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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#05_僕らのレスキュー生活
77/208

16今日も平和なぼくらの街

 アルトの意識がゆっくりと覚醒する。

 初めは全身が動かせないほどの激痛に苛まれたが、その痛みはなぜか急速に遠ざかり、今度は心地よいぬるま湯の様な、少しばかりくすぐったい感覚が全身を包んだ。

 暗い。何故暗いのだろう。そうか、目を瞑っているからだ。

 少しずつハッキリする頭でそう分析し、また自分が横たわっている事を理解する。

 枕が、とても柔らかくて良い匂いがした。

 半分目覚めたこの状態の中、起きたくないと言う気分でアルトは深く息をつく。

「お、アル君、目ぇ覚ましたようやね」

 やけに近くで馴染みの声が聞える。なぜなのか。ボーっとする頭で10秒近く考えて、アルトはガバッと勢い良く半身を起こした。起して、すぐに自分の理解が正解だった事を悟り、少しばかり顔を赤くした。

 つまり、アルトは気を失っている間、モルトの膝枕の上にいたのだ。

「モモモモ、モルトさん。ええとその、結構なお手前で」

 慌てて意味不明な事をのたまうアルトだったが、それはそれとしてモルトの表情は大変申し訳無さそうに眉を下げていた。

「ごめんなーアル君、ウチがアル君落としたから、危うく死ぬ所やってん」

「でもおかげでキルマークはアっくんのモノにゃ」

 そうか、とアルトは納得して気を落ち着けた。

 階段最上部からキヨタに向けて落下して斬りつけ、その後さらに床まで落ちたのだ。そしておそらく、運良く生死判定に成功し、モルトの『キュアライズ』でHP(ヒットポイント)を回復してもらった所なのだろう。

 そこまで頭が回り、ハッとしてさらに辺りを見回す。

 すぐ近くで膝枕の為に正座しているモルトが小さく首を傾げる。傍らには腰に手を当てたねこ耳童女と、なんのつもりか愛用の『手風琴(アコーディオン)』で耳障りの良い静かな音を奏でている酒樽紳士がいた。

 そして、それ以外が皆、床に伏せていた。

「カ、カリストさんは?」

 近くに横たえられていた細身の眼鏡青年。その表情はさっきまでの怒りや憎しみに歪んだものではなく、とても穏やかだ。これは以前一度だけ、アルパと言う名の街で見たカリストの表情を思い出させた。

「カリストさんはMP(マナポイント)がゼロの状態で、他に異常はありませんよ」

 まずアルトの問いに答えたのは、マーベルのベルトポーチにいた薄茶色の宝珠(オーブ)だった。

 元GMであり、この世界の人々の状態を数値で見る事の出来る彼が言うのだから間違いはないだろう。アルトはそう思い至りホッと息をついた。MP(マナポイント)ゼロでは死ぬ事はないし、しばらくすれば自然回復する状態なのだ。

 さて、カリストの安全が確認できたらからと言って、手放しに喜べるものでもない。なぜなら他にも犠牲が出ているからだ。

「ナトリさんたちは、やっぱり?」

「アル君とカリストのにーちゃん優先やったからまだ診てないんやけど」

 アルトの問いに、モルトはそう前置きながら首を振る。

 PCプレイヤーキャラクターであるアスカは別として、ナトリやマリオン、そして人形姉妹たちはNPCノンプレイヤーキャラクターであり、生死判定と言う恩恵が無い。つまりHP(ヒットポイント)ゼロで倒れた時点で死亡と同義だ。

