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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#06_僕らの捜査官生活

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84/208

06会議は踊る

 港街ボーウェンの、最も高い位置にあるベイカー城。その3階にある小会議室は苦々しい空気に包まれていた。

 集った面々は、太守にしてレギ帝国西部方面軍司令ベイカー侯爵以下5名の軍首脳と、会議室入り口で敬礼姿勢のまま直立を続ける、伝令章を付けた帝国軍人だ。

「詳しい話を聞こう」

 重苦しい雰囲気の中、溜め息を付いて切り出したのは、責任者でもあるベイカー侯爵だった。

 伝令兵は発言を許されて敬礼を解くと、甲高い音を立てながらテーブルに歩み寄る。

「今朝、予定されていた訓練にロブスタ中尉が現れないので自宅へ問い合わせたところ、昨晩は帰ってこなかったとの情報を得ました。すぐに治安維持隊で捜索開始し、今しがた中尉の遺体を発見しました」

「ロブスタ中尉は独身か?」

 と伝令の言葉が切れたところで、神経質そうな中年騎士が訊ねる。参謀本部長バーター中佐だ。これには古傷と髭で覆われた顔のジャム大佐が答える。

「いや奥方と2人暮らしだ。だが騎士連隊では抜き打ち訓練で帰れない日もあるから、不思議に思わなかったのだろう」

 ロブスタ中尉はジャム大佐率いる騎士連隊下の中隊長であった。

 ちなみに騎士連隊に所属する帝国騎士は約40名で、2中隊に分けられる。つまり中隊長といえばジャム大佐の右腕左腕となる幹部だ。

「死因は何なのだ?」

 席序列2番目に座る白髪混じりの紳士が身を乗り出す。西部方面軍幕僚長ブレッド伯爵である。

「撲殺です」

 伝令兵は感情を挟まず端的に答える。静かに耳を傾けていた部屋の者たちは、この言葉に息を呑んだ。

 撲殺と言うことは凶器は鈍器。普通に考えれば『フレイル』や『モール』、『聖槌(メイス)』といった所だろう。

 いずれも頑強な鎧を着た者に有効として、対騎士・対『警護官(ガード)』の武器に選ばれる事がある。そう考えれば今回の帝国騎士殺害の凶器としては妥当な線だ。

 だが息を呑んだ者たちの頭に浮かんだのは、奇しくも同一の犯人像であった。

 それは先日メイプル男爵を暗殺せんと現れたという、蓬色をした異形の怪人である。

 巨大な虫を思わせる暗殺怪人は凶器を一切携えておらず、メイプル男爵を襲った時も両拳と両脚を主に用いたと、先ほど報告されたばかりだ。

 つまりロブスタ中尉は、文字通り殴り殺されたのだ。と、一同は理解したのだ。

「標的はメイプル男爵個人ではなく、此度の出兵隊の幹部手当たり次第ということか。敵の目的を考えれば合理的で当たり前だったな」

 自らの部下を失い、この中で最も敵を憎々しく思うジャム大佐が、それでも勤めて冷静に腕を組みながら溜め息を付く。この言葉を聞き、幕僚長ブレッド伯爵は白く豊かな眉を僅かに上げた。

「するとジャム大佐は、この暗殺騒ぎ、やはりタキシン王国王弟派サイドの謀略であると?」

「こうなっては明らかだろう。貴殿も気をつけねば標的だぞ」

 ギロリと音がしそうな程に鋭い視線で岩の様な騎士が返答すれば、ブレッド伯爵はもう何も言えずに押し黙った。

「ついに犠牲者が1人か。とにかく」

 重苦しい雰囲気を払拭して話を先に進めようと、ベイカー侯爵は軽くテーブルを叩き立ち上がって言いかけた。言いかけて、すぐにその言を差し止めようと手を挙げた者がいる事に気付いた。

 これまた苦虫を噛み潰した様に額に皺を寄せる、参謀本部長バーター中佐であった。

 話の腰を折られたが聞かぬことには仕方ない、とベイカー侯爵が促せば、当の中年騎士は言い辛そうに口を開く。

「実は、東部情勢を探りに出た情報部の者からの連絡が、ここ数日途絶えています」

「そんな報告は受けていないぞ」

 すぐ叱責の声がベイカー侯爵より上がる。彼はこの軍組織の責任者なので、その様な事態があれば知っていて然るべきだろうと眉をひそめた。

「失態であると言われれば甘んじて罰則を受けますが、情報部は隠密行動が頻繁に発生する為、数日音信が途絶える事はよくあるのです。ただ今回の事件を考えれば、殺られた可能性もあると、そういうことです」

