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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#01_ぼくらのTRPG生活
7/208

07犯罪者たち

 この世界のすべての住人は、戦闘や事故で怪我を負う度にHP(ヒットポイント)が減っていき、ゼロになった時点で『死亡』する。

 ただしプレイヤーの操るキャラクターには例外措置の一つとして『死亡判定』というロールが存在する。このロールに成功したプレイヤーキャラクターは『死亡』を免れ、回復魔法などで復活することが出来るのだ。

 また、『死亡』が確定した場合でも、最高位の『聖職者(クレリック)』の神聖魔法『リザレクション』によって復活することも出来る。

 ただし最高位の『聖職者(クレリック)』は全世界でも非常に稀有な存在であり、まず出会うことからして難しい。

 つまり死亡が確定した者の『死亡』は『ほぼ』絶対と言えるのである。



「なんだあれなんだあれなんだあれ!」

「ちょ、逃げたらあかんでー!」

 廊下に向けて撤退を試みるアルト、それを妨害し背中を押すモルト。礼拝堂の暗きから2人に向かって悠然と進み出るのは2つの影。いずれも背格好は同じ戦士の風体だ。

 『鎖帷子(チェインメイル)』に『両刃の長剣(ロングソード)』、左手には『円形の小盾(バックラー)』を構えている。

「ほほう、アレは教会警護隊ですな」

 前衛を押し付けあう2人とは裏腹に、落ち着き払った態度のレッドグースがカストロ鬚を撫でる。確かにラ・ガイン教会の聖印(ホーリーシンボル)を肩に付けているのが見える。

「ねぇねぇGM、警護隊さんは何レベル?」

「それは抵触事項のようです。なのでヒントだけ。『見た目通りじゃありません』」

 押し合いへし合う間にも、ゆったりした足取りで2人の『警護官(ガード)』は徐々に近づいていた。しかし、お互いの間合いも近いところでピタリと足を止めた。それは戦闘における臨戦距離だ。

「?」

 一瞬、何が起こったのか、なぜ止まったのか、希望的想像をめぐらせたアルトだったが、その期待はすぐ破られる事になった。『警護官(ガード)』は続けざまに『両刃の長剣(ロングソード)』を抜き、胸の前に掲げ高らかに声を上げた。

「教会の栄光は我らと共に!」

 その言こそが戦闘開始の鐘だったようだ。

 仕方無しにアルトも覚悟を決め、腰に佩いた『無銘の打刀』を抜き放つ。逃げたかったが、モルトにがっちりガードされた。そのモルトもアルトに倣い『鎧刺し(エストック)』を抜く。戦闘フェイズの開始である。


「まずアタシからいくにょ。『オーラスキャン』!」

「承認します」

 マーベルが『精霊使い(シャーマン)』のスキル使用を宣言し、GMが機械的に承認の声を上げる。その瞬間、マーベルの視界の色が変わった。


 *******


 『オーラスキャン』は周囲にいる精霊を探り当てる為のスキルだ。

 使用者の視界は物質界と精霊界を重複視することができるようになり、範囲内のまだ使役されていない精霊を視認する事ができる。

 また生命の精霊を探る事で、不死の怪物(アンデット)を探る事もできる。


 *******


「思った通りにゃ、警護隊の人は不死の怪物(アンデット)にゃ」

「偉い! ようやった。ほんなら前衛はアルト君に任せるわ」

 すかさず言い放ち、モルトは手にした『鎧刺し(エストック)』を足元に落とした。

「なんでさ!」

 反射的に抗議を上げるアルトには目もくれず、モルトはすぐさま右手を天に掲げる。

「ゾンビ野郎Aに、神聖魔法『イクソシズム』」

「承認します」


 *******


 神聖魔法『イクソシズム』はレベル1の『聖職者(クレリック)』が使える魔法のひとつで、レベルの低い不死の怪物(アンデット)にさまざまなペナルティを付帯する。

 成功度が高ければ一撃で屠る事も可能な、対不死の怪物(アンデット)の常套魔法だ。


 *******


 モルトがAと称した『警護官(ガード)』ゾンビの足元に、光り輝く聖印(ホーリーシンボル)が浮かび上がる。聖印(ホーリーシンボル)を形成する光は瞬間的に広範囲に拡散したかと思うと、鋭い光の矢となって、不死の魔物へと無数に降り注いだ。