「どれ、ほんならアスカちんを診るかー」

 気が重いのだろう、そう言いながらもノロノロとモルトが立ち上がる。

 その時だ。

 床で開き放しになっていた、地下の裏口通路に繋がる扉から、真っ赤な3つの塊が飛び出して来た。

 それは紛れも無く奴らだ。

「一つ、人の世生き血をすすり」

「ヒメネス卿、それ違う!」

「おっと間違えた」

「とにかく、我々が来たからにはもう安心だ」

 『ラ・ガイン僧職系男子の会』の面々である。

 彼らは勢い良く飛び出て、すぐさま身なりを整えると、いつも通りに堂々とした姿勢で立つ。漫画なら背景に「ババーン」と書き文字が飛び出る所だ。

「えっと、もしかして超高レベルの『聖職者(クレリック)』だったりします?」

「はっはっは、何をおっしゃいますやら」

 蘇生魔法に一縷の望みをかけて、まさかの『ラ・ガイン教会』に訊ねるアルトだったが、ものの一秒もかからず否定されて落胆する。

 そして、まぁそう都合のいい話はないよな、と自嘲気味に横を向いた。

「だが我々にはガイン様のお力がある」

 と、すかさず半歩後ろにいた猫背の赤男が口を出し、懐から1冊の本を取り出す。

「いやそれ、『聖人ルタの福音書』の写本ちゅーやつやろ」

 裏口の門前村でゾンビたちを引き寄せた奇跡の書だ。

 期待を込めて視線を起しただけに、面々の落胆は先のアルトより酷かった。

 上げて落とす、そして上げてまた落とす。と言うコントの様な風情を感じ、レッドグースは両手を肩口まで挙げてふぅと力なく笑った。

「神の力は万能なのである」

「行くぞ、我らが聖なる朗読」

「ヒ・ノ・タ・マ・クゥ」

 何がそこま自信を裏付けるのか、と問いたくなるほど堂々と3人は声を併せて書を開き読み上げ始めた。

 だが、聞くアルトたちが一斉に溜め息と冷たい視線を投げ始めたその時だ。

 どうした事か、それまでピクリとも動かなかった、地に伏せていたアスカたちが身じろぎを始めたではないか。

「え、うそっ」

「すごいにゃ。これがホントにゃら、ガイン教に改宗してもいいにゃ」

 そしてアルトたちが驚きに声を上げると、まずトップを切って鈍色の『板金鎧(プレートメイル)』に身を包んだ黒髪のアスカが気だるそうに半身を起した。

「ふう、何とか成功したみたいだな」

「そうね。でも酷く気分が悪いわ。これはもう少し何とかならないのかしら」

「死ななかっただけマシ」

 続いて次々とマリオン、ナトリ、そして人形姉妹たちも身を起す。

「クーヘンにエクレア、生きてるでありますか!」

「うーん、きぼちわるいデス。でもイチゴのケーキ食べたら治りそうデス」

「なら街に帰るまで治りませんわね」

 信じられない、と言った感情を表情いっぱいに出しながら、アルトたちは『ラ・ガイン僧職系男子の会』の面々と、アスカたちを高速で何度も見る。

 だが事実としてアスカたちが息を吹き返したのだ。

「こ、これはもう、コイツらを見直すしかない」

 何か納得行かない感情でゴクリと唾を飲み込むアルトだった。

 そんな若い冒険者の様子に赤男達は得意満面で胸を張る。

「あ、いや私たちが生きているのはコレのおかげなんだが」

 ただ周りの、異様に高いテンションの空気とは裏腹に、何か申し訳無さそうにアスカは胸からヘッドの砕けたペンダントを取り出した。

「あ、『石英の護符』ですな」

 一目でピンと思い出したレッドグースが言えば、一同は納得気味に頷いた。

「ま、正確に言えば『石英の護符・改』よ。これならもう前みたいな醜態は晒さないで済む、って事だったけど。上手く行って良かったわ」

 『石英の護符』は『ハリーさんの工房』謹製アイテムの一つで、大蛸の怪物『ロゴロア』と戦った時にひと騒動あった品だ。どうやらマリオンの言から、以降も改良を重ねて上手く動作するようになったのだろう。

