02お茶会のゲスト
一通の封書を囲んで、5人の冒険者と1体の人形少女が車座に座って額を寄せる。
ここは街から少し離れた入り江の砂浜に建つ、水神ミツハの社寺である。
外扉から建物に入るとまずフローリングの広間があり、その正面奥にミツハ神の象徴たるご神体が鎮座している。
つまりここは拝殿と言うわけだ。
その拝殿をモルトのコネで間借りしての緊急会議である。
「つーかさ、なんで皆いるのさ」
まず、これだけは訊かねばと言うモヤモヤした意思から、若サムライのアルトが口を開いた。
前の戦闘で負った心のストレスを追い出す為、ひっそり訓練していた筈なのに、気付けば何故か勢ぞろいしていたという訳で、非常に憮然とした表情を晒している。
「若い二人がデートでもしてるのかと思って、大人として温かく見守っていたんだ」
「素直ですねカリストさん!」
誰もが口ごもるかと思った矢先に、尾行していた張本人が明け透けにそう告白すると、アルトもさすがに呆れて、ツッコみ入れずにいられなかった。
「デートとか心外です。ありえません困ります」
と、真顔で言うのはねこ耳童女マーベルだ。
「っておい、『にゃ』はどうした。やめろよマジっぽくて傷つくだろ」
この反応にアルトは両手で顔を覆って床に伏した。別にマーベルの事は恋愛の対象に見ていないが、それでもあまりに明確なマジ拒否を表明されるとショックである。
「まーまー、そんな細かい事はええねん。今、話すべきはコレや」
眼前で繰り広げられる喜劇に微笑みながら、神職乙女モルトが彼らの輪の中心に視線を落とす。そこには綺麗な透かしが入った淡いピンクの封筒が置かれている。
「よく見れば、この透かしはマクラン家の紋章ですな」
「あ、ホントにゃ」
酒樽レッドグースに言われて見れば、確かに『騎兵の尖槍』と『凧型の盾』、そして馬を併せて図案化した、帝国騎士にしてボーウェン治安維持隊隊長マーカス・マクラン卿の屋敷で見た紋だった。
「なんだ、心配するまでも無いじゃん」
誰からの手紙か判らないので警戒していた、という体裁だが、結局は知人からだ。これ以上話すことなど何もないじゃないか。とアルトは思考を放棄して仰向けに転がった。
「宛名がアルト殿やモルト殿でなく、ティラミス殿ですからな。いったいどんな内容なのか」
「あれじゃないですか? 『そろそろ俺の妹になれ』とかそんな誘いとか」
このままでは話題が終了してしまう、とレッドグースが引っ掻き回しに入るが、それに応えたのはマーベルの傍らに転がっていた薄茶色の宝珠だ。
これは無機物であるが、元は彼らの旅の道しるべたるGMだった者である。
「ありうるにゃ。あの変態騎士には、アタシですら身の危険を感じる事があるにゃ」
『すら』ってなんだ、お前は立派に奴のストライクゾーンに入ってるよ。とマーベルにジト目を向けながらも、アルトは大きく溜め息を付いた。
「開ければ早い話だろが、まったく」
そう言いつつ、素早く件の封筒を引ったくり開封しようとして手を止めた。そう言えばこの宛先はティラミスだったか、と思い出したからだ。
アルトはその姿勢のままゆっくりと人形少女に目を向ける。
「開けて良いか?」
「お任せするであります」
承諾を得て、少年は早速と封蝋をはがして封書を開けた。
人形姉妹の皆様方へ
秋涼の候、皆様ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
こちらも皆、相変わらず楽しくに暮らしております。
さて、このたび家人の昔馴染の方より良いお茶を頂きました。
家人のみで味わうのも勿体無く、来る金曜にささやかながらお茶会を開くことに致しました。
人形姉妹の皆様におきましては、ぜひご参加頂きたく思います。
当日は、各姉妹の兄姉様方も共にお越しいただければ、より賑やかな会になり幸いと存じます。
人形姉妹末妹 ミルフィーユ
「あ、これただの招待状だ」
余りにあっけない内容で、アルトは思わず声を上げた。
封書の内容がわかったので皆揃って『金糸雀亭』へ戻ると、冒険者としてのライバルチームでもあり、生死を共にした仲間でもあるアスカたちがいた。
アスカは『板金鎧』をガチガチに着込んだ『警護官』で、長い黒髪が美しい戦乙女然とした少女だ。