 『警護官(ガード)』ゾンビAは苦しそうな呻きと共に膝をついた。どうやらいくらかの行動ペナルティを付帯できたようだ。

「おおっナイスだぜ、モルトさん!」

 続くアルトも気勢を上げ、構え八双から袈裟斬りに振り下ろす。別名『暴れん坊将軍の殺陣』。

 緩慢な動作を『イクソシズム』でさらに緩くされたゾンビAには避ける術がない。振り下ろされた『無銘の打刀』はまるで紙を斬り裂くような鋭さで、不死の怪物(アンデット)の身を裂いた。

 一撃必殺、改心の一撃。すなわちクリティカルヒットだ。

「我らが教会の光を、あまねく世界に!」

 教会警護隊の姿にふさわしい断末魔の叫びを上げ、『警護官(ガード)』ゾンビはグズグズと腐敗臭を上げながら崩れ落ちる。一同はあまりの醜さに視線を逸らした。

 残るはもう1体。モルトの言を借りるなら『警護官(ガード)』ゾンビBである。

 これが知的生物であれば仲間の死に怯んだだろう。しかし彼らは不死の怪物(アンデット)である。うつろな目に映る仲間の崩壊は、はたして彼の脳に届いているのか。

 惜しむことなく掲げられた『両刃の長剣(ロングソード)』が振り下ろされる。アルトはかろうじて自らの『無銘の打刀』で受け止めた。


 ギャイン!


 火花が散るかというほど激い剣打。だがアルトの身体は自然にいなすと、すり足で間合いを取った。ゲーム世界の身体に染みこんでいる『傭兵(ファイター)』の立回りだ。

「うひゃー、よく折れないもんだ」

 日本刀は鋭く切り裂くことに長じた武具である為、正面からのぶつかり合いでは脆い事がある。今のような正面からの剣打を受けては、アルトの持つ数打ちの『無銘の打刀』では折れてしまっても不思議はない。

 もちろん使用者の技量にもよるが、先のように『鎖帷子(チェインメイル)』を袈裟斬りにすれば、刃だってこぼれそうなものだ。

「メリクルリングRPGのアイテムに『耐久度』のパラメータはありませんから」

 すかさずGMから短い説明が飛ぶ。つまり特殊な理由がない限り、この世界では戦闘行為で武器防具が破壊される事はない、と言う事らしい。

「マジか。財布にやさしくて涙が出るぜ」

『サムライ』の最低装備とはいえ、今のアルトには高価な武器だ。壊れないと言うなら有難い事この上ない。

「さぁおっちゃんの番やで、どーんとかましたれー」

 マーベル、モルト、アルト、そして『警護官(ガード)』ゾンビ。このラウンドでの行動はことごとく、順調に済んでいる。まだ未行動なのはレッドグースただ1人。敏捷の低いドワーフらしく、行動順位はぶっちぎり最下位である。