 ちなみに効果は「HP(ヒットポイント)ゼロ以下になった時、死の身代わりになる」というスグレモノである。

「よし、それじゃ皆で帰ろう」

 とにかく、すべて無事で済んだ事にホッと胸を撫で下ろし、アルトは近くに放り出されたままだった『胴田貫』を腰に納めて皆の目を見渡した。

 安心安堵、そして疲労。一部、赤い連中が、活躍が少なかった事が不満なのか憮然としているが、全員が彼の言葉に頷いた。

 そして元来た道を帰ろうと地下に潜り、再会した。

 白くノッペリとした仮面で顔を隠した、黒燕尾服の死霊人形。『理力の塔』地下通路の番人。メズリックである。

「やぁやぁよくぞ生き残った 我が精鋭たちよ。だがしかしだがしかし、行きはよいよい帰りは怖い。これより復路に潜む数々の難関、はたして諸君は無事にくぐり抜けること敵いましょうや」

「よしここは私たちに任せろ!」

「やってやるデス」

「いや、今度こそ我らが活躍の時ぞ」

 途端、やけに活き活きとし始めたアスカたちと『ラ・ガイン僧職系男子の会』。

 アルトたちはその様子に疲れがどっと襲って来て、ガックリと膝を突いた。

「もう、そう言うのいいから」

「勝手にやってるにゃ」

 はたして、彼らはこのピンチを抜けられるのか。


 と、ここで終わってしまうのも業腹だろうから、もう少しだけ後の事を語ろう。


 命の危険はなかったが、とにかく面倒な数々の試練を乗り越えて、満身創痍で地下通路から這い出し、さらに追いすがるラクーン村のゾンビたちの波に赤男達が飲まれたりと、なんとか馬車で街道方面へ向かえたのは、もう夜もすっかり更けた頃合だった。

 しばらく進んで、もうそろそろ安全圏だろう、と言う辺りでキャンプを張り、その頃、ようやくカリストが目を覚ました。

 森の開けたキャンプ地で、それぞれが粗末な保存食を軽く調理した器を手にして焚き火を囲む中、繊細そうな眼鏡の青年、カリスト・カルディアは深々と頭を下げる。

「まずはみんな、ありがとう。みんなのお陰で自由になれたよ」

「いやいや、カリストさん。無事で何よりです」

「そうそう、同じ世界から来た仲間やし。気にせんでええよぉ」

「そうにゃ。代わりにアタシがピンチになったら助けるにゃ」

 そんな改まった様子に、アルトたちは少し照れながら口々に返答する。ちなみにレッドグースは少し離れた所で「なーかーまー」などと古の教育番組の主題歌を歌っていた。

 アスカたちはそんな様子を微笑ましそうに眺めている。

「さて、少しお話を聴きたいのですがの」

 一通り歌い終え、レッドグースが腰を落ち着けて口を開く。それまで核心に触れずに雑談していた面々も、ここに来て真剣に頷きカリストに注目した。

「囚われの身だった間の記憶は、どれくらいありますかな?」

「だいたいは憶えているよ。ついでに言えば清田氏の記憶も少しだけど垣間見た」

 この言葉に一同はゴクリと固唾を呑んだ。つまりカリストに訊けば、かのキヨタの正体や目的、またあの意味不明な発言の真意もわかるかもしれないと言う事なのだ。

「あのキヨタって、結局、清田ヒロム本人やったの?」

「間違いなく『メリクルリングRPG』メインデザイナー、清田氏本人だよ」

「それにしては老けてましたな。以前雑誌で写真を拝見しましたが、もう少し若かったかと」

「それはね、彼が20年後の清田氏だからだ」

 カリストは彼らの問いに淀みなく答え、そして塔の階段でレッドグースが述べた説を裏付けた。

 つまりあの老いた清田は、アルトたちがいた元の世界の20年後の未来から、このメリクルリングRPGの世界の現在から800年前へとやって来た、と言う話である。

「どうやってタイムスリップしたにゃ? あとこの世界をどうやって創ったにゃ?」

 それが事実と言われれば、マーベルの疑問も当然だろう。カリストは少しばかりずれた眼鏡のブリッジを押し上げながらしばし沈黙し、どう説明したものかと思案する。

「そもそも前提として、この世界と元の世界の時間軸に繋がりはないんだよ。だからまずタイムスリップとかタイムリープとか、そう言う概念は必要ない。世界間を渡る時、行き先と時間座標さえ指定してしまえば良いだけの話でね」

