と言う訳である。
日本人のネーミングなので英語的に正しいかどうかなど気にしてはいけない。
「ふふ、観念しろ」
『両刃の長剣』を抜き放った帝国の若騎士が、ベイカー城屋上の片隅に賊を追い詰めて静かに笑う。
屋上のヘリにある腰壁際で身を震わせるのは、本当に小さな2つの姿。魔法のゴーグルでかの若騎士、コナ中尉の異常を知ってしまった人形少女ティラミスと、彼女を守る様に四つ脚で立つ黒猫のヤマトである。
「にゃ」
ヤマトは偵察失敗した瞬間に主人であるカリストへと感覚を繋げてピンチを告げたが、『魔術師ギルド』からこの城まではそれなりに距離がある。
それでも獣の素早さを使って救援が来るまで逃げ切るつもりであったが、それもここまでの様だ。
それなら背にいる人形少女のために少しでも時間稼ぎでもしてやる。それが今のヤマトの心情だった。
使い魔であるヤマトにとって、その身を犠牲に主人の仲間を守るというのは至上の喜びを感じる仕事である。
人によっては「その感情は魔法で縛られた結果だ」などと言うかも知れない。だが、そうした想いがたった今湧き上がっている彼にとっては、その出所がどこであろうが、それは関係ないのだ。
とにかくヤマトは死を覚悟した。死を賭してティラミスを逃がすつもりだった。
「俺の秘密を知ったからには死んでもらおう。なに、上司には『賊を討伐した』と言えば詮索もされないだろうよ」
先の笑いも演技だったのか、その表情からは何の感情も感じられず、コナ中尉はただ淡々と、侵入者を成敗しようと『両刃の長剣』を振り上げた。
だがその時だ。
ベイカー城屋上という小さな舞台上空に、唐突に2つの人影が現れたかと思えば、それはフワリとコナ中尉の傍らに降り立った。
若サムライに黒の魔道士。その2人を見止め、彼は賊の救援が来てしまった事を理解した。
「サムライの兄貴殿に黒い兄貴殿!」
「にゃ」
ティラミスとヤマトが同時に歓喜の声を上げる。追い詰められた2名にとって、彼らはまさに救世主だ。
「こりゃどういう状況だ」
だがその救世主の内、若い少年サムライは身構えつつも困惑する。
偵察部隊がピンチなのは察していたが、敵がまさか帝国騎士コナ中尉だとは思っても見なかったのだ。
「なに、曲者を発見したので退治するところですよ。問題ありません」
そんなアルトに何食わぬ顔で返答し、コナ中尉はすぐにでも振り下ろせるようにと『両刃の長剣』を構えなおす。
「曲者である事は否定しないでありますが、この騎士殿はただの人間では無いでありますから!」
ここでアルトたちに躊躇されては自身が危ないのでティラミスも必死だ。
この反論を受け、黒の魔道士は颯爽と『外套』を翻して、自らの目に右手を添え、魔法の言葉を叫び上げる。
「外道照身霊破光線」
「え」
と思えば何やら期待とは違う言葉面なのでアルトは困惑の表情のまま振り向いた。振り向いて、カリストの眼鏡が怪しく光るのを目にした。それは確かにカリストの緒元魔法が発動した瞬間だった。
アルトの耳には届かなかったが、カリストが使用したのは緒元魔法『ディテクトマギ』である。
これは1レベルから使える初歩的な魔法で、視界内で働く魔法の有無を判別する事ができるのだ。
「正体見たり前世魔人」
ここまで言いえ終え、カリストはやりきった満足そうな表情でコナ中尉を指差した。
「アルト君、この騎士は魔法で動いているようだ、一種のゴーレムかも知れん。遠慮はいらないぞ」
「何この人、チート系主人公みたいな活躍っぷり」
『魔術師ギルド』を飛び出してからこっち、カリストの目まぐるしい連続魔法に思わず叫ばずにいられないアルトだ。
この男には期待できる、改めてそう思わざるを得ないアルトだった。
だがその思いはすぐに消し飛ぶ事になる。
「ちなみに今のでMP使い尽くしたので、ひとまず1ラウンド目は頼んだよアルト君」
「何やってんすかっ」
そして漫才の様な緩い雰囲気は終わり、緊迫した空気が辺りを包む。
互いに敵と認識した上で、戦闘フェイズが始まったのだ。
「『マナチャージ』」
けして素早い方では無いカリストが真っ先にスキルの名を呟く。早くないと言えど、他の戦闘参加者が自分より遅ければ、必然、トップになるからだ。
すると遠く離れた場所にいるGMに、時空を越えてその声は届き承認コールが上がる。そしてかの『魔術師』を中心に細かい光の粒子が舞い踊った。
『マナチャージ』は『魔術師』が習得できるスキルで、消費したMPをランクに応じて回復する事ができる。
カリストがアルトに求めた1ラウンドは、このスキルを使う為の1ラウンドだ。
「ま、ランク1だから、回復できるのは5分の1だけどね」