「最下位打線はワタクシにおまかせ下され」

 すでに準備されていた『手風琴(アコーディオン)』が高らかに旋律を奏でる。それは勇気を鼓舞する切れのいい調べ。

「おお、なんだか元気が湧いてくるな」

「これが、これが『吟遊詩人(バード)』の魔法にゃっ」

「GMのおっちゃん、これはなんて『呪歌』なん?」

 3人3様、拳に力を入れながらレッドグースとGMを振り返る。

「ええと、大変言いにくい事ですが…」

「何の変哲もない、ただの応援歌、ですな」

 それは上がり切ったテンションがリセットされた瞬間だった。




 さらに2ラウンドかけて戦闘は終わりを告げた。

 礼拝堂に残されたのは、崩れ落ちた教会警護隊の屍骸である。

 アルトは残心を解き『無銘の打刀』についた汚れを払う。そこには返り血は無く、ただ腐りかけた肉片があるだけだった。

「こいつら、なんだってゾンビなんかに」

 正確な怪物の名称はわからない。しかし人間が堕ちるには尋常な姿でもない。

 教会警護隊といえば聖職者の片割れとも言える。その聖なる剣士たちの成れの果てに、アルトは戸惑いを覚えるのだった。

「さぁ先を急ぎますぞ。少々騒ぎすぎた事ですし」

 戦闘中に演奏会を開いた事で、もっとも騒がしかったのはレッドグースその人だ。だが本人はいたって平然と、相棒である『手風琴(アコーディオン)』を背に負った。


 礼拝堂を渡り、向かいの廊下に身を滑り込ませて数分。一同は最も奥にある扉の前にたどり着いた。この教会の管理者たる司祭・ウッドペック氏の執務室である。

 ウッドペック氏は留守の筈だが先ほど出合った不死の怪物(アンデット)の件もあることだし、警戒しないわけには行かない。

「がちょさん、どう? なんか聞こえる?」

 扉に耳を当てるレッドグース。その目線に合わせるように、マーベルはしゃがみこんで訊ねる。とても聞き耳をしている者にする所行ではない。

「ちなみに『がちょさん』とはワタクシの事で?」

 いつもの人を食った様な表情を崩し、レッドグースは珍しく真顔だ。

「レッドグース→赤いガチョウ→ガチョウさん→がちょさん。ゆーしー?」

「あ、あいしー」

 ちなみに発音は、出稼ぎに来た外国人ホステスが『社長さん』と呼ぶ時に似ている。

「で、どうなん?」

「足音が聞こえますな。おそらく、1人」

 更なる緊張が一同を包み込んだ。

「し、司祭さんかにゃ?」

 先ほどの斬り合いで部屋の中の『誰か』が気付いていないはずがない。だと言うのに、その『誰か』は確かめに出て来る事はなかった。

 もし賊の戦いに巻き込まれることを嫌ったのだとすれば?

 それならばじっと身を潜め、部屋の中を歩き回るような真似はしないんじゃないだろうか。

 ならばこの中にいる『誰か』こそ、賊なんじゃないか?

 教会警護隊に扮したゾンビを配し、何かを狙ってここに侵入したのではないか?

 もちろん推測でしかない。ゾンビだって実はウッドペックの配下であった可能性もあるし、だいたい『ウッドペック氏の留守』だって、誰かからそう告げられた訳でなく、ただ教会の門が閉ざされ、戸を叩いても誰も出てこなかっただけなのだ。

「仕方ない。行くか?」

 大きくため息をつき、アルトは覚悟を決めて仲間たちを見回す。中の人物がウッドペックにしろ、それ以外の賊にしろ、ここで帰れば危険を冒して侵入した意味がない。

「行こう」

「ゆこー」

「そういうことになった」

 もう一度大きなため息をつき、アルトは仲間たちを見回す。その瞳の色は先の『決意』から『憐憫』に替わっていた。

「仕方ない。行こう」

 仕切りを新たに言い直し、アルトはそっと扉に手をかけた。右手は『無銘の打刀』の柄に触れている。

 『いちにのさん』で大きく開ける。初めに飛び込むのはアルト、続いてモルト。これが結成間もない前衛コンビだ。

 『無銘の打刀』を中段に構え、すかさず室内をぐるりと見回す。中央の執務机に顔を伏せた1人、そしてその横の書棚に触れる1人が目に入った。

「動くな、おとなしくしろ!」

 吹き出る冷や汗を流れるままに、アルト精一杯の虚勢だ。

「出すもん出せば、手出しはせんでー」

 続いて言うのはモルト。目にも凶悪な『鎧刺し(エストック)』を構えている。

 まるきり強盗の台詞である。しかし今、ツッコミを入れる余裕がある者はいない。

 書棚に触れていた人物は驚いた態でもなく、ゆっくりと振り向いた。

 すらりと無駄な筋肉のない細身の長身。デニムパンツに灰色のシャツ、そして『漆黒の大きな外套ダークマント』を羽織っている。そして手には背ほども長い『魔術師の杖(メイジスタッフ)』を持っていた。

