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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#05_僕らのレスキュー生活

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73/208

12塔を目指して

 ナトリから事情を聞き終え、各々が作戦に向けて準備を始めたお昼時、白い法衣を身に纏った乙女と、その妹の様に付き従うねこ耳の童女が、『山手地区』と呼ばれる裕福層の屋敷が立ち並ぶ高台へとやって来た。

 ご存知、モルトとマーベルの両名だ。

 2人が高台へ続く階段を経て、綺麗に清掃された小道を進むと、いかにも堅牢そうで質実剛健な館へとたどり着く。帝国騎士にしてこの街の治安維持隊を与るマーカス・マクラン卿の屋敷である。

「こんちゃー。報酬(おちゃけ)貰いに来たでー」

「来たにゃー」

 いつも通りに真鍮製のノッカーを叩き、出迎えたエルフの老執事に元気よく挨拶。何日か後には生死をかけた決戦を控えている割に、明るいテンションだ。

 モルトにとっては後の深刻より目先のお酒が大事だし、元々楽天家な上にこの世界に来てからすっかり図太くなったマーベルにとっては今更である。

 ちなみになぜ出勤しているはずの隊長に会う為に自宅を訪ねたかと言うと、マクラン卿は昼休みとなれば妹と昼食を採る為にほぼ必ず屋敷に戻るからだ。

 なので執事セバスに案内されるのは、いつもの執務室ではなく食堂の方だった。

 客を持て成す事もある為か、食堂は他の部屋よりはいくらか煌びやかな調度品が多いようだ。

 食堂へと続く観音開きの扉をくぐると、まず正面奥にはマクラン家の紋章を象った旗が見えた。交差する『騎兵の尖槍(ランス)』と『凧型の盾(カイトシールド)』、そして馬を併せて図案化してあるものだ。

 旗の下には暖炉があり、その前から扉に向かって、長い食事の為のテーブルが設えられており、白く清潔なテーブルクロスがかけられている。

 テーブルに着席するのは家長であるマーカス氏と、その義妹、アルメニカ嬢と人形少女のミルフィーユである。

「ご飯時にすまんねー。ちょっと急ぐから、ちゃっちゃと報酬貰いに来たで」

 曲がりなりにも士爵相手にこれはないだろう、と言う失礼な態度であるが、武人であり、平民とも接する事が多い治安維持隊だけに、マクラン卿はまったく気にすることも無い様子で手にしたナイフとフォークをひと時置く。

「では執務室から好きなのを一つ持っていくといい。セバス」

「は、ではこちらに」

 主人の命を受け、すぐさま踵を返そうとする老執事だったが、モルトはそれに付き従わず、まるで今思いついたかの様に続けて口を開いた。

「そうそう、まだウチも会った事無いんやけど、ミルフィーユの所の長女さん、居場所がわかったらしいで」

 妹たちに囲まれた食事で眉が下がりきっていたマクラン卿の表情は、その瞬間にキリリと引き締まり、瞳は獲物を探すかの様にギラリと光る。

「ふむ、その話、詳しく聞かせてもらおうか。セバス、彼女達の食事の用意を」

「は、仰せのままに」

 老執事はいかにも大仰に頭を下げた。

「せっかくにゃけど、アタシは幽霊メイドの方に用があるにゃ」

 モルトの傍らで黙っていたマーベルは、そう言って食事を断り、セバスの後に付いて厨房へと消える。マクラン邸の食事は通いの料理人が作っているのだが、リノアはその助手として手伝っているからだ。

 そんなねこ耳童女と老執事の背を見送り、モルトが食卓の末席に着くと、ミルフィーユがゆっくりとした調子で首を傾げた。青いドレスとと合せたヘッドドレスのフリルが揺れる。

「ルーデ、どこにいるの?」

 フルネームで言うとシュトルーデル。それが彼女達、『人形姉妹(ドールシスターズ)』長女の名である。末妹であるミルフィーユが、長女にどういった感情を持っているかはわからない。だがその問いを発する表情が特にいびつでない所を見れば、仲が悪いと言う事もないだろう。