と、これは誰の耳にも届かなかったカリストの呟きである。
さて、戦闘参加人数3人の内、残ったのは戦士2名。後は互いに斬り合うタイマン勝負だ。
「邪魔するなら死ね冒険者。『セイバーアクセル』」
まず敏捷で僅かに勝ったコナ中尉が、振り向きざまに『両刃の長剣』を振るう。その瞬間、かの切先が速さで2重にぶれた。
『傭兵』職の『片手修練』系スキルで、連撃を可能とするスキルだ。
だがアルトもこの技は初見ではない。以前、騎士連隊総長ジャム大佐が使うところを間近で見た事があるのだ。
その時の剣速に比べれば、コナ中尉の動きはまだ鈍いものでもあり、アルトは襲い来る2連撃を冷静な体捌きで華麗にかわした。
割と余裕である。
相手は帝国の正騎士とは言え、アルトもすでに『傭兵』レベル6。これは帝国騎士中隊長のレベル水準よりも高いのだ。
「さぁやっとオレの番だ。おっさんがいないとオレが鈍足みたいだが」
アルトがそう軽口を叩きつつ、かわしたままの半身を引き戻して『胴田貫』を抜く。
互いに僅差であっても、敏捷パラメータが1違えば明確に順番が規定されてしまう世界である。別に自分の敏捷度が低いわけではないのは解っているが、それでもビリケツとなれば良い気分ではない。
そんな不満を込めつつ、愛刀を八相に構え数歩間合いを詰める。
「いくぜ、『ツバメ返し』!」
一瞬、剛刀の剣先が視界から消え失せる。あまりの速度で目が追い切れないのだ。
見えないものを避けるなど、それこそ達人のすることだ。当然、浴びるコナ中尉がその域に達するわけも無く、未だ『セイバーアクセル』をかわされた事で崩れた体勢のまま、振り下ろされた一撃を肩から受けた。
『胴田貫』は袈裟懸けにそのまま振り抜かれ、引きずられる様にコナ中尉の半身が少し回る。
だがアルトの剣はそんな慣性すら許さぬとばかりに今度は逆袈裟から、一度斬り付けた痕をなぞって跳ね上がった。
すっかりお馴染みとなったアルトの必殺技『ツバメ返し』だ。
本来は2撃目を確実に入れる為のフェイント技だが、レベルに伴い命中率が上がったアルトにとっては、すっかり連撃技となっている。
そんなサムライの剣撃を浴びてはさしもの帝国騎士もたまらない。血飛沫こそ上げなかったが、深々と裂かれた胸の斜め一文字は見るに痛々しかった。
と言うか、これだけ深い刀傷を負い血の一滴も出さない事からして、やはり人間ではない証左である。
だが、確かに痛みの為に声どころか表情すら変えないコナ中尉だったが、ここでただ僅かに焦りの様子を見せた。
「ちっ、邪魔しやがって。ここで死んでは役目が終わらん」
「アルト君、コナ中尉は逃げ道を探してるぞ」
「は、はい」
急ぎ視線を巡らせる騎士の姿をした何かに対し、その目的をいち早く察したカリストが声を上げれば、心得たとばかりにアルトが素早くその視界を塞ぐ。
コナ中尉の後ろは城の腰壁、その向こうは庭まで落ちるだけ。前はアルトたち冒険者。左右は隙があるように見えるが、そこを抜けて行けるほど眼前の戦士も甘くなかろう。
コナ中尉はもはや逃げること叶わずと悟り、傷も省みずに最期の一矢を報いようと『両刃の長剣』を身体に引き寄せ両手で構えた。
しかしそこまでが彼の最期の足掻きだった。つまり、10秒が過ぎ行き第2ラウンドが始まるのだ。
「これで終わりだよ、コナ中尉。『ライトニング』」
前ラウンド中はMP回復に努めた『魔術師』の放つ、止めの一撃であった。
「な、なんだこれは」
戦闘が終了して間もなく、ベイカー城の屋上に城主ベイカー侯爵と数人の警備人員を引き連れたバーター中佐がやって来て絶句した。
さすがに城内で戦闘行為をすれば誰かに気付かれるわけで、その結果として、彼らは駆けつけたのだ。
彼らが見たモノは、たった今し方まで戦っていたと見える、抜き身の『胴田貫』を携えた若サムライと、横たわる無地のっぺらな等身サイズの人形を、丹念に調べている黒魔道士だった。
一瞬何事かと思ったベイカー侯爵だったが、彼らが先に任命した『特別捜査官』であることを思い出し、事情を問う。
「これはどうした事だ?」
「曲者を発見して成敗した所ですよ」
即答しつつ、調べていた人形の手を操り振ってみせるカリスト。人形の胸には深い刀傷があることから、冗談では無いと理解して一同は固唾を呑んだ。
「ちなみにコレ、コナ中尉ですよ?」
そして続いたカリストの言葉で、集った貴族・軍人達は、再び絶句するのだった。
年度初めと言うことで何かとバタバタしております。
もともとそんなに忙しい仕事をして無いのですぐに落ち着くと思いますが、さすがに来週は休載させていただこうかと思っています。
四月一日ですが、別に嘘じゃありませんよ?