 黒衣の男はふてぶてしく眼鏡を上げた。

「あ、あなたは…」

 一同は驚きに口を開け、そして徐々にほころんだ。

「カリストさん!」

 アルトがその名を叫ぶ。その男の姿はまさしくカリスト・カルディア。あの日、あの部屋に集まったゲーム仲間の、最後の1人だ。ちなみに『エルフ』なので耳が尖っている。

「なんや、カリストのにーちゃんやったんかー。脅かすない」

 ほーっと安堵の息をつき、モルトは『鎧刺し(エストック)』を収める。アルトもマーベルも、その表情から緊張が消えた。旧知とは言わないが、同じ世界の仲間である。

「やーこれで勢ぞろいだね。カーさんどこいたにゃ?」

 肩でも叩こうと、マーベルは気軽に歩み寄った。そんな仲間たちのあまりに隙だらけな姿にカリストの口元には僅かに綻んだ。

「『ライトニング』」

 ぼそりと、カリストの口から言葉が漏れる。瞬間、彼の掌から、部屋を照らしていた灯を上回るほどの眩しい光がほどばしった。

 放たれた閃光は、至近に寄っていたマーベルの腹部を真っ直ぐに貫いた。

「なっ!」

 一同が驚愕の悲鳴を上げる。カリストは替わらず、黒い笑みを湛えていた。

「マズイ、それはカリストではありませんぞ!」

 真剣な声色のレッドグースが警告を飛ばす。しかしアルトにも、たった今、雷撃を受けたマーベルすら、理解が追いつかない。

「今のは『魔術師(メイジ)』3レベルの魔法『ライトニング』ですな。カリストは1レベルのはず」


 *******


 『魔術師(メイジ)』。3つの魔法職の一つで『緒元魔法』を使う。

 『緒元魔法』とは精霊や神、人、全てのものが持つ根源のエネルギーを利用、組合せ、様々な効果を発揮する技術である。

 精霊や神の力を借りるのではなく、純粋な公式の下に綴られるため、今なお新たな魔法が研究され、生み出されることもある。

 古代には『魔術師(メイジ)』による、大魔法文明が栄えた時代もあったという。


 *******


 レッドグースの言の通り、『ライトニング』は3レベルの魔法。閃光を放つ真っ直ぐな雷撃はあらゆる敵を貫く。

「マーベルさんのHP、残数『1』、瀕死です!」

 GMから焦りの悲鳴にも似た声が上がる。『ケットシー』であるマーベルのHPはそもそも『5』しかない。3レベルの攻撃魔法をその身に喰らい、まだ生きているだけでも運が良かったと言える。

「そんなアホな、嘘やろ?」

 カリストが実はカリストではない。そしてマーベルの命を奪おうとした。理解が追いつくにつれ、モルトの顔は蒼ざめた。そしてもう1人、部屋にいた人物にふと気付いた。

 執務机に伏せた、この騒ぎにかかわらず微動だにしない法衣の男。その白い質素な法衣には確かに見覚えがあった。

「まさか」

 モルトはひらめきに身を任せ、執務机に向かって数歩駆ける。はたして彼女のひらめきは正鵠を射ていた。法衣の男は司祭・ウッドペック氏であった。

「アカン、死んでんで!」

 一見、机で居眠りをしたような姿勢だったが、実際には両手で握った『短刀(ダガー)』で心臓付近を一突きにしていた。ドアから見えない机の下には、ウッドペックの心臓から流れ出た、おびただしい量の血が池を作っていた。

「うっ」

 むせ返る血の匂いに、モルトは鼻と口を押さえて後退する。

「アンタがやったのか!」

 人の死に際したことなどなかった。しかもそれが少しとはいえ見知った顔。アルトは頭に血が上るに任せて叫んだ。

「勝手に死んだのさ。罪の意識に耐えかねたんじゃない?」

 呆然とする一同にカリストの姿をした黒衣の男は、あざけるように言い放ち、再び魔術師の杖を構えた。

「いけません、もう戦闘ラウンド始まってますよ!」

 GMが声を上げる。戦闘が始まっているのが事実なら、先の雷撃が不意打ち先制の1ラウンド目、そして今が2ラウンド目ということになるだろうか。

 行動を起こさなければ、また魔法を食らうのみだ。

炎の精霊(サラマンダー)を召還!」

 敏捷最速のマーベルが、穴の開いた腹部を抑えながら叫ぶ。何とかラウンドの波に乗る事ができたようだ。

 マーベルの呼びかけに応じたのは部屋に明かりを灯す松明の炎。一際大きくその身を揺らげたかと思うと、内からずるりと炎を巻いたオオトカゲが這い出した。炎の精霊(サラマンダー)だ。