アルトと同じ前衛職だが、攻撃力に特化した『傭兵』とは違い、防御に特化した重戦士である。
また彼女はアルトたちとは別ルートでこの世界に来た、元日本人だったりする。
「うちは私とナトリで連れて行くつもりだ」
そちらの隊にもティラミスの姉妹が2人いるので招待状の件を聞くと、その様な返事が返ってきた。
そのアスカの言葉に、傍らにいた銀髪の物静かな『精霊使い』が無言で頷く。先日、養父との決別を果たしたナトリは、結局今はアスカの隊に加入して冒険者生活を送っている。
「姉妹そろってのお茶会は久しぶりなので楽しみデース」
「揃って、と言ってもエルがいませんわ」
「おっとそうデシタ。残念デス」
と、これは件の人形姉妹の言。
アスカのいるテーブルに専用のランチョンマットと小さなお茶セットを広げた、チェックの鹿追帽とインバネスコートを着るクーヘンと、純白のパフスリーブワンピースに同色のナース帽を纏ったエクレアである。
「プレツエルは今頃エルフの国でありますな」
レッドグースの帽子上で寛いでいたティラミスも、彼女達の仲間に入るべくテーブル上にひょいと飛び乗り、今は遠い地にいるはずの姉妹に思いを馳せる。
ちなみにアルセリア島北東にあるタキシン王国は、その建国史を紐解けば元は古エルフ族の国だった。
なので大魔法文明期に誕生したティラミスにとっては、未だに「エルフの国」と言う認識なのだ。
「まぁ、そうだよな。マリオンは間違っても行かないか」
人形姉妹の他愛も無い会話はともかく、アスカ隊の予定にアルトは納得して頷いた。
「当たり前ね。私が行く訳無いじゃない」
するとやはりアスカたちのテーブルで静かにお茶を嗜んでいた、綺麗な金の髪を左右で小さく結った、若い『魔術師』の少女もまた頷いた。彼女はアスカ隊の一員で、マクラン卿の唯一血の繋がった妹、マリオン嬢である。
「なんでにゃ? 何で行かないにゃ?」
これには自分達の座るべき席を吟味していたねこ耳童女が反応する。ふざけて茶々を入れているわけでなく、割と真面目な顔での質問だ。
だが途端にシュリンプテイルを俄かに震わせたマリオンは、両目の端を釣り上げる。
「あんたの頭は飾り? 記憶力って言葉知らないでしょ、ねぇ!」
マリオンが、俊敏なケットシー族にしてかわせないほどの素早さでテーブルから跳ね上がると、マーベルの頭を両手でガッシリとホールドして激しく揺する。混乱したねこ耳童女はねこ目をカッと見開いてされるがままだ。
「にゃにゃにゃにゃにゃにするにゃーっ」
彼女の実家であるマクラン家といえば、レギ帝国建国以前より続く騎士の名門だ。
騎士は君主から叙勲を受ける旗本で、士爵等と呼ばれながらも正確には他の貴族身分とは違い世襲ではない。
だと言うのに代々騎士であり続ける、というのは中々出来る事ではない。
すなわち、それこそ名門たる所以である。
そんな財産的にもそこそこ裕福で不自由の無い名門出身であるが、マリオンは実家に帰る気などサラサラ無い。
原因は兄であるマクラン卿だ。
妹をを溺愛するかの帝国騎士の、あり難くない押し付けがましい愛が窮屈ゆえにマクラン家を飛び出したマリオンが、今や義妹の巣窟となった実家にノコノコ帰る訳が無い。
とにかく、一通りマーベルを揺さぶって落ち着いたマリオンは、件のねこ耳童女をペイっと放ると、再び席へと戻って息を落ち着けた。
「酷い目に会ったにゃ」
「マーベルお前、少しは考えてから喋った方がいいぞ」
最近特に、思った事をすぐ口に出すようになったマーベルに、アルトはそっと苦言を呈する。思い当たる事があるのだろう、ねこ耳童女は少しだけ神妙な顔をして頷いた。
「で、ウチらはどないしょー」
「ティラミスは当然行くでありますよ?」
アスカ隊からの参考意見を拝聴して、モルトはいよいよ我らが隊の方針を決めようと皆を見回す。すぐに人形少女が返答するが、まぁ彼女は招待対象であり、行くのは判っているので適当に頷いておいた。
さて、アルトとマーベルはこの問いにどう答えようとお互い顔を見合わせた。
アスカ隊からは人形姉妹が2名と同伴者が2名。バランスが良く取れた参加者構成だ。
だが当アルト隊はどうかと言えば、人形姉妹は1名しかおらず、それに対する同伴者が隊全員ではさすがに多い気がするのだ。