 マクラン卿も自分が知りたい事を愛する義妹が口にしたので、モルトが返答するのを黙って待つことにした。

 ちなみに古エルフ引きこもり児童アルメニカは、われ関せずといった風情で食事続行している。

 それぞれの様子を満足そうに見渡してから、モルトは満を持して話を始めた。

「とある、悪い『魔術師(メイジ)』に使われてるらしいんや。これがごっつ高位の『魔術師(メイジ)』なんやけど、この長女さんがまた優秀らしくて、いろいろ手伝いをさせられてるとかなんとか」

「その『魔術師(メイジ)』の居場所はわかってるのかね?」

 そんなモルトの言い様に、厳つい帝国騎士殿は、すぐさま眉をひそめて口を挟む。あまりの食いつきの良さに、思わず込み上がる笑いをかみ殺しながら、モルトは期待通りに大きく頷いてみせる。

「情報提供者がおんねん。ほんでな、ウチらの所にもティラミスがおる事やし、その姉妹の事やから何とかしてやりたいんやけど、な? 相手はごっつ強そうやし、懐も寒いし、色々となー」

「ふむ、ならば俺も行こう。セバス、急ぎ支度せよ」

 マーカス・マクラン。即断即決の男であった。

 だがしかし、それが許されないのが宮仕えである。案の定、食堂から戻ってきた老執事は、渋い表情で首を横に振った。

「いけません坊ちゃま。まだ処理せねばならぬ案件が山積みでございます」

 それを聞くと、さすがのマクラン卿も頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 感情の赴くままに返事はしたは良いが、確かに治安維持隊と言う要職にある身だ。しかも普段から主に妹案件で細かく勝手しているので、こういう時にあまり帝国騎士として逸脱した行為をすると、さすがに問題になりかねない。

 どうしたものか、と苛立ちながら食卓を指でコツコツと叩き、マクラン卿は決断に視線を定めた。

「よし。では路銀などでバックアップしよう。必要な物を報告したまえ。あと俺から正式依頼として報酬も出そう」

「お、ええの?」

「俺が行けないのだから仕方ない。ミルフィーユの姉であれば、俺の妹も同然だからな。もちろん、道中の口利きが必要なら手配もしようじゃないか」

 モルトは横を向いて少しだけ悪そうな笑顔を隠して頷いた。

「まいど、おおきに」



 同時刻、『商業地区』は『ハリーさんの工房』には、ナトリ、アスカ、マリオンの3名が訪れていた。ナトリを除く2人は、単純にお役立ちアイテム探しである。

「イラッシャーイ。今日は何をお求めカナ?」

 いつもの営業スマイルで陽気に出迎える、『錬金術師(アルケミスト)』の少女だが、次に続いたナトリの言葉ですぐさま顔色を真剣に変える。

「あなたの師が追っていると言う『敵』に心当たりがある。その情報、幾らで買う?」

 『敵』を追って異世界よりやって来た『錬金術(アルケニア)』の『師』。そしてそれに便乗してこの世界へ渡って来たと言うハリエット。彼女にとって、その情報の価値はかなりのものだったらしい。

「このお店にあるものだったら、好きに持ってていいヨ」

 その返答が、それを裏付けていた。



「第256回、『人形姉妹(ドールシスターズ)』会議、マイナス3名。であります」

「ぱちぱちぱちー」

 『商業地区』と『職人街』の間付近にある、食事処『煌きの畔亭』にて、人形ほどの小さな身体の少女達が一つのテーブルを占拠していた。お昼時で込み合う人気店だが、そんな事情は気にせず、彼女達は注文したデザート類をつつきながら手を叩く。

「会議ー、は良いですの。でもマカロンはお仕事がありますから、話だけ聞くですの」

 同じサイズにして唯一、テーブルではなく厨房に臨むカウンターからそう言うのは、この店の料理長でもある、『料理姫(マグナシェフ)』マカロンだ。

「いいデスよ。マカロンは美味しいものをジャンジャン作って持ってくるデス」

「クーヘン? 今日は食事に来たのではなくて、重要な議題がありますわ」

「えへへ、そうデス。そうデシタ」

 厨房で忙しそうに料理をしながらも、こちらの言葉を洩らさないように気を配っているマカロンに対し、その様な気楽な会話をするのは白いパフスリーブのワンピースに身を包んだ『癒しの手(クラーティオ)』エクレアと、チェック柄のインバネスコートを着込んだ『探索の目(オキュラス)』クーヘンである。