 炎の精霊(サラマンダー)は舞い、マーベルの頭上に居を定めた。


 *******


 精霊魔法は使役する精霊の力で動作する。その為、魔法を使用する前に召還を終えなければならない。召還にかかる時間は1ラウンド。一度召還したら戦闘の間は『使役状態』となり物質界に留まるが、同術者が別種の精霊を召還した場合は衝突を避け精霊界へと帰る。

 スキルによって先行召還をしたり、使役時間を延ばす事も可能だ。


 *******


「あなた方に用はないんですよ」

 カリストと同じ声色が冷たく言い放つ。『魔術師の杖(メイジスタッフ)』はすでに攻撃態勢だ。

「『ライトニング』」

 再び閃光が舞う。掌から放たれる光の直線。蒼く迸る凝縮されたエネルギーは、次の獲物にアルトを選びその胸を貫き、さらには背に回っていたモルトをも串刺しにした。

「貫通かよっ」

 苦痛に呻き、アルトは眉をゆがめた。電撃で傷を焼かれるせいか、血はあまり出ないようだ。それでも戦士職でHPの多いアルト、モルトでもそのHPは1/3を失った。

「GM、ほんまにカリストやないんか?」

 モルトが自分の手番の僅かな隙に問う。GMはしばし沈黙のうちに肯定とも否定ともつかない言葉を返した。

「わかりません。キャラクターシートは確かにカリストのようです。しかしプレイヤーの存在が不透明であやふやです」

 モルトはこの短い時間に考察する。

 キャラクターシートが『カリスト』の名を示す。この世界において本人であると言う根拠であるはずだ。しかしプレイヤー、つまり本人の意識があやふやだと言う。

 本人なのに本人じゃない。何かの冒険小説でそんな『謎かけ』が出てたはずだ。とにかく、身体が本人だと言うなら方法はあるかもしれない。

「ダメで元々や! 神聖魔法『キュアセイン』」

「承認します」

 世界がモルトの言葉を受け入れ、聖なる光がカリストの足元に聖印(ホーリーシンボル)を描き出す。聖印(ホーリーシンボル)より生まれた光の蛇が回転するように床を這い、螺旋状にカリストの身体を駆け上る。


 *******


 『キュアセイン』は1レベルの神聖魔法。『狂気』『混乱』『忘却』など、精神に作用するあらゆるバッドステータスを解除し、自意識を失った者に正気を取り戻す回復魔法の一種だ。


 *******


「ぐあがぁ…」

 光の蛇が頭部に達し、鋭い牙を額に突き立てる。

 カリストは苦しげに額をかきむしり、低く悲鳴を上げた。

「カリストさん!」

『無銘の打刀』を振りかぶるアルトだったが、その様子に攻撃の手を止める。はたしてモルトの考察が正解を押し当てたか。

「逃げろ…」

 呻きの中から搾り出すような声が上がる。

「戦っちゃ、ダメだ」

 それはこれまでの冷めた声ではなかった。まさしくあのテーブルで、僅かな時間を共有した神経質そうな青年の声だった。

「で、でも」

「いいから聞け、モルト君では魔力が低すぎる。こいつは次のラウンドには『回復』ロールに成功するぞ」


 持続する効果の魔法に捕らわれた時、定期的にその効果から脱する為のロールを行う事がある。例えば『ヒュプノクラウド(眠りの魔法)』にかかり眠ってしまった時、毎ラウンド目覚めることが出来るかロールを行う。それが回復ロールだ。


 本来、『正気を失った状態』こそ『回復ロール』の対象となる。が、彼の言を信じるなら、正気を回復する瞬間作用の神聖魔法『キュアセイン』が、持続的にカリストを動かす何者かの『精神を冒す持続魔法』として作用している事になる。

 本当かどうかの判断なんかできるわけがない。これは正真正銘非常事態だ。

「これは負けイベントだ。やるだけ無駄なんだよ、早く!」

 その言葉が引き金となった。アルトがすばやく刀を治め、踵を返す。

「撤退だ、急ごう」

 モルトはそれでも未練のようで、肩を押されながらもカリストの瞳を見つめた。

「いいから…」

 ほんの一瞬、苦痛にゆがんだ表情が優しげに笑った。

 一同はその笑顔に従い、部屋を辞するしか術はなかった。

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