 と、話しかけて、マーベルがキョトンと首を傾げている事に気付いた。

「ま、つまりはあまり気にすること無いって事かな」

「わかったにゃ」

 それでいいのかよ、解ったのかよ、とアルトなどは怪訝そうな視線をマーベルに向けたが、どうやら2人の間では解決済みのようで、一同は構わず話を続けた。

「その20年後、何があったのですかな?」

「『メリクルリングRPG』は本当に長く親しまれたらしい。発売してから20年、様々なサプリメントやリプレイ集、それから題材にした小説群。あとアニメ化やコンピュータゲーム化もあったそうだよ」

「そいつは凄いな」

 キヨタを直接敵視していなかったこともありアスカはそれまで黙っていたが、話題がどうやら『メリクルリングRPG』の事らしいと理解すると進んで相槌を打った。

「そんな優良コンテンツだけど、20年を期に編集者から申し出があったそうだ。『ここいらへんでメリクルリングRPGは終了して、続編的なルールを出しませんか?』と」

「え、なにそれ、意味が解らないんだけど」

「TRPGなんか基本的な設定とルールですからな、シナリオと追加ルールを作り続ける限り、終わりにしなくてもどうとでもなるでしょうに」

 ゲームプレイヤー達の理屈がわかるだけに、カリストもそれらの意見に頷く。

「編集者が何を考えてそんな事言い出したのかはわからないけどね。清田氏もアルト君やレッドグースさんと同じ反応をしたよ。それでね、その話が出た夜、清田氏は出会ったんだ」

「誰にゃ?」

「神様、かな?」

 ここへ来てカリストの曖昧な言い様と、その内容に、皆一様に困惑した。

「いや、本当にね、結局その存在が何なのか、僕には測りかねるんだ。ただ確かな事は、その存在はこの世界でも、僕たちの世界でもない、さらに別の世界から来たと言う事と、最終的なこの世界の創造主であるという事だよ」

「最終的ってどういう事にゃ?」

「ええと、清田氏は編集から言い渡された終了宣言に腹を立てている時にその存在と出会ってね、そして持ちかけられたらしい。『お前の想像力を、我の新たな世界創造の為に貸せ』とか。

 つまりその存在は世界を作る力はあったけど、森羅万象を定めたりする想像力が無かったらしいんだ。それで偶々通りかかった清田氏に目をつけたと」

「適当やね」

「そうだね」

 モルトのコメントに、カリストは苦笑いを返す。

「『メリクルリングRPG』に記されたゲーム設定上の創造主ではなく、誰も知らない本当の創造主がいると言う事ですか。いやある意味納得しましたけど」

 この『メリクルリングRPG』の世界を考えたのはあくまで清田ヒロムらゲームデザイナーであり、そこで現れる神々も所詮は彼らのデザインである。そしてかの『存在』とやらが、彼らのデザインを具現化した、本当の創造主となるわけだ。