「では早速議題へ移るであります」

 そんな姉妹達の様子を見て、これ以上待っても状況は良くならないと判断した議長役。務めるのは、『機械仕掛け(マーキナー)』ティラミスだ。

「わざわざ忙しい時間に来たって事は、よっぽど重要な案件ですの?」

「重要であります。ズバリ、『シュトルーデル救出作戦』であります」

 これを聞いて、マカロンは思わず手にしていたオタマを取り落とす。料理人としてはあり得ない失態だが、それだけ彼女の驚きは大きかったと言う事だ。

「ルーデ、見つかったですの? 救出ってどういうことですの?」

 平静を装い、改めて洗いなおしたオタマをシチューの鍋に突っ込み。マカロンは耳を大きく傾けつつ訊ねる。

「ルーデのことですから、問題はないと思いますけど」

「クーヘンたちと一緒で、技能に合せた仕事をしているだけデス」

 一度は慌てたマカロンだったが、別段平然としている姉妹達の言で、事態はさほど深刻ではないと理解して小さな胸を撫で下ろす。そして腹をすかせた客の注文に集中を戻しつつ、更なる話の先に耳を傾けた。

「ただ、そのシュトルーデルの今の主人が問題なのであります。話に聞くところ、かなり頭のおかしい『魔術師(メイジ)』らしいのであります」

「それは心配ですの。それで『救出』しようって話ですの?」

「そうであります」

 話が伝わった所で、ティラミスはガッツポーズをしながら頷く。これで集った人形姉妹(ドールシスターズ)は、共通の認識を持てたわけだ。

「まぁ、お父様もルーデも、もともとマトモとは言い難かったと思いますけど」

 そんな、聞く者がいれば不安を抱かずをいられないような呟きをもらすのは、ここにいる誰より長女との付き合いが長い、3女のエクレアであった。結局、その囁きが彼女らの耳に入る事がなかったのは、良かったやら悪かったやら。

「協力したいのは山々ですの。でもマカロンにできるのは料理だけですの」

 さらに眉を寄せつつ、小さな料理人はポツリと言いながら下を向く。

 事情はわかった。相手は強力な『魔術師(メイジ)』で、救出には戦いが必須であろう。しかし『料理姫(マグナシェフ)』はその名が示す通り、腕の良い料理人でしかない。彼女に役立てるような出番があるとは、とても思えなかったのだ。

 そこへ、やはり忙しそうに店内を行き来していた、人の良さそうな細身の中年が、そのテーブルに顔を出した。この店のオーナー、アンソニーだ。

「では、我が『煌きの畔亭』からは、旅道中の食事、保存食をご提供すると言うのはどうでしょう」

「それは名案ですの」

 彼の提案に、師であるマカロンも大層嬉しそうに手を叩いて賛同する。オーナーであるアンソニーが言うなら、予算的にも問題ないのだろう。

 もっとも見た目どおり人の良い彼なら、例え赤字となっても、師であるマカロンに協力を惜しまなかっただろうが。

 それを聞き付けて、やはり忙しそうに給仕して回っていた黒いコックコートの、人の悪そうな顔をした中年が、がははと笑いながら寄ってきた。

「よし、そう言うことなら、『食魔神マクー』の神官に認められた俺の腕を、存分に振るってやろう。マクーの魔法を見せてやるぜ」

 これには一同、無言のままに首を横に振る。

 彼の師でもあるマカロンは、「セガール兄様も、根は悪い人間ではないですの」と誰も聞いていないようなフォローを口にしつつ、深い溜め息を付いた。



 腰から『胴田貫』を一本差しした『傭兵(ファイター)』の少年は、一人、『職人街』の『レコルト工房』を訪れた。この夏、生活の為に冒険者の依頼仕事の合間にバイトさせてもらっていた刀剣鍛冶屋である。