 情報部は参謀本部が抱える部隊で、先日のお茶会に駆けつけたコナ中尉の率いる騎士中隊の、裏の姿である。

 コナ中尉は歴とした騎士であり、それなりに優れた戦士であるが、配下の者たちは身分こそ騎士だがその実『盗賊(スカウト)』や『吟遊詩人(バード)』の職に長けた者たちだったりする。

 彼らの仕事は情報収集、分析、そして情報工作なのである。

 それを聞けば確かにこの件は責められるものではないと、各人は眉を寄せながらも頷くしかなかった。

「マレード大尉、まさか歩兵隊の方も何かあるのではないだろうな?」

 司令より水を向けられ、これまで押し黙っていた首脳部唯一の平民である歩兵隊総長マレード少尉は難しい顔で頷く。

「今のところそう言う報告は受けていません。ただ非番の者の事までは把握していませんので、絶対に何も無い、とは言い切れないでしょう。後ほど確認させます」

 それはそうろうだな、と各人は納得顔だ。非番、つまり休日の事となれば、歩兵軍人だけの話ではなく、騎士も、他の要人にしたって同じことだ。

 ともあれ、これを聞いてベイカー侯爵は大きな歯軋りと共に勢い良く席へと座った。

「我々は平和に慣れ過ぎたようだな」

 レギ帝国がアルセリア島の南半分を平定してからすでに100年以上が経つ。小競り合いを除けば、彼らはまさに戦争を知らない平時の軍隊と言えるだろう。

 今まで出兵についてもどこか甘く考えていたが、はたして内戦続くタキシン王国へ赴いてあの怪人級の者がいたらどれだけ戦えるのだろう、と、一同の心には途端に暗雲が迫るのだった。

 とはいえ、国家として兵を出す事が決まった以上、今更現場判断で「辞めた」などと言い出せるものではない。

「とにかく、失った出兵戦力を補わなくてはならん」

「と言いますと?」

 先ほど言いかけたことを改めて言い直せば、急ぎ真意を知ろうと傍らのブレッド伯爵が身を乗り出して視線を向ける。

「治安維持隊のマクラン隊長を呼べ。それから下の冒険者もな」

 ベイカー侯爵は司令官として苦肉の策を労すべく、未だ直立で言葉を待つ伝令兵に次の一手を告げたのだった。


「治安維持隊マクラン、ただいま参りました」

 しばしの時を経て、治安維持隊の隊服に身を包んだ、お馴染み巨漢の帝国騎士マクラン卿が会議室にやって来た。その表情は苛立ちを隠さず憮然としている。

 件の暗殺者事件捜査で忙しい折での呼び出しなので仕方が無い。

 ついで彼の影に隠れる様に、縦列状態でアルトたちもおずおずと入室する。

 マクラン卿は西部方面軍に属する士官であり、言えば一隊を与る軍首脳の1人だ。この場に今までいなかったのは出兵隊に直接関係が無いからで、本来ならここにいても不思議は無い。