「僕はまだマクラン邸に行った事ないからぜひ行きたいね」
「なら全員で行ったら良いですな」
若い2人のそんな懸念は年長組には気にもされなかった様だ。反抗的な気分と言うわけではないが、アルトはすぐさまこの懸念をぶつける決断をする。
「でも、さすがに多くないですか?」
カリスト相手だと未だになにやら丁寧語になってしまうが、それはともかく、彼の言葉に黒魔道士と酒樽音楽家は「思いもしなかった」と言う態で顔を見合わせた。
「なに、遠慮などは必要ありませんぞ。貴族の懐は探る為にあるのですからな」
「そ、それは」
つまり、裕福な相手には遠慮などせず、どんどんご馳走になってしまえ、と言う乱暴きまわりない意見である。
「ええこと言うね」
絶句しかけたアルトと裏腹に白い神職乙女はにこやかに頷き、かくして皆で件のお茶会に参加する事が決定したのである。
日は巡って金曜日。アルトたちは港街ボーウェンの北東部にある高台へと向かった。
細い階段を昇ってたどり着く高台は、裕福層の家屋敷が立ち並ぶ『山手地区』と呼ばれる町である。
今日の訪問の主役はスリムな深緑のワンピースに革ジャンとゴーグル付き飛行帽といういつも通りの装いをした人形少女ティラミスだが、随伴する5人の冒険者たちはさすがにいつも通りと言うわけには行かない。
なにせ人形サイズの姉妹たちのお茶会なので、冒険者の物々しいスタイルと言うのは似つかわしくないだろう。
ただモルトを含む中衛後衛組はまだいい。
モルトはいつも街中では白い法衣だし、マーベルも『なめし革の鎧』を脱いでしまえば草色のワンピースだ。レッドグースとカリストに至っては鎧らしい物を初めから着ていない。
なのでいつもと一番違うのはアルトだ。
そんな若サムライの今日の装いはと言うと、濃い藍色のズボンに、同色に合わせた詰襟の上着。これで前を金ボタンにしたら一見学生服にも見えるだろうと言う一品だった。
「アル君その詰襟、なかなか決まってるやないの」
「そ、そうかな。オレも結構気に入っているけど」
安物ではあるがまだおろし立てで初お目見えであるこの服に、モルトは少しイタズラっぽい視線で褒め言葉を投げかける。アルトにしても女性からそう言われれば悪い気はしない様で、照れから来る熱を鼻頭をかいて誤魔化した。
さて、そうして和やかに歩を進めると、もうすっかりお馴染みとなったマクラン邸が見えてくる。大きい屋敷ではないが、一見して堅牢そうな軍人らしい館である。
さらに近付くと、門前には地味だが仕立ての良い、ダークグレイの三つ揃いの背広を着たエルフの老人が直立で待っていた。
マクラン家に仕える老執事、セバスティアだ。
「セバっちゃーん、来たでー」
早速モルトが明るい調子で挨拶を入れれば、老執事は白い眉を揺らしながら深々と腰を曲げる。
「皆様、本日は当家お嬢様のご招待に応じていただきありがとうございます。ささ、お嬢様方がお待ちですよ」
そう言いながら先導するのは、門をくぐって玄関ではなく、塀の内側をぐるりと回って出る庭の方だった。アルトたちにしてみれば庭に来るのはまだ2度目だ。
いつも訪れるマクラン卿の執務室に臨む芝の庭には、前にも見た東屋と、その隣にはこの度のお茶会の為に円形のカフェテーブル4脚がセッティングしてある。
そのうち1脚は人形姉妹用にカスタマイズされており、カラフルなテーブルクロスと、専用の玩具サイズのローテーブルが設置されていた。
また別の1脚では先に来ていたアスカとナトリが寛いでいる。
「って、いつも通りかよ」
その様子を見止めて思わずツッコみに声を上げたのはアルトだが、当のアスカは何を言われたのか解らずキョトンとしていた。
何が彼をかき立てたのか。
アルトなどはせっかくおろし立ての詰襟でキメて来たというのに、アスカはまさに日常通りに鈍色の『板金鎧』を着込み、席の傍らには『凧型の盾』を立てかけてあったのだ。
ちなみにナトリもいつも通りの『長衣』姿だが、彼女の『長衣』と言えば銀糸で刺繍された見るに高価そうな品なので、特にツッコみ所はない。
東屋の方はと言えば、こちらはぐーたら古エルフのアルメニカ嬢がぐてーっと音が聞えてきそうなだらけっぷりで占有し、その傍らには幽霊メイドのリノアさんがいつものホンワカとした笑顔で立っている。