 通い慣れた無骨な戸を叩き金敷の並んだ鍛冶場へ入ると、けたたましい金属を鍛える音が耳をつんざく。

 数人の弟子と工房の親方であるレコルトが、派手なパステルカラーのヒラヒラした服を着た小娘の指導の下、リズム良く金槌を振るっているのだ。

「ん? あー久しぶり。えーと、誰だっけ?」

 偉そうに胸を張って金敷の合間を歩いていた小娘が、戸をくぐったアルトに気付いて高い声を上げる。彼女と会うのは初めてではないが多くも無い。それにアルト自身、彼女との出会いは記憶が飛んでいてあまり深く憶えていない。

 だが彼女が何者かは良く知っている。

「はい、お久しぶりです。メイさん」

「やだー、魔法の鍛冶師ミスリル・メイって呼んで」

 そう言って、彼女は片脚を折り畳み残った脚で爪先立ち、右手で横ピースをしながら決めポーズを取った。

 そう、彼女こそは、かつて魔法帝国において、付与魔術師にして天才『ミスリル鍛冶師(スミス)』と名高かったメイ・ストーム、その人である。

 彼女はその性格が災いしたのか何なのか、この近くで長らく封印されていたのだが、アルトたちの活躍で最近復活したのだ。

 そして今、その身を引き取った『レコルト工房』で、失われた技術であるミスリル鍛冶をレコルトたちに教えているのだ。

 ミスリル・メイの存在に、どう反応して良いのか微妙な表情をしていると、キリの良いところで槌を止めたギザギザ髭のドワーフがやって来た。

「おおアル坊、来たか」

 この工房の親方株の持ち主、レコルトだ。アルトが今日この工房を訪れたのは、ちょうど皆が色々な人の所へと助力を求めに行くタイミングで、レコルトからのメッセージを受け取ったからである。

 曰く「渡したいものがあるから工房まで来い」と。

「おつかれさまです親方。で、今日は何を?」

「ふむ、お前にな、コイツを使って貰おうかと思ってな」

 そういって親方が差し出したのは、金緑色に輝く不思議な金属で拵えられた『鎖帷子(チェインメイル)』だった。

「こ、これミスリル銀の!」

 手にして、アルトは驚きの声を上げる。

 幾つもの小さな金属の輪を、一枚にシャツの様に編み合わせたそれは、今アルトが着ている使い古した鈍色のそれとは比べ物にならない輝きを持っていた。それもそのはず、貴重で高価な魔法金属『ミスリル銀』をふんだんに使った『鎖帷子(チェインメイル)』なのだから。

「やるわけじゃないぞ。ワシが練習で作ったのだが、試して感想が欲しいんだ」

 レコルトはそう言うが、アルトからすれば喉から手が出る程欲しかった品である。例え試作の貸与品だとしても、瞳を輝かせずにはいられなかった。

「ありがとうございます親方」

 感動しつつ大きな声で礼を言えば、未だ金敷の前でそっと様子を伺っていた他の弟子達もまた、釣られて嬉しそうに微笑んだ。

 と、その時、アルトは何かの予感に突き動かされて、はっと眉根を寄せる。

「もしかして、変な追加効果とか、ないですよね?」

「…………ない」

 非常に長く間を置いてから、親方は目をそらしながらそう答えた。



 さて、それぞれがそれぞれに準備を整え、港街ボーウェンの東門外に集結したのは、翌々日の朝である。

 では旅立つメンバーを改めて紹介しよう。

 金緑色に輝く真新しい『鎖帷子(チェインメイル)』を身に着けたサムライ、アルト。

 白い法衣に『胸部鎧(キュイラス)』を合せ、腰から『鎧刺し(エストック)』を提げた『聖職者(クレリック)』、モルト。

 草色のワンピースの上から『なめし革の鎧(ソフトレザーアーマー)』を着込み、背には『小弓(ショートボウ)』と矢筒を背負ったねこ耳童女の『精霊使い(シャーマン)』、マーベル。

 そのウエストポーチに納まった元GMである薄茶色の宝珠(オーブ)

 チェック柄のベストを着込んだカストロ髭のドワーフ『吟遊詩人(バード)』、レッドグース。

 彼の深緑のベレー帽の上で寛ぐ人形少女、『機械仕掛け(マーキナー)』ティラミス。

 このいつもの面々に加え、さらに5人。

 鈍色の『板金鎧(プレートメイル)』で身を固めた黒髪の戦乙女、アスカ。

 金髪をシュリンプテイルに結った小柄な魔法少女、マリオン。

 アスカの着込んだアンダーウエアのフードに納まった、白いパフスリーブワンピースの『癒しの手(クラーティオ)』エクレアと、チェック柄のインバネスコートを着込んだ『探索の目(オキュラス)』クーヘン。