 だが冒険者ときたらどうだろう。おおよそ国家軍隊のお偉方が揃うこの場では、存在が浮きまくりである。

「ええと、ワタクシたちはなぜ呼ばれたのでしょうかな?」

 場違い感に押され先頭のアルトをずいずいと押し出す女性陣をさて置き、早速とばかりに酒樽体型の中年ドワーフが訊ねる。

 会議室の中心人物であるコールマン髭の人物は、そんなレッドグースに一度だけ頷くとすぐにマクラン卿へと視線を移した。

 なんの説明も無いが「しばし待て」との意志を感じ、悲しいかな庶民で社会の底辺と言って過言では無い冒険者達は、無言で待機の態を取るのだった。

「ボーウェン治安維持隊隊長マクラン少佐、貴官はただいまを持ってタキシン王国遠征隊に一時編入だ。殺されたロブスタ中尉に代わり、騎士中隊の指揮を取れ」

「あぁ?」

 軍司令のベイカー侯爵がこう言えば、それはもう正式な命令である。辞令の書面など後から出るオマケみたいなモノだ。

 なので本来なら配下の軍人はここで命令受諾の返事をするところだが、マクラン卿はまるで街のチンピラ並みに悪い目つきでこの上官を睨み付けた。

「冗談じゃない、ではこの街の治安はどうするってんだ」

「落ち着けマクラン少佐。お前の気持ちはわかるが、一応私はお前の上司だぞ?」

「失礼しました総司令官殿!」

 一応、言葉の上では取り繕っているが鼻息は荒い。

 しかしそんな態度もいつもの事なのか、ベイカー卿も他の面々も特に驚きもせず話を続けた。

「お前の言う事もわかるが、治安維持隊の副官はそんなに頼りにならんか?」

 立派な髭に覆われた傷顔の騎士ジャム大佐からそんな言葉が出ると、マクラン卿もさすがに言葉に詰まる。

 マクラン卿とて主に妹がらみの私事で、よくよく仕事を副官に頼る事が多いのだ。だからこれには反論できる言が一切無かった。

 言葉が詰まったところでさらにベイカー侯爵が再び口を開いた。

「気持ちはわかるし、卿の責任感の強さも知っている。そして知っているからこそ心苦しいが、もう一つ命令があるのだ」

 軍の上官が「心苦しい」とまで口にして、いったいどんな難題を吹っかけてくる気だ、とマクラン卿は警戒しつつ耳を傾ける。

 言葉で反論や抗議する事は幾らでもできるだろう。この西部方面という地方ではあまり厳しい規律などは言わない気風だからだ。

 だが結局下された命令に従わずに良いなどという法は無いし、ベイカー侯爵がその命令を取り下げない事も解っていた。結局は頭が痛いながら、何とか遣り繰りするしかないのだ。

 はたしてその命令が下される。

「マクラン少佐だけでなく、治安維持隊から選抜して1小隊を遠征軍に出すように」

 難題である事はわかっていたが、この指示にはさすがに愕然とした。

 治安維持隊には元々3小隊分しか人員がいない。その少ない隊員を遣り繰りして平時のボーウェンを治めて来たのだ。

 それを戦時になって減らされて、いかにこの街の治安を守れと言うのか。

「戦時手当ては出しますから、残った隊員の非番を減らして対応しなさい」

 一瞬で沸騰したマクラン卿の表情でその考えを汲んだか、幕僚長ブレッド伯爵がすぐに実務的な解決策を提示する。それでもマクラン卿は承服しかねると言う表情を崩さなかった。

「治安維持の業務はそれでなんとかなるかもしれませんが、暗殺事件の捜査に手が回りません」

 それはつまり、今回だけではなく、事件があればすぐに手が足らなくなると言う意味でもある。それでは結局、溢れる前提の水槽ということで、すぐに立ち行かなくなる事が目に見えている。

「そこで捜査任務を外注してしまおう、と、まぁ苦肉の策だがな」

 言い難いのか表情を読み取られたくないのか、ベイカー侯爵は窓の外に顔を向けながらそう言葉を足す。これには軍人達のやり取りを静観していた冒険者達が嫌な顔だ。

 そしてその予感はすぐに当たっている事が明らかになる。

「冒険者諸君、君達を臨時の特別捜査官に任命する。ボーウェンの治安は君達の双肩にかかっている。頑張ってくれたまえ。あ、必要経費は報酬とは別に支払うから、領収書は必ず貰ってくるように」

 とてもじゃないが「だが断る」などと出だせる雰囲気ではなかったと言う。


 アルトたちはその後しばし事務的な打ち合わせをしてから、引継ぎと隊員選抜の為に治安維持隊本部へ行くというマクラン卿と共に城を辞した。

 会議室に残った軍首脳の面々は、続けて残った本日の議題を片付ける事になる訳だが、その前にと幕僚長ブレッド伯爵が軽く口を上げる。

「冒険者を登用するとは、いささか乱暴な策でしたな。それにしても、治安維持隊からの選抜兵はどういう思惑ですかな?」

 前半は本当に返事も期待しない軽口で、後半は割りと本気の質問だった。

 殺されたロブスタ中尉の穴を埋めると言う意味では、マクラン卿を当てれば十二分なわけで、そこに治安維持隊選抜の1小隊を加えるなら、それは戦力補充ではなく戦力増強になるだろう。