そして意外な組み合わせとでも言おうか、彼女の向かいの席で優雅にお茶を嗜んでいるのは、シルクの黒い燕尾服をスマートに着こなした、のっぺら白仮面の中年だった。
「イカサマギャンブラー、まだいたにゃ」
「これは手厳しい。あの地下道にいても誰も来ませんしねぇ」
彼は砂の嵐に隠された『理力の塔』へ続く地下道の番人にして、自らを死霊人形と名乗る悠久の時を過ごしてきた不死の怪物、名をメズリックと言う。
何やらこうして言葉にすると仰々しいが、本人はいたって飄々としている。
「おまえ、良くこんな得体の知れないヤツと同席してるな」
マーベルと共に東屋まで歩み寄ったアルトが、相変らず無反応に伏せっている古エルフのお嬢に言えば、彼女は手だけをノロノロと挙げて親指を立てた。
「お菓子が食べれれば文句は無いし」
元気そうに見えないが、どうやらいつも通りらしい。そう納得してデコボコ高校生コンビは東屋を離れる事にした。
さて他のテーブルはと言うと、人形姉妹用のカフェテーブルから最も遠い1脚には、この館の主であるマーカス・マクラン卿がとても朗らかな顔で座っていた。
しばし観察すると、偶に何か思いついた様に席を立とうとしてセバスに抑えられると言うことを繰り返している。想像するに義妹たちに何やらチョッカイかけようと思いついては咎められているのだろう。
という訳でアルトたち最後に残った1脚に付く事にした。
5人ではいささか狭かったが、まぁこの会の目的は人形姉妹の交流にある訳だしと、納得する事にした。
そうして席を定めて落ち着く頃には、カラフルなクロスをかけられたテーブルに、いつの間にやら人工知能搭載型ゴーレムの少女達が6人、集っていた。
「よく来たね妹たち。まずは乾杯と行こうか」
席主なのは招待者である末妹ミルフィーユで当然挨拶も彼女の役割の筈だが、フリルをふんだんに使った青いドレスを纏ったミルフィーユは、長女であるシュトルーデルの影でモジモジとしていた。
そんな彼女を微笑ましく思ったのか、代わりの音頭を取るのが、黒と見紛うほど深い紫髪の魔女、シュトルーデルだった。
そんな言葉に従って、まず姉妹たちのカップにお茶を注いで回るのは、青みがかった薄銀色のフワフワ髪にピンクのエプロンドレスを着たマカロンだ。
今回彼女は一人でこの館を訪れた。『煌きの畔亭』は今日も営業しているからだ。
「このお茶はいい香りですの。なかなかお目にかかれない品だと思いますの」
『料理姫』の二つ名を持つマカロンがそう言うと、テーブル中央にあった菓子類に気をとられていたティラミスやクーヘンも、感心して香りを楽しんでみる事にする。
「あまり口にした事が無い味ですわね。どういった由来のお茶かしら」
目を瞑って神妙な表情で香りを嗅いでいるクーヘンの隣にいたエクレアが首を傾げる。言われてみれば確かにいつも飲む紅茶などとは少し違う風味だった。
だが訊かれたマカロンも判りかねる様で、ただ無言で首を振る。代わりに答えるのは長女シュトルーデルだ。
「これはマクラン卿の伝手で頂いた物でね、どうやら南方の小島が原産らしい」
「南方の」
つい反応して小声が出たのはアスカだった。彼女にとってはお茶より「南方の小島」の方に興味があったらしい。どうやら以前戦った『ロゴロア』を思い出しているようだ。
「ふむ?」
そうして和やかに姉妹たちがお茶とお菓子を頂き始めた所で、マクラン卿同様に頬を緩ませて眺めていた中年ドワーフが疑問符を挙げる。
「どしたん?」
急な発生だったためモルトが気になって訪ねると、レッドグースは首をかしげながらその疑問を言葉にした。
「いえ、今、シュトルーデル殿が『マクラン卿』と言いましたな。しかし彼女達人形姉妹と言えば、行動を共にする者たちの事を『兄』とか『姉』というのではないか、と思いましてな」
一同は彼の言にハッとして頷く。
彼らと共にいるティラミスもアルトたちの事を『兄貴殿』『姉貴殿』と呼ぶし、エクレアやクーヘンがアスカたちの事を『お姉ちゃん』『姉ちゃま』と呼ぶのを聞いた事があった。
なのでこれまでのパターンから言えば、マクラン卿と共にいるシュトルーデルが、彼の事を『兄』呼ばわりしないのは、確かに違和感がある。
だが、テーブルの皆が額を寄せて首を傾げ合っていると回答は向こうからやって来た。いつの間にかこちらのテーブルに眉を八の字にして寄って来ていたマクラン卿だ。