 そして今回の旅の案内役でもある、銀髪の『精霊使い(シャーマン)』、ナトリだ。

 また彼らの前には4頭引きで御者はいない『客馬車(ステージコーチ)』が停車している。駅馬車や乗合いに利用される乗員が多いタイプの馬車だが、これを用意したのはアルトたちのスポンサーとなった帝国騎士マーカス・マクランだ。彼は仕事もあるためここにはいないが、早朝に老執事セバス氏が届けてくれた。

 さらに同行人ではない者が3名。

 『煌きの畔亭』のシェフたち、アンソニー、セガール、マカロン。彼らの準備してくれた旅の間の食料は、すでに『客馬車(ステージコーチ)』に積み込み済みである。

「みなさん、どうか無事で帰ってきてください」

「ルーデのこと、頼んだですの」

「なーに俺の料理を食べれば、勝利は確実だ。大船に乗った気で行って来い」

 そんな3人に見送られ、アルトが御者を務める『客馬車(ステージコーチ)』は、ゆっくりと東に向けて歩みを始めた。


「で、ナトリさん。どう進んだらいいの?」

 街がマッチ箱ほどに見えるくらいまで遠ざかった頃、アルトは隣に座る銀髪の少女ナトリに言葉をかける。ナトリは道案内の為にアルトと共に御者台にいるのだ。

 隣にナトリがいる事は、どうせ一人で御者をすることになるだろう、と思っていたアルトにとっては、ちょっとばかり嬉しい誤算だったと言えよう。ただ、無口で無表情なナトリの事なので、会話が弾むと言う事はないのだが。

 ナトリは少しばかり考えてから、現在進んでいる街道の先を指差す。

「しばらくは道なりに」

 そこで一度言葉を切り、今度は街道と平行する様に連なる、北側の『天の支柱山脈』へと指を動かした。

「5日も進むと砂漠に入るから、その前に街道を外れて山を目指して」

 街道は出発地である港街ボーウェンから、幾つかの小さな宿場町を経て砂漠にあるガイグルという街へと繋がっている。実際にはさらにその先、アルセリア島東海岸方面にある帝都レギへと続いているのだが、今回はその砂漠にも入らず逸れる訳だ。

 そして目指すのが、かの難所『天の支柱山脈』。

 少し前にワイバーンと言う亜竜の群生地だとか、火竜シャイニングスターの巣があるなどと聞かされているだけに、アルトはゴクリと唾を飲み込んだ。

「え、あそこ登るんですか?」

 言外に「やめましょうよ」とでも示すように引きつった笑顔でナトリを振り返るアルトだが、彼女は事も無げに首を横に振る。

「あの裾野の森の中にある小さな村が目的地」

 この言葉にホッと胸を撫で下ろしながらも、なんて危ない所に村を作るんだ、とアルトは心の中だけで悪態を付いた。付きながらも、納得して頷いた。

「なるほど、『理力の塔』が目立つ場所にあるわけないですよね。森の中にあるんだ」

 だがナトリはこれにも首を横に振った。

 目指すはキヨタ待ち構える『理力の塔』のはずなので、この言葉足らずなナトリの反応にアルトは大いに疑問符を量産する。ナトリはそんな彼の様子を見て、説明を続けるために、への字に結んだ小さな口を開いた。

「『理力の塔』はガイグル砂漠の外れにある。だけど真っ直ぐ行っても進入は不可能」

「つまり、その村からなら入れると? …裏口?」

 アルトは途中まで聞き、ハッとして口に出した。ナトリは解を得て満足そうに頷くのだった。

「ちなみに、なぜ真っ直ぐでは『理力の塔』に入れないのですかな?」

 再び2人の間を沈黙が支配し始めた頃、いつの間にか馬車の小窓から顔を出したレッドグースがそう問いを発する。あまりに突然の登場だったので、アルトなどはビックリして思わず馬車を止めかけた。