「ふむ」

 ベイカー侯爵はこの問いにどう答えたものか、と思案顔で自慢のコールマン髭を撫で付ける。

 そこへ彼の直臣と言ってもいい程に長い付き合いである騎士連隊長ジャム大佐が俄かに笑いながら口を挟んだ。

「ベイカー閣下の、いわば不器用な親心だろう。ま、当のマクランには恨まれたかもしれんがな」

「くく、そうだな。あの妹狂いの(シスコン)騎士は、この街を離れたくはないだろう」

 傷顔の騎士に参謀本部長バーター中佐までが賛同すれば、上司の心情を読み取れなかったブレッド伯爵は眉をひそめた。ちなみにメイプル男爵とマレード大尉は無言で頷いている。

「どういう事だ?」

 問われて、特に勿体付けるでもなく、歴戦の騎士隊長は種を明かした。

「騎士マクランの武勇を知らぬ西部方面軍の者はおらん。が、それでもついさっきまでおった自分たちの隊長が死に、突然やって来た新隊長には色々含む騎士もおろう。ならば、落ち着くまでは奴の手足となる兵も必要だ、とな」

「なるほど。さすがは閣下だ」

 聞いて、白髪混じりの伯爵がパッと明るい顔で言えば、褒められた当人は渋い顔でこの言葉を迎える。

「苦肉の策だと言ったろう。あまり褒めるな」

 その表情から、ベイカー侯爵自身はこの策に全く満足していない事が覗えた。



「やっとワタクシたちのターンですかのっ!」

「え、何言ってんのおっさん」

 という訳で、治安維持隊本部で捜査の引継ぎなどを終え、冒険者の店『金糸雀(かなりあ)亭』へと帰って来たアルトたちであった。

 というか、侯爵から特別捜査官に任命されたとは言え、メイプル男爵の護衛依頼をブッチしても良かったのだろうかと思わないでもないが、まぁ上位命令だから仕方ないね。と誰もが思いを胸に秘めた。

 ともかく、暗殺者事件の捜査を任されたは良いが、何をしたら良いか判らない。と、各々は客が少ない昼の店でテーブルを陣取って額を寄せ合う。

「よし、まず今わかっている情報を整理しつつ、今後の行動を決めていこう」

 と唸るばかりの仲間達を横目に、そう言い出したのは最近(パーティ)に加入した頭脳労働担当のカリストだ。

「初めに、この街に侵入した暗殺者情報の件」

 上げられた情報に、皆一様にふんふんと頷く。

「ではその件についてはワタクシが『盗賊(スカウト)ギルド』で訊いて来ましょう」

 そう申し出たのは『吟遊詩人(バード)』でありながら『盗賊(スカウト)』でもあるレッドグースだ。

 マクラン邸でバーター中佐の口から「ボーウェンに暗殺者が侵入した」という情報を参謀本部で掴んでいたと聞いた。軍部が掴んでいるくらいだから、『盗賊(スカウト)ギルド』も掴んでいるだろう。

 それなら『盗賊(スカウト)ギルド』へ出入り出来る彼に任せるのがいい。

「では次に、マクラン邸で見た怪奇バッタ男の正体の件」

「あれバッタにゃ?」

「まー、バッタやろ」

 あの異形の怪人が暗殺者である事はすでに自明の理だが、その存在は「人間をベースに作られた『合成獣(キメラ)』」などと特殊だ。

 特殊だからこそ、その発生経路を辿る事で背景などに繋がる可能性もある。

「ほんなら、ウチとベルにゃんで調べてみるわ」

 と軽い調子で引き受けたのは白い法衣のモルトだ。傍らではやる気を見せるマーベルがねこ耳をピコピコ動かしている。

「なにか心当たりが?」

 余りに簡単な様子なのでアルトが訊ねれば、モルトはすぐに頷いた。

「歴史上、類を見ない存在。ちゅーことは未知の技術ちゅーことやん? そんならあのお方に訊くのが手っ取り早いんや無いかなー、って」

「あー、あの人ね」

「あの人にゃ」

 言われて一同、納得顔で頷いた。ピンと来ない人の為に彼らの脳裏を代弁すれば、アルトたちとは違う異世界からやって来た反則気味の『錬金術師(アルケミスト)』、ハリエットの事だ。