「シュトルーデル君はすでに兄と呼ぶ者がいるそうで、俺の義妹にはなってくれなかったんだ」
巨躯の広い肩をしょんぼりと下げてのたまう士爵殿の姿に、「どんだけ残念なんだよ」と一同心の中でツッコんだ。
「それにしても妹になるとかならないとか、思えば変な会話だね」
「オレも慣れてきたけど、冷静になればやっぱり変ですよね」
まだマクラン卿との付き合いが浅い漆黒のカリストが苦笑いを含みながら言えば、アルトもまた薄ら笑いを浮かべて頷くのだった。
そんな兄姉たちの残念会話はさて置き、人形姉妹の方でも話題は踊る。
「そう言えば、親父殿はどうなったでありますか?」
菓子の品評などが多かった話題の隙間に、思い出した様にふとティラミスが訊ねた。
この事については前々から彼女の興味ではあったが、姉妹揃っての場なら何かしら分るかと思って言い出したのだ。
「ティラミスは各研究施設の完成の後に『浮遊転移基地』の管理人になったから、その後の親父殿の動向についてはあまりよく知らないでありますよ」
「マカロンも似たような感じですの」
まず自分の持つ情報を、とティラミスが話すと、料理人マカロンが続いて頷く。ならば他の姉妹はどうかと見回してみたが、やはりどの姉妹も首を傾げていた。
「エクレアはティラミスよりは長く一緒でしたけど、それでも最期となると分りかねますわ。クーヘンもエクレアと同じ研究所で眠ってたから一緒ですわよね」
「そうデス。父ちゃまと別れたのは『天の支柱山脈』麓の研究所デス」
「私とミルフィーユは海底研究所で別れた。おそらく姉妹の中では、プレツエルが一番最後まで一緒だったと思う」
長女シュトルーデルが淡々と締めくくると、人形姉妹たちは一様に沈黙した。結局は知っていそうな姉妹が唯一ここにいないので、この話題もこれ以上は発展しようがなかった。
「ふむ、では親父殿が巨人族に勝てたのかどうかも、誰も知らないでありますな」
と、話題の最後に気になる一言をティラミスが呟き、端で聞いていたレッドグースが耳を寄せようとしたその時だ。屋敷外が俄かに騒がしくなって来た。
「む、何事だ」
それまで頬を緩めたり眉を寄せたりしていた帝国騎士マクラン卿が、途端にキリリと立ち上がる。傍らの老執事はそれに倣い、すぐさま主人の得物である業物らしい『両刃の長剣』を差し出した。
受け取った『両刃の長剣』をベルトに差せば、もうすっかり『ボーウェン治安維持隊』隊長の顔だ。
また冒険者達も負けてはいない。
彼らもすぐさま立ち上がっては人形姉妹のテーブルを守る様にそれぞれの得物を引き寄せ構えた。
何が起こったかなど判らずとも、すぐさま危険への備えが出来なくては生き残れないのが冒険者である。その点、レギ帝国でも数少ないほどの手練れに成長したアルト隊もアスカ隊も良く弁えている。
「ちっ、カッコつけないで『ミスリルの鎖帷子』着けて来れば良かったぜ」
前衛とは言え、どこが危険の最前線になるか判りかねるこの状況で、ひとまず騒ぎが大きい壁側へと構えつつアルトが呟く。今日着ている詰襟服も各急所などには厚めの皮で補強してあるが、それでもマトモな戦闘になれば心もとない。
出来れば危険の元がこっちに来なければいいな、と言うのが口には出さないアルトの本音だった。
そしてジリジリと時がゆっくり過ぎると共に、外の騒ぎと悲鳴が一際大きくなったかと思うと、彼らの眼前の庭先に、何かが空から降って来た。
その姿を見て一同は戦慄した。
シルエットは人間と近い。
だが昆虫の殻の様に硬質な鈍い光を湛えた、あちこち節くれ立った全身は、深緑に少しだけ茶を足した様な「蓬色」と呼ばれる色で染まっている。
また頭部にある大きく赤い2つの複眼はおぞましくも禍々しい。
どう見ても人類では無い。怪物、魔獣、いや怪人と呼ぶのが相応しいだろうか。
その蓬色の何者かは、まるで重力など感じさせないほど軽やかに大きく膝を曲げて、落下の衝撃を完全に殺しつつ天空から降り立った。
人間ならまだ表情から感情を読み取る事ができるだろう。
しかし昆虫の様でいて人型をしたこの未知の生物に対し、アルトたちはコミニュケーションさえ無理なのではと固唾を呑んで動向を見守るのだった。