「『理力の塔』は、魔法の砂嵐で秘匿されている。私がいれば見つける事は出来るけど、接近する事は難しい」

 だから裏口に行く必要があるというわけだ。聞き耳を立てていた馬車内の一行も、なるほど、と納得して一様に頷いた。

「すーなのあらしにーかくさーれたー」

 そして、のどかに流れる草原の風景を眺めながら、古の記憶にあるアニメソングなどをこっそりと歌い出すマーベルだった。


 それから何事もなく、順調に旅は進む。

 途中で立ち寄った宿場町や村では、マクラン卿が用意してくれた身分証のおかげで実に快適に過ごす事が出来た。ナトリが『ハリーさんの工房』から持ち出した薬品の中に、なぜか強力育毛剤が混じっていた為、とある村でひと騒動あったのだが、それはまぁ特筆する程ではないだろう。

 そうしてナトリの言う通りに砂漠の前で街道を逸れ、全行程で7日が過ぎた昼頃、『天の支柱山脈』の裾野に広がる森の中で人里の気配が見えてきた。。

 森の小道の先にポカンと急に開けた土地があり、幾つかの平屋が固まって立ち並ぶ。またその周囲には小さな土色の畑が広がっていた。

「なんや寂しい村やね」

「人影も見えませんな。寒村と言うヤツですかな」

 『客馬車(ステージコーチ)』の窓から顔を出したモルトとレッドグースが、口々に感想をもらす。ナトリは彼らの言に頷きながらも、いつも通りの平坦な様子でおもむろにかの村を指差した。

「あれが『理力の塔』の裏口に繋がる場所、ラクーン村」

 はたして、その村こそが目的地であった。

 アルトは人気のない、土肌しか見えない畑を眺めながら、何やら暢気な気分で馬車のスピードを緩めた。

「へー、ここが。そういや、裏口に村なんかあって、人が入り込まないんですか?」

 アルトの素朴な疑問である。何の気なしに口から出た問いであったが、馬車内の各員もまた、気になっていた話でもあった。ただ、どうせ何かしらファンタジーらしい理由があるのだろうと、誰もが勝手に納得していたのだ。

 故に、7日もあった道程で、今さら初めて言葉にされたのだった。

 アルトと共に御者台へ座る銀髪の少女は、そんな皆の回答に対する薄い期待を一身に受け、いつになくキリリと眉尻を上げた。

「大丈夫。村、と言ってもこの村は裏口を隠す為に、デピスによって作られた偽装村だから」

 聞いていた人間に準ずる者たちは、一瞬、何を言っているのかと、それぞれの近くにいる人形少女に視線を注ぐ。彼女達はそんな眼差しを受け、誇らしげに頷いた。

 魔法帝国期の『魔術師(メイジ)』、パーン・デピスとは、つまり人形姉妹(ドールシスターズ)の生みの親であり、これから向かう『理力の塔』の、元々の所持者である。

「それにゃと、もしかして村人はゴーレムにゃ?」

 デピスと言えばゴーレム作成の第一人者だ。いち早くそれを思い出したマーベルによって発せられた問いに、皮製の飛行帽を被った人形少女、ティラミスが首を振る。

「正確には、この村を作ったのは、我が姉、シュトルーデルであります」

 ここでわざわざ訂正すると言う事は、つまり村の住民はゴーレムではない、と言うことだろう。

 少しばかり嫌な空気を感じつつ、御者台のアルトはゆっくり片目だけでティラミスへと視線を向けた。

「ええと、そのシュトルーデルさんは何が得意なんです?」

 つい丁寧語になる少年の問いにティラミスが口を開くよりも早く、その回答が村から現れた。

 まだ馬車からは少し距離がある粗末な平屋群から次々に出て来たのは、緩慢な動作で左右に揺れながらノソノソと歩く、青白い肌の人影であった。

 その様子に出鼻をくじかれ、一瞬言葉を飲み込んだティラミスは、気を取り直して再び口を開く。

「ルーデがもっとも得意な分野は『死霊魔術(ネクロマンシー)』であります」

 すなわち、村人はゾンビ、と言う事だ。

「なんやウチら、不死の怪物(アンデット)遭遇率、高いんちゃう?」

「シナリオ作成において、不死の怪物(アンデット)が便利である事は否定しませんので。まぁ、そう言うこともあるんじゃないかと」

 と、これはいつもより何やら小さく見える、薄茶色の宝珠(オーブ)の返答だった。生態分布や食料を考える必要のない不死の怪物(アンデット)は、ゴーレムと並び、GM的には確かに扱いやすいモンスターである。マンネリにならないように、何かと注意したいものだ。