「それにしても、いったい何なのでしょうな、その御仁は」

 結局、カリストさえ解らない問題に、一同は首を捻った。誰もが興味を持ちながらも、誰も答えを持ち合わせていないが為、話もそこで終了する、と思われた。

 だがここで沈黙を破り、口を挟んだ者がいる。

 銀髪が美しい硬質な表情の少女。キヨタの養女、ナトリである。

「その存在について、少しだけ知っている事がある」

 皆、この彼女の発言で固唾を呑み、注目し、続きを待った。ナトリはすぐに言葉を続ける。

「その存在の名は悪評高き魔狼『ヴァナルガンド』。『錬金術師(アルケミスト)』ハリエットと彼女の師が居た世界から来た。かの世界で神とも、悪鬼とも呼ばれている。

 そしてハリエットの師が追って来たという『敵』」

 ついにこの世界の真実の一端に触れたアルトたちは、ただその名を呟き、理解しようと努めるのだった。



 その後は和やかな雰囲気の中で旅が続いた。

 このゲーム世界の成り立ちや創造主の正体について少しばかり知り、確かに衝撃的ではあった。だが、だからと言って別段、今の生活が変わるわけでもない。

 例えば「イザナギとイザナミが我々の住む世界を創造した」と言う神話が事実だったと聞かされても、現代人たる我々は「へー」と頷くくらいしか出来ることは無いのだ。

 それがゆえ、真実を知った衝撃から覚めたら、後はもう戦いを終えた満足感と皆無事だったと言う安堵感から、顔をしかめる様な要因はどこにも無い。

 そして行きと同じく約1週間の旅程をかけて、一行は昼間の暢気な港街ボーウェンにたどり着いた。

「あー、帰って来たって感じがするな」

 約半月ぶりの街である。実際には大した期間ではないだろうがあった出来事が多いせいか何やら懐かしい。アルトはそう感じつつ、野山とは違い少しばかり汚れた街の空気を胸いっぱいに堪能する。

「アっくん早く宿まで帰るにゃ。保存食以外の食べ物が欲しいにゃ」

「ああ、分かってるよ」

 評判の庶民派レストラン、『煌きの畔亭』が用意してくれた旅の間の食事は、確かに普通の保存食より格段に美味であった。それでも所詮は携帯食である。食堂で供される料理の数々に比べれば、やはり良い物ではないのだ。

「馬車も返さなならんけど、そうやね、先に『金糸雀(かなりあ)亭』で荷物下ろしてご飯にしよか」

「賛成ー」

 今使っている4頭引きの『客馬車(ステージコーチ)』は、帝国騎士マクラン卿が用意したレンタル品である。ただまぁ延滞料がかかるわけでもないので、身なりを整えてからのマクラン邸訪問で良いだろう。と、一同はこの案に諸手を上げて賛同した。

「じゃ、行くか」

 御者を務めるアルトは意思の統一を見て頷くと、誰に言うでもなく呟き改めて手綱を入れた。


 東門から伸びる道を進み、交差する目抜き大通りへと曲がってしばらく進むとお馴染みの冒険者の店『金糸雀(かなりあ)亭』が見えてくる。

 どこぞの勇者と違い、さすがに馬車持ちの冒険者と言うのはあまりいないので、この店に停車する様なスペースはない。

 それでも通りが広いのでそのまま店の門前脇に停めれば、特に困りもしないのだ。

 そうして大仰な馬車から降りて、冒険者面々はお馴染み『金糸雀(かなりあ)亭』の正面扉をくぐった。

「おばちゃーん、ただいまー」

「早速ご飯を頼むにゃ」

 先頭を切ってアルトとマーベルが入りつつのたまう。のたまって、店の状況に気付き固まった。

 昼の冒険者の店である。いつもなら客も無く薄暗い時間帯だが、いつに無く騒がしかったのだ。

「え、なしてこんな繁盛しとるん?」

「客がいるなら一曲弾きますかな」

 続いて入ったモルトたちも物珍しそうに店内を見回し、集った客筋に気付く前に筋肉に裏打ちされた大きな青年に視界を遮られた。

「おお、おかえりアルト君。君達ならやってくれると思っていたが、無事果たしてくれた様で、いやめでたい」

 誰かと思って見上げれば、それは喜びに顔を綻ばせてアルトの背中をバンバン叩く、帝国騎士マクラン卿だった。

「なんでここにいるにゃ」

 自分のすぐ隣で叩かれた勢いからゲホゲホと咽ているアルトを横目に、ねこ耳童女は尻尾を毛羽立てる。マクラン卿はすぐに視線をマーベルに向けると目を細めながら頷き、そして店内のあるテーブルを親指で指した。