 この世界における未知の宝庫である彼女なら何か知っているだろうと言う、割と安易な発想である。しかし安易ながら、彼女には何かを期待できるだけの実績があるのだ。

「うん、では僕とアルト君で被害者・犠牲者の洗い出しをしよう。今のところまだ確定情報が少ないからね」

 現状で推定を含む被害者は3人だ。

 1人は実際に襲われたメイプル男爵だが、後はまだ犯人がわからないロブスタ中尉と、名前は聞いていないが連絡が途絶えていると言う情報部員。

 まずこれらの確定を行い、本事件との関係有無を判断しなければならない。また各件の共通性などが見つかれば今後の捜査に大いに役立つだろう。

「怪しいバーター中佐はどうするにゃ?」

「そうだね。じゃあティラミス君はヤマトと一緒に、引き続きバーター中佐の監視をお願いするよ」

「了解であります」

「にゃ」

 未だ疑念を払拭しようともしないマーベルに答え、各々は一斉に立ち上がる。

 いよいよ特別捜査官となったアルト隊活動開始の瞬間であった。



 ベイカー城の2階各室は、レギ帝国西部方面軍各課の事務・執務の部屋として割り当てられている。

 そのうちの「参謀本部」と札がつけられた一室に2人の帝国騎士がいた。

 1人は部屋の奥に設置された執務机で渋い表情を晒す神経質そうな中年、バーター中佐で、もう1人は参謀本部付き独立騎士中隊隊長のコナ中尉だ。

 この騎士中隊はまたの名を情報部と言い、情報収集・分析や情報工作を主な任務としている。

「イオタからの連絡はやはり無いか」

 騎士にしては細身のバーター中佐が苦い顔で言うと、そんな上司の心情など気にも留めない涼しい表情で、傍らに直立したコナ中尉が頷いた。

「単独行動中の失踪ですが、十中八九暗殺されたと見ていいでしょう」

「しかし情報部の顔が遠くタキシン王国まで知れ渡っているとは思えん。いや、あるいは『ラ・ガイン教会』の悪王か」

 これはしばし前に就任したばかりの新法王キャンベルの事である。

 かの新法王には黒い噂が絶えず付きまとうので、教会の権力が及ばない地では不名誉な二つ名を多くつけられている。その一つが『ラ・ガイン教会』の悪王だ。

「それにしてもどこから課員の情報を手に入れたんだ。これは我が西部方面軍の情報戦での敗北、つまり参謀本部の失態だぞ」

 そう言い捨ててバーター中佐は頭を抱えた。

 ベイカー卿の前ではクールを装ったが、内心はかなり悔しいのだ。

 そして参謀本部の失態、そう思うからこそ参謀本部の手で事件を収束させたかった。

 だが今となってはもう遅い。あとはあの冒険者たちが解決するのを待ち、その上で責任追及を受ける事になるだろう。

 長く騎士として勤め上げて着いた地位だが、失墜するのはあっけないことだ。

 そう早くも諦めの境地に至りつつあるバーター中佐であった。


 と、そんな2人を覗き見する者がいた。

 部屋の外側に設えられたバルコニーから、透明度の低いザラっとしたガラス窓越しに彼らを見張るのは、凛とした表情の黒い成猫と、その背に乗った人形サイズの少女だ。

 マーベルを宥める為に張り込みとして遣わされた、カリストの使い魔ヤマトと、人形姉妹(ドールシスターズ)が四女ティラミスである。

 そのティラミスが、いつもは飛行帽に上げている古めかしいゴーグルを着けている。そのゴーグルは『赤外線視覚(インフラビジョン)』の能力を持つマジックアイテムであり、温度を視覚化する事ができるのだ。

 そして身長14センチメートルの小さな少女は、驚きに目を見開きながら呟いた。

「コ、コナ中尉殿の体温が、無いであります」

 つまりそれは、かの士官が正常な人間ではないという証左であった。

ところで「小隊」「中隊」「連隊」というような言葉を出しますと、現代の知識に照らし合わせて「人数がおかしいのではないか」と言う方もいらっしゃいますが、まぁそこは世界と文化が違うということで納得して下さい。

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