 それはそれとして、呆気にとられて離脱する機会を逸した一行を乗せた『客馬車(ステージコーチ)』は、村の家々から次々に湧き出したゾンビにたちまち囲まれた。

 その数、見渡すだけで100はいるだろうか。レベル的に考えればゾンビなど取るに足らない存在だが、これだけ揃えばアルトたちなど数と言う波に飲まれかねない。

 よしんば勝利を掴んだとして、この後に裏口を抜け『理力の塔』へと至り、かの漆黒の『魔術師(メイジ)』と決着をつけねばならないのだ。

「なんで先に言わなかったにゃ」

「聞かれなかったから」

 ついこぼれたねこ耳童女の愚痴に対する、ナトリの、実にNPCノンプレイヤーキャラクターらしい回答であった。

 さて、馬車を囲んだゾンビの群れが、いよいよ剣が届くほどの距離へと迫って来た。展開する機会を逃したので、戦うなら馬車を砦に見立てた籠城戦しかないだろう。

 ただ、御者台にいたアルトなどは怯えた馬たちを抑えるので手一杯だし、火蓋が切って落とされれば、まず彼がピンチとなること必至の状況だ。ちなみにナトリはちゃっかり馬車の屋根の上へ退避済みである。

「ちょ、誰かマジ助けて」

 アルトが歯を食いしばりつつも、弱音を吐いたその時だった。どこからともなく高笑いの声が静かな森に響いた。

「はっはっは、ここは我々の出番ではないかね?」

 笑い声と共にそう言ってのけた何者かに、馬車の一行だけでなくゾンビどももまた動きを止めた。

 そして皆一様に声の主を探すと、ゾンビたちの背後の茂みから、ゆっくりとした足取りで一人の中年が姿を現した。

「一つ、始祖ガインの教えを忠実に守り…」

 見れば真っ赤な法衣を翻し、やけに堂々と胸をそらした男がいた。驚きに目を見張れば、さらにまた茂みが揺れる。

「二つ、その教えを広く伝道し…」

 そして最後にもう一人が姿を見せる。

「三つ、この島の平和は俺たちが守る」

 なにやらポーズを決めた3人の中年、それは紛れもなく『ラ・ガイン僧職系男子の会』の面々であった。

「まさかの時の『ラ・ガイン教会』にゃ」

「ここは我らが引き受けよう。貴殿たちは悪を打ち倒す為に先へ行け」

 ポージングを解き、大仰な手振りでその様に声を上げた中央の男は、懐から一冊の本を取り出した。それは白い獣の皮で装丁された、何やら神々しい書である。

「ふはははは、これこそは我ら『ラ・ガイン僧職系男子の会』の秘宝でもある、『聖人ルタの福音書』写本である」

「不浄に染まった魔物どもよ、まとめてあの世へ逝くが良い」

 そして3人の中年司祭による、聖なる書の朗読が始まった。

「ヒノタマワクゥ」

「ヴァ?」

 初めは何かまたおかしな事を始めた、と一同は怪訝な視線を向けたが、どうした事か、彼らの登場で動きを止めたゾンビどもが、かの朗読を聴くと次々にその声の元へと集い始めた。

「なんや判らんけど、今のうちや」

「お、おう?」

 唖然としていたアルトだったが、モルトの声で我に返り、視界の隅でゾンビと赤男達を捕らえつつも、少しばかり落ち着きを取り戻した馬たちに鞭を入れた。とにかく、今が離脱のチャンスである事に変わりはないし、赤男達もそれを望む様な発言をしていたので遠慮は要らないだろう。

 そしてゾンビたちが馬車の遥か後方へ流れた頃、「あーっ」と言う断末魔の様な声と共に赤男達の朗読は聞えなくなった。

 ありがとう。そしてサラバ赤男達、君達の犠牲は忘れない。

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