「君達がそろそろ帰ってくる、と言う話を彼から聞いてね」

 言われて視線を向けてみれば、青い姫ロリ系ドレスに身を包んだ人形少女と、対照的に簡素なワンピースを着た薄茶色の髪の古エルフ少女がいた。マクラン卿の義妹としてすっかり定着してきたミルフィーユとアルメニカだ。

「彼?」

 アルトは、おそらく近所の菓子店から配達してもらったのだろうケーキや洋菓子をつつく両名に首をかしげつつ、視線を小さく動かしてみる。『彼』と言うからには2人のことではないはずだ。

 そしてそれはすぐに見つかった。

「げっ」

 見つけて、思わずそう声をもらした。

 まず先の両名と一緒に菓子をつつく、黒と見紛うほど濃い紫色の髪を持つ人形少女が目に入り、そのテーブルで優雅にお茶を嗜んでいる白い仮面の中年男で言葉を失った。

「イカサマギャンブラーにゃ」

「おや人聞きが悪い」

 人形姉妹(ドールシスターズ)長女である『魔術修士(マギスター)』シュトルーデルと、『理力の塔』地下道の番人である『死霊人形』メズリックだ。

「…なして?」

「ふふふ、『理力の塔』が停止してしまったし、皆いなくなってしまったからね。あそこにいても退屈なんだよ」

(わたくし)はお嬢のお供でして」

 なぜ自分達より早くたどり着いているのか、と言う意味でモルトは訊ねたのだが、かの2人からは別の回答が返って来る。モルトは訊き直す気力も無く「そーかー」と呟くだけだった。

「シュトルーデル君もしばらく我が館へ逗留していただく事になった」

 とそんな様子に口を挟むのは、笑顔満面のマクラン卿だ。どうせ心中では「義妹が増えた」と小躍りしている事だろう。

 さて、改めて見回してみると『金糸雀(かなりあ)亭』繁盛の喧騒は彼らだけのせいではない。他にも『煌きの畔亭』の面々や、レコルト親方までがそれぞれのテーブルでアルトたちの帰還を歓迎して杯を挙げていた。

「いやみなさん、ご無事で良かった。またうちの店に食べに来てくださいね」

「道中の食料はどうだった。感想聞かせろよ」

「シュトルーデルの事、本当にありがとうでしたの。お店に来たら、きっとサービスするですの!」

「おう、アル坊、『ミスリルの鎖帷子(チェインメイル)』どうだった?」

 彼らもまた次々にやって来てはアルトや仲間たちの肩を叩き、口々にそう言っては料理や酒を押し付けていく。

 これでは注文して食事が来るより早く、お腹がいっぱいになってしまいそうだ。そんな危惧を察してか、彼らを割って『金糸雀(かなりあ)亭』の辣腕おばちゃん店主(マスター)がやって来る。

「ほら早くテーブルに付いて注文しな。積もる話はそれからだ」

 アルトたちもアスカたちも、そして人形姉妹(ドールシスターズ)たちも集った街の面々も、それぞれが互いに顔を見合わせて俄かに笑い、そして席に着いた。

「ここがアルト君たちがお世話になっている街と冒険者の店か。なかなかいい所だね」

「でしょ? きっとカリストさんも気に入りますよ」

 木製の椅子を軋ませながら細身の青年『魔術師(メイジ)』カリストが頬を緩ませ、金緑色の不思議な『鎖帷子(チェインメイル)』に身を包んだアルトが頷く。

 深まりつつある秋の日。

 その日は新顔の歓迎会も兼ね、『金糸雀(かなりあ)亭』の灯は夜が更けてもいつまでも消えなかった。

今回で第五章終了となります。

またいつも通りここで2週くらいお休みを頂きまして、その後から第六章を開始したいと思っています。

日程で言うと2/19(金)辺りからですかね。

その前にお馴染み「キャラクタシート」の公開を予定しています